ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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687話

 

 

近界民(ネイバー)出現の報もなく、三門市は静かに新しい年を迎えた。

1月1日だからといって特にいつもと何か違うというわけでもないのだが、やはり年の初めは晴天で初日の出を迎えたいと思うもの。

ツグミは原則として毎朝5時起床で剣の稽古をしているから朝の清々しい太陽の光は彼女にとって日常のことだ。

しかし目が覚める頃には太陽が昇っているという男たちがこの日ばかりは張り切って初日の出を拝むために準備をしている。

三門市の日の出の時間は午前6時51分で、忍田家の2階のベランダから見えるのだがそれではつまらないと林藤が言い出したので場所を変えることにした。

忍田家から20分ほど歩くと玉狛支部の建物の下を流れている三門川の河川敷に行き着く。

周囲に建物はなく日が昇る東南東方面が開けているので初日の出を迎えるにはちょうど良いのだ。

もっとも玉狛支部まで行けばその屋上から広々とした三門市の街並みの向こう側から太陽が昇る様子を見られて最高なのだが、言い出しっぺの林藤自身が「面倒臭ぇ」と文句を言うのだからベストではなくベターで甘んじるしかない。

 

ツグミは「東雲(しののめ)」と呼ばれる時間が好きだ。

東雲とは夜が明ける一歩手前の時間から朝に至る最初の時間で、紫がかった濃青色つまり瑠璃色に染まった空が地平線の下に隠れていてもその存在を示す太陽によって徐々に茜色になっていく。

そして雲の底が黄金に輝き、次第に明るくなっていく様は言葉にできないほど神々しい。

最後に太陽が地上に現れてその恵みの光を注ぎ始めると瑠璃色だった空はその色を失っていく。

そんな一連の光景が好きだから冬場の早朝稽古も苦にはならず、時間だけでなく季節の変わりゆく姿を楽しんでいた。

しかしそれも4日の朝までだから残すところあと3回しかない。

ツグミは迅の隣で昇っていく太陽に祈った。

 

(わたしはこれまでボーダーの人間として玄界(ミデン)側から近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)を繋ぐ友好の架け橋にしようと働いてきました。今度は近界(ネイバーフッド)側から続けていこうと思います。エウクラートンでは近界民(ネイバー)たちの立場になり、彼らがより良く生きていくことができるよう努めるつもりです。これまでは自分自身の幸福のために行動してきましたが、これからは彼らの幸福のために働いて彼らの幸福がわたしの幸福になるよう女王としての務めも果たす覚悟です。だから玄界(ミデン)の方は城戸さんたちをはじめとしたボーダーのみんなにお任せします。だから彼らが近界民(ネイバー)との戦争に巻き込まれることなく安全に近界(ネイバーフッド)を旅できるようにしてください)

 

普段のツグミは神仏に祈ることはない。

世界には大勢の人間がいて悩みや苦しみを抱えていて、助けてほしいから神仏に祈る。

だから自分の手で叶えられるものであれば、自分でやろうというのが彼女の信条だ。

しかし年の初めに初日の出を見た時や初詣に出かけた時には人知を超えたものに対し謙虚な気持ちになって自分の「覚悟」を告げ、その上で自分の力ではどうすることもできないことだけを()()()するのだ。

 

「ツグミ、なんだか熱心に祈ってたようだが、何を祈っていたんだ?」

 

迅に訊かれてツグミは答えた。

 

「祈るというよりも新年の抱負、ですね。わたしはこれまでジンさんのために戦ってきました。それはわたしにとってあなたの笑顔が続くことが何よりの幸せだからです。でもエウクラートンの女王になるんですからあなたのためだけに戦うというわけにはいきません。エウクラートンだけでなくすべての近界(ネイバーフッド)に暮らす者たちのことも考えなければならないからです。だからこれまで『I will fight for you』だったことを『I will fight for you』に変えようと決めたんです」

 

すると迅は首を傾げた。

 

「『I will fight for you』って訳すと『わたしはあなたのために戦う』って意味だよな? だけどこのふたつのどこが違うんだ?」

 

「『you』は単数形も複数形も同じですからね、この両者は言葉が同じでも意味は違うんですよ。前者の『you』はあなた、つまりジンさんのことです。そして後者の『you』はあなた()()で、特定の誰かというのではなく漠然と一般の人々を指すときに用いる『you』なんです。言い換えればジンさんも含めた『みんな』とか『すべての人たち』という意味になります」

 

「ああ、そういえば中学の時に習ったような…」

 

「そうです。それにわたしが幸せだと感じられるためにみんなにも幸せになってもらいたいと考えていましたが、みんなの幸せのために働くことがわたしの幸せなのだと思えるようになりたいとも考えています。立場が変わるんですから考え方も変わります。やることは同じですけどね」

 

そう言って微笑んだツグミの顔は朝日に照らされてほんのり赤く染まっていた。

 

 

◆◆◆

 

 

1月3日の夜、ツグミは玄界(ミデン)における最後の夜をひとりで過ごしていた。

自分の部屋の窓から夜空を見上げ、薄曇の切れ間から見え隠れする月をぼんやりと眺めているとひと筋の涙が頬を伝って落ちる。

女王になっても新しい女王が就任すれば役目を果たしたことになって帰国できるのだから正確に言えば最後ではない。

しかし少なくとも10年は帰国が叶わないのだし、場合によっては本当に最後となる可能性もあるのだからセンチメンタルな気分にもなるというものだ。

 

(これで見納めになるのかな…。これまで何度も近界(ネイバーフッド)へ行った。それは必ずここに帰って来るという覚悟と確信があってのことだからこんなに胸が締め付けられるようなことはなかった。でも今度は違う。これまでは旅行みたいなものだったけど、今度は移住することになるんだもの。それも10年という長期になる。悠一さんはわたしの代わりに近界(ネイバーフッド)の国の外遊をしたり、用事があればこちら側の世界に戻ることも可能。でもわたしは女王として役目を終えるまでエウクラートンを出ることはできない。その間に世界は大きく変わっていくだろう。その変化をこの目で見ることもできず、神殿の中からエウクラートンの民の幸福や安寧を祈り、そのために(マザー)トリガーの操作を行うだけ。自分で選んだ道だから後悔はしていないけど、こちら側の世界には大切なものがいっぱいある。それを手放さなければいけないと思うとやっぱり辛いな…)

 

ツグミがエウクラートンの女王になると決めたのは大叔母であるエレナの身体を労わるためでもエウクラートンの民の将来を憂いたからでもない。

それよりも自分の夢を叶えるための道のひとつと考えていて、従来のボーダーの人間であったらできない手段を講じることができる()()()()()()()のだと意欲満々である。

しかしまだ二十歳の若い女性だから故郷を離れて見知らぬ地で暮らすとなればいろいろと不安はあり、女王ともなれば外部の人間と接触する機会はめったになく、相談できる人物は王家の人間か王城勤めの女性と限られているわけで、これまでのようにはいかないのは確かだ。

 

(まあ、今からいろいろ考えて憂いたところで解決策なんてあるわけがない。何かあったらその時に考えればいい。そのための準備は欠かせないけど、思いつく限りのことはしたからきっと大丈夫。いざとなれば奥の手を使えばいいんだし、キオンのライサ陛下から教えてもらった()()()()がある。…それよりも今の生活よりもずっと不便なものになるわけで、ホームシックにならないようしばらくは玄界(ミデン)のことを思い出せないほど忙しくしていようかな)

 

いろいろ想いを巡らせている間に雲は風に流されて空はすっかり晴れ渡っていた。

半分よりも少しだけ欠けた「上弦の月」が青白くて冷たい光を投げかけていて、吐く息が凍りそうなほど寒い夜だ。

 

ツグミが夜空を眺めながらそんなことを考えていると午後11時となった。

彼女の日課では午後11時就寝で、午前5時起床であるからもう寝なければならない。

明日の朝は午前10時に三門市を発つ予定であり、最後の剣の稽古も欠かさずに行うつもりだ。

彼女はベッドに入ると横になって目を瞑った。

 

ツグミにとって最後の夜はこうして更けていったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

剣の稽古をしている時間はまだ夜明け前で真っ暗だが、稽古を終えて汗を拭う頃になると濃紺色だった空が白々と明けてきた。

まるでツグミの旅立ちを祝福しているかのようにも感じられ、そのうちに抜けるような雲ひとつない快晴の空となった。

 

汗を拭うためにシャワーを浴び、着替えてしまうと朝食の支度に取り掛かった。

といってもいつものように手間をかけてゆっくりとできるものではなく、出来合いのパンやサラダなどで済ますしかない。

なにしろこれからしばらくは忍田家で料理をすることもなくなるため、調理器具はすべてきれいに洗って戸棚に整理してしまったので使えないのだ。

そして忍田と簡単に食事を済ませ、迅の迎えが来るまで支度を整えて待つ。

 

ツグミがエウクラートンの女王に就任するにあたって同盟国の玄界(ミデン)からはボーダー代表として城戸と忍田が就任式に参列することになっている。

さらにキオンに帰国するゼノン、エウクラートンで暮らすリヌスも同行し、ボーダーの遠征艇を操縦するのが玄界(ミデン)に残るテオ。

この7人でエウクラートンへ向かう。

近界(ネイバーフッド)では女王の就任式というような式典であっても玄界(ミデン)の国のように各国のVIPを招待して大々的に行うものではない。

式典は神殿で現女王から新しい女王に対し、女王の象徴ともいうべき王冠を引き渡すだけのもので、それが終わったら国民にそれを発表するだけで顔を出すということもないので非常に簡単なものだ。

いろいろと「しきたり」はあるようだが、同盟国の関係者の参列というのは近界(ネイバーフッド)初のこととなる。

エウクラートン側では就任式の準備は完了していて、あとはツグミが到着するのを待っているだけの状況だそうで、そのことは国民にも知らされているので彼女の到着を今か今かと楽しみにしているらしい。

現在のエウクラートンの位置は玄界(ミデン)からわずか4日という近さで、現地には8日の午後に到着する予定となっている。

12月から1月というのはエウクラートンだけでなくキオンとも1年の中で最も接近する時期であって、キオン側もボーダーに対して何らかの接触をしてくるのは明らかだ。

そのために総合外交政策局の人間は局長をはじめとして全員が玄界(ミデン)に残る。

こうした理由でボーダー代表の城戸とツグミの父親としての忍田のふたりだけがエウクラートンに同行することになったのだった。

 

 

現在では近界民(ネイバー)たちが(ゲート)を開こうとすると強制的に三門市北部にある「国際港」に誘導されるようになっていて、それ以外の場所には(ゲート)は開かないよう設定されている。

そのため年に2-3回はトリオン兵の出現があっても国際港の詰め所にいる留守番の防衛隊員が処理をしてくれるため、市民の暮らす市街地には(ゲート)を開が開くことはない。

そこにボーダーの遠征艇が停めてあり、必要な時には車で国際港までやって来て乗り込むのだ。

ツグミたちが到着するとゼノンたちが遠征艇の発進準備を進めていて、この日の当番であるA級7位二宮隊がその作業の様子を眺めていた。

ボーダー関係者であってもツグミがエウクラートンの女王になるという事実は知らされていない。

表向きはボーダーを辞めてエウクラートンに滞在し、近界(ネイバーフッド)の側からこれまでのように近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の交流を進めるということになっている。

だから二宮隊メンバーもツグミの()()は知らず、単に長い間共に戦った戦友が旅立つ姿を見送ろうということで作業を見ていたのだろう。

 

 

「ツグミ、おまえにはずいぶんと世話になったな」

 

遠征艇を眺めていたツグミに二宮が声をかけてきた。

 

「おはようございます、二宮さん。こちらこそいろいろお世話になりました」

 

ツグミがそう答えると二宮はフッと笑って続けた。

 

「おまえがボーダーを辞めるなど俺は想像もしていなかったし信じてもいなかった。しかしこうして実際におまえが旅立つ様子をこの目で見ることになると信じたくはないが信じるしかない。…寂しくなるな」

 

「え? 今、寂しくなると言いましたか?」

 

二宮の意外な言葉にツグミは驚いたので訊き返してしまう。

 

「ああ。寂しいと言った。俺が入隊した時にはおまえは俺の前にいて、それを追い抜いたというのに今度は後ろにいるおまえから目が離せなかった。トリガー使いとしては俺の方が格上だというのに、なぜかいつも頭の片隅におまえが存在していた」

 

「たぶんそれは入隊してすぐ東隊に配属された時のトラウマかもしれませんね。わたしとあなたの出会いは最悪で、模擬戦をやった時にわたしが()()()あなたに対して大人げないことをしてしまったから。でもあの時は本気で戦っていたのは事実で、本気だからこそ絶対に勝とうとして頭を使った戦いをしただけです」

 

「それはわかっている。自分よりも4つも年下のおまえに頭を使った戦い方で負けたことによって、俺も東さんから素直に戦術を学ぶ気になれた。当時の俺はトリオン能力が高いことが自慢で、高火力でガンガン攻めていけばいいだけだと考えていたからな。おかげで頭を使う戦いが面白いと感じて戦いの幅が広がった。その点ではおまえに感謝している」

 

「感謝だなんて…。わたしも良き戦友を得ることができて本当に良かったと思っています」

 

「それでおまえに話しておきたいことがあったのだが、今時間はあるか?」

 

「はい。でも話しておきたいことってなんですか?」

 

「鳩原のことだ」

 

二宮の口から鳩原という名が出たことでツグミは驚いた。

 

「本来ならボーダーを隊務規定違反で辞めさせられたあいつとの接触は禁じられているのだが、城戸司令からボーダーに関わることは一切話してはならないがそれ以外の個人的なことであればかまわないという許可をもらった。それで年末にあいつの様子がどうなのか気になって会いに行ったんだ」

 

鳩原は二宮隊の元隊員で、彼女が麟児と近界(ネイバーフッド)へ密航したことで大事件となった。

彼女の重大な隊務規定違反のせいで二宮隊はB級降格などの処分を受けたものの、二宮自身は彼女がそんなバカなことをした理由を知りたいと考えていて、彼女が帰国したことによって真実を知る。

そして彼女は家族と共に三門市を出て行くことになったのだが、彼女との接触を禁じられていたので近況を知る由もなかったのだ。

ところが城戸がその禁を解いたらしく、二宮は久しぶりに彼女に会いに行ったということである。

 

「あいつは平凡な顔立ちの平凡な女だったが、現在はそれに輪をかけて平凡に暮らしている。もっともそれがあいつにとって一番幸せなんだろうと思う。引っ越したばかりの頃は近所のスーパーマーケットでアルバイトをしていたようだが、その仕事ぶりを認められて正社員にしてもらったそうだ。弟の方は大学に入学して、ごく平凡な日常を過ごしているという。そもそもあいつが三門市などという場所に暮らしていなければ弟が近界民(ネイバー)に拉致されることもなく、あいつがボーダーに入ることもなかったのだ。いろいろあったが昔に比べて笑顔が増えた気がする。平凡な顔だが笑顔はとても魅力的だ。あの分ならこれからも幸せに生きていけるだろう」

 

二宮は鳩原のことを「平凡」だと言うが、それこそが一番だとツグミは感じていた。

ツグミだって好きでボーダーに入隊したのではないのだし、近界民(ネイバー)から身を守るために武器(トリガー)を使えるようにと入隊しただけだ。

近界民(ネイバー)が三門市民に危害を加えなければ誰も傷付くことはなく、二宮の言う「平凡」な日々がずっと続いていたことだろう。

ツグミも普通に学校へ通って仲間や友人たちと学んだり遊んだりして平凡な日々を延々と続けていたはず。

それが近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)というふたつの世界を行き来するようになって、とうとうエウクラートンという国の女王になる。

 

「平凡が一番ですよ。…そうですか、鳩原さんのことは気になっていましたが連絡を取ることができなくて諦めていました。でも元気そうでなによりです。二宮さん、教えてくれてどうもありがとうございました」

 

「別に気にするな。報告はメールでも良かったのだが、おまえには直接会って話しておきたかったのだ。緑川にも会った時に話してやろうと思う」

 

「ぜひお願いします」

 

二宮はここまで話すと真剣な顔をして黙り込んでしまった。

しかし何か話したいことがあって迷っているように見えたツグミは彼に訊いた。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや…何でもない」

 

「何でもないということはないでしょ? わたしはしばらく帰って来られないんですから、相談したいことがあるなら今ここで話してしまっては解決しておいた方がいいですよ」

 

そうツグミに言われて二宮は覚悟を決めて彼女に言った。

 

「俺は城戸司令から依頼されてA級隊員を続けながら後輩の指導を行う『指導部』に在籍している。給料はまあまあだし仕事も悪くはない。気に入っている。だが先月に東さんや風間さん、冬島さんたち現役の防衛隊員が何人か集められてそれぞれ幹部として働く気はないかと打診されたんだ」

 

「そうですね、城戸司令たちもそろそろ引退したいという希望があるみたいですし、信頼できる若手にその座を譲りたいと考えるのは当然です。それで二宮さんはどんなポジションに誘われたんですか?」

 

「…本部総司令だ」

 

「……」

 

「そんな顔をするな。俺だって信じられないことなんだぞ。俺よりも相応しい人物はいる。俺よりも風間さんの方が総司令としてその役目を果たしてくれるだろう。それがわかっているから悩んでいるんだ」

 

どうやら二宮は本部総司令というトップの座が自分には分不相応だと考えているようだ。

 

「忍田本部長は東さんを自分の後釜にと考えていて、俺も東さんにピッタリだと思う。だが俺が本部総司令だなんて無理があるだろ?」

 

「わたしはそうは思いません。二宮さんにやる気さえあれば務まるはずです。城戸司令だってボーダーを立ち上げた時に自分が最高司令官になるなんて想像もしていなかったわけですし、いろいろと事情があったにせよ自分でやると決めたからこそ旧ボーダーの10人ほどの小さな集団をここまで大きな組織にすることができたんです。苦労はありましたけど、あの人を支えてくれる人がいたからこそ今があるんです。二宮さんにだってそういう人はいっぱいいます。もちろん風間さんもたくさんの人に信頼されていて本部総司令の役目を果たすことができるでしょうが、二宮さんにだってできると思います。…ところで風間さんはどんなポジションに誘われているのか知っていますか?」

 

「あの人は総合外交政策局に入るそうだ。歌川と菊地原のふたりも一緒に異動し、三雲たちのフォローをしたいと言っている」

 

風間が総合外交政策局異動を希望していることはツグミにとって初耳であった。

総合外交政策局はこれからも近界(ネイバーフッド)へ何度も行くことになるのだが、まだ危険を伴う旅になるわけで優秀な護衛は必須である。

なにしろ現在の局員で近界民(ネイバー)との戦闘に耐えうる人材は麟児だけで、遠征の度にA級部隊が交代で護衛を努めていた。

だから風間隊のようなベテランの戦闘員が局員になってくれるのであれば大歓迎で、修にとってもとても心強いはずだ。

 

「風間さんたちが総合外交政策局に入ってくれるのであればオサムくんたちのことは心配ありませんね。風間さんは本部総司令に相応しいでしょうけど、本人の希望を酌んであげた方がいいとわたしは思います。だから二宮さんが本部総司令になれば丸く収まるということになりませんか?」

 

「俺に犠牲になれと言うのか?」

 

「犠牲だなんてとんでもありません。ですがあなたがやりたくないというものを無理強いするつもりはなく、ただ自分に自信がないというだけであれば勇気を出してやってみてはどうかということです。誰だって組織のトップになることに不安がないわけではありません。城戸司令だっていろいろ悩みながらも立派に勤め上げました。その姿をわたしはそばで見てきましたから知っているんです。ただ城戸司令がボーダーを新体制にした頃はすべてが滅茶苦茶な状態でしたから相当苦労したわけですが、あの人が創り上げた組織を守り続けることがあなたの役目となります。あの人が自分の人生をすべて注ぎ込んだ大切なものですから、それを預かるとなると不安になるのは当然です。でもできない人に自分の座を譲ろうだなんて考えません。あなただからできるのだと確信があって城戸司令はあなたに声をかけたわけですから、もっと自信を持っていいと思います。それに城戸司令と二宮さんには似ているところもあるんですよ」

 

「俺と城戸司令が似ている、だと?」

 

「そうです。ふたりとも見た目の印象は不愛想で気難しそうですけど、本当は優しくて頼りがいのある仲間思いの素敵な人です」

 

「……」

 

「個人的には気に入らない人物であっても他人の才能や認めるべき部分はちゃんと認めてくれて評価する。言葉は結構辛口で人によってはそれでダメージを受けることもありますが、本心を知ればそれが愛の鞭だということがわかって納得できます。もっと積極的に他人と交われば理解者も増えるんでしょうけど、その性格上それがなかなかできないという点も似ていますよ」

 

「褒められているんだか貶されているんだかわかりづらいな」

 

「目いっぱい褒めているんですよ。だから城戸司令に似ているあなたなら本部総司令も務まるということです。どうせ答えを出すことに期限はないんでしょうからゆっくりと考えて自分自身を偽らずに答えを出してください。もし本部総司令に就任したと知ったらエウクラートンからお祝いのお花と電報を送りますから受け取ってください」

 

「わかった。今のおまえの言葉を肝に銘じておく。最後におまえと話せて良かった」

 

「わたしもです」

 

ツグミと二宮はそう言って笑った。

二宮が笑う顔はなかなか見られないレアなもので、その様子に驚いた犬飼が離れた場所からこっそり写真撮影していたことを二宮本人は永遠に知ることはないだろう。

 

 

 

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