ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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【ツグミ・ジン・オーラクルから忍田真史への手紙】

 

真史叔父さん、このたびは宗一のために素敵な贈り物をありがとうございました。

無事に1歳の誕生日を迎えることができたのは王族に仕えてくれている大勢の家臣や使用人たちのおかげで、誕生日のパーティーには彼らも参加してもらって大々的にお祝いをしました。

エウクラートンだけでなく他の近界(ネイバーフッド)の国も1歳と8歳もしくは9歳(国によって差があるそうです)の誕生日を特別なものと考えています。

それは1歳まで生きられない子供が多く1年間無事に生きていたということを親しい者たちと一緒に喜ぶ習慣があり、8歳もしくは9歳というのは日本でいう七五三の7歳のお祝いと同じ意味のようで、ようやく人として一人前であると認められるので派手にお祝いするのだそうです。

そして8歳か9歳になると誰もがトリオン能力の検査を行い、そこで将来が決まることになります。

トリオン能力の高い貴族の子弟はトリガー使いの道を半ば強制され、庶民で能力の高い子供はヒュースがそうだったように貴族に引き取られてトリガー使いになれるよう訓練を受けることになります。

逆に貴族の子弟でトリオン能力が低いとそれは恥とされ、庶民はそれが当然であるから戦争とは無縁な人生を送るのです。

近界民(ネイバー)ならそれが当たり前なのでしょうけど、わたしには納得できません。

トリオン能力によって人生を決められてしまうとか人格を否定されてしまうなんて。

生まれついた身分や階級の違いで差別されることと同じくらい理不尽だと思うのは、やはりわたしが玄界(ミデン)の価値観でものを見るからなのでしょうね。

近界民(ネイバー)はそれが当たり前だから何も文句を言わずに受け入れてしまうというのに。

余所者のわたしが彼らにそれでいいのかと問う気はありませんが、彼らの中で出自に関わらずにやりたいことがあると願うのなら手を差し伸べてやりたいと思います。

その第一歩が学校と未就学児を預かる施設の建設です。

王都に住む成人の中で希望者を集めて教員を育成し、小学校レベルの授業ができると判断した人を地方の中規模の町に派遣して生徒の学力レベルに合わせて教えるシステムで、教員たちの給料は政府で支払いますから国家公務員ということになります。

そして保育所については既存の施設があるのですが、その集落の年寄りが数人の子供を家で預かるだけですので突発的な病気や怪我などに対応できません。

したがって医療の知識のある保育士を育成したので親たちが安心して仕事ができるようになりました。

これで子供の生存率アップと労働者の労働環境の改善、そして庶民階級の「人材」の雇用促進につながるはずです。

しかし貴族階級の人間の中には庶民が教養を身に付けることを快く思わない者もいて、そういう輩をおとなしくさせる方法も考えました。

自領の人間が国家公務員として採用されることになった場合は、庶民の教育に熱心で国への忠誠心の強い領主として褒美を与えることにしたのです。

すると単純な連中は競って子供たちを学校へ通わせるようになり、元々農作業よりも学問に向いていた子供は喜んで学校へ通うようになりました。

そしてその分労働力が減るので政府が農作業用トリオン兵を提供することで解決します。

今のところ上手く回っています。

わたしがエウクラートンで「女王業」を始めて6年になりますが、当初と比べて国内総生産は約3倍にもなっているのです。

主たる産業が農業ですので収穫量のアップや農耕用トリオン兵の導入で作業の効率化、そして転作を行い畑に適した量のトリオンを注ぐことで非常に良質な作物を大量に生産できるようになったのです。

転作とは異なる種類の作物を順番に栽培することで土壌疲労を防ぎ、土地を健康な状態に保つ方法です。

近界(ネイバーフッド)では農薬を使用しないので転作は重要な手法となり、おかげで無農薬でありトリオンをたっぷり含んだ身体に良いものになっています。

トリオンを含んだ食材を使用した料理を食べることでトリオン能力が高まるかどうかの研究でも好ましい結果が出ています。

付加価値の高い品物だと交易でも高く買い取ってもらえるので外貨収入アップも見込めます。

これらは本来の女王の仕事ではありません。

エウクラートンが近界(ネイバーフッド)におけるモデルケースとなれば玄界(ミデン)との関係も良好なものになると考えた迅ツグミとしての仕事なのです。

宗一の記憶に今のわたしの姿は刻まれることはないでしょうが、その代わりにロレッタがわたしの仕事を見てくれています。

彼女は7歳で自分が次期女王候補であることを承知しているので、近頃は母親のイレーネ妃殿下と一緒にいる時間よりもわたしのいる神殿に来てわたしの仕事を見ている時間の方が長いようです。

あと半年もするとロレッタは8歳となり、トリオン能力の検査を行います。

その結果で女王の資質ありとわかると彼女は「候補」ではなくなり正式に次期女王となります。

まだ確定ではありませんが99パーセントは大丈夫とのことですのでほぼ決定となるでしょう。

そして妹のアリーチェが第二候補から第一候補に格上げされ、エウクラートンにおける女王後継問題はひとまず解決することになり、ロレッタが13歳もしくは14歳の誕生日に彼女は女王となるのです。

13歳と14歳という1年の差がありますが、これは彼女の心の整理のためだそうです。

13歳になればもう女王としての役目を果たすことができるようになりますが、これから女王交代の時まで彼女は人としての自由が制限されるわけで、14歳までの1年間が執行猶予ともいうべき時間なのです。

もちろん彼女が執行猶予など必要とせずすぐに女王になると決心すれば13歳で戴冠式を行うことになります。

だからわたしはあと最短で5年半、長くても6年半で帰国できることになるわけですが、まだ1パーセントの歓迎しない結果が出る可能性がありますので手放しで喜ばないでくださいね。

 

今日はこれくらいにしておきます。

城戸さんにも同じようにお礼の手紙を書いておきました。

お送りした荷物はエウクラートン産のアスパラガスです。

こちらに来て野菜の美味しさに目を見張るものがありましたが、特にアスパラガスとジャガイモとトウモロコシの3つは格別です。

このアスパラガスは神殿の庭でわたしが育てた家庭菜園のものですから特別にトリオンがたっぷり含まれていて美味しいと思いますのでご賞味ください。

そして健康でいつまでも若々しい真史叔父さんでいてください。

 

 

◆◆◆

 

 

【三雲修からツグミ・ジン・オーラクルへの手紙】

 

ツグミさん、お元気でしょうか?

先日はたくさんの野菜を送ってもらいありがとうございました。

早速みんなでいただきました。

手紙に書いてあったように本当に美味しいですね。

以前にいただいたピーマンも青臭くなく、ニンジンも甘くて普通は糖度が9~10度くらいだということですが測ってみたら14度もありました。

果物だとイチゴやミカンくらいの甘さらしいです。

いつもならピーマンは嫌いだと言う陽太郎も残さず食べたくらいですから、これなら野菜嫌いの子供でも喜んで食べるようになるでしょう。

それにトリオンがたっぷり含まれているということですから、これを毎日食べ続けていればトリオン能力がアップするかもしれないと思いました。

 

ボーダーの方は順調です。

ミストフォロス遠征の件ですが相手が相手ですのでこれまで遠征した中で一番面倒な国になりそうです。

他国からトリオン能力者を拉致して傭兵に育て、戦争をやっている国に派遣することが産業となっている国ですから。

エクトスも似たような国でしたけどミストフォロスの方が危険な印象があり、詳しい話をしてくれたテスタ閣下は万全を期してということでゼノンさんを援軍に派遣してくれると言ってくれました。

ツグミさんもリヌスさんを派遣してくれるということですから、一時的なものであってもゼノン隊が再結成されるのでとても心強いです。

戦闘を前提としていたアフト遠征の時以来の緊張感が漂っていて、これまでの経験を活かして準備を進めています。

アフト遠征の時にはゼノンさんたちとツグミさんが現地に潜入して時間をかけて情報収集をしてくれたおかげでC級隊員たちを危険な目に遭わせることなく戦闘も遠征隊員に被害が出ずに済みました。

今回も潜入と諜報活動が重要な役割を持つと考えていて、綿密な計画を立てています。

ぼく以外のみんなが優秀な戦闘員であり、また諜報員なので彼らに頼ることになるわけですが、責任者であるぼくが何もできないというのはすごく情けないです。

ツグミさんがぼくを局長の器であると認めてくれたことは嬉しいですしそれが自信にもつながっていたのですが、やはり危険を伴う大きな計画の実行を目前にして不安になってしまいました。

ゼノンさんたちが潜入調査をして情報収集をしている時に発見されてしまったら彼らは捕虜となってしまい、彼らを救出する力は今のボーダーにはありません。

これってゼノンさんたちのことを信頼していないからそんなことを想像してしまうというのではなく、自分自身が戦う力を持っていないから考えてしまうのだと思います。

ツグミさんがいつも自信たっぷりだったのはトリガー使いとしての実力と経験があってそれが根拠となっているからで、ぼくにはその根拠となるものがないのです。

もちろん今のぼくは直接戦闘に関わることはなく計画の立案や相手との交渉などがぼくの役目ですけど、やはり自分に戦闘力がないことで絶対的な自信につながるものが欠けている気がします。

そして誰かに叱咤してもらいたいとツグミさんに手紙を書いている自分が情けないです。

これ以上何かを書こうとするとますます自己嫌悪に陥りそうなのでここまでにしておきます。

 

ツグミさん、迅さん、そして宗一くんの健康をお祈り申し上げます。

 

 

◆◆◆

 

 

【ツグミ・ジン・オーラクルから三雲修への手紙】

 

お手紙読みました。

たしかに情けないですね。

自分に戦闘力がないから絶対的な自信につながるものが欠けているですって?

それは単にあなたがトリオン能力が規定に満たず入隊試験で不合格になるレベルだったというのに、戦闘員として戦いたいという無茶を通そうとしたから。

せっかく特別扱いで入隊したもののC級のままで停滞していて、ユーマくんのおかげでB級に昇格しても地道に力をつけていくわけではなくランク戦で勝つためだけの小手先の技を覚えただけなのだから基礎となる土台やしっかりとした柱がないのは当然です。

今さら10年も前のことを思い出したところで何の意味もないし時間の無駄なのでやめておいた方がいいですよ。

それに「戦闘力がないから絶対的な自信につながるものが欠けている」ということはオペレーターや技術者(エンジニア)といった非戦闘員は自信をもっていないということになりませんか?

彼らは彼らなりに自分というものを持っていて、それが自信につながっているのです。

もうあなたは戦闘員ではなく、現場での指揮官として活躍して結果を出しているじゃないですか。

それが自信につながらないというのなら、あなたはボーダーを辞めるべきです。

だってこれからいくらあなたが頑張っても自分が満足できる戦闘力なんて手に入れられるはずがないのですから。

年齢的にも現在のトリオン能力を維持するのが精一杯で、現役防衛隊員でもないあなたが訓練や模擬戦を行う時間はなかなか取れない。

そしてあなたを局長として認め、頼ってくれている局員たちの信頼を裏切るようなことをするなら総合外交政策局長の座は返上すべきです。

 

…とまあここまで叱れば満足かしら?

たしかに自分が後方にいて危険なことを仲間に任せるしかないと思うと自分にもっと力があったら良かったのにと考えてしまうのは無理もありません。

でも適材適所という言葉もありますし、何もかも自分ひとりでやろうとしたって無理なことなのですからどこかできちんと線引きしなければいけないと思います。

もしこれでも納得できないのなら城戸さんと話をしたらどうかしら?

あの人もトリオン能力の減退で自分で戦うことができない状態となりましたがボーダーの総司令官として立派にその勤めを果たしました。

自分が戦えないのに若い防衛隊員を危険な戦場へ送り出すのですから今のあなたと同じ気持ちだったはず。

でもその気持ちを耐え抜いたのですから、あの人の話を聞くことはきっとあなたの迷いや悩みを払い除けてくれるでしょう。

 

ミストフォロス遠征がこれまでになく難しいミッションとなるのは間違いありません。

遠く離れたこの地からではあなたに何もしてあげることはできません。

でもあなたが冷静に司令官としての役目を果たせば局員たちがそれぞれ自分の役目を果たして成功させてくれるはずです。

わたしは彼らのことを信頼していますから。

これまで何度も困難なミッションを一緒に乗り越えてきた戦友なのですから大丈夫ですよ。

いまのあなたのやるべきことは戦友たちを信じること。

自分のことを信じて付いて来てくれる彼らを信じることがあなたの力となるはずです。

 

良い結果報告を楽しみに待っています。

 

 

 

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