ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
「それで本題なんですけど…」
修は真面目な顔に戻ってツグミに言う。
「総合外交政策局長となったばかりのぼくには
「つまりわたしがエウクラートンへ行くことなくこのままずっとボーダーで総合外交政策局の仕事を続けていたら何をしようとしたのかということ?」
「はい、そうです。今はまだ第一次侵攻の拉致被害者市民救出計画に専念していればいいんですけど、それが終わったら何をすべきかわからないので先輩がやろうとしていたことをそのまま倣って ──」
「ストーップ」
「え?」
「たしかに今のわたしは局長から顧問という肩書になった現役の総合外交政策局員よ。あなたがわたしに相談したいことがあるなら可能な限り協力するけど、今の言い方だとわたしがやろうとしていたことをオサムくんがそのまま続けようとしているのだと受け取れるんだけど」
「はい、そのとおりです」
「それはわたしが途中で手放さざるをえなかった願いを叶えようとしてくれているということ?」
「そうですけど、それが何か?」
するとツグミは嬉しいというよりも困ったという顔になってしまう。
「う~ん、それは嬉しいんだけど、それって本当にあなたがやりたいことなの?」
「それはどういう意味でしょうか?」
「わたしが城戸さんたちの夢を叶えたいと思ったのは、自分自身のやりたいことと同じものだったからやってきたのよ。その中で総合外交政策局長という
「それではダメなんですか? 先輩が進めてきたことを引き継ぐことこそぼくがすべきことだと考えているんです」
「ダメとは言わない。でもそれはすべきことであってあなたのやりたいことなのかしら?」
「…?」
「拉致被害者市民救出計画については旧ボーダー時代からの隊員としての責任があってのことだからこれはわたしが『やりたいこと』ではない。これはわたしがやらなければならない義務だから。別に拉致被害者市民救出計画を嫌々ながらやってきたのではないけど、これは総合外交政策局長として果たすべき任務だからね。でも同じ志を持つ国を仲間にして、その輪を広げていこうという同盟国構想はわたしが『やりたいこと』としてやってきた。だからこれを途中で手放すのはとても残念に思う。それをオサムくんが継いでくれると言ってくれたのは嬉しいんだけど、これがあなたの『やりたいこと』ではなく局長を引き継いだ義務感によるものだとしたらあなたにとって不幸でしかない。そして自分の『やりたいこと』が見付からずにわたしの『やりたいこと』を自分のものだと思い込んでいるのであれば、一度頭の中をリセットして初めから自分の総合外交政策局長としての役目を考え直してみるべきよ」
「やるべきこととやりたいこと、か…」
修は腕を組んで考え始めた。
元来彼は自分のことは二の次で、他人のことを優先してしまう傾向にある。
だから自分がやりたいことであっても突き詰めればそれは友人のためとか仲間のため、ということになってしまう。
ボーダー入隊は麟児に千佳のことを守るよう頼まれたからであって自分が
アフトクラトル遠征に執着していたのは自分がアフトクラトルへ行ってレプリカを助け出したいという
修には自分がやりたいからそのために努力する、行動するというものがない。
目的が他人のためだから自分はそのために何をしたらいいのかわからないでいて、誰かに導いてもらわなければ前に進めずにいた。
もし修が三輪のように
しかし入隊理由が「千佳のため」であって入隊してもずっと停滞していて、一緒に訓練をする仲間がひとりもいなかったし、ランク戦を観戦することもなかったようだ。
修には自分自身に行動をする理由がなく周囲の人間のために行動をする。
それは悪いことではないのだが「自分が『そうするべき』と思ったことから一度でも逃げてしまえば、本当に戦わなければいけない時にも逃げるようになる」と考えているから「誰かのために動く=自分がそうするべきだと思ったこと」として無茶をしてしまうのだ。
さらにその思いが強すぎるために視野が狭くなってしまい、後先考えずに行動してしまう傾向にある。
アフトクラトルによる大規模侵攻で千佳を守るという目的のために自分の命も顧みない行動をしたのは「自分が死んだ時」のことを考えていないからで、レイジから「おまえは雨取を守れ。死ぬ気でだ」と言われたから自分が死んでも千佳を守ればいいとしか頭になかったのだろう。
仮に修が死んでしまったとしたらそのおかげで命拾いした千佳が麟児や青葉の時以上に自分を責める ── 正確に言えば麟児や青葉の件は千佳に責任はない ── だろうし、香澄は自分がもっと強く引き留めて入隊させなければ良かったと後悔するに決まっている。
そのことに考えが及ばず無茶をした修だが、結果的に自分が重傷を負った
その欠点とは「実力が伴わないのに後先考えずに行動してしまう」で、自分にできることとできないことが区別できないこと
ハイレインとの戦いでも修がA級上位レベルのトリガー使いであれば勝算はあっただろうし、自分に何かあれば悲しむ人がいると考えたら戦闘中に換装を解くという無茶はしない。
もっともハイレインの
実際に修は
彼が今も元気で生きているのは「運が良かったから」でしかない。
そんな思いをしてもまだアフトクラトル遠征に参加したいと言うのだから、その原動力は遊真に対する罪の意識であって自分が「そうするべき」と思ったことでもあるから逃げられないという自らにかけた
それでも修は必死になって「遠征に参加するためにB級ランク戦で上位2位に入るだけの力」は得たものの「
これまで修が苦労をしながらも自分が「そうするべき」と思ったことをやってこられたのは周囲の人間の手助けと「運」である。
一見すると極めて利他的な人間で自分よりも他人のために生きているように思えるのだが、修の信念によって周囲の人間が振り回されているというのが現実だ。
これは彼が「いいひと」で手を貸してあげたくなる魅力を持っていて、放っておくとバカなことをして死んでしまいそうな危うさを持っているからに過ぎない。
他人のために動くことが修の行動原理であり、そのため自分自身が何をしたいのかと問われると即答できない。
今もツグミの志を継ぐという
そして本人からズバリと問われ、答えに窮してしまったというわけだ。
(ぼくは
アフトクラトルによる大規模侵攻後の記者会見で修は
彼だってボーダーが民間人には「
それなのに勢いに任せて自分が
これは彼の自分が「そうするべき」と思ったことを実行するのであれば、それが周囲にどのような影響を及ぼすのかなど一切考えず、それが犯罪であってもどれだけ周囲の人間に迷惑をかけようとも
勢いに任せて行動をしてしまう彼の行為は悪い言い方をすれば「後は野となれ山となれ」で、後始末は城戸やその他の責任者が負うことになる。
なにしろ修本人には責任を取る「力」がない。
そんな彼の管理者である城戸たちがその肩書に見合う責任を取らされるのだから、上層部のメンバーから修が嫌われていたのは当然のことなのだ。
(ぼくが総合外交政策局に異動になったのは成り行きだったけど、霧科先輩の仕事ぶりを見ていてこれこそぼくがやりたかったことなんだと思った。でも本当にそうなのかと改めて訊かれると不安になってしまう。先輩のやっていることは大勢の人が喜んでいるのだから、正しいことだしやりがいはあると思った。それは先輩のやりたいことであって、ぼくのやりたいことなのかわからない。単に自分の進む道がわからないので正しい道を歩んでいる先輩の道を歩けば迷わないでいられると思っているだけ…なのかもしれない。じゃあぼくがやりたいことって何だろう? それにやるべきこととやりたいことが一致するのが一番だけど、やるべきこととやりたいことが違ったらどちらを選べばいいんだろう?)
修はツグミにその答えを求めた。
「先輩、もしやるべきこととやりたいことが違ったらどちらを選べばいいんでしょうか?」
「それはその両者が相反するのでなければどちらも捨てる必要はないと思うけど」
「どちらも…」
「そう。わたしはどちらも両立するから当然のようにやってきたわ。でもオサムくんにとって両立しないのならどちらかを選ぶことになるだろうけど、選ぶのならやりたいことを選ぶべきだと思う」
「どうしてですか?」
「だって後悔することになるもの。道がふたつあってそれぞれが別の方へと向かっている。片方を選べばもう一方の道の終点とはまったく違う終点に行き着くことになる。だからやりたいことを選ばなかったら、永遠にその希望は叶わなくなってしまうもの。…例えばレイジさんがそうね。あの人はボーダーに入る前にはお父さんのようなレスキュー隊員になりたいと思っていた。でもボーダー隊員になって
「でも先輩はエウクラートンの女王になりたいのではなく、やるべきこととやりたいことの相反するふたつの選択肢のうち前者を選んだ。エウクラートンには女王になれる人がいないから、嫌々ながらでも女王になる。だからやりたいこと…ボーダーを続けることを捨ててしまう。違いますか?」
「女王になることを選んだのは自分自身。やるべきことではあるけど、別にエウクラートンの国民を憐れんで自分が犠牲になろうってことじゃない。わたしが女王になることと同盟国構想は相反することはないから。もちろん女王という立場上自由にいろいろな国を訪問することはできなくなるけどその代わりをやってくれる人はいるし、少しだけ遠回りになるだろうけどたどり着く先は同じだと考えているからボーダーを辞めることについて後悔はしていない」
「……」
「やるべきこととやりたいことが違ったらどちらを選べばいいかどうかよりも、まずはあなたがやりたいことを考えなさい。それがわたしと同じものであってもかまわないけど、本当にそうなのかもう一度自分の心に問うべきだとわたしは言いたいだけ。たった一度の人生だもの他人のためではなく自分のために生きなきゃ。その点ではわたしって
「でも先輩はぼくや千佳のためにいろいろしてくれたり、たくさんの人のために頑張っているじゃないですか?」
「それはね、わたしが幸せになるには周りの人も幸せになってもらわないと嫌だというエゴだから。自分が幸せになっているその陰で泣いていたり辛い思いをしている人がいると思うと心から喜べない。だったらそういう人たちも幸せになってもらえたらわたしも心から喜べるってもんじゃない? そういうことでわたしは自分を中心とした手の届く範囲の人たちの幸せを願うの。でもこの手が届く範囲がどんどん伸びていくからもっと大勢の人のことを考えているんじゃないかって勘違いされてしまうけど、結局はわたしが自分のためにやっていることに変わりはないのよ」
「はあ…」
「オサムくんだってこういうことってない? たとえば美味しいどら焼きを4個貰ったとして、全部自分で食べてしまおうと思う? 4個くらいならひとりでも食べてしまえるって数。でもユーマくんやチカちゃん、ヨータローとみんなで1個ずつ一緒に食べたらより一層美味しいって思えるんじゃないかな。それと一緒よ」
「なるほど…そういう例えなら良くわかります。自分だけで食べるよりもみんなで一緒に食べて空閑たちが喜んでいる姿を見る方がもっと幸せな気持ちになれます」
「うん。それを踏まえた上であなたがこの先何をすべきなのか考えてもらいたいんだけど、ここでわたしから総合外交政策局顧問としてあなたに最後にひとつ良いことを教えてあげる。…あなたが知りたいことは第一次侵攻の拉致被害者市民救出計画が終わった後のこと。わたしがそのまま局長を続けていたら何をしたのかを知りたかったわけで、その答えはこの中にある」
ツグミはそう言ってポケットの中からUSBメモリを取り出した。
「この中にわたしの計画がすべて書き込まれている。だからこの中身を見ればあなたの求めていた答えはすぐにわかる。でもわたしが話したようにあなたは自分のやりたいことが見付からないからわたしのやりたかったことをそのままやろうとしていた」
「はい…」
「この中身を見たいのなら自分でいろいろ悩んで考えて答えを出した後にすること。すぐに他人から答えを与えられちゃダメ。でも考えた末にわたしのやりたいこととあなたのやりたいことが同一であったならきっと参考になると思うから、その時になったら見るといいわ」
「ありがとう…ございます」
修はツグミからUSBメモリを受け取って礼を言った。
「なんだかこれがお守りのような気がしてすごく安心できます」
「それは良かった。でもお守りは所詮お守りで、
「はい!」
修が期待していたものとは違った形になったが、納得がいったのか満足そうな笑みを浮かべて元気良く返事をしたのだった。