ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
戴冠式は滞りなく終了し、この後は王城のバルコニーから広場に集まった国民に挨拶をするというイベントが待っている。
ツグミはテレビで日本の皇族や外国のロイヤルファミリーが国民に対して手を振る様子を何度も見たことがあるが、その時はまさか自分がその立場になるなどと想像もしていなかった。
国民へのお披露目は正午からとなっているので、それまでまだ小一時間ある。
ツグミと迅は自室でしばし休憩することにした。
「ツグミ、さっきの神殿での演説は見事だったな。貴族連中が一斉にボウ・アンド・スクレープ、だもんな。おまえを女王と認めた証拠だ」
迅の言葉にツグミは少し戸惑った表情を見せて言う。
「ええ。…実はあの場でわたしはガツンと一発先制攻撃をかけるつもりでいたんです」
「ガツンと…先制攻撃?」
「そうです。
「
「わたしもそう思います。それでその声に従って彼らにわたしの正直な気持ちを伝えたら…あんなことになったのでわたしも驚いています。でも結果はわたしが望んでいたとおりになりましたからこれで良かったのだと思っています」
「そうだな。しかしあの時のおまえ、女王というよりも神ってカンジだったぜ。
「女神だなんて大袈裟ですね。あの場所の雰囲気とか空気感、
「ま、俺にとっては昔からおまえは唯一絶対の存在だったから、そういった補正もかかっていたのかもな」
「そうですよ。女王になったとはいえわたしは人間ですから。それに
「そう言われたらそうだったな。でもおまえのおかげでこれからは人間が犠牲にならずに済むことになる。生贄の動物には申し訳ないが、それでも人を
「家畜は食用として育てているわけですから人が食べることでその役目を果たしてくれます。
動物好きのツグミが動物を犠牲にすることをあえてやろうというのだから、その覚悟は本物だ。
人間には心があるから死なせたくはないが動物なら問題はないと考えているのではない。
彼女はベジタリアンでもヴィーガンでも極端な動物愛護活動家でもないので普通に肉を食べる。
食肉用に飼育されたものや鳥獣被害を防ぐために駆除された野生動物を食べることに対して罪の意識を感じることはなく、むしろ人間の都合によって命を奪われた動物たちに対して感謝と供養の意味を込めて美味しく
単純に「動物は可愛いから」という理由で農作物を食い荒らすシカの駆除を残酷な行為だとか、家畜を襲うクマを撃ち殺すなんてとんでもないなどと言うことはしない。
どちらにも生きる権利があって、ふたつの異なる種族の生活圏が重なってそこに衝突が発生する。
動物には鋭い爪や牙があってそれで自分の身を守るが、人間にはそれらはないために肉体的には弱い。
そこで人間は知恵を使って道具を発明し、それを使って戦うのだ。
猟師が害獣を撃つこととハンターが趣味や娯楽で野生動物を撃つことでは意味合いが違う。
そして害獣として駆除されたものをジビエとして美味しい料理にすることで人間と野生動物との「共存」を目指す活動についてツグミは大賛成で、逆に動物の命を軽んじて遊びで生き物を殺す連中に対しては憤っている。
だから娯楽で猟銃を撃ちたいハンター共にはガトリン隊が使用した「ドグ」のようなトリオン兵を与えておけばいいと考えた。
トリオン兵なら倫理的な問題はなく、ゲームのようなもので標的の
それに密猟なんてことをしようとするなら現地にドグを放って密猟者を追い立ててやればいい。
なにしろトリオン兵に対して普通の猟銃では歯が立たないのだからドグに勝てるはずがないのだ。
ツグミは「娯楽で生き物の命を奪おうとする輩には一度逆の立場になって
「そういえばキオンのテスタ閣下が来ているなんて聞いてないから驚いたぜ」
「ええ、わたしも驚きました。でもこれからは今まで以上に両国の関係は密接になるでしょうから、その手始めとしてわたしの戴冠式に国賓として列席してもらうことにしようとリベラート殿下が決めたんだと思います。なにしろ両国の距離は近いですからね。年間通して数時間で移動できるので何かあればすぐに駆け付けることも可能。たぶんわたしたちが到着してすぐに連絡をしたんでしょう」
「…でも不思議なもんだよな」
「何がですか?」
「だって
迅の言い分に納得したのか、ツグミは頷いて言った。
「そうですね。長い間ずっと
「……」
「それを『5人の王』は憂いた。国を滅ぼしてしまほどの強大な技術を手に入れてそれを反省したからこそ別の世界へと渡って新しくやり直そうとしたはずなのに、自分たちの子孫がその力を用いて故郷である
「ハハッ、目を瞑る、か。自分の人生が大きく関わっているのにそんなことを言えるのはさすが女王さまだ」
迅はツグミの見事な
彼女が女王の衣装を身に付け王冠を頂いている上に仕草が高貴な女性のそれであったため
ところが他人がひとりもいないところでは
それが少し嬉しい迅であった。
◆◆◆
王城前の広場には2000人を超えるエウクラートンの民が新しい女王の登場を今か今かと待っていた。
王都の人口が約1万だというからそのほぼ5分の1の人間が一堂に会しているということ。
広場の面積が約500平方メートルだから、そこに2000人以上の人がいるということは広場全体が人でびっしりと埋め尽くされている状態となる。
そのすべて…とまでは言えないが、多くの人間がツグミという
英雄オリバの娘でリベラートの孫、庶民階級の人間では一生会うことなどない女王となれば将来への期待よりも好奇心によって見たいと思うのは無理もない。
中には「
ツグミの姿を見た観衆は一瞬だけ口を閉じて黙ったが、すぐに割れんばかりの拍手と歓声が沸き上がった。
それに応じるようにツグミと迅が手を振るとさらに音量が増してそれが城壁や建物に反響する。
(これが国民の
しばらく完成と拍手が続いたが、それが収まるとツグミは国民に向けて初めて声を上げた。
「エウクラートンのみなさん、初めまして。わたしがエレナ陛下の後継として女王となったツグミ・ジン・オーラクルです。みなさんの中にはご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、わたしの父はオーラクル家の血筋であってもわたし自身は
国民は黙ってツグミの言葉を聞いていた。
これまで女王が国民の前に顔を出すことすらなかったというのに、
これは戴冠式で貴族たちですら驚いたのだから、庶民階級の人間ならなおさらだ。
さらに続くツグミの言葉に彼らは驚くだけでなく感動してしまう。
「わたしはこれから女王という役目を担うわけですが、女王はみなさんよりも偉い存在だということではありません。わたしが女王として
ツグミはたびたび人の考えていることの斜め上のことをする。
常識では測れない思考と行動力を持つ彼女のやることは既成の枠に収まり切れないものばかりで、迅ですら彼女に振り回されることが多かったのだから彼女のことを知らない人間にとっては面食らうことばかりだろう。
しかしエウクラートンの民は彼女を歓迎しているようだ。
その証拠に彼女が挨拶を終えて再び手を振ると、誰かが叫んだ言葉に合わせてそれが大合唱となったのだ。
「
庶民階級の人々は王族とは自分たちと違う人間だと考えていて、その頂点に立つ女王が「みなさんと共にこのエウクラートンの未来を創っていきたい」と自分たちのことを対等な一個の人間として認めてくれた事実に感激してしまったのだろう。
それが若くて元気はつらつとした女王の言葉なのだから将来に期待をせずにいられない。
食料が豊富なら民は飢えることはなく、健康でいれば寿命は延びるし人口も増える。
そうして国が繁栄するとその「恵み」を奪おうとする不逞の輩が現れるのだが、ツグミが始めた同盟国構想が
同盟国同士では戦争はしないことになっているし、第三国が侵攻してくればボーダーをはじめとしてキオンやアフトクラトルといった
エウクラートンの女王が元ボーダーの人間で、彼女が同盟国構想を提案して自ら各国に働きかけてきたという実績を各国に広めることでエウクラートンは今後他国の侵攻を受けることは絶対にないだろう。
この計画をリベラートは事前に国民に説明しており、彼らはツグミが女王になってくれることを心の底から願っていた。
それはリベラートが国民から敬愛されている人物であったからで、ツグミの想像以上に彼女への期待が高まっていたのだった。
ツグミは涙を両目に浮かべながら感激しており、きっと彼女はこの光景を一生忘れることはないだろう。