ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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690話

 

 

戴冠式は滞りなく終了し、この後は王城のバルコニーから広場に集まった国民に挨拶をするというイベントが待っている。

ツグミはテレビで日本の皇族や外国のロイヤルファミリーが国民に対して手を振る様子を何度も見たことがあるが、その時はまさか自分がその立場になるなどと想像もしていなかった。

国民へのお披露目は正午からとなっているので、それまでまだ小一時間ある。

ツグミと迅は自室でしばし休憩することにした。

 

「ツグミ、さっきの神殿での演説は見事だったな。貴族連中が一斉にボウ・アンド・スクレープ、だもんな。おまえを女王と認めた証拠だ」

 

迅の言葉にツグミは少し戸惑った表情を見せて言う。

 

「ええ。…実はあの場でわたしはガツンと一発先制攻撃をかけるつもりでいたんです」

 

「ガツンと…先制攻撃?」

 

「そうです。玄界(ミデン)から来た何も知らない小娘に何ができる? 黙って俺たちの指示に従って(マザー)トリガーの操作だけやっていればいいんだよという考えの貴族たちが少なからずいると聞いていました。だからおまえたちの言いなりにはならないぞ、わたしの意思で国を変えていくんだと宣言しようかと思っていたんです。でも実際にあの場でそんなことはできませんでした。というより(マザー)トリガーと()()()()ことで(マザー)トリガーから声が聞こえてきた気がしたんです。そんなに自分を強く見せようとしなくても大丈夫、あなたの正直な気持ちを言えばそれだけで他の人たちはあなたに従う、と。もしかしたらこの声の主は遠い昔に(マザー)トリガーになったエウクラートン王のお妃さまだったんじゃないかという気がしてきました」

 

(マザー)トリガーの元になった女性か…。(ブラック)トリガーもそうだが元になったのが人間だというんだから、その人間の意思や思念というものが残っていて、特定の人物であれば通じ合うってこともアリかもな」

 

「わたしもそう思います。それでその声に従って彼らにわたしの正直な気持ちを伝えたら…あんなことになったのでわたしも驚いています。でも結果はわたしが望んでいたとおりになりましたからこれで良かったのだと思っています」

 

「そうだな。しかしあの時のおまえ、女王というよりも神ってカンジだったぜ。(マザー)トリガーが輝いて、それを背負ったおまえの顔は逆光になっているのにはっきりと見えた。その柔らかく穏やかな表情が女神のように見えたんだ」

 

「女神だなんて大袈裟ですね。あの場所の雰囲気とか空気感、(マザー)トリガーという最高の演出があったことでそう感じられたんですよ」

 

「ま、俺にとっては昔からおまえは唯一絶対の存在だったから、そういった補正もかかっていたのかもな」

 

「そうですよ。女王になったとはいえわたしは人間ですから。それに近界(ネイバーフッド)で『神』といったら(マザー)トリガーの中でその命が尽きるまで国を維持する哀れな存在なんです。そんなものには絶対なりたくないです」

 

「そう言われたらそうだったな。でもおまえのおかげでこれからは人間が犠牲にならずに済むことになる。生贄の動物には申し訳ないが、それでも人を(マザー)トリガーに放り込まないで済むなら万々歳だ」

 

「家畜は食用として育てているわけですから人が食べることでその役目を果たしてくれます。(マザー)トリガーの『神』用の動物も同じでその目的のために飼育する。今のところ寿命がどれくらいになるのかわかりませんが、十数年から数十年に1頭であれば食用よりも数は少なくて済みますし、それほど長い間苦しむこともないはず。それにわたしが女王でいる間にこの国の『神』に動物を捧げたのであれば、せめてもの償いとしてわたしが毎日()()()のために祈りましょう」

 

動物好きのツグミが動物を犠牲にすることをあえてやろうというのだから、その覚悟は本物だ。

人間には心があるから死なせたくはないが動物なら問題はないと考えているのではない。

彼女はベジタリアンでもヴィーガンでも極端な動物愛護活動家でもないので普通に肉を食べる。

食肉用に飼育されたものや鳥獣被害を防ぐために駆除された野生動物を食べることに対して罪の意識を感じることはなく、むしろ人間の都合によって命を奪われた動物たちに対して感謝と供養の意味を込めて美味しく()()()()ことを常としている。

単純に「動物は可愛いから」という理由で農作物を食い荒らすシカの駆除を残酷な行為だとか、家畜を襲うクマを撃ち殺すなんてとんでもないなどと言うことはしない。

どちらにも生きる権利があって、ふたつの異なる種族の生活圏が重なってそこに衝突が発生する。

動物には鋭い爪や牙があってそれで自分の身を守るが、人間にはそれらはないために肉体的には弱い。

そこで人間は知恵を使って道具を発明し、それを使って戦うのだ。

猟師が害獣を撃つこととハンターが趣味や娯楽で野生動物を撃つことでは意味合いが違う。

そして害獣として駆除されたものをジビエとして美味しい料理にすることで人間と野生動物との「共存」を目指す活動についてツグミは大賛成で、逆に動物の命を軽んじて遊びで生き物を殺す連中に対しては憤っている。

だから娯楽で猟銃を撃ちたいハンター共にはガトリン隊が使用した「ドグ」のようなトリオン兵を与えておけばいいと考えた。

トリオン兵なら倫理的な問題はなく、ゲームのようなもので標的の難度(レベル)を調整することも簡単だ。

それに密猟なんてことをしようとするなら現地にドグを放って密猟者を追い立ててやればいい。

なにしろトリオン兵に対して普通の猟銃では歯が立たないのだからドグに勝てるはずがないのだ。

ツグミは「娯楽で生き物の命を奪おうとする輩には一度逆の立場になって()()()()側の気持ちを味わえばいい」と考えていて、それも修に渡したUSBメモリに「計画書」として()()されている。

 

「そういえばキオンのテスタ閣下が来ているなんて聞いてないから驚いたぜ」

 

「ええ、わたしも驚きました。でもこれからは今まで以上に両国の関係は密接になるでしょうから、その手始めとしてわたしの戴冠式に国賓として列席してもらうことにしようとリベラート殿下が決めたんだと思います。なにしろ両国の距離は近いですからね。年間通して数時間で移動できるので何かあればすぐに駆け付けることも可能。たぶんわたしたちが到着してすぐに連絡をしたんでしょう」

 

「…でも不思議なもんだよな」

 

「何がですか?」

 

「だって近界民(ネイバー)は『玄界(ミデン)からやって来た5人の王と5人の妃と500人の民』の末裔でキオンとエウクラートンの初代の王は双子の兄弟だった。元は力を合わせて国を盛り立てていこうと考えてすぐそばに国を興したくらいだからとても仲が良かったにちがいない。それが長い年月を経て変わっちまった。キオンがエウクラートンに攻め込んでミリアムさんが(ブラック)トリガーになって一度はキオンを退けたが、次の侵攻では(ブラック)トリガーの適合者がいないってことでおまえの親父さん、つまり織羽さんが(ブラック)トリガーを持って玄界(ミデン)へやって来たことでおまえが生まれた。キオンとエウクラートンが戦争しなかったらおまえは存在しなかったことになる。そしておまえはキオンへ行ってテスタ閣下と会い、それがこの()()に結び付いているんだぞ。まるで()()の意思によって操られているみたいだ」

 

迅の言い分に納得したのか、ツグミは頷いて言った。

 

「そうですね。長い間ずっと近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)というふたつの世界は独自の文明を築いてきて別々の存在だった。でも近界民(ネイバー)とは元々玄界(ミデン)にあった古代の超文明を持っていた一族の末裔で、彼らは玄界(ミデン)へ来る技術を持っていたけど、その逆はなかった。だから近界民(ネイバー)玄界(ミデン)へ行こうとしなければふたつの世界を行き交う者はいなかったのに、トリオンを欲した近界民(ネイバー)がトリオン文明を持たない玄界(ミデン)の人間に目をつけた。抗う手段を持たない人間をさらうのは簡単だもの」

 

「……」

 

「それを『5人の王』は憂いた。国を滅ぼしてしまほどの強大な技術を手に入れてそれを反省したからこそ別の世界へと渡って新しくやり直そうとしたはずなのに、自分たちの子孫がその力を用いて故郷である玄界(ミデン)とそこに住む人間に加害している。ならばそんなことをやめさせなければならないと、ふたつの世界を平和的に結び付ける人間を生み出した。それがわたしの父の織羽で、近界民(ネイバー)玄界(ミデン)の人間を結び付けるキーパーソンにしたんだけど、残念なことに志半ばで他界してしまう。それは『5人の王』にとっても悔しいことだったから、そこで諦めずに織羽の娘、つまりわたしにその役目を引き継がせた。わたしは自分の意思でやっていると思い込んでいても、それは『5人の王』に操られていることに気付かないだけかもしれません。少し癇に障るけど手段や経緯はどうであれ、結果が納得できるものであれば多少のことには目を瞑ることにしましょう」

 

「ハハッ、目を瞑る、か。自分の人生が大きく関わっているのにそんなことを言えるのはさすが女王さまだ」

 

迅はツグミの見事な()()ぶりに感心していたが、中身は自分の良く知っている彼女のままだということに気が付いた安堵した。

彼女が女王の衣装を身に付け王冠を頂いている上に仕草が高貴な女性のそれであったため()()()()()と感じていた。

ところが他人がひとりもいないところでは()の霧科ツグミだった頃の彼女が現れて、自分にだけは素を見せてくれる。

それが少し嬉しい迅であった。

 

 

◆◆◆

 

 

王城前の広場には2000人を超えるエウクラートンの民が新しい女王の登場を今か今かと待っていた。

王都の人口が約1万だというからそのほぼ5分の1の人間が一堂に会しているということ。

広場の面積が約500平方メートルだから、そこに2000人以上の人がいるということは広場全体が人でびっしりと埋め尽くされている状態となる。

そのすべて…とまでは言えないが、多くの人間がツグミという玄界(ミデン)から来た少女をひと目見ようと集まって来ているのだ。

英雄オリバの娘でリベラートの孫、庶民階級の人間では一生会うことなどない女王となれば将来への期待よりも好奇心によって見たいと思うのは無理もない。

中には「玄界(ミデン)の小娘に女王が務まるか見定めてやろう」という意地悪な人間もいるだろうと考えていたツグミだったが、迅と一緒にバルコニーに現れたとたんに自分の愚かさを恥じたのだった。

 

ツグミの姿を見た観衆は一瞬だけ口を閉じて黙ったが、すぐに割れんばかりの拍手と歓声が沸き上がった。

それに応じるようにツグミと迅が手を振るとさらに音量が増してそれが城壁や建物に反響する。

 

(これが国民の女王(わたし)に対する期待の大きさってこと? こんなに大勢の人がわたしを歓迎してくれるなんて想定外…。でもこの声に応えることがわたしの役目。この声の大きさと熱を忘れず、女王として国民のために働くことこそがわたしの幸福につながっているのだと考えなきゃ)

 

しばらく完成と拍手が続いたが、それが収まるとツグミは国民に向けて初めて声を上げた。

 

「エウクラートンのみなさん、初めまして。わたしがエレナ陛下の後継として女王となったツグミ・ジン・オーラクルです。みなさんの中にはご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、わたしの父はオーラクル家の血筋であってもわたし自身は玄界(ミデン)生まれの玄界(ミデン)育ちです。ですのでこの国の女王として役目を果たすことができるかどうかみなさんは不安に感じているかもしれませんね? でも大丈夫です。先ほど女王の王冠を戴いた時、(マザー)トリガーはわたしのことを歓迎してくれました。わたしにはこの国に対する知識はありませんし、みなさんがどのような生活を望んでいるのかも知りません。そこでわたしはみなさんの『声』を聞き、何がみなさんにとって最善なのかを考えて力を尽くしたいと思います」

 

国民は黙ってツグミの言葉を聞いていた。

これまで女王が国民の前に顔を出すことすらなかったというのに、玄界(ミデン)から来た若き新女王は自分たちに丁寧な言葉を使って「声」を聞き届けてくれるというのだから。

これは戴冠式で貴族たちですら驚いたのだから、庶民階級の人間ならなおさらだ。

さらに続くツグミの言葉に彼らは驚くだけでなく感動してしまう。

 

「わたしはこれから女王という役目を担うわけですが、女王はみなさんよりも偉い存在だということではありません。わたしが女王として(マザー)トリガーを操作することはみなさんが畑で野菜を作ったり、兵士さんが国を守るために戦うことと何ら変わりはありません。ただ特定の人間にしかできないことだから貴重な存在なのであり、けっして人間的に優れているという意味ではないのです。オーラクル一族も王家の人間だから偉いのではなく、それに伴う義務を果たしているから国民から尊敬されているのです。わたしはまだ20年ほどしか生きていません。人間としての経験はまだまだです。その点ではここにいらっしゃるみなさんの方がはるかに上でしょう。でもだからといってみなさんの方が優れているということでもありません。人はひとりでは生きていけません。誰かが誰かのために働いて国を支えているのです。わたしが(マザー)トリガーを操作してトリオンを必要だと思われる個所に配分し、そのトリオンが満ちた畑を耕して野菜や穀物を作る人がいる。それらを王都へ運んでくれる人がいて、王城の料理人が調理をしてわたしは食事をすることができるのです。このサイクルのどこかひとつでも欠けてしまえば国は成り立ちません。つまりみなさんもこの国を支える重要な柱のひとつであることを覚えておいてください。わたしはみなさんと共にこのエウクラートンの未来を創っていきたいと考えております。こんな女王ですけどどうぞよろしくお願いいたします」

 

ツグミはたびたび人の考えていることの斜め上のことをする。

常識では測れない思考と行動力を持つ彼女のやることは既成の枠に収まり切れないものばかりで、迅ですら彼女に振り回されることが多かったのだから彼女のことを知らない人間にとっては面食らうことばかりだろう。

しかしエウクラートンの民は彼女を歓迎しているようだ。

その証拠に彼女が挨拶を終えて再び手を振ると、誰かが叫んだ言葉に合わせてそれが大合唱となったのだ。

私たちの女王に栄光あれ(VIvat regIna nostra)!」というシュプレヒコールの大波が生まれ、その波は十数分間収まることはなかった。

庶民階級の人々は王族とは自分たちと違う人間だと考えていて、その頂点に立つ女王が「みなさんと共にこのエウクラートンの未来を創っていきたい」と自分たちのことを対等な一個の人間として認めてくれた事実に感激してしまったのだろう。

それが若くて元気はつらつとした女王の言葉なのだから将来に期待をせずにいられない。

近界(ネイバーフッド)の国は(マザー)トリガーが()()に運営されていれば国は発展していくし、大地がトリオンに満ちていれば作物は順調に育つ。

食料が豊富なら民は飢えることはなく、健康でいれば寿命は延びるし人口も増える。

そうして国が繁栄するとその「恵み」を奪おうとする不逞の輩が現れるのだが、ツグミが始めた同盟国構想が近界(ネイバーフッド)に広まれば争いは発生しない。

同盟国同士では戦争はしないことになっているし、第三国が侵攻してくればボーダーをはじめとしてキオンやアフトクラトルといった()軍事大国が連合軍を組織し、遠征軍が反撃を受けるとなれば手を出せるはずもないのだ。

エウクラートンの女王が元ボーダーの人間で、彼女が同盟国構想を提案して自ら各国に働きかけてきたという実績を各国に広めることでエウクラートンは今後他国の侵攻を受けることは絶対にないだろう。

この計画をリベラートは事前に国民に説明しており、彼らはツグミが女王になってくれることを心の底から願っていた。

それはリベラートが国民から敬愛されている人物であったからで、ツグミの想像以上に彼女への期待が高まっていたのだった。

ツグミは涙を両目に浮かべながら感激しており、きっと彼女はこの光景を一生忘れることはないだろう。

 

 

 

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