ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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686話

 

 

忍田が来客を迎えるため玄関に行くと、そこにいたのは林藤、陽太郎、レクスの3人と雷神丸であった。

 

「よう、忍田。ツグミに誘われたんで遠慮なく来たぜ。…って、その顔は何も聞かされていなかったってカンジだな」

 

林藤にそう言われて忍田は驚いた顔で頷く。

 

「あ、ああ…。あの子は何も言っていなかったからな。まあ、ひとまず上がってくれ」

 

事情のわからない忍田は林藤たちを居間へ案内し、彼自身は台所へと向かった。

 

「ツグミ、林藤たちが来たが、これはどういうことなんだ?」

 

するとツグミは平然と答える。

 

「城戸さんが来てくれたんですから、林藤さんたちも誘うのが当然でしょ? 今年の年越しはどうしようかと林藤さんは困っていましたから」

 

「どういう意味だ?」

 

「玉狛支部のメンバーで支部に残るのはあの3人と雷神丸だけなんです。オサムくんとユーマくんは三雲家、チカちゃんと麟児さんは雨取家、クローニンさんは本部基地で寺島さんたち技術者(エンジニア)の人たちと年越し麻雀大会、そしてゆりさんは彼氏に誘われて彼氏の実家で過ごすんだそうです」

 

「つまりみんなバラバラになって残りが3人しかいないので、それならここで一緒に年越しをしようということにしたんだな?」

 

「そうです。黙っていたのは真史叔父さんを驚かそうかなって」

 

「たしかに驚いたよ。しかしゆりに彼氏がいたというのは初耳だ。おまえはそれが誰なのか知っているのか?」

 

「もちろんです。真史叔父さんだって良く知っている人ですよ」

 

忍田に心当たりはひとりしかいないのだが、そのひとりというのがすでに玉狛支部を去っていて、おまけに消極的で関係が進んだとは思えなかった。

 

「誰なのかわかっていても納得できないといった顔ですね? そうですよ、レイジさんです。ようやくあの人もゆりさんに告白したみたいです。ゆりさんも28歳ですから、本気で結婚を考えているはず。沢村さんが結婚してしまったことで、ゆりさんも焦っているようですから、他の男性に奪われる前になんとかしようとしたそうです。ゆりさんもレイジさんの気持ちは知っていましたが、レイジさんにはレスキュー隊員になりたいという夢がありました。レイジさんはいろいろ器用なのにこうしたことは不器用で、どっちつかずが嫌だったのでゆりさんのことは後回しにしていた節があります。そこでヨータローとレクスくんにちょっと頼んで尻を叩くと言うか…とにかく背中を押してもらったんですよ」

 

「陽太郎とレクスに、か?」

 

「そうです。こういうことは大人や同世代の人間よりもお子様にやってもらった方が効果あるんです。レイジさん自身は自分がレスキュー隊員になってから告白するつもりでいたみたいですけど、ゆりさんの事情を考えればそんなに待ってはいられません。それでヨータローとレクスくんはレイジさんの職場まで行って先輩や同僚のいる前で言ったんですって。『男は夢を追う生き物だなんて聞こえはカッコイイが、女を待たせなければならない点でダサイ』って。そんなことをお子様に言われたらレイジさんも立つ瀬がありません。おまけに先輩たちから『男なら仕事も女も両立させてみろ』と言われてクリスマスパーティーの時に勇気を出したみたいです。それでレイジさんの家族と一緒に年越しをすることになったそうです。彼氏の家に行って家族と過ごすというのだから、これは大いに希望があると考えていいでしょう。まあ、ダメだったとしてもそれはレイジさんの臆病な気持ちが招いた自業自得というもので、その時には発破をかけたメンバーで慰めてあげなきゃと考えていました。その心配はなくなりましたが玉狛支部でまともに料理のできる人がいなくなったので、ウチで()()()()ことになったというのがこの顛末です」

 

「なるほど…これで合点がいった」

 

「7人と1匹が一緒に食事をするわけですから客間だけではちょっと狭いので、居間と客間の仕切りの襖を外してそこに一番大きなテーブルを置きます。そして玉狛支部で使っていた大鍋とコンロを2セット並べ、石狩鍋と鶏団子の塩ちゃんこ鍋の2種類を出す予定です」

 

「私に何か手伝えることはないか?」

 

「部屋のセッティングはジンさんがやってくれていますが、たぶんヨータローとレクスくんも手伝って今頃は準備完了ってところでしょう。あとはこの具材と食器を運ぶだけなんですけど…」

 

「それなら私が食器を持って行ってやろう。おまえは具材を運んでくれ」

 

忍田は手伝いたくて仕方がないようで、ツグミはそんな彼の気持ちが嬉しいのと彼の姿が子供っぽいものだから微笑んで答えた。

 

「はい、お願いします。そこのテーブルの上に載っているお皿と箸を運んでください」

 

「ああ、わかった」

 

 

忍田はお盆に人数分の皿と箸を載せると客間へと運んで行った。

その後をツグミが野菜や肉などの食材を運んで行くと、客間では卓上コンロの準備ができていて城戸たちは着席していた。

 

「じゃあ、始めましょうか?」

 

ツグミは自分の席に着いて言う。

 

「林藤さん、例のものは持って来てくれましたよね?」

 

「もちろん。これがなけりゃ始まらないからな」

 

そう言って林藤がテーブルの上に載せたのは日本酒の一升瓶であった。

その酒は三門市にある唯一の酒蔵・三門酒造の純米大吟醸「三門之光」で、城戸たち旧ボーダー時代からの大人たちにとって特別なものだ。

ツグミは飲んだことはないものの子供の頃に何度も見たものだから、その特徴のあるラベルには覚えがあった。

そして城戸にはそれでツグミがなぜ自分たちを招いたのかすべてが腑に落ちたのだった。

ツグミは()()()の盃にその酒を注ぎ、陽太郎とレクスのためにオレンジジュースをふたつのグラスに注ぐ。

4つの盃をテーブルの上座に置き、残り7人分の飲み物はそれぞれの席に配った。

 

「ではまず本来ならここにいたであろう最上、有吾、織羽、そして美琴の4人に対して献杯をしたいと思う。みんな、自分の盃を持ってくれ」

 

城戸はそう言って自分の盃を手に取り、それを掲げて言った。

 

「献杯」

 

「「「「献杯」」」」

「「けんぱい」」

 

城戸に合わせて「献杯」を言い、ツグミたち大人組は盃の酒を掲げて飲み干した。

陽太郎とレクスも大人たちを真似てグラスを掲げてからジュースを飲む。

 

最上と有吾と織羽と美琴の4人は城戸の言うように本来ならここにいるはずのメンバーなのだが、残念なことに志半ばにして他界してしまった。

ボーダーを立ち上げた4人と彼らがスカウトした忍田と林藤の6人は忍田家に集まって夢を語り、そこには美琴もいて手料理を振る舞ったり酔っぱらって寝てしまった男たちを介抱してやるなど近界民(ネイバー)との戦いの中にも楽しいことはたくさんあった。

その時に彼らが飲んでいたのが「三門之光」で、彼らの楽しい思い出の中には必ずそこに存在したのだ。

そして彼らが最後に全員集まって宴会をしたのが17年前の大晦日で、忍田が二十歳になったので彼も酒盛りの仲間に加わった。

ツグミは幼かったのでハッキリした記憶はないのだが、城戸たちは忍田家の客間 ── 今彼女たちがいるまさにその場所 ── でワイワイと賑やかに年越しをした時に「いつかツグミが成人した時にはまたこうして皆で共に宴を開こう」と約束をした。

しかしその3年後に織羽と美琴が近界民(ネイバー)の襲撃で死亡し、有吾は近界(ネイバーフッド)にいる時間が長くなったことで三門市にはあまり戻らなくなっていた。

玄界(ミデン)にいる城戸たちは有吾がカルワリアで戦死したことも知らず、最上はアリステラ遠征で(ブラック)トリガーとなってしまう。

残された城戸と忍田と林藤は17年前の大晦日ことをすっかり忘れていたのだが、ツグミは大掃除をしていた時に美琴の遺品の日記を見付けて城戸たちの「約束」を知ったのだ。

ちょうどツグミも二十歳になって飲酒OKで、この機会を逃すと彼女が帰国するまで最低でも10年はこの約束が果たされることはない。

美琴の日記を見付けたのは偶然ではなく必然であったにちがいないとツグミは考え、急遽この計画を迅と共に立てて実行することにしたのだった。

城戸だけでなく忍田と林藤も思い出したらしく、昔の若かりし頃を思い出したのかうっすら涙ぐんでいる。

 

「これで亡き朋友との約束も果たせたな。さあ、あいつらを偲んで私たちはあいつらの分も楽しもう。それが一番の供養だ」

 

城戸のその言葉で場の空気が一転した。

元々宴会とまでは言わなくても集まれば酒と料理を持ち寄って楽しそうに夢を語り合った連中だ、それなのに自分たちのせいで酒の席がしんみりとしてしまうのは最上たちの望むものではない。

むしろ昔のように羽目を外して騒ぎ思う存分楽しんだ方が故人も喜ぶということで、今夜だけはツグミも()()()()が羽を伸ばしてどんちゃん騒ぎとなっても許そうと思っている。

もっとも現在の城戸たちの立場を考えると彼らも浮かれて無様な姿は見せられないし、若くもないので昔ほどは飲むことはできないだろう。

 

 

ふたつの鍋がぐつぐつと煮えてくると、各自好きなものを好きなタイミングで食べる。

もちろん鍋料理だけでなくツグミお手製の料理がテーブルの上に並べられていて、さらに雷神丸のためにもリンゴ、サツマイモ、ニンジンなどの特別料理が用意されていた。

初めのうち陽太郎とレクスは空腹を満たすために鍋を夢中になって食べていたが、すぐにお腹いっぱいになったらしく宴席から離れてテレビの歌番組を見始め、雷神丸は陽太郎とレクスの間に挟まって眠っている。

大人組は酒を飲みながら昔話に花を咲かせていた。

 

「ツグミ、生まれて初めての日本酒の味はどうだ?」

 

林藤に訊かれてツグミは答える。

 

「はい、意外に飲みやすくて美味しいと思いました。日本酒というとなんとなく年長者が飲むものというイメージがあって、若いわたしにわかるものなのかと不安でした。リンゴのようなフルーティーな香りがして、口当たりが優しくてクリアな味わいに辛口と言いながらもほんのりと甘い。誕生日の時にはワインをいただきましたが、どちらかというとわたしは日本酒の方が好きみたいです」

 

「そうか、案外イケる口だな。じゃあもっと飲め飲め。俺たちは酔っぱらっちまうわけにはいかねぇけどな」

 

そう言って林藤はツグミに酌をする。

それを飲みながらツグミは続けた。

 

「ずっと前にゼノン隊長が言っていました。玄界(ミデン)では主食の米を使って酒を造る。なんて贅沢なことをしているのだ、と。近界(ネイバーフッド)でのお酒はほとんどがブドウを使ったワインとブランデー、リンゴを使ったシードルとカルヴァドスで、それも一部の貴族や金持ちの嗜好品で庶民の口には入らないそうです。それなのに玄界(ミデン)では米を使って酒を造り、それを庶民でも普通に飲めるのだから羨ましいとも言っていました。たしかに食料が不足…というよりも労働力の不足で十分な食料を得られないのに穀物をお酒にしてしまうことはできません。それでもお酒は人という生き物にとってとても魅力的なもので、金さえあれば手に入るということにするためにブドウやリンゴの栽培もして酒造りをしているのだそうです。玄界(ミデン)を羨ましいと思ってしまうのは近界民(ネイバー)なら当然かもしれません。ただ近界(ネイバーフッド)でも農業に従事する人を増やして十分な食料を得られるようになれば嗜好品を作る余裕も生まれるというもの。やっぱり戦争をなくすことと人民が病気や怪我で簡単に命を落とすことがないようにする必要があります。そうなるとお医者さんになりたいといって頑張っているレクスくんは先見の明があり、彼みたいな志を持つ人間が増えればその国は少しずつでも豊かになっていくことでしょう」

 

ツグミの話を黙って聞いていた忍田たちは酒の席ですら彼女は近界民(ネイバー)近界(ネイバーフッド)のことを考えているのだとわかると織羽の姿を思い出した。

織羽がまだエウクラートンのオリバであった頃、初めて玄界(ミデン)の酒「三門之光」を口にして祖国で苦労しているであろう同胞にも飲ませてやりたいと言った。

彼がエウクラートンを脱出したのはキオンとの戦争が絶望だと思われていた頃であった。

ミリアムの(ブラック)トリガーの適合者が見付からずキオンに奪われるくらいならということで、リベラートはオリバにミリアムの(ブラック)トリガーを持たせて国を脱出させたのだ。

オリバは技術者(エンジニア)であり優秀なトリガー使いでもあったから戦力として欠かせないものであったはずだが、むしろそんな優秀な人間をむざむざ犠牲にしたくはないと判断した結果であった。

だからオリバは城戸たちと出会って久しぶりに戦争とは無縁な「平和」の中で初めて酒というものを飲んだ。

彼にとっては人生観を変えるほどの強い印象的な出来事となり、いつかはこの美味い酒をエウクラートンに持ち帰って同胞と飲むのだと常々言っていたのだが、その願いはとうとう叶うことはなかった。

そんな織羽の娘が酒を飲める年齢に達し、飲みながら父親の故郷に思いを馳せているとなれば父親代わりの忍田たちは胸が熱くなるというものだ。

 

「織羽義兄さんは日本酒をエウクラートンの同胞と飲み交わしたいといつも言っていたよ。そしてきっとおまえが成人した時にも美琴姉さんと3人で飲もうと決めていたんじゃないかな」

 

「…わたしもそう思います。でも近界(ネイバーフッド)の国々のほとんどは玄界(ミデン)でいうとヨーロッパのような気候風土ですので米作には向いていません。近界民(ネイバー)の先祖が小麦を主食とする民族であり、国土をその小麦を生産するのに適した土地や気候に設定しただけでなく稲作文化を持ち込まなかったから米自体が広まらなかったのでしょう。今さら米作に適した国に変えることは難しいでしょうから、近界民(ネイバー)たちにとっての酒は米以外の作物から作るしかない。それは父もわかっていたでしょう。つまり玄界(ミデン)とは自由に往来でき、貿易も積極的に行っていこうと考えていたにちがいありません。父がどんな未来を夢見ていたのかはわかりませんが、でもわたし自身の夢を叶えることこそがわたしのやるべきことであり、やりたいことでもあります。それが父の夢とはそう大きく違わないものだと思っています」

 

そんな彼女の話を聞いていて、城戸は心の中で呟いた。

 

(ああ、たしかに織羽の夢はおまえに引き継がれていて同じものであることは間違いない。しかしおまえの夢の方が父親のものよりもずっと大きくて果てしない野望とも言えるものだ。おまえは織羽よりもはるかに多くの国の近界民(ネイバー)と交流して広い世界を知ってしまった。やろうとしていることが同じでもおまえの方がスケールはずっと大きい。それも玄界(ミデン)で生まれ育って玄界(ミデン)近界(ネイバーフッド)の違いを正しく理解しているからなのだろう。織羽、おまえは志半ばで命潰えたことがさぞ悔しかったことだろう。しかしおまえが蒔いた種は立派に成長して花を咲かせた。そしておまえの故郷へ行っておまえがやりたいと思っていたことをやろうとしている。だから見守ってやってくれ)

 

 

それから宴会はしばらく続き、一升瓶を空にしてしまうとビールやワインなども開けたり追加の料理もあってツグミたちは4時間近く飲み明かした。

ボーダーの総司令官と本部長と元玉狛支部長で現総合外交政策局顧問という幹部3人が仕事ではなくプライベートで宴会を開いて酒を楽しんでいるという様子は4年前では考えられないことであった。

その頃はまだ近界民(ネイバー)たちがトリオン兵を送り込んで三門市民を拉致しようと暗躍していた。

第一次近界民(ネイバー)侵攻の記憶もだいぶ薄れてきたものの、予断を許さない時期であったのもたしかである。

そんな状態ではいくら年末年始であるといっても幹部が酒を飲んでいたことで任務に支障が出たら大問題となっただろう。

だから当時は現在よりもはるかに厳しい体制で年越しをしたものだった。

城戸たちがのんびりと酒盛りできるようになったのは三門市民が安心して日常を過ごすことができるからで、それはツグミと総合外交政策局員の働きが大きい。

玄界(ミデン)と敵対するよりも手を組んだ方がはるかに楽でメリットが大きい。下手に手を出せばキオンやアフトクラトルが黙っていない」という()()近界民(ネイバー)に広めてきた効果が出ているということ。

つまりツグミが「家族や友人と一緒に平和にのんびりと過ごしたい」という自分自身の()()を叶えるためにやったことがこのような結果となったのであり、当たり前のことをしたまでだと本人は考えているのだ。

 

深夜ともなると陽太郎とレクスの子供たちは熟睡してしまい、忍田が飲み潰れ、続いて迅がテーブルに突っ伏して寝落ちしてしまった。

残った城戸と林藤のためにツグミが漬物やチーズなどを冷蔵庫から出してきて3人で飲み交わしていると遠くから除夜の鐘の音が聞こえてきたのだった。

 

 

 

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