ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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682話

 

 

ツグミと修が食堂へ戻って来ると時計の針はまもなく午後5時を指そうとしていた。

みんなお腹がいっぱいになって中弛みしていたタイミングだったことで、修がプレゼント交換をすると呼びかけると一気に盛り上がりを回復する。

参加者は全員が1000円から2000円の範囲内でプレゼントを用意することになっていて、それがパーティーの参加費のようなものとして扱われている。

 

「ではこれからプレゼント交換を行います。みなさんから預かったプレゼントには番号が振ってありますので、みなさんにはこの箱の中に入っているくじを引いてください。その番号のプレゼントを貰うことができます」

 

上座に置かれた箱 ── 陽太郎とレクスが作った段ボール製で、クリスマスツリーやサンタクロースの絵が描かれている ── の前に参加者が年齢順に並ぶ。

そして陽太郎は張り切って箱の蓋の部分に開けられた穴に手を突っ込んだ。

同様に年齢の若い順にくじを引いていき、最後に林藤が残った1枚を引いてくじ引きは終わる。

続いて別室で保管していたプレゼントを食堂へ運び込み、今度は番号順にプレゼントを手渡していくのだが、そのプレゼンターはなんとレクスであった。

アフトクラトルではクリスマスという習慣はないので毎年このクリスマスパーティーを楽しみにしていて、一度自分がサンタのコスプレをしてプレゼントをみんなに渡したいと言っていたらしい。

それでクローニンがトリガーの設定を少し弄ってサンタクロースの衣装に換装するようにしてくれたということだった。

白い髭までつけたレクスがプレゼントをひとつずつ手渡していき、全員の手にプレゼントが渡ると一斉に開封した。

袋の中から自分の欲しかったものが出てきたことで喜ぶ者、箱の中身が想像と違っていて驚いたり困惑する者もいる。

ツグミの手元にあるのは植物素材のソープと入浴剤のセットで、年齢や性別に関わらず使ってもらえるからと考えてのセレクトであろう。

参加者が小学生男子からアラフォー男性までと年齢層は幅広く、若い女性も数名いることから選択としてはベストなものだ。

 

「なんだ、おまえのトコに行ったのか」

 

迅がそばに寄って来てツグミに声をかける。

 

「もしかしてこれってジンさんが出したものなんですか?」

 

「そう。これは俺が使って気に入ったものだから、女の子はもちろん林藤さんやレイジさんでも大丈夫かな、って」

 

迅がそう言うものだから、ツグミはソープの匂いを嗅いでみた。

すると馴染みのある香りが鼻腔をくすぐった。

 

「あー、たしかにこの香り…覚えがあります。あまり強い香りではなく近くに寄らないとわからないくらいのわずかなものだから気が付きませんでした」

 

ツグミがそう言うと迅は彼女にだけ聞こえるように小さい声で耳打ちした。

 

「そう。それもふたりで身体を密着させる行為をする時にだけ使っていたから気付かなくて当然さ。…で、今夜、どう? 忍田さんはスポンサー企業との宴会で帰りが遅いっていうから、一緒にお風呂に入ってこれを使わない?」

 

するとツグミは恥ずかしがるどころか逆に迅を煽るようなことを言う。

 

「お風呂だけ?」

 

「それは…その時の気分次第だな」

 

そしてふたりで顔を見合わせて笑った。

 

「そうなると…わたしの包みは誰のトコに行ったのかしら?」

 

ツグミが会場を見渡してみると、ゆりと視線が合ってしまった。

そしてゆりは微笑むとツグミの方へと歩いて来る。

彼女の手には茶色いクマのマスコットのようなものと見覚えのある包装紙があったので、ツグミは微笑み返して彼女を待った。

 

「ツグミちゃん、これはあなたのね?」

 

「はい。やっぱりわかります?」

 

「もちろんよ。薄手のタオルハンカチを使ったいわゆるおしぼりアートのクマさんだもの、こんな器用なことをするのはあなたぐらい。それにこのクマさんが抱えているストラップは手作りでしょ? だとしたら他に該当しそうな人はいないわ」

 

「クマさんはYou〇ubeで作り方を見て作りました。そしてストラップは手芸店でレジン細工のワークショップが開かれていて、そこで作り方を教えてもらいながらやったのでちょっと不格好かもしれませんけど、それはわたしの宝物ですから受け取ってください」

 

「宝物?」

 

ゆりはストラップを手のひらに載せてじっと見る。

それは親指と人差し指で輪を作ったくらいの大きさの楕円形の枠の中に四つ葉のクローバーの押し葉が透明なレジンで閉じ込められているものだ。

 

「はい。それはわたしが初めてキオンへ行った時に蒔いたシロツメクサが育って、次に三国同盟に参加してもらおうと説得するために行った時に見付けて押し葉にしておいたものです。近界(ネイバーフッド)の植物は1万年前に近界民(ネイバー)の先祖が玄界(ミデン)から持ち込んだものなんですが、その中にシロツメクサはなかったみたいです。そこでわたしはキオンの宿舎だった場所の庭に種を蒔き、育ったものの中からこの四つ葉を見付けました。たぶん近界(ネイバーフッド)で見付かった初めての四つ葉のクローバーだと思います。だからお宝なんですよ」

 

「そんな貴重なものを手放しちゃっていいの? あなたが持っている方がいいんじゃない?」

 

「誰かに持っていてもらいたいと思ったからなのでかまいません。それにゆりさんが持っていてくれるのならきっと大事にしてくれるでしょうから」

 

「あなたがそう言うなら…もらっておくわね。大事にする。ありがとう」

 

「いいえ、こちらこそ。ついでに何でシロツメクサの種を蒔いたのかという理由を聞いてもらえると嬉しいです」

 

「ええ、もちろんいいわよ」

 

ツグミはゆりに説明をした。

 

近界(ネイバーフッド)の大地はトリオンでできています。厳密に言うと(マザー)トリガーで抽出したトリオンを土に変換したものであり、土壌に含まれる成分は玄界(ミデン)のものと大きく異なるものではありません。小麦や野菜などを栽培する畑には植物の成長を促す栄養素の窒素、リン、カリウムなども含まれていて、それを作物は吸収して育つのですが、近界民(ネイバー)たちはその栄養素をトリオンによって生み出して畑に撒くんです。それは玄界(ミデン)でも肥料として撒くのですから当たり前なんですけど、近界(ネイバーフッド)ではそれをトリオンで作るという点が問題になります。ただでさえトリオンが不足している世界です。トリオンを生み出す人間をさらうためにわざわざ玄界(ミデン)にまでやって来るくらいですからトリオンは貴重品。そこでわたしは『緑肥』というものを試してみようと思ったんです」

 

「緑肥って何?」

 

「緑肥というのは栽培した植物を土の中にすき込み、肥料にすることです。たとえば春になると田んぼでレンゲの花が咲いていたり、観光用ではない普通の畑でヒマワリを栽培しているのを見たことはありませんか?」

 

「ええ、4月から5月くらいにきれいな紅紫色のレンゲの花がたくさん咲いているのを見たことあるわ」

 

「それが緑肥です。農家の人が前の年の秋頃に種を蒔き、翌年の春の田んぼに水を張る前に育ったレンゲを土の中にすき込むんです。詳しい仕組みは端折りますが、レンゲは大気中の窒素を取り込んで窒素肥料のようなかたちでその身に蓄えることになり、すき込むことで土の中にその栄養分が行き渡って米を育てるために役立つんです。シロツメクサも緑肥として使える植物で、地力の弱い土地でも生育しますからそれを小麦やジャガイモなどを栽培する肥料にすればトリオン製の肥料を減らすことができると考えました。キオンのような土地でも育つことがわかりましたから他の国でもこの緑肥というシステムを広めたいと思い、近界(ネイバーフッド)遠征のたびに各国の政府に説明をして種を渡しています。それに緑肥にするだけでなく家畜の飼料にも食用にもなります。クローバーのハチミツはクセが少なくて甘味が強いので、甘いものに飢えている近界民(ネイバー)たちもきっと気に入ると思います」

 

「ツグミちゃんって昔から物知りだなって思っていたけど、そんなことまで知っているなんて驚いたわ」

 

「本で読んだ知識だけはたくさんありますから、実際にやってみたいと思うこともいっぱいあるんです。()()()()()()わたしはエウクラートンの女王になりますから、あの国で実証実験をやろうと今から楽しみにしています。わたしが考える国の運営が近界民(ネイバー)たちに受け入れてもらえるかどうかわかりませんが、なにしろわたしは最高権力者なんですから強引にでも進めてしまいます。そこで成功すれば他の国にも広めていき、できるだけトリオンを使わない国家運営を目指したいという野望を抱いているんですよ。トリオンは万能ですから何にでも使いたくなってしまい、そのせいでトリオン不足に陥ってしまうのなら、置き換えのできるものは別のものに置き換えてしまう。玄界(ミデン)の知識や技術を近界(ネイバーフッド)で役立て、近界(ネイバーフッド)のトリオンに関する知識や技術は玄界(ミデン)で導入して人々の生活に役立てる。ボーダーが近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の友好の架け橋になる組織であり続けるのならわたしの夢は実現するはず。だからわたしはエウクラートンの女王になる道を選びました。ボーダーの方は安心して任せられる人がいるって確信がありますからね」

 

ゆりはツグミがエウクラートンの女王なるという話を聞いて単純に「優しい子だからエウクラートンの人が困るのを放っておけなかったのね」と考えていた。

昔から面倒見が良かったツグミのことをずっと見ていたのだからゆりがそう勘違いするのは無理もない。

しかし本人の口から本当の理由を聞かされて意外だと感じるよりも納得をしてしまった。

 

(ツグミちゃんらしいわね。小さい頃から少し変わった子だと思っていたけど、考えていることが普通の人と同じであってもやろうとしていることが破天荒というか…想像の斜め上をいくものばかり。女王になるのも自己犠牲ではなく自分のやりたいことをやるための手段にしてしまうのだから本当に面白い子だわ)

 

ツグミの「近界(ネイバーフッド)(ことわり)」すら変えてしまいそうな()()()にゆりは感心し、何もできることのない自分でも応援はしてあげようという気になった。

すると隣にいたツグミは遠い目をしながらひとり言のように呟く。

 

「お祭りもそろそろ終わりですね…」

 

ゆりは「お祭り」とはこのパーティーのことだと思ったが、ツグミはそういう意味で口にしたのではなかったようだ。

 

「人は絶え間なく成長を続け子供は大人になり、大人は年老いて現役を退いていく。それは人間である以上避けられない現実だけど、悲しいことに中には志半ばの若者でありながら不慮の死を遂げる者もいる。そんな人たちが集まって、毎日いろんな経験をしながら生きていく。すべてに始まりがあれば終わりがあって、始まりはともかく終わりの時が来たらその時は笑顔でいたい」

 

「……」

 

「わたしは人生の半分以上をボーダー(ここ)で生きてきた。どんな平凡な日であっても必ず今日は昨日と違う日になり、明日は今日と違う日が来る。それの繰り返し。楽しいこともあれば悲しいこともあって、それが毎日積み重なっていく。みんなと過ごした日々を振り返ってみるとそれは毎日がお祭りみたいなもので、悲しかったことを打ち消すほどたくさんの楽しいことがあったと思えてくる。だから笑顔でここを去ることができるんだわ。後悔は…ない。わたしはその時の自分にできる限りのことを精一杯やった。手を抜いて失敗をしたことはないもの。…ううん、ひとつだけあった。わたしが責任を持つと言って預かったレクスくんなのに途中で放り出すような形で別れなければならないこと。彼は人の心の中を察することのできる力があるから、きっとわたしのこの気持ちにも気付いているかもしれない。でも優しい子だからわたしには何も言わない」

 

そこまで呟いたところでツグミはゆりの方を向いて言った。

 

「ゆりさん、どうかお願いです。これまでのようにレクスくんを見守ってあげてください。ゆりさんにはゆりさんの人生があることはわかっています。だから無理は言いません。でも ──」

 

「わかっているわ。私はしばらくここを離れることはないから安心して。結婚するとしてもまだずっと先だろうから、レクスくんがお医者さんになるまでここにいたいと言うなら私が面倒をみてあげる。六頴館の中等部入学が決まっているから、少なくとも高校卒業まではここにいてくれるはず。大学は三門市大の医学部に進んでくれたらありがたいわ。ずっとそばで見守ってあげられるもの」

 

「ゆりさん…」

 

「だからあなたは何の憂いもなくエウクラートンで自分のやりたいことをやりなさい。あなたが帰って来るのは順調にいって彼が研修医になっている頃かしら? まあ、とにかくあなたはここに帰って来れば成長した彼の姿を見ることができるわよ。わたしが責任をもって彼を支えるから」

 

「ありがとうございます、ゆりさん」

 

「気にしないで。これは私の義務ではなくてやりたいことなんだから。レクスくんは賢い子だから近界民(ネイバー)なのに陽太郎の勉強もみてあげることができるくらいで、陽太郎にとって年齢の近い良いお兄さんってカンジかしら。…陽太郎にはいつか()()()()()を話さなければならない時が来るけど、その時に陽太郎のことだからショックを受けても大丈夫なフリをすると思うの。でもレクスくんがいればきっと心の支えになってくれるでしょう。ふたりは心を許せる親友なんだから」

 

陽太郎はヒュースに懐いていたが、彼はエリン家の次期当主となるためにアフトクラトルへ帰国してしまった。

ディルクの側近として働いているので、ディルクが仕事で三門市へやって来る時には陽太郎はヒュースに会うことはできるものの時間はごくわずかだ。

だから別れた当初はひどく落ち込んでいたものの、レクスがヒュースの代わりを務めてくれている。

小学校へ通うようになっても「動物との意思疎通」というサイドエフェクトを持つものだから同級生と付き合っていくのはけっこう苦労するらしい。

そんな彼が唯一心を許せる同性代の子供がレクスなのだ。

レクスも他人の気持ちを察するサイドエフェクトの持ち主だから似たような境遇で、互いに適度な()()を保ちながら一緒に暮らしているからこそ安心して自分の悩みを打ち明けられる。

このパーティーでも常に陽太郎とレクスは一緒に行動していて、微笑ましい姿を見せてくれていた。

 

「そうですね。要らぬ心配でした」

 

「フフッ、ツグミちゃんは自分のことが一番だって言う割にはいつも周りの人のことを気にしているのよね。たぶんエウクラートンへ行ってもそれは変わらないだろうから、何年経っても変わらない姿で帰って来てくれると私は信じている。いつまでも待っているから必ず元気な姿で帰って来てね」

 

「はい!」

 

 

メインイベントのプレゼント交換も無事に終了し、林藤が締めの挨拶をしてクリスマスパーティーはお開きとなった。

全員で会場となった食堂の片付けをし、すべてが終わったのは午後6時少し過ぎ。

新しくできた楽しい思い出を胸に、そして交換をしたプレゼントの包みとツグミお手製のマフィンをお土産にしてそれぞれが()に帰って行ったのだった。

 

 

 

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