ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
恋する突撃
Happy-Valentine case1 沢村響子の場合 前編
B級ランク戦Round2の昼の部で快勝したツグミはラウンジで休憩をしていた。
玉狛第2の試合まで時間があるため、時間潰しに
しかしこういう時に限って彼女に挑んでくるような隊員はおらず、ツグミは暇を持て余していた。
(はぁ…。何で誰も来ないんだろ? こっちが時間ないという時に限ってに太刀川さんとか、シュンくんあたりが付きまとうのに…)
ツグミの周囲に人がいないわけではない。
彼女の試合を見た観客たちの何人かが野次馬根性でチラ見をしながら横を通り過ぎて行くし、C級隊員たちは近寄りがたいという感じで彼女を遠巻きにして見ている。
原因はもちろん彼女がRound1・2と続けて鮮やかな勝ち方をした「突然B級ランク戦に現れた謎の元A級」であるからだ。
しかしRound1で
そしてこの状態はツグミ本人にとって不愉快なものでしかない。
(わたしは珍獣ですか、っての…。それに凶暴な動物じゃないんだから、もっと近寄って来ても大丈夫よ。…あー、なんだかカゲさんの気持ちがわかる気がする。あの人みたいな物理的な痛みはないけど、精神的にけっこうダメージくるわ、これ…)
これ以上居ても意味がないと、ツグミは飲みかけのジュースのカップを手に立ち上がった。
そして不機嫌そうな顔で歩き出した。
すると周囲の隊員たちはパッと避けて彼女のために道を作る。
声をかけるわけでもなくただ道を譲るだけだから、この状況は「興味はあるけど関わるのが恐い」という感じに見えてしまう。
(でも無理もないかな…。茶野隊のふたりの時は、いきなり旋空弧月でバッサリ殺ったし、さっきもひとりで暴れまくったから、そういう点では太刀川さんよりもヤバイ人に見えるのかも。…ま、あれだけ頑張ってまったく興味を持たれなかったというなら、もっと精神的にダメージ受けただろうから良しとしよう)
そんなことを考えながらラウンジを出たところで、ツグミの携帯に着信があった。
「はい、霧科です。……はい、今は時間あります。…………え? 沢村さんが、わたしに、ですか? ……もちろんかまいません。それよりも夜に幹部会議があると聞いてますけど、その準備とかは…………。それなら大丈夫ですね。……………わかりました。すぐに行きます」
電話の相手は沢村で、ツグミに相談事があるという内容であった。
その電話をそばで聞いていた隊員たちはヒソヒソと小声で会話をし始めた。
「沢村って本部長補佐の沢村さんのことだよな?」
「ああ、幹部会議がどうとか言ってたし」
「ってことは、上層部の関係者とも知り合いってこと?」
「あの人、たしか玉狛支部の所属だったよな。玉狛って言えばA級3位の風間隊長と模擬戦で『1分け』したっていう謎のメガネも玉狛じゃなかったっけ?」
「そうそう。それに記者会見で
そんな会話がツグミの耳にも届いた。
(ええ、ヤバイですよ。いずれ所属する隊員がすべてA級という精鋭揃いの支部になるんだから。その経過をリアルで見られるんだから、この先の試合も欠かさず見るのよ)
心の中でそう言って、ツグミはラウンジを出た。
◆
ツグミは沢村のいる通称「本部長補佐室」に向かった。
この部屋は沢村が日常的に執務をする場所なのだが正式な名称はない。
本来なら本部長室にデスクを置いて仕事をすれば良いのだが、沢村本人が「忍田本部長と四六時中一緒にいられるのは嬉しいけど仕事が進まない」という理由で別室を貰ったのである。
もちろんその理由を知る者はおらず、公には「忍田本部長にはひとりで仕事に集中してもらいたいから」ということにしてある。
そういう経緯があって、使用者である沢村の私室にも近い部屋で、彼女に招かれた者以外が入ることはほぼゼロである。
上司の忍田ですら滅多に入ることがないので、秘密の相談をするのにはピッタリの部屋であった。
「ツグミちゃん、よく来てくれたわね。相談できるのがあなたしかいないものだから、ごめんなさい」
「いえ、わたしも暇を持て余していたところですので。それで相談というのは何ですか?」
「うん、実はね…」
沢村はティーセットをテーブルに運び、ツグミに紅茶を勧めた。
そして自分も紅茶をひと口飲んで、おもむろに口を開く。
「もうすぐバレンタインデーでしょ?」
そのひと言だけでツグミには沢村の相談内容がわかってしまった。
「ツグミちゃんは玉狛のみんなに何かあげるのかな?」
「はい、もちろんです。今年も玉狛のメンバーだけでなく、本部の人たちにも配りたいと考えています」
ツグミは料理を趣味にしていて、菓子作りも得意であった。
なのでバレンタインデーには迅や林藤たち、本部では太刀川や二宮たちに手作りのチョコレート菓子をプレゼントしている。
今年はその幅を広げて、本部の親しい人間にも男女関わらず「友チョコ」を渡そうと考えているようだ。
「ということは、もちろん忍田本部長にもあげるんでしょ? 本部長にはどんなものが喜ばれるのか、娘のあなたならわかるわよね?」
ツグミと忍田が父娘の関係であることを沢村は知っている。
以前に本部基地の廊下で忍田がツグミをハグしていた様子をうっかり沢村に見られ、忍田が汗だくで事情を説明することになったのだ。
それまでもツグミと沢村はボーダーの仲間ということで仲が良かったが、共通の秘密を持ったことでより一層親密になった。
年は離れているものの、同性であり現ボーダー設立時代の苦労を共に過ごした戦友であるのだから仲が良いのは当然である。
まあ、自分が恋焦がれている忍田の娘を味方にすれば都合が良いという打算が沢村の胸にないとは言い切れないのだが。
「本部長にバレンタインのプレゼント…ですか。意外とあの人は女性職員に人気があるんですよね。強くてイケメンで、おまけに独身だし」
「そうなのよ…。わたしも毎年いろいろ考えてプレゼントしているんだけど、義理チョコだと思われてホワイトデーに当たり障りのないお返しを貰うだけなの」
「ああ、アレはあの人が貰ったチョコレートをわたしが全部預かって、そのランクに合うお返しを選んでいるんですよ。全部義理チョコということになっているので」
「……」
ツグミが言うとおり忍田宛のプレゼントの多くは「義理」によるもので、女子職員からのものには一部「本命」も含まれるのだが、忍田本人はすべて「義理」だと考えていた。
よって毎年紙袋2つ分のチョコレートを貰って帰宅し、手作りではないものに限りツグミが何日もかけて
その中に沢村からのプレゼントもあったことをツグミは知っていた。
「わたしの選んだお返しの品は可もなく不可もないといったクッキーに黄色いバラの花を添えるんです。黄色いバラの花の花言葉は『愛情の薄らぎ』『嫉妬』『友情』といったネガティブなものが多くて、ようするに『あなたには関心がありませんよー』とさりげなく伝えているんです」
ツグミの言葉で沢村は真実を知ったのだが、ふと疑問を抱いて訊いた。
「でも…わたしが去年貰ったのは赤い椿の花だったけど?」
「赤い椿の花の花言葉は『控えめな素晴らしさ』『気取らない優美さ』『謙虚な美徳』です。沢村さんのイメージで選んでみました」
ツグミはそう答えてから続けた。
「つまりあの人にとってはどんなものを貰ってもタダの義理チョコでしかないんです。お返しすら自分で選ぼうとしないのがその証拠。まあ、仕事で忙しいから仕方がないと言えばそうなんですけど。とにかくあの人は自分が考えている以上に女性から好意を抱かれていることを知らない。そしてすぐそばにいる女性の気持ちに気付かない朴念仁なんですよ。今のままじゃあの人と沢村さんの関係は絶対に進展しません」
「そんな…」
唯一絶対の味方と思っていたツグミに否定され、沢村は意気消沈してしまう。
「そういうことですから、直球で攻めてもダメなので変化球でいきましょう!」
「えっ?」
思いがけないツグミの言葉に沢村は顔を上げた。
「バレンタインデーにチョコをプレゼントするからその他大勢モブたちのチョコと同じ扱いをされてしまうんです。他人とは違うことをしなきゃ意識してもらえませんよ」
「じゃあ、何をすればいいの? わたしはあなたみたいにお菓子作りは得意じゃないし、作ったとしても他の人の手作りのプレゼントと差をつけなければ同じことよね?」
「そういう考え方自体がアウトなんです。そもそも本気でアタックする気があるなら、バレンタインにこだわらないで普段から積極的に攻めなきゃ」
「それができないから困っているのよー!」
沢村は忍田の補佐を完璧に務めることで自分の存在を認めてもらおうとしているのだが、忍田から見れば「信頼できる有能な部下」であって、女性の気持ちに無頓着というか気が回らない忍田であるから永遠に沢村が追うだけになってしまう。
ツグミは忍田を任せられる女性が沢村しかいないと考えているから、彼女を応援することに協力は惜しまない。
と言うよりはむしろ早く相談してほしかったくらいだ。
「まだバレンタインデーまでには時間がありますから、ふたりで作戦を練りましょう。わたしにはちょっとしたアイデアがあるんですよ」
ツグミの自信たっぷりな態度に沢村は望みを託し、ツグミの言う「作戦」に取り掛かるのだった。