ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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【林藤匠からツグミ・ジン・オーラクルへの手紙】

 

よう、元気にしてるか?

ま、おまえたちのことだから心配するようなことはないだろうな。

こっちもみんな元気だ。

自分のやるべきことを見付けて頑張っているぞ。

ここでとっておきのニュースだ。

たぶんまだ俺以外誰も知らない特ダネだぞ。

で、その内容なんだが、桐絵がやっと結婚することになった。

どうだ、驚いただろ?

だがそれだけじゃない。

相手ってのが京介なんだ。

ハハハ、驚いて早く事情を教えろと言いたげな顔をしている様子が目に浮かぶぜ。

きっかけはおまえが送ってくれたトウモロコシと玉ねぎを使ってBBQでもしようということになり、間近に迫った修たちの遠征の送別会を兼ねて元玉狛第1の連中にも声をかけたんだ。

その時に桐絵のヤツ、京介からプロポーズされたんだと。

京介が玉狛支部に異動になった時からあのふたりの間にはタダのチームメイトではない何かがあったと俺は感じていた。

昔から男子ってのは好きな女子に意地悪をしたくなるって言うだろ?

たぶんアレだな。

いくら桐絵が騙されやすいといっても京介があそこまで執拗にからかうのは好きだったからじゃないかと思う。

京介にはまだ確認していないが、プロポーズするってことは少なくとも今現在は桐絵のことが好きなのは確かだ。

桐絵もあれだけからかわれていたというのに京介のことを拒まなかったのはチームメイトとしての関係を壊したくないなんていう気を遣ったものじゃなく、単純に京介が積極的に自分に関わろうとしてくれるのが嬉しいという気持ちだったんだとさ。

本人がそう言うんだから間違いない。

桐絵のヤツ、俺に報告をしに来た時の顔がこれまでに見たことがないほど幸せそうだった。

考えてみればあいつは旧ボーダーの子供組の中では一番の古株で、いつも近界民(ネイバー)と戦うことばかり考えていた。

まだ幼い子供たちを戦場に立たせる大人が悪いのだが、あの頃の桐絵やおまえたちは常に神経をすり減らしていたから笑顔は次第に消えていった。

おまえも覚えがあるだろ?

そしてトドメはアリステラ遠征だ。

遠征から帰って来た桐絵はしばらく口も利かず自分の部屋に引きこもってしまい、ようやく出てきたと思ったら「弱いヤツは嫌い」と言い出してそれまで以上に熱心に訓練を始めた。

それは遠征で仲間が大勢死んだことに対して「強ければ死ななかった」と考え、逆に弱いことを悪とみなすようになってしまったからだ。

その弱いヤツの中には自分も含まれていて、自分がもっと強ければ仲間を死なせずに済んだと思い込んだ結果だ。

それ以来ずっと心の片隅に「仲間を守れなかった弱い自分が幸せになってはいけない」という気持ちがあって、笑っていても心から楽しいとか嬉しいというものではないように感じていた。

自分が幸せになることを望むようになったからこそ、あいつは京介のプロポーズを受け入れたんだな、きっと。

京介が今になってプロポーズしたってのはやっぱアレだな。

レイジの時と同じで家族を守る自信がついたんだと思う。

もしくはあいつの弟妹たちが全員就職して独り立ちしたからだろう。

4人もいる弟妹全員を高校卒業させることができたのはあいつがいくつものバイトを掛け持ちして家計を支えてくれたからで、それが済んだってことで自分の人生を歩む決心をしたんじゃないかって。

どちらにしろ俺にとっては娘と息子のようなもので、それがやっと収まるところに収まったというカンジだ。

目出度いことだからおまえにはすぐに教えておきたかったんだ。

本人たちから連絡が行くかもしれないが、それまでは知らなかったフリをしておいてくれ。

 

P.S.

この手紙を封する前に京介が訪ねて来て事情を聞いたので追記しておく。

俺の推測どおり京介は10年以上前から桐絵のことが好きで、からかって遊んでいたんだそうだ。

その反応を見て「これはバカな男に騙される以前になかなか恋愛感情に発展しないタイプ」と判断し、適度につかず離れずのチームメイトでありながら他の男が近寄って来ないか監視していたんだと。

しかしボーダーの組織が界境防衛から近界民(ネイバー)との平和的交流の推進にシフト変更したものだから、警察官つまり公務員になって安定した給料をもらうことを選んだ。

今後消防や警察がトリガーを使用した部隊を作るって話もあって、そのリーダー格となればノンキャリでもそれなりの給料はもらえるだろうと考えたんだな。

それが当たりで、あいつは巡査長に昇格した。

通常は30代前半くらいでようやく巡査長になるっていうのにあいつは20代後半でなったんだから、それはやっぱりボーダーでの経験が役立ったってことだろうな。

それで家族を養うには十分な給料ももらえることになり、桐絵にプロポーズした。

「そろそろ結婚しても良い頃だと思うんで、俺と結婚しませんか?」とごく普通のプロポーズの言葉を口にすると、桐絵は「もうあんたには絶対に騙されないわよ!」と答えたらしい。

そこで「これは嘘じゃないです。もうあなたには嘘はつきません」と真面目な顔で言うものだから、そこで桐絵は頭が沸騰しちまったのか真っ赤な顔をしてそのまま黙って頷いた。

それでしばらくして頭が冷静な状態に戻り、今度は桐絵の方から「さっきの話は本気なの?」と訊き、京介はその時に指輪を渡して「仲間や友人には嘘をついてからかったりふざけることはあっても恋人にはそんなことは絶対にしませんよ。嫌われたくないから」と言ったそうだ。

ま、アレだ。

「割れ鍋に綴じ蓋」とか「似合い似合いの釜の蓋」って言葉があるが、まさにそれだろあいつら。

ということで報告終わりだ。

おまえたちも仲良くやれよ。

あと子供がひとりかふたり増えてもいいんじゃないか?

楽しみにしているぞ。

 

 

◆◆◆

 

 

【ツグミ・ジン・オーラクルから林藤匠への手紙】

 

お手紙ありがとうございます。

コナミ先輩とキョウスケの婚約はレイジさんとゆりさんの結婚以来の大ニュースですね。

ふたりに特別な感情があるかどうかは「あり」だと感じていましたが、あまりに時間がかかっていたので付き合う前に自然消滅してしまったと思っていました。

それが突然婚約ですからね、驚かないはずがありません。

キョウスケが執拗にコナミ先輩ばかりに嘘をついていたのは彼なりの愛情表現であったことはわかりますけど、どうして男子という生き物は意中の相手に対して嫌がるようなことをするのでしょうか?

わたしは女子なので男子の気持ちなんて理解できません。

悠一さんも好きな子には好かれたいから嫌がるようなことは原則としてしないと断言していましたけど、彼の場合はわたしに対して異性を意識するようなことを全然してくれなかったので諦めていたくらいです。

それはともかく喜ばしいことです。

それに京介が警察でバリバリ頑張っていることも頼もしく、わたしたちが帰国する頃にはトリガーが武器としてではなく生活レベルの向上を促す道具として広まっていると嬉しいです。

 

話は変わりますが、我がエウクラートンでは初めてビールの生産に成功しました。

過去に近界(ネイバーフッド)にも中世ヨーロッパで飲用されていたようなビールは存在しましたが、それはお世辞にも美味しいと言えるものではなかったようで、アルコール飲料はワインが主流です。

それに主食である小麦やライ麦の生産を疎かにしてまでビール用の原材料を作るほど生活に余裕がないので、近界(ネイバーフッド)ではビールは消えていってしまったそうです。

現在のエウクラートンでは食料自給が十分で他国へ輸出してもまだ余るくらいですので、加工して付加価値をつけたものを輸出しようと考えてその一環でビールの生産に着手したのが昨年のこと。

玄界(ミデン)から取り寄せた大麦やホップはエウクラートンの大地には適していたらしく品質の良いものが収穫でき、ビールとしては「ラガー」に分類されるもので日本人好みのものになりました。

ただしまだ流通に乗せることができないので、王都の醸造所でできたてを飲んでいただくしかありません。

こちらにいらした時にはぜひどうぞ。

それまでお元気でいてくださいませ。

 

 

◆◆◆

 

 

【ツグミ・ジン・オーラクルから城戸正宗への手紙】

 

ご無沙汰しております。

今日は城戸さんと真史叔父さんのおふたりにご招待状をお届けします。

わたしの女王就任10周年の記念式典にわたしの玄界(ミデン)の家族として出席していただきたいからです。

あれからもう10年も経ったなんてまるで夢のようですが、自分自身は変わっていなくても周りの子供たちが成長しているので現実なのだと思い知らされます。

わたしがエウクラートンに来た時にはまだロレッタは1歳で、サヴェリオとアリーチェと宗一はまだ生まれていませんでした。

ですが今では11歳のロレッタが8歳のサヴェリオや5歳のアリーチェと宗一の良きお姉さんとして勉強の面倒をみてくれたり遊び相手になってくれています。

彼女は次の女王になるわけですが、それについてはもう気持ちの整理ができているみたいです。

幼い頃から神殿に来てわたしの仕事ぶりを興味深げに見ていましたし、(マザー)トリガーと彼女の相性も良好ですから子供ながらに女王という役目が「天職」なのではと考えているのかもしれません。

これによってわたしは彼女の14歳の誕生日に女王の役目から解放されることが正式に決まりました。

女王になって10年ということは30歳になったということになりますが、ボーダーで防衛隊員をやっていた頃の自分にはこんな未来が来るなんて想像もしていませんでした。

それは悠一さんも同じで、自分が近界(ネイバーフッド)で10年も暮らすことになる未来なんて視えなかったと言っていました。

たぶんわたしが女王になるという道は確定したものではなく、さまざまな経験や選択肢の中からわたしが選んだ末にたどり着いた()()のひとつにすぎなかったということなのでしょう。

詳しいお話はおふたりがこちらにいらした時にしたいと思っています。

代議士のお仕事がお忙しいでしょうが、ぜひお越しくださるようお願い申し上げます。

 

 

◆◆◆

 

 

【忍田真史からツグミ・ジン・オーラクルへの手紙】

 

ツグミ、元気にしているか?

先日の戴冠10周年の記念式典は実に見事なものだった。

式典が豪華だったということではなく、その主役であるおまえが堂々としていて立派だったということだ。

そしてなによりも多くの国民がおまえの在位10年を心から祝ってくれたことが自分のことのように嬉しい。

おまえが自分の人生を犠牲にしてまでエウクラートンの民のために生きると決心したというのに、民がおまえの献身に感謝していないのだとしたら哀れだと考えていた。

しかしそれが私の取り越し苦労であったことがわかった。

おまえはエウクラートンの民にとって必要とされているだけでなく愛されているのだと知り、織羽義兄さんの代理に父親としてその姿を見届けることができて本当に幸せだと感じて涙が出てしまったよ。

宗一も5歳ということだが年齢以上に聡明な子供だな。

おまえがいつもそばにいていろいろ教えているのだろうと感じた。

母親としても十分合格だ。

今の姿を見たら美琴姉さんも喜ぶに決まっている。

本当ならおまえに直接話をしたかったのだが、女王であるおまえはこちらから声をかけることができないし、おまえも周りに遠慮して私たちには挨拶しかできなかったからな。

だからこうして手紙で気持ちを伝えることにした。

手紙とは便利なものだな。

恥ずかしくて口にはできないようなことでも素直に伝えることができる。

ツグミ、おまえが帰って来る日を指折り数えて待っているのだよ私は。

あと2年5ヶ月、長いようだが10年を待つことができたのだから大したことはない。

おまえも残りの時間を後悔のないよう使うのだぞ。

女王の座を譲り渡したなら、おまえはエウクラートンで暮らす必要はなくなるのだ。

もちろん残りたいのなら残ってもかまわないが、私はおまえに早く帰って来てもらいたい。

再び家族として一緒に暮らそう。

今の私の一番の願いだ。

女々しいと思うかもしれないが、私にとっておまえたち家族はなによりもかけがえのない大切なものなのだからな。

それを忘れないでいてくれ。

 

 

◆◆◆

 

 

【ツグミ・ジン・オーラクルから城戸正宗への手紙】

 

先日、ロレッタ・オーラクルは14歳の誕生日を無事に迎え、同日わたしは女王の座を彼女に譲り渡しました。

これでわたしは晴れてお役御免となり、堂々と玄界(ミデン)へ戻ることができます。

それを早く知らせたくて手紙を書きました。

現在は帰国のための荷造りをしていて、たぶんこの手紙がそちらに到着して半月後にはわたしと悠一さんと宗一の3人は三門市の土地を踏むことができる予定です。

宗一にとっては初めての玄界(ミデン)の土地ですから楽しみで待ち切れないといった感があります。

ただし歳の近い子供たちと別れるのは辛いようで、玄界(ミデン)に行きたい気持ちと行きたくない気持ちが複雑に絡み合っているように思えます。

わたしと悠一さんにとっては懐かしい故郷への帰国ですが、宗一にとっての生まれ故郷はエウクラートンなのですから仕方がありませんね。

それでも二ヶ国間の交流は今後も増えていくのですから、これが今生の別れではないと理解させるのがわたしの役目です。

 

そちらに帰った後のことはすでに考えております。

家についてはスマートシティ内に戸建てを用意してくださったとのことですので、そこに住むことにします。

就職についてはそちらの状況を見てから決めようと思っています。

1-2年くらいは無職でも子供をひとり育てるくらいの蓄えはありますから。

真史叔父さんも同居を希望しているので、4人で新生活を始める予定です。

エウクラートンでの12年半の暮らしはわたしにとって貴重な経験となりました。

近界(ネイバーフッド)近界民(ネイバー)と共に近界民(ネイバー)として生き、その中で玄界(ミデン)との違いをいくつも感じました。

同じ人間であっても生まれ育った環境によって考え方や生き方が大きく変わってくるということは頭の中ではわかっていたのですが、こうして実際に自分がその中に身を置いてみると知識ではなく経験として理解できるようになったのです。

詳しいことは帰国してからゆっくりとお話しますね。

 

こうして手紙を書いている間にも望郷の念は募ります。

12年半も経ったのですからずいぶん街の様子は変わったことでしょう。

わたしの脳裏にあるのは三門市を発ったあの日のままの光景で、変わることを望んでいながら変わらないでいてほしいという矛盾した気持ちでいます。

ただ願うのは宗一がエウクラートンに帰りたいなどと言わない魅力的な街であってほしいという一点のみ。

母親として子供が過去と未来を秤にかけて過去を選んでしまうようなことにはなってもらいたくはないのです。

そんな心配をしてしまうほどエウクラートンは素晴らしい国です。

一時期ではありましたがそんな国の女王でいられたことをわたしは誇りに思っています。

 

わたしが近界(ネイバーフッド)から手紙を書くのはこれが最後になります。

慣れない環境に身を置くことになりましたが、玄界(ミデン)にいる家族や友人たちからの手紙が心の支えでした。

この感謝の気持ちは言葉に表せませんので、いずれ帰国したら行動で恩返しさせていただきます。

ではお身体ご自愛くださいませ。

そして元気な姿でわたしたち家族を出迎えてください。

 

 

 

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