ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
【三雲修からツグミ・ジン・オーラクルへの手紙】
ご無沙汰しております。
お変わりはありませんか?
こちらはみんな元気にしています。
健康上は問題ありません。
ですが精神的には少し参っています。
原因はミストフォロス遠征で、当初の計画とは大きく違った結果となってしまったことで誰もが落ち込んでしまっているのです。
いえ、これまでが順調に進み過ぎていただけで、こんな結果が待っていたとしてもそれが当たり前なのかもしれません。
詳しいことはここでお話しできませんが、結果だけ言うと「三門市民はすでにミストフォロスにはいなくて別の国へと傭兵として派遣されてしまっていた」です。
せっかく無事にゼノン隊が極秘に潜入して現地調査をした上で本隊のぼくたちがエクトスの難民を装ってミストフォロス政府に亡命を希望するという芝居までしたというのに。
ただ現在はミストフォロスにはいないということだけは確認できましたので、それを収穫だと言えば収穫ではあります。
できればどこの国に派遣されたのかがわかれば良かったのですが、さすがにそれは不可能でした。
十分な計画を立てて大勢の人間がひとつの目的に向かって一丸となった結果がこれではみんなのモチベーションも下がってしまうのは無理もありません。
これはリーダーであるぼくの責任ですが、だからといって自分を責めたところで結果は変わりませんので少し落ち込んだ後はすぐに復帰して新たに頑張ろうと思います。
今のところ行方不明市民の手掛かりはないので、新しい情報を掴むまでは総合外交政策局の仕事のもうひとつの柱である
ツグミさんに良い報告ができなかったのは残念ですけど、一度や二度の失敗で捨て鉢な気分になったりはしませんから安心してください。
次こそは絶対に喜ばしい報告をするぞと気合を入れて頑張りますから。
◆◆◆
【ツグミ・ジン・オーラクルから三雲修への手紙】
オサムくん、お手紙ありがとう。
自分の失敗なんてものは他人に知られたくないことなのに、あえて報告してくれたのはオサムくんらしいですね。
たしかにこれまではすべて順調に進んでいて、
でもあなたが言うように望んでいた結果は出ていませんが遠征自体は失敗とは言えません。
それに失敗であったとしても一度の失敗は一度の成功で取り返せばいいだけのこと。
そうだ、あなたに良い言葉を送りましょう。
イギリスの政治家のウィンストン・チャーチルの言葉です。
「Success is not final, failure is not fatal. It is the courage to continue that counts.」で、「成功は決定的ではなく、失敗は致命的ではない。大切なのは続ける勇気だ」という意味です。
今回の遠征で行方不明者を帰国させることはできなくても、ここで得た情報が次の遠征に活かせるのであれば無駄ではなかったと言えるでしょう。
そもそも三門市民が
総合外交政策局が発足してからまだ10年足らずで、ここまで順調にきたこと自体が奇跡だと言えるのですよ。
あなたが自分で考えて行動しているのですから、誰もあなたに止めろとは言いません。
アフトの大規模侵攻で瀕死の重傷を負ったあなたに誰もボーダーを辞めろとは言わなかったように。
きっとあなたのことだから今の状況であってもそこから「逃げる」ことは絶対にないですよね?
今までずっとどんな時でも逃げずに立ち向かったのですから。
それにもし逃げてしまったら過去の自分に言い訳できないですものね。
壁にぶつかったなら一度足を止めてみましょう。
周りを見回してみればその壁の向こう側へ行く別の道が見付かるかもしれませんし、壁を壊す道具が落ちているかもしれません。
行方不明市民の捜索と救出はできるだけ早い方が良いですけど、時間制限はないのですからじっくりと腰を据えてやっていきましょう。
あなたは昔からトリオンに恵まれてはいませんでしたが仲間や友人という「人財」には恵まれているという稀にみる
だからくじけずにいさえすれば未来は切り拓くことができると信じて再び歩き出してください。
停滞は前に進んでいないのだからプラマイゼロだと思うでしょうが、世の中が進んでいるのだから停滞とはマイナスになるのです。
かつてあなたがC級で停滞していた時、他のC級はみんな訓練に励んでB級に昇格する人もいたでしょ?
しばし足を止めることと停滞は違いますからね。
いろいろと先輩じみたことを書き連ねましたが、オサムくんのことだから心配はいらないと考えています。
だってあなたがわたしに自分の弱さを曝け出していてもボーダーを辞めたいなんていう泣き言だけは言わないのですから。
それにユーマくんやチカちゃんがあなたのことを心配しているならわたしに手紙であなたの様子を知らせてくれるのに、そんな手紙は届いていません。
ふたりはあなたがまだ大丈夫だと考えているからです。
わたしもわたしが知っているオサムくんならまだ大丈夫だと考えています。
これをプレッシャーだとは思わず声援だと感じて頑張ってください。
◆◆◆
【城戸正宗からツグミ・ジン・オーラクルへの手紙】
ツグミ、今日は報告がある。
先月こちらでは衆議院総選挙が行われ、私は自進党から出馬し比例代表で当選をした。
選挙区民には私がボーダーの総司令官であり三門市に平和を取り戻した英雄であるという認識で、先の大地震でトリガーとトリオン体の使用が良い宣伝効果を生み出したらしい。
さらに小選挙区からは須坂誠司氏が出馬してこちらも当選した。
彼はエクトスによる拉致被害者市民であることと、地元の清涼飲料水メーカーの会長であるということがPRポイントとなっていた。
今の日本は
私はともかく須坂氏は自分のラグナでの経験を手記として出版しベストセラーとなって各地で講演会も行っていたから超有名人である。
当然反
この私が政治家などと滑稽だが、これもトリガーの使用を推進するためには重要な役目だと考えている。
大迫先生のご尽力のおかげで三門市がトリガー特区として効果を生んでいる。
ならばここから先、トリガーを誰もが安心して使える世界をつくるのが私の第二の使命だと思うのだ。
トリガーを戦争と金儲けの道具にしようとしている連中からトリガーを守るにはその技術を隠そうとするのではなく、誰もが当たり前のように使用している社会にしてしまえばいい。
現状ではトリガーが特別なものであって一部の人間にしか使用できないからそれを奪おうとするし、こちら側の通常兵器では効果がないトリオン体を使えば不死の軍隊ができると考える。
しかし戦争の当事国が双方トリガーを使用するのであれば効果は半減、いやそれ以下となるだろう。
トリガーを使用した同士の戦争であれば決定的な効果は出ず、トリオンの消耗戦となるだけだ。
もちろん戦争の道具になどさせるつもりはないが、一部の人間が独占してしまうからトリガーを使用する人間が特別扱いされるのだし、良からぬことを企む人間から狙われる。
だから正しく世間に広める手段が必要で、そういう点からまず法整備が必要となるわけで私は政治の道を進むことにしたのだよ。
誰もがトリオン体を日常的に使用することができるのであればかつての那須玲のように身体の弱い者や身体に障害を持っている者でも自由に行動できるようになるし、子供たちが登下校の際にトリオン体でいれば交通事故で命を奪われることもなくなる。
おまえが言っていたようにトリガーとは戦争の道具ではなく日常生活において役立てるものでなければいけない。
まあ、私にどれだけのことができるかわからないがやれるだけのことはやろうと思う。
ただ…国会議員など私の柄ではない。
むしろ他人の懐に飛び込んで行ってすぐに協力者にしてしまう特技を持つおまえの方が合っている気がする。
おまえも政界進出を考えてみてくれ…というのは冗談だ。
私もこうして冗談が言えるようにもなったということだよ。
おまえたちが帰って来ることはほぼ確定したようだが、その頃にはこちらも少しは変わっていることだと思う。
だから元気で帰って来てくれ。
それが今の私と忍田にとって何よりの楽しみなのだからな。
◆◆◆
【ツグミ・ジン・オーラクルから城戸正宗への手紙】
城戸さんが政界デビューとは驚きました。
でもその判断は正しいと思います。
トリガー技術をこれ以上ボーダーだけで秘匿できない以上、いっそのこと公にしてしまうというのも手ではあります。
あなたが大迫先生と須坂さんと3人で法整備を進め、トリガー技術が正しく使われる社会をつくるというのは敵から隠し通すよりも楽かもしれません。
悪用されないようにすることはもちろんですが、悪用した場合の罰則を重くすることは重要です。
まさかボーダー隊員のように記憶の封印なんてことはできませんからね。
アルフレッド・ノーベルのダイナマイトが建設・土木工事の効率化と安全性の確保という人のために役に立つ発明であったはずなのに、使いやすくしたために戦争兵器に利用されてしまいました。
ですからトリガーは絶対にダイナマイトの二の舞にしてはならないことで、そのためだったらわたしも政治家になってもかまいません。
これは冗談などではなく本気です。
まあ、それは帰国してからのことですから状況がどのように変化するのかしばらく傍観していようと思います。
何かありましたら手紙で教えてください。
今日の手紙のメインは宗一が3歳になったという報告です。
3歳ともなるとわたしといるよりも悠一さんやリベラート殿下の子供たちと一緒に遊ぶことの方が楽しいらしく、鬼ごっこやかくれんぼ、ボール遊びや宝探しゲームなどが好きみたいです。
少し前まではわたしに甘えてばかりだったというのに手のひらを返したように離れていってしまったので少し寂しいですけど、それが子供の成長だと思うと嬉しく感じます。
わたしがこちらへ来る時に真史叔父さんが1冊のアルバムを持たせてくれました。
それは幼い頃のわたしが両親と一緒に写っているものを集めたもので、それを見ればわたしが両親の死を意識して哀しむと思ったからあの人はずっとその存在を隠していたのでしょう。
そのアルバムの中には両親の結婚式の写真から始まって母が妊娠中のもの、生まれたばかりのわたしが母に抱かれて父と一緒に写っているものと、両親とわたし自身の姿が溢れています。
わたしが初めて立った時の姿、ベビーカーに乗せられて近所の公園へと遊びに行った時の様子などは幼過ぎてわたしの記憶にないものですから思い出すことはできませんが、これらを見ているとわたしはふたりから言葉にできないほどの愛情を注がれていたのだということがわかります。
3歳の時の七五三のお祝いの記憶は写真を見てよみがえりました。
三門神社へと3人でお参りに行き、その様子を真史叔父さんが撮影してくれていました。
その時に一緒に城戸さんもいらっしゃいましたよね?
林藤さんとふたりで少し離れた場所からわたしたち家族の様子を見守ってくれていたことを思い出しました。
当時のわたしは
その点で宗一は3歳であっても
エウクラートン生まれですから
それが本人の将来にとってどのような影響を与えるのかわかりませんが、普通の子供ではできないことをたくさん経験させてあげたいと思っています。
宗一はわたしと同じく動物が好きなようで、神殿の庭にウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ニワトリ、ウサギの小屋を建てて家畜として育てており、他にイヌとネコをペットとして飼っています。
情操教育の一環として動物と触れ合う機会を作ったのですが、もう少し大きくなったら家畜とは人が生きていく上で必要な食料であるということも教えなければと考えています。
また宗一と遊んでくれる親戚の姉や兄(続柄でいえば大叔母と大叔父ですが)のおかげで子供同士のコミュニケーションを覚えることもでき、そちらに帰ってからも上手くやっていくことができるでしょう。
だから心配はいりませんよ。
むしろ慣れない仕事を始める城戸さんの方が心配です。
くれぐれもお身体ご自愛くださいませ。