ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ツグミが出かけてから30分もしないうちに城戸が忍田家を訪ねて来た。
昨年の大晦日は城戸を招いてツグミと迅と忍田の4人で年越しをしていて、今年も同様に準備をしていた。
しかし城戸が変に気を遣って本部基地の自分の執務室で年越しをすると言い出した。
そんな他人行儀なことをする城戸のことを水臭いと思うのだが、城戸が首を縦に振らないのだから無理に招くことはない。
ただしツグミがおせち料理を作るので、せめてそれを持って帰って食べてほしいと言ってそこは承諾してもらえた。
だからそのおせち料理ができたので取りに来てほしいと連絡をしたのだ。
「ツグミが買い忘れたものがあると言って買い物に出かけているんですが、城戸さんに用事があるらしくて帰って来るまで引き留めておいてくれと頼まれているんです。申し訳ないですがあの子が戻るまで待っていてください」
忍田は城戸にそう言い、居間へと迎え入れた。
テーブルの上にはお茶とお菓子の準備ができている。
そこまでされていると城戸も帰りづらいだろうとツグミは考えたようだ。
そもそも忍田には城戸に渡す重箱がどれなのかわからないので、城戸が早く帰りたいと言ってもツグミの帰宅を待つしかない。
「わかった。…フッ、やはりこれはあの子の
城戸はそう呟いて座布団の上に胡坐をかいた。
忍田もテーブルを挟んで向かい側に座り、不器用な手つきで茶を淹れる。
「今年の大晦日も穏やかで暖かいな」
「はい。ここ数年、天気が良いだけでなくトリオン兵の出現もなく、市民も安心して年が越せるようになりました。それもすべて若い連中が頑張ってくれているからで、私のような一昔前の人間は引退しても良い頃でしょうかね?」
「ああ。しかし引退するとしてもまだやり残したことがあるのだ、無責任にそれを放り出して去ることはできない。…もうしばらくはこのままだろう」
城戸の言う「やり残したこと」とは第一次
8年前に新体制が発足すると鬼怒田が
しかし行方不明者のすべてが
エクトスによって拉致された被害者市民の救出については麟児が持ち帰った「売却先リスト」があったおかげで拉致被害者市民救出計画は進んでいて、あと半年のうちには全員を帰国させることができるだろう。
そうなると
いくらツグミが
レプリカの持つ有吾が足で集めた情報とゼノンたちが諜報活動で集めた情報、そしてツグミたちが実際に現地へ赴き見聞きした最新の情報を合わせてもまだ全然足りないのだ。
だから仮にどこかの乱星国家に拉致被害者市民がいるという情報が入ったとしても、現在その国がどこにあるのかさえ掴むことは容易ではない。
まずは可能な限り多くの
総合外交政策局長の修が中心となって活動しているが、ツグミほどの人脈はないため拉致被害者市民救出計画が完了した先は見通しがつかないでいた。
「三雲くんは頑張ってくれているがツグミのような活躍は見込めない。あの子のいとも簡単に相手の懐に飛び込む術や交渉能力は天性のもので、いくら彼が努力しようとも身につくものではない。それにあの子は
「そうはいってもツグミが自分の役目を彼に任せたのだから、私たちは彼を信じるしかなかろう。あの子が将来不安となる要素を残すという無責任なことをするはずがない。それに彼は4年前に比べると見違えるほど成長した。彼は防衛隊員として入隊を希望して入隊試験を受けたがトリオン能力の低さで不合格となったものの、迅に必ずボーダーの戦力となるから入隊させてくれと言われて特別に許可した。当初は戦力どころか問題児で頭を抱えたが、こういった形での戦力になるとは想像もできなかった」
入隊試験の結果に納得のいかなかった修は幹部に直談判しようと警戒区域にペンチで有刺鉄線を切断し無断で侵入し、その時に出現したトリオン兵に襲われそうになったところを迅に救われている。
修と出会った迅には彼の未来が視えた。
当時の迅にも明確な姿は視えていなかったものの彼がボーダーの存続に欠くことのできない重要人物であることだけはわかっていたので、少々強引な理由 ── ボーダーをあるべき
それが現実になったわけだが、修ひとりではこの結果は出せなかった。
遊真という
こうした要素を持つ修の存在が最重要人物であるツグミを
ツグミは無力でありながら目的のために突っ走ってしまう彼の危うさを危惧し、彼が
その結果、修はボーダーに欠かせない「戦力」となり、ツグミが去った後にボーダーを引っ張っていくことのできる存在として誰もが認める存在となったのだった。
「唐沢さんはかなり早い頃から三雲くんのことを気に入っていましたよね? アフトの大規模侵攻後の記者会見場に彼を連れて来て反論の機会を与えたくらいですし。根付さんや鬼怒田さんとは違ってC級時代の隊務規定違反のことを後々まで引きずることもなく、何かあると『彼はヒーローになれる資質がある』と言って肩入れしていました。迅とは別の直感というか…何か彼の本質のようなものを見極めていたのでしょうかねえ」
「例の第三中学における訓練生用トリガー使用の件については総司令の立場では絶対に許してはならないことだったが、私個人としては認めてやりたいと思っていた。ルール違反はダメだが、自分が罰を受けるとわかっていてもなお仲間のために動いてしまうという彼の気持ちはわからないでもない。むしろ私自身が彼の立場であれば同じように動いたかもしれない」
「城戸さん…」
「ルールとは共通の目的を達成するために必要なものであり、ボーダーという組織を存続させるための合理的なものとして『C級隊員の訓練以外でのトリガーの使用の禁止』と定められている。あの時に私はボーダーのルールを守れない人間は私の組織には必要ないと言ったが、それは本心であり本心ではなかった。人とは理性だけではなく感情で動いてしまう生き物だ。だから彼がクラスメイトを助けようとして隊務規定違反だと認識していてモールモッドに戦いを挑んだことを否定することはできない。しかし彼の行為は蛮勇でしかなかった。モールモッドを倒したのは空閑であり、彼がいなければ三雲くんは死んでいただろう。そして嵐山隊が現着するまでの間に何人かの生徒も犠牲になっていた可能性は高い」
城戸の言うように第三中学のモールモッド出現事件は表向き修の活躍によって解決したことになっているが、実際には彼のトリガーを使用した遊真がモールモッドを倒している。
修がクラスメイトを助けようとして校舎に戻ったのは遊真の力を借りることを前提としたものではなく、遊真がいなくても同じことをしたのは明らかだ。
そして当時の修がモールモッドを倒すことは不可能で、多くの犠牲が生じたとなればマスコミはボーダーをつるし上げたことだろう。
そうなればボーダーという組織の正当性が危ぶまれ、最悪の場合は強力な武器を保有する民間組織として危険視されてボーダーは存続できなかったかもしれない。
たったひとりの人間によるたった1回のルール違反によって組織が瓦解してしまうこともありうる。
組織とは何人もの人間が共通の目的を達成するために存在するのだから、個人が勝手なことをしないようにとルールが定められている。
そう考えると修の「勇敢な行動」は約20年間という長きにわたって築き上げてきたボーダーを崩壊させるほどのインパクトを持つものであったのだ。
だから城戸は修の「正義」を否定した。
それがボーダー総司令官・城戸正宗の義務であるからだ。
友人のために命を懸けて行動することを否定したのではなく、ボーダーにとって正しい判断を下しただけである。
城戸個人としては認めたいことろもあるが、ここで許せば組織の責任者としては失格となるので厳しい処分をしなければならない。
ところが迅が介入して玉狛支部で
「あの時、私は内心ほっとしていたのだよ。彼の行動は称賛できるものではないが、おかげで犠牲者がひとりも出ずに済んだのだからな。もしあの場で彼を褒めれば隊務規定違反を認めてしまうことになり、同様に訓練生でありながらトリガーを使用する者が現れるにちがいない。その時に本人やそばにいた民間人に犠牲が出てしまえば、それは私が悪い前例を認めたからということになる。そんなことにならぬよう厳罰を与えるべきなのだがそれは忍びなかった。それにあの時点でクビにしていたら迅の視た未来…ボーダーをあるべき本来の姿へ戻すことができなくなる。まあ、すべて迅のシナリオに従ってツグミに任せておけばいいということで、後はふたりのやりたいようにさせておいた。私たちが
城戸はそう言ってお茶を飲む。
「去年の年越しは迅を含めて4人で過ごしたが、今年は遠慮しようと私は思っていた。せっかくの親子水入らずなのだから私が邪魔をしては悪いと考えたからだ。しかしたぶんこのまま私を引き留めて来年のようにまた4人で年越しすることになるのだろう」
「なぜそう考えるんですか?」
「あの子のやることだ、ある程度は想像できる。もし本気でおせち料理を私に渡すだけであればあの子が本部基地まで持って来るだろう。それなのにツグミは私におせち料理を取りに来いと言ってここに呼び寄せた。そしてあの子が私を引き留めておいてくれと頼んで出て行ったと聞いて確信を得たよ」
「ここまで来てしまえば帰るとは言い出せない、ですか」
「そういうことだ。買い忘れたものがあったなどと言っているようだが、あの子がそんなミスをするはずもない。適当な理由をつけて外出する口実にしたのだろう。あの子は気を回し過ぎだ」
「そうとも限りませんよ、城戸さん。単純にあの子はあなたに一緒にいてほしいと思っているだけなんじゃありませんかねえ。あなたのことも父親のように慕っていましたから、このままあなたと上司と部下の関係でおしまいにしたくはなくて、それで家族としての時間を作ろうとしたと私は思うんですけど、どうでしょう?」
「そうかもな。いずれにせよもうすぐ本人が帰って来るのだろ? どんな
◆
城戸と忍田がそんな会話をしていると玄関の扉が開く音がした。
「ただいま帰りました~」
ツグミの声がして、台所に荷物を置くとその足で居間へとやって来る。
「城戸さん、お待たせしてすみません」
ツグミがペコリと頭を下げると、その背後に迅が顔を出した。
「こんにちは、城戸さん、忍田さん」
挨拶をする迅を見て、城戸と忍田は顔を見合わせて苦笑する。
迅は弓手町の寮を出てから古巣の玉狛支部で暮らしていて、そんな彼がツグミと一緒に帰って来たというのだからふたりで
ツグミがクロスバイクを使わずに徒歩で出かけたのは出先で合流するためで、実際にふたりで買い物をしてきたのは間違いなさそうである。
「さて、ツグミが帰って来たことだから私はこれで失礼しようか」
そう言って城戸がゆっくりと立ち上がると、ツグミがそれを止めた。
「急いで帰ることはありません。本部基地で留守番をしている総務課の人にはお菓子を差し入れて忍田本部長の家にいるから何かあれば連絡をしてくださいとお願いしてあります。だから明日のお昼までは
城戸はそう来たかと内心にやりとして言う。
「すると今さら本部基地には戻れないな」
「そうですよ。それにおせち料理はできたとお伝えしましたが、
「仕方がない。しばらく世話になろう」
「はい、それでいいんです。夕食は鍋にしようと思っているので、準備ができるまで寛いでいてください。真史叔父さんには手伝ってもらうことはないので、城戸さんのお相手をしてあげていてください」
「わかった」
「じゃあ、ジンさん、手伝ってくださいな。例のものを座敷に運んでおいてください」
「OK。
ツグミと迅はまだ何か
「まだ何か隠していることがありそうだな…」
ツグミの性格を良く知っている城戸はそう呟いて天井を仰ぐ。
そしてそれから約1時間後、忍田家に意外な客がやって来た。