ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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684話

 

 

ツグミには食事の片付けやおせち料理の仕上げなどの仕事があるのだが、忍田は特にやることがなく手持無沙汰となってしまった。

自分の部屋の掃除でもと考えたがツグミがすでに済ませてあって特に手をつけるところがない。

松飾りや鏡餅の用意など何かやり残しはないかと探すのだが、ツグミの()()は完璧だ。

どんなに意地悪な姑がいても文句のつけようのない仕上げっぷりで、忍田は自分の部屋でぼんやりと暇つぶしをすることに決めた。

しかし机の上に置かれた写真立て ── ツグミと迅の結婚式の際に撮影した写真が入っている ── がふと目に入り、何かを思い出したかのように部屋の隅にある箪笥の引き出しを開けて中から古いアルバムを取り出した。

1ページ目の写真は忍田がボーダーに入らないかと城戸に誘われた中学生の頃のもので、城戸と最上、織羽と有吾も写っている。

背景にあるのは当時本部として使用していた玉狛支部の建物だ。

 

(この頃の私はまだトリオン兵を見たこともなく、三門市に異世界の魔の手が伸びているなど想像もしていなかった。でも織羽義兄さんや有吾さんの話が嘘だとは思えず真実味を帯びていて、恐いというよりもワクワクしたことを覚えている)

 

次のページには忍田が有吾から剣の手ほどきを受けている写真が数枚あって、懐かしいという思いだけでなく、青臭くてやんちゃをしていたことを思い出して恥ずかしくなった。

 

(あの頃の剣の稽古は楽しかったな。有吾さんの剣には実戦経験を積んだ者の()()があって、最上さんの『道』を極めようとしている剣とは違って両者を比べて私は有吾さんに師事した。…たしかこの写真を撮った数日後に生まれて初めてトリオン兵を見たのだったな。バムスターやモールモッドに比べたら大したことのない雑魚のようなものだったが、私や林藤にとっては手強い相手だった。自分たちの戦う相手がこんな怪物で、それを同じ人間が戦争のために生み出しているのだと知って恐ろしかった。近界民(ネイバー)たちが自分たちの世界の戦争のために三門市までやって来て人をさらっていくのだと話には聞いていたが実際にトリオン兵と遭遇してわかった。()()()()()平和のためには自分で戦うしかないのだと)

 

ボーダーにスカウトされてなお忍田や林藤には近界民(ネイバー)と戦うことの意味がわからずにいた。

しかし初めての実戦を経て自分たちがやろうとしていることが遊びではなく「本気の戦争」なのだと思い知らされたのだった。

 

(それからしばらくして美琴姉さんと織羽義兄さんが結婚すると聞いて驚いた。初めは姉さんが遠い人になってしまう気がして反対したが、それは私の勘違いだった。義兄さんが居場所を求めていて、姉さんや私の居場所に仲間入りしただけで私の心配は杞憂だったのだ。そして2年経ってツグミが生まれた。あの子は私にとっても家族で、初めて抱っこした時にこの頼りなくて柔らかく温かい愛しいものを守ることこそが私の役目なのだと確信した。それを林藤に話すと大げさだと言われたが、実際に姉さんたちに代わって私があの子を守ることになった。その役目も終わろうとしているのだから時の流れとは速いものだ)

 

織羽と美琴の結婚式の写真の次のページでは小さなツグミが美琴に抱かれていて眠っていて、そんな彼女を織羽が愛おしそうに見下ろしている。

これ以上ないというほど幸せそうな家族のワンシーンがそこにあった。

そしてツグミの七五三の写真、幼稚園の入園式と卒園式と小学校の入学式の写真があって、家族3人が仲睦まじそうに写っていた。

 

(この頃はこの幸せが永遠に続くものだと信じていた。しかしボーダーという組織に属している以上は敵としてやって来る近界民(ネイバー)と戦わざるをえない。自分で進んでボーダーに入ったのだから嫌とは言えない。戦う力を持っている人間が持たない人間を守らなければいけないのだから、最悪の場合は命を落とすことにもなる。わかっていたはずなのに、私は何もわかっていなかったのだ)

 

次のページにはツグミと忍田が手を繋いで並んで立っている写真がある。

それは彼女がボーダーに入隊したいと言って初めて本部基地へとやって来た時のものだ。

織羽と美琴は可能な限りツグミには近界民(ネイバー)と関わらせないようにしてきた。

彼女がトリオン能力に恵まれていて近界民(ネイバー)に狙われる存在であったからで、本人には知らせずにこっそりと守るようにしていた。

ツグミだけでなく同様にトリオン能力を持つ子供たちが健やかに育っていくことができるようにと、ボーダーの大人たちは改めて近界民(ネイバー)と戦う覚悟を決めた。

しかし現実はそう甘くない。

トリオン器官が成長するのは十代の子供たちで、大人となってしまった忍田たちは現状維持が精一杯だから若い人材が必要となるのは自明の理。

この頃に小南、迅、ツグミ、レイジの順で入隊をし、平和な日常を脅かす「敵」と戦う準備を始めたのだった。

 

(私はツグミがボーダーに入りたいと言った時に反対をした。美琴姉さんと織羽義兄さんが命を賭して守った大切な宝物が自ら危険な世界に飛び込もうというのだから、私はあの子の父親として反対するのは当然だ。…しかしトリオン兵に襲われて最上さんに助けられたことで、私の力だけでは守り切れないとわかった。ならばあの子を私の手で育て、何者にも負けない一人前のトリガー使いとすべきだと考えて入隊を許したのだった。その時の判断に自信はなかったが、今となっては正しい選択だったと言える。あの子がいてくれたからこそ、今の私があるのだからな)

 

さらにアルバムのページをめくると今は亡き旧ボーダー時代のメンバーの写っている写真が数枚あり、そして()()集合写真を最後に終わっていて残りのページは白紙だった。

 

(この写真を見るのが辛くてアルバムを開くことを避けていたのだったな。こうして改めて昔の写真を見ると当時の自分がいかに人として未熟であったのかを思い出させる。どのシーンであっても今の私から見れば恥ずかしいほど青二才の小僧で、ツグミを育てるのだと覚悟をしてからの顔はようやく様になってきた気がする。この違いはきっと守るべきものを持っているかどうかなのだろう。自分のためだけではなく大切なもののために戦うから強くなれた。ツグミの存在が私の人間的な成長を促したのだ。父親として合格点をもらえるかどうかはわからないが、美琴姉さんと織羽義兄さんに叱られることはないと思う。あの子が私のことをここまで慕ってくれたのだから…)

 

忍田の脳裏にはツグミとの日々が蘇ってきた。

 

(とにかく強い子だったな。大きな病気もせず、子供特有の水疱瘡やおたふく風邪も軽く済んだ。手のかからない子だったが、そのおかげで私のような人間でも父親の役目を果たすことができたのだろう。それに第一次侵攻の後に今のボーダーの体制が発足すると、あの子はますます手がかからなくなった…というよりも全部自分でやってしまうようになった。本人は大人として扱ってもらいたいという気持ちで他意はなかったのだが、私は少し寂かった)

 

ボーダーが新体制で発足した当時、ツグミは小学6年の12歳という最年少の防衛隊員だった。

新本部基地の完成パーティーに出席して挨拶をした彼女に対してスポンサーとなってくれた企業の担当者たちはあからさまに「こいつで大丈夫なのか?」とか「ボーダーはこんな子供まで戦わせるのか?」といった態度を見せたものだから、負けん気の強い彼女の闘争心に火がついてしまう。

東から狙撃手(スナイパー)の指導を受ける際にも子供だというだけで無理だと言われることが悔しくて、早く大人になりたいと考えた結果が忍田を寂しがらせるものとなってしまったというわけだ。

おまけにツグミは公私混同をしない主義で、家にいる時には父親として尊敬し慕うのだが、ボーダー隊員の立場となると忍田は上官であるから態度がよそよそしくなる。

ツグミに言わせればよそよそしいのではなくケジメをつけているだけということなのだが、公私の差があまりにも大きいので忍田は困惑したらしい。

彼女も自分が忍田の養女であり、他のボーダー隊員から「本部長の娘だから特別扱い(えこひいき)をされている」と妬まれたくなかったから仕方がなかったのだ。

彼女がいくら血の滲むような努力をしたところですべてが「本部長の娘」で片付けられてしまうのは目に見えている。

ならば父娘だということを秘密にして何の肩書もない一隊員として任務に励めば自分の働きが純粋に認められると考えた。

もし彼女が総合外交政策局長となった時に彼女が忍田の娘だと知られていたら親の七光りで分不相応な役職を()()()()()()()という噂が流れたことだろう。

しかし現実には局長就任は彼女が自分の力で勝ち取ったものだと誰もが認めていたので異論が上がることはなかった。

何かを行うには「力」が必要だというツグミの考え方が彼女を突き動かす原動力となっている。

だから修が力もなく「自分が『そうするべき』と思ったことから一度でも逃げてしまえば、本当に戦わなければいけない時にも逃げるようになる」という信念で敵にぶつかっていくことに対し危機感を抱いた。

彼の気持ちはわからないでもないし共感できる点もあるが、無力な人間にできることなどない。

それでも懸命に目標 ── アフトクラトル遠征に参加すること ── に向かって頑張る姿を見ていれば誰でも力を貸したくなるというもの。

京介や嵐山たちは彼の技術的な面を補うために手を貸したが、ツグミはあえて彼の前に敵のように立ち塞がって試練を与えた。

ツグミは修がトリガー使いとしてではなく別の意味でボーダーにとって必要な人材となることに気付いており、誤った道を進む彼を正しい道へと導いた。

かつては大規模侵攻の戦犯として非難された修であったが、今では総合外交政策局というボーダー内でも最も注目される部署の責任者としてその役目を果たしている。

そのことについて誰もが認めており、彼の仕事ぶりに文句を言う人間はひとりもいない。

修を「ボーダーの次代を担う人材」に育てることができたのもツグミが「力」を持っていたからであり、その「力」とは「信頼」と同義でもある。

それまでに積み上げてきた「結果」が芳しいものでなければ信頼を得られず、同時に「力」を持つことはできなくて誰からも認めてはもらえない。

しかしツグミは「結果」を出し、それが忍田の親の七光りではなく彼女が自ら勝ち取った「力」であることを自ら証明してみせたのだった。

 

(あの子の努力はあの子だからできたことだ。その努力を本部長の娘という言葉ひとつで片付けられてしまったらあの子は私の存在を拒絶していたかもしれない。私がいるから自分の努力が認められず、私がいなければ全部自分の結果なのだと言い切れると私を責めたかも…いや、あの子がそんなことをするはずがない。優しい子だからたとえそんなことを考えたとしても自分の胸に納めて我慢しただろう。努力ができるということはひとつの才能でもある。その才能を否定されて平気でいられるはずもなく、ずっと堪えていたらいずれは心が破綻する。あの子を守るべき私があの子を壊してしまったらそれこそ美琴姉さんたちに顔向けができなかった。あの子がボーダーで私と赤の他人のフリをする分、家では私にいろいろ尽くしてくれた。料理の腕が上がったのは私の好物の料理を作りたくて何度も練習をしたのだと聞かされて感動したこともあったな。…つくづくあの子の足を引っ張る存在にならずに済んで本当に良かったと思うよ)

 

 

忍田は旧ボーダー時代のアルバムを元あった場所に戻し、代わりにアリステラ遠征後のボーダーの歩みを記録したアルバムを本棚から取り出した。

最初の写真はたった10人になってしまった旧ボーダーのメンバーの集合写真である。

 

(この写真を撮影した時にはアリステラ遠征の悲惨な記憶は封印されていた。だから表情は仲間を喪った悔しさや哀しみはあるものの悲壮感は漂っていない。むしろ二度とこんなことにはならないようにという覚悟を胸に秘めた闘志のようなものが感じられる。私自身も目の前で子供たちが命を散らした光景を()()()()()()から新生ボーダーを目指して頑張るのだという顔つきでいる。…10日ほど前、城戸さんから突然記憶の封印の話を聞かされてショックを受けた。遠征での犠牲の大きさから考えれば私たちの心理的ダメージはもっと大きかったはずなのだから、生存者でボーダーを辞めたのが九條だけだったのを不思議に思わず、むしろゆりや小南が平然として続けている方がおかしいのだと気付きもしなかった。記憶の封印で仲間が死んだという事実だけは理解していてもそれ以外の凄惨な光景を思い出せないからボーダーを続けていられたのだ。実際に私が記憶の封印を解かれた時に思い出した光景は吐き気をもよおすもので、城戸さんは私たちを()()から救い出して普通に生活できるようにしてくれた。その代わりに自らがすべての苦しみを背負う形になったわけだが、あの人も()()()()が死んでいく光景を目にしていた。あの人こそが一番その記憶を封印したかったにちがいない。あの人の顔の傷は仲間の遺体を回収しようとした平良を助けるために負ったものだが、あの人は敵トリガー使いの刃によって戦闘体を破壊され、生身の身体になってしまったところをさらに攻撃されてしまい一生残る大きな傷を顔と心に負ってしまった。それに平良を助けられなかったのだから、あの人は顔の傷を見るたびにその時の記憶が呼び起こされるはずだ。もしかしたら自分の無力という『罪』を忘れまいとあえて隠そうとしないのではないだろうか。そして忘れてはいけないことを皆の記憶から消した罪と共に贖うために…)

 

アリステラ遠征前の城戸は朗らかで良く笑う青年であった。

しかし遠征後は別人かと思えるほど表情を強張らせた厳めしい人間に変わってしまった。

それは近界民(ネイバー)に仲間を殺された憎悪や敵意が顔に表れてしまっていたのだと忍田たちは考えていたが、真実は自分だけが抱えている苦悩や罪の意識がそうさせていただけだったのだ。

城戸はツグミに頼まれて彼女の記憶の封印を解き、自らの罪を懺悔した。

それによって彼の気持ちはだいぶ楽になったようで、迅、忍田、林藤と次々に記憶の封印を解いてツグミの時と同様に「告白」をするたび背負っていた荷物を少しずつ下していった。

その事実を知っているからなのか、忍田にも城戸の表情が穏やかになったことに気が付いた。

 

(城戸さんにとってアリステラ遠征の記憶は生々しいもので、あのような悲劇を二度と繰り返すまいとして私たちの罪までひとりで飲み込んで長い間ずっと耐えてきた。そんな彼の救いとなったのがツグミだ。美琴姉さんと織羽義兄さんを失った時、そばにあの子がいてくれたからこそ私は強く生きていくことができた。そこに守るべきものがあったからだ。城戸さんも同じように守るべきもののために手段を選ばずボーダーという組織を拡大してきた。私にはツグミひとりだけだったが、あの人にはボーダー隊員というたくさんの()()()()がいて、誰ひとり死なせはしないという覚悟があの表情だったのだろう。そしてようやく自分の役目が終わったのだと考えて()のあの人に戻れたにちがいない。その一番の功労者はツグミだ)

 

忍田はアルバムのページをめくりながら感傷に浸っていた。

ボーダーの新しい本部基地が完成して、当時の隊員たちが勢揃いして写っている集合写真には旧ボーダーのメンバーだけでなく、城戸がスカウトしてきた唐沢、鬼怒田、根付たち幹部や第一次近界民(ネイバー)侵攻後に入隊した沢村や太刀川、東たちもいる。

兄を亡くした風間の表情は硬いが、対照的に嵐山や柿崎といった15歳組は希望に満ち溢れた顔をしている。

 

 

しばらくするとツグミが忍田の部屋へやって来た。

 

「真史叔父さん、おせちをお重に詰め終わりました。城戸さんに連絡したら夕方までに取りに来るそうです。わたしはちょっと用事ができたので外出しますが、もしわたしが留守をしている間に来たら適当な理由をつけて引き留めておいてください」

 

「用事って何だ?」

 

「買い忘れたものがあったので、それを買いに行くんです。クロスバイクではなく徒歩で行きますので、1時間ちょっとくらいかかると思います」

 

「わかった。気を付けて行ってこい」

 

「はい」

 

元気良く返事をしたツグミはパタパタと廊下を走って行き、「行ってきま~す」と忍田に呼び掛けてから玄関を出て行った。

 

 

 

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