ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ツグミの女王就任は国民の承諾も得た形となったわけで、あとは彼女が適切に
面倒だと思われていた貴族議員たちも彼女を認めている。
何かトラブルが発生すればすぐに文句を言うだろうが、彼らも
ツグミが楽天的でいられるのは
地震や台風などの天災を人間が止めることはできず、災害を最小限に抑えるために対処しかできない。
それに災害だけでなく日常の天気も晴れや曇り、雨など
しかし
もちろん
だから日照不足で十分成長できなかったとか、大雨で畑の土が流されて作物が台無しになってしまったなどということはありえない。
やろうと思えば国全体の年間を通じての平均気温を上げて熱帯地方のような状態にもできるし、1年の中で一時期雨を多く降らせることで稲作を行うことを可能とすることもできる。
天災が起きず気候も自由に操ることが可能ならば農業も計画的に行って作物を増産し、それを他国へ輸出することもできるようになる。
そうすることで国は豊かになり、エウクラートンがそのモデルとなれば他国もマネをするようになるだろう。
だからこそ
ツグミは晩餐会の始まる時間まで特にこれといってやることがないので神殿へとやって来た。
それは何かを自分に伝えたいのかもしれないと考え、ツグミは
すると慈悲深く凛とした声の女性が耳ではなく直接頭の中に語りかけてくるのを感じた。
(あなたは初代エウクラートン王のお妃さまですか?)
ツグミが心の中で語りかけると「声」は返事をした。
(ええ、そうよ。私の名はメルチェーデ、初代エウクラートン王の妃で
(……)
(どうしたの? 私に会いたくてここに来たのでしょ? 別に私のことを憐れむ必要はないのよ)
(…!)
(驚いた? あなたの心の中は全部お見通しなの。そう、私が
(はい。隠し事ができないというのはちょっと不便ですけど、腹を割って話ができるということですよね。…あなたはエウクラートン王のお妃さまであったというだけでその身を捧げたわけですが、1万年もの気が遠くなるほど長い間ずっとあなたはここでただ国民を見守るだけの存在となった。愛しいエウクラートン王と離別し、彼が死んでも自分はその葬儀にも出られない。事実を知ることはできても弔うことのできないことを辛いと思ったことはありませんでしたか?)
(もちろん哀しかったわよ。それは夫だけでなく子供たちだってそう。私は彼らをずっと見守ってきて彼らが生きている間は幸せだった。触れ合うことはできなくても
(あ、はい。でもこうして会話をしているということは、ちゃんと感情があるということですよね?)
(ええ、そのとおり。その理由は私にも共に歩む仲間がいたから)
(仲間?)
(そうよ。あなたたちが『神』と呼ぶ者たち。彼らは人間よりは寿命が長いけど、それでも数百年単位だから何度も出会いと別れを繰り返してきたわ。彼らは私と同化すると対話ができるようになるの。そしてふたりで長い間ずっと
(いいえ。
すると
(あなたは賢い子だと思っていたけどさすがはオリバの娘ね。知識の量は並の人間の何倍もあって、それを正しく分析思考できる。
(なるほど、腑に落ちました。それにひとつ質問をしてもよいですか?)
(ええ、いいわよ)
(『神』となった方は今どういう状態にあるんでしょうか?)
(それは苦しんでいないかという意味かしら?)
(そうです。『神』となった人は
(つまり『神』になった人が哀れで、その身替わりに動物を生贄にしようと考えたわけね。それについてだけど半分は正しいけど半分はどうかと思うのよ、私は)
(どういう意味ですか?)
(まず『神』になった人は身を捧げる時に迷い、悩み、そして苦しんだわ。自分が犠牲になれば親しい人たちが幸せになれるのだと思えば自分が『神』になることが正しい、自分が『神』になると決めるの。『神』になるには自らの意思で
「メルチェーデさま、どうかしましたか?」
ツグミは声に出して
すると少し間があったが再び語りかけてきた。
(ごめんなさい。今、『神』と話をしていたのよ)
(『神』…さまと?)
(さっき彼らは私と同化すると対話ができるようになると話したでしょ? 私とあなたが会話していたから、
(幸せ?)
(そう。彼女は300年くらい前にエウクラートンで地方貴族の家に生まれたの。貴族といってもそれほど裕福ではないし女性だったから家督を継ぐこともないので、領地の農民と混じって一緒に畑を耕すことで日々過ごしていた。温厚で誰にでも優しくできる女性だったの。18歳になると恋人もできて、幸せの絶頂にいたわ。ただ…当時のエウクラートンは『神』の寿命が尽きかけていて、せっかく結婚したというのに彼女に『神』の指名が来た。それが25歳の時。彼女が拒絶することもありえたのだけど、彼女は素直に従った。それは自分が選ばれたということはそれがエウクラートンにとって必要とされているのだと言って納得して身を投じた。もちろん旦那さんや3人の子供たちと別れることは辛かったけど、彼らが幸せに生きることができるのならそれがいいって。そして旦那さんにこう言い残した。『3人の子供たちを立派に成人させてちょうだい。そうしたら子供たちがそれぞれ配偶者を見付けて子供を作ってくれる。それもすべて自分の子供たち。だから自分は多くの人間の幸せのために身を捧げることができるのです』と。そしてその子供たちがさらに子孫を残していくわけで、彼らの幸せを願うことで心穏やかにいられるそうよ)
(ソアラさまは人間ができている方だったんですね)
(いいえ、これまで『神』になった人たちはみんな同じ。だってさっきも言ったように無理やりではなく納得して『神』になってもらったのだから。そして寿命が尽きようとしていると次の『神』が早く見付かるようにとか、次の『神』も心穏やかに最後まで勤めを果たせますようにと祈って消えていくの。これまで何人も彼らを見送って来たけど、誰ひとりとして後悔している人はいなかった。それが心を偽っているのではないことは私が一番良く知っているわ。そしてあなたが人間の代わりに動物を使おうという考えは悪くない。できることなら人間を犠牲にしない方がいいのだから。…でも私としては動物じゃない方がいいの。だって動物だと会話できるかどうかわからないじゃない)
(ソアラさまだって好き好んで『神』になったのではありません。アフトクラトルでは『神』を選ぶにあたって4つの有力領主がそれぞれ候補者を立てて『神』を見付けた領主が次の王となる慣習がありました。そのせいでわたしのボーダーの後輩の女の子が狙われて、彼女を守ろうとした男の子が瀕死の重傷を負ってしまいました。このアフトの例は特殊ですが、『神』のことで人が争ったり哀しむことががない方がわたしはいいと思います)
(それはそうね。今のは私のワガママだわ。ごめんなさい)
(いえ、謝ることではありません。メルチェーデさまは気が遠くなるほどの長い時間を過ごしてきたのですから無理もありません。これからはわたしがお慰みに
(それは面白そうね。私の知っている
ツグミは少しでも
そして自分の存在を認識して気持ちを理解してくれる人物が現れたことでソアラも嬉しかったにちがいない。
◆◆◆
新女王の戴冠祝賀パーティーが王城で開かれた。
これは神殿での戴冠式に出席したメンバーに王城の使用人たちを加えた約100人の立食式のものだ。
しかし立食式であれば上座も下座もなく、自由に動き回って料理と酒と会話を楽しむことができる。
中には慣れない形式のパーティーに戸惑う者もいたが、好きな料理を好きなだけ食べるとか、この機会に女王であるツグミに自己アピールしようとする貴族連中には都合が良かったようだ。
彼らは国民議会の議員でもあり、自分たちの意見を取り上げてほしいという意味でツグミに大量の贈り物をしていた。
ツグミはそれを受け取り拒否するかと思われたがすべて受け取っておき、それを換金して王都に保育所を建てる予定でいる。
貴族連中は賄賂のつもりでいるのだろうがツグミにはそんなものに興味がないので効果はない。
ただし保育所が完成した時には賄賂を贈った貴族連中の寄付によって建設されたというレリーフを設置して彼らに納得させることにする。
ツグミに言わせれば「女王になれば不要なものばかりじゃないの。宝石や豪華な衣装なんて欲しくはないし、そもそも使う機会なんてないわよ。だったら全部売ってしまってそれで有意義な使い方をした方がマシ」ということなのだ。
高価な宝石や衣装などを買う人がいるのかと思うが案外いるらしい。
庶民階級でも裕福な商人や貴族とは言えないまでも地方領主として領地を治めている経済的に豊かな人間はいる。
そういった連中は王族や貴族が使用したものを自らが使用することで優越感を満たすという習慣があるらしく、王家で使用したものを販売する店舗が王都にあるくらいだ。
ツグミにとっては無用なものでも喜んで使用してくれる人がいれば良いとばかりに、受け取ったものは次々と控室へと運ばれて行った。
近いうちに王都の店舗には大量の「女王陛下が民に分け与えてくれた祝福の証」としてプレミア価格で販売されることだろう。
そして立食パーティーにしたのはツグミが忍田や城戸、テスタやゼノン隊の3人と親しく話すことができるようにという手段でもあった。
テーブルに就いての食事となると上座となる場所にはエレナとリベラート夫妻といった
ツグミは移動しながら誰に対しても親し気に声をかけていき、その流れの中で忍田と城戸のふたりと会話をすることができた。
そしてしばらく会話を楽しみ、続いてテスタに礼を言い、ゼノン隊の3人にも声をかけて話をする。
これまで世話になった人たちで、彼らがいたからこそ今の自分があるのだと理解しているから自然と笑顔になるわけなのだが、それを快く思わない者もいた。
女王たるものは頭を軽々しく下げるものではなく、自ら話しかけるようなことをするべきではないと考えている輩には彼女の気持ちなどわかるはずもない。
人とは相手に対して謙虚であり敬意を示す気持ちがあると自然と首を垂れるものだ。
常にふんぞり返っている連中には理解できないことだろうが、ツグミは理解させようという気はない。
人間の倫理観や道徳心など一朝一夕でどうなるものでもないし、女王の命令で従わせるような愚かなことは絶対にあってはならないと彼女はわかっている。
他人を見下すような連中には口で言ってもわかるはずもなく、ツグミ自身の行動で示すしかない。
今日はその長い旅路の第一歩で、まだ何もかもが始まったばかりなのだ。