ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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【ツグミ・ジン・オーラクルから忍田真史への手紙】

 

真史叔父さん、お元気ですか?

わたしはとても元気です…とはちょっと言い難い状況となっています。

倦怠感と吐き気が定期的に襲ってくるのです。

でもご心配はいりません。

女性であれば多かれ少なかれこういうことに耐えなければならないのですから。

実はわたしの身体には新しい命が宿っているんです。

医師に診てもらいましたが妊娠3ヶ月で、今年の12月にはあなたはおじいちゃんになります。

あなたにとってわたしはいつまでも可愛い娘でしたから、そんなわたしが母親になると知って動揺している姿が目に浮かびます。

それはともかくわたしは年内に女王という役目だけでなくひとりの人間の母親にもなるわけです。

守りたい大切にしたい、そして愛するものがひとり増えるのですから喜んでくださいね。

まだしばらく先のことになりますがご心配いりません。

ロレッタの出産でトゥーナ先生と当時軍医見習いだったクルト先生がその役目を無事に果たしてくれたという実績があり、それ以降も王都の出産に関して100件以上も立ち会っています。

ふたりは玄界(ミデン)で学んだことがとても役に立っているとのことで、だからこそわたしも安心して彼女たちに任せることができるのです。

このことは城戸さんと真史叔父さんのふたりだけに伝えていますので、他の人には内緒にしておいてくださいね。

そして無事に出産したら他の人にも報告します。

万が一のことがあれば悲しい思いをさせてしまうだけですから。

今のところロレッタのトリオン器官は順調に育っていて、簡易検査ではボーダーの基準でいう「8」ですからリベラート殿下の弁では十分に資格はあるそうです。

5歳でこのレベルであれば正しい成長方法、つまり適切にトリオン器官を使って鍛えるということをすればあと7年くらいで(マザー)トリガーを操作できるレベルに達するだろうとのこと。

ただし女王になるには(マザー)トリガーが受け入れるという条件がありますから、その条件が満たされなければロレッタは女王になれません。

以前にリベラート夫妻の第2子が誕生したことはお伝えしてありますが、その子が男児であったために女王の資格はありませんので残念な思いをしましたが、現在イレーネ妃殿下が第3子を妊娠中です。

そちらはふた月後に生まれる予定ですので、その子が女児であることをエウクラートン国民が心から祈っています。

ただ…わたしの子が女児であった場合、この子もわたしと同じように女王候補として扱われることになります。

だからわたしは密かに男児であることを毎日祈っている次第です。

ロレッタが女王となり、わたしと悠一さんと子供の3人で三門市に帰ることがわたしの今の一番の願いなのですから。

真史叔父さんも無事出産できることを祈ってください。

 

こちらは万全の態勢で健康管理をしていますので心配しないでください。

その分、自分の身体のことを気遣ってくださいね。

40歳を過ぎると「がん」発症のリスクが高まりますし、おなか回りが気になってくる頃です。

わたしは戦闘体になって戦うカッコイイ真史叔父さんのことが大好きなんですから、再会した時にメタボ腹でいたら失望してしまいますよ。

嫌いにはなりませんけどね。

 

 

◆◆◆

 

 

【忍田真史からツグミ・ジン・オーラクルへの手紙】

 

ツグミ、嬉しい報告をありがとう。

正直言って驚いたが、おまえはいつまでも子供ではないのだし、迅と結婚した以上は子供ができるのは自然の摂理というものだ。

純粋におめでとうと言いたいが、やはり生まれてくる子が男か女かによってその子の人生が変わってくると思うとどちらでも良いから健康な赤ん坊を産んでくれとは言えないな。

おまえの気持ちも良くわかるよ。

おまえは心配するなと言うが何かあってからでは遅いのだから、必要なものや人材があれば遠慮せずに言ってくれ。

これはおまえだけの問題ではないのだからな。

城戸さんも同じようなことを言っていた。

もうおまえと迅はボーダーの人間ではないが、ボーダーの功労者であり私たちの娘と息子なのだからおまえたちのために全力を尽くすのは当然だ。

実を言うとボーダーの遠征艇の数と種類が充実してきたことで一番古い10人乗りの艇を城戸さんと私と林藤の名義で購入した。

10年以上使用している中古だから私たちでも買えたのだ。

それを使って手紙だけでなく私たちも行き来することにする。

まだ一般人が自由に近界(ネイバーフッド)へ渡航できるわけではないからこれは公私混同ということになる。

まあ、いちおうボーダーの人間だから個人的な渡航でも市民にはバレないから大丈夫だ。

近いうちにおまえの顔を見に行こうと思う。

定期便ほど荷物を積むことはできないが、おまえの好物をたくさん持って行ってやる。

それを食べて体力をつけ、そして健康な男の子を産んでくれ。

しかしこの私がおじいちゃんになると言われてもピンとこない。

私自身が独身であり、私の周りにも城戸さんや林藤といった独り者ばかりだからな、子供とか孫という家族に縁がない。

旧ボーダー時代からのメンバーは家族とは違うがそれ以上の結びつきが強いので、一般に言う家族というものが良くわからないのだろう。

それに私のおまえに対する愛情は普通の父親のそれとだいぶ違うらしいが、孫に対してもそんなカンジなんだろうか。

楽しみだがこの歳でおじいちゃんと呼ばれることに少し戸惑うことになるだろうな。

とにかく身体には十分に気を付けろよ。

 

 

◆◆◆

 

 

【ツグミ・ジン・オーラクルから城戸正宗への手紙】

 

お手紙ありがとうございました。

身体のことを気遣ってくれる人がいるととても心強く感じます。

早速本題に入りますが、リベラート殿下夫妻に第3子が誕生しました。

それも女児です。

これでロレッタに次いでふたり目の次期女王候補者で、国内はお祭り騒ぎで大変です。

ただし女児であるからというだけで、まだ生まれたばかりですので女王になれるかどうかなどまったくの未知数ですが、少なくとも男児には資格がないのですから生まれた子が女児であることが重要なのです。

 

わたしの身体の方は問題ありません。

あと4ヶ月もするとわたしも母親になります。

両親の記憶が鮮明ではないので母親とはどういうものなのかわからない点が多く、イレーネ妃殿下に心構えなどいろいろと教えていただいています。

たった1歳上ですけど母親としては3人の子持ちの大先輩ですから。

長い間リベラート殿下に子供ができなかったのは前妻のジーナ元妃殿下に問題があったのか明らかです。

なにしろ彼にはミリアムさんとの間にオリバという立派な息子がいたのですし、イレーネ妃殿下との間には10年足らずの間に3人の子供ができています。

エウクラートンでは王族や貴族といった身分の方は離婚できないという理不尽な慣習があったためにリベラート殿下には子供ができませんでした。

それに不妊に関しての医学的知識や治療法がないことで後継ぎが生まれない家があって断絶した血筋がいくつもあるそうです。

遠い昔になんらかの理由があって離婚できないという決まりになったのでしょうけど、そのせいで女王が不在となってしまうような事態に陥ったのは事実。

ルールとは人がより良く生きていくために必要なものであり、人の行動を縛るものではありません。

でもルールがないと秩序のない世界になってしまうために「適法」は必要だと思います。

エウクラートンの離婚に関するルールは妥当なものではないと考えたわたしが女王の座を引き受ける交換条件で撤廃させたのですが、おかげでわたしの女王在任期間は短いもので済むでしょう。

エウクラートンで暮らすようになって4年以上経ちますが、いまだに近界民(ネイバー)たちの価値観や考え方の違いに戸惑うことが多々あります。

わたしの知る範囲で近界(ネイバーフッド)には宗教というものがありません。

「神」とは(マザー)トリガーに同化させられた人間のことであり、玄界(ミデン)における神とは違うものです。

ですから「神頼み」をするということがないので、辛いことや苦しいことがあっても誰かにすがるということができません。

それが諦めというか、生きる希望を失ってしまうことになります。

宗教があった方が良いという話ではなく、国の責任者として民が安心して暮らせる国を創って神頼みなどせずに済むようにすべきなのだと実感しています。

近界(ネイバーフッド)の国々は「箱庭」のようなもので、(マザー)トリガーの操作によって国土や気候など自由自在にできます。

ならば民が寒さに凍えることもなく、飢えて苦しい思いをすることもない国を創ればいい。

それができるのが女王であるわたしの義務であり権利でもあるのです。

そう考えるとわたしはとても貴重な経験をさせてもらっているわけで、この経験はいずれ帰国してから役に立てることと思います。

帰国してからも近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の両方に関わる仕事をするでしょうから。

 

次回の手紙で良い報告ができると思いますので楽しみに待っていてください。

お身体ご自愛くださいませ。

 

 

◆◆◆

 

 

【城戸正宗からツグミ・ジン・オーラクルへの手紙】

 

手紙ありがとう。

元気でやっているようでなによりだ。

おまえが母親になるという事実に時の流れが早いことを感じさせられるよ。

それでそのことなのだが、不安だというわけではないのだが忍田が万全を期すために産科医をそちらに派遣するのだと言い出した。

もちろんそこまでする必要はないと私は止めたが、私も彼の気持ちがわからないでもないから複雑な気分になる。

忍田が心配するのはおまえの出産の際に美琴が大変だったという記憶があるからなのだ。

いくら信頼できる医師がいるといっても新生児のための設備が整っていない以上は不安になるのも無理はない。

出産とは医療技術が進んだ現代でも命懸けの大仕事なのだからな。

ひとり娘を心配する父親の気持ちを酌んでやってくれ。

しかしおまえに拒絶されても嫌だからと諦めてくれたよ。

彼にとっておまえに嫌われることが一番怖いらしい。

あれではいつまで経っても独り身だ。

もっとも私が言える立場ではないがな。

まあ、だからこそおまえには幸せになってもらいたいと思うのであって、煩わしいと感じても許してくれ。

 

話は変わるが木崎とゆりの結婚式が先週行われた。

婚約してからずいぶんと時間がかかったが、木崎が消防士長となり三門消防署の三門特別救助隊1番員となったことでようやく所帯を持つ資格を得たと感じたのだろう。

挙式と披露宴は身内だけのこじんまりとしたものだったが、終始和やかで温かい雰囲気の結婚式となった。

その時の写真を同封しておく。

旧ボーダー時代から家族同様に過ごしていた私たちの子供たちがそれぞれ巣立っていき新しい家族を持つ姿は見ていて本当に喜ばしい。

生き残ってくれただけでも感謝しているというのに、立派になった姿を私たちに見せようとしてくれるのだからな。

おまえと迅の時も感じたが、若者が希望に満ちた第一歩を踏み出す様子は眩しく見えた。

こういうことができるのは近界民(ネイバー)の脅威が去ったからこそで、つくづく平和の素晴らしさを感じたよ。

7-8年前だったらのんびり式など挙げられず、入籍だけで済ませてしまっただろうしな。

残るは小南だけだが、あの子はいつになるのやら…

 

とにかく子供が生まれたら忍田と一緒に会いに行くつもりだ。

すべて無事に済むことを祈っている。

 

 

◆◆◆

 

 

【ツグミ・ジン・オーラクルから忍田真史への手紙】

 

12月24日、わたしの誕生日からちょうど1ヶ月後に第一子が生まれました。

身長が46.5センチで体重が3260グラムの元気な男の子です。

母子ともに問題なく、わたしなんて翌日にはちゃんと女王の仕事もやっているくらいですから。

名前は悠一さんと相談して「宗一」と名付けました。

そうです、最上さんの名前をいただいたのです。

わたしたちが今を幸せに生きていられる恩人のひとりであり、悠一さんにとっては師匠というよりも父親に近い存在でしたから。

男児であったため女王にはなれないことが確定し、わたしたちは安堵しています。

とうとうおじいちゃんになってしまいましたよ、真史叔父さん。

悠一さんなんて父親になったことで舞い上がってしまっていて、わたし以上に喜んでいます。

だからあなたが宗一を見たらどんなことになるのか想像できます。

城戸さんと一緒にいらっしゃるとのことですから、いつ来ても大丈夫なように準備はしておきますのでそちらの都合の良い時にどうぞ。

同封した写真は生まれてすぐのものと翌日のものです。

小さい子供や動物が可愛いと思うことはありましたが、自分の子供がそれ以上に可愛いと思うというのはやはり自分が苦労して産んだからこそなんでしょう。

そうなると母がわたしを産んだ時にもこんな感じだったのだと思います。

こうしてまたひとつわたしの知らない母を知ることができて、そのこともとても嬉しいです。

 

自分が出産を経験して近界民(ネイバー)の女性たちも相当苦労しているのだと感じました。

わたしの場合は立場や身分のおかげで体調に変化があればすぐに医師に診てもらえますが庶民階級の女性はそうはいきません。

医師、特に産婦人科を専門とする人が少ないというか重要なことなのに知識や理解や玄界(ミデン)の数百年前のレベルでしかないのです。

だから定期健診などあるはずもなく、妊娠高血圧症候群による命の危険にも対処できずにいます。

それでは妊婦と胎児が命を落とすことにもなり、人口が増えない原因にもなるわけです。

人は財産であるという考え方を基に医療面の充実が急務となっています。

こちらでは未だに「産婆」というシステムが主流でそれは別に悪くはありませんが、やはり設備の整った施設で専門知識のある医師や看護師の管理下での出産の方がリスクは少なくて済みますから。

 

こちらエウクラートンではまもなく冬が終わって春がやって来ます。

まるで宗一が春を運んで来てくれたみたいで、国民もこの子の誕生を喜んでくれています。

いちおうオーラクル家の皇子ですからね。

ソウイチ・ジン・オーラクル殿下と呼ばれ、生まれてくる前から大勢の人間から祝福されています。

この子が成長して分別がつくようになってきたら、わたしはその意味を正しく教えたいと思います。

そちらはまだしばらく寒い季節が続くわけですから風邪などひかないようご自愛くださいね。

会える日を楽しみにしています。

 

 

 

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