ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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Happy-Valentine case1 沢村響子の場合 後編

 

 

そして2/14、バレンタインデー当日の朝がやって来た。

 

沢村はいつもの時間よりも2時間早く起床して弁当を作っていた。

普段は時間に余裕のある時に限って自分の弁当を作っていたのだが、この日ばかりは違う。

彼女が作っているのは忍田に食べてもらうためのもので、おかずの監修はツグミによるものである。

 

(男性の心を掴むには、まず胃袋を掴めって言われたけど…。ツグミちゃんて子供なのに妙に大人びたところもあるのよね)

 

ツグミの作戦というのはバレンタインデー当日にチョコレートではなく弁当を作って食べさせろというものである。

「バレンタインデーにチョコレートをプレゼントするなんてナンセンス。そこは愛妻弁当でしょ」と言うツグミの意見には沢村も同意した。

他人と差別化することで印象付け、さらに料理が上手いという家庭的な女性アピールをする。

そしてこれをきっかけに弁当作りを続け「公私共に自分を支えてくれる女性は彼女しかいない」と忍田を()()してしまおうというのがツグミの作戦なのであった。

そしてそのためにツグミと沢村は慎重に準備を進めてきた。

料理が得意ではない沢村に、ツグミは「忍田家の味」を伝授。

特に忍田の好物であるだし巻き玉子はツグミが何度もダメ出しをして、ついに完璧にその味を再現することに成功した。

さらに栄養バランスや彩りなどに配慮したメニューを考え、ふたりで「家庭の味を恋しがっている独身男性の胃袋にインパクトを与える弁当」のレシピを完成させたのだった。

 

(手作り弁当を渡すきっかけはできた。味の方もツグミちゃんのOKが出たんだから大丈夫。後は彼女が言うように当たって砕けろの勢いでぶつかるのみ! …わたしは元攻撃手(アタッカー)、せめてひと太刀だけでも浴びせなきゃ絶対に緊急脱出(ベイルアウト)できないわよ!)

 

 

 

 

本部基地の会議室の一角にダンボール箱が5つ置かれている。

それぞれに城戸をはじめとした上層部の面々の名前が書かれていて、女性職員や隊員は該当者の名前の書かれた箱に自分のプレゼントを入れるシステムになっているのだ。

昨年は本人に直接渡そうとして様々なトラブルが発生した。

その問題解決のために直接手渡しは禁止となり、会議室の箱に入れるという方式を取ることとなったのだった。

そして沢村が回収し、彼女が該当者に渡すことで上層部の間で「誰がどれくらい貰ったのか」を知られずに済むという最大の問題(トラブル)を解決するに至った。

やはり人気度=プレゼントの数で、唐沢と忍田が圧倒的に多く、城戸・鬼怒田・根付は「まあまあ」である。

そして明らかに本命とも思える品も唐沢と忍田の箱には入っているものの、他の3人の箱にはない。

 

「何歳になっても貰ったチョコレートの数を気にするなんて、男の人って子供よね…。わたしなら本命ひとりだけで十分なのに」

 

沢村はそんなことを呟きながら、午前中の受付分を紙袋に詰めていった。

唐沢と忍田の分は午前と午後の2度回収しないといけないほど数が多いのだ。

 

(本部長…相変わらず人気があるわね。これなんてブランド品じゃないの。5000円もする義理チョコなんてありえない。本命ってことよね。どこの誰かしら? …ムカつくけど、だからと言って捨てるわけにもいかない。まあ、ツグミちゃんが喜んで食べてくれそうだから許すわ)

 

そんなことを考えながらプレゼントを回収し、それをすべて「本部長補佐室」へ運んだ。

 

「はあ…。ようやく午前の仕事はこれで完了。これからが勝負よ!」

 

気合を入れた沢村は本部長室へ続くドアをノックした。

 

 

「本部長、入ります」

 

そう言って沢村が本部長室へ入る。

忍田は執務机に向かっていて、書類の束を相手に奮闘していた。

 

「そろそろお昼の時間です。キリの良いところでお仕事をおしまいにして、昼食になさってはいかがですか?」

 

沢村の呼びかけに忍田は返事をする。

 

「ああ、もうそんな時間か。…じゃ、いつものように食堂で ──」

 

「本部長、今日はわたしがお弁当を作ってきました! よろしければ一緒に召し上がりませんか!」

 

このセリフは沢村が朝から何度も繰り返し練習したもの。

自分から忍田にアプローチしたことは一度もなく、このひと言が重要なのだとツグミに言われていたのもだから必死である。

 

「沢村くんが私の弁当を…? それは嬉しいな。ではご相伴に預かろうか」

 

「こちらの部屋に用意をしてあります。どうぞ」

 

意外だとは思いながらも、忍田は沢村の招きに従った。

 

 

沢村はテーブルの上の重箱を開いた。

 

「おう…これは本格的だな。それに美味そうだ…」

 

重箱の中身を見て忍田は素直な感想を口にした。

重箱は2段で、上の段にはだし巻き玉子、里芋と鶏肉の煮物、ホタテとイカとパプリカのマリネ、ブロッコリーとエビの炒め物といったおかずが見た目良く詰められている。

下の段は小ぶりのおにぎりで、重箱の隅にはキュウリとカブの浅漬けが置かれていた。

 

「これを沢村くんがひとりで作ったのかい?」

 

「はい。今日はバレンタインデーですから日頃の感謝の気持ちと慰労の意味を込めて何か贈り物をしたいと思ったんですけどチョコレートでは月並みですから。そこでお弁当ならどうかなと考えて、本部長のために一所懸命に作りました」

 

「それはすまないな。正直言って私はチョコレートなどあまり好きではないから、義理チョコなど貰っても迷惑なだけなんだ。だがこれはとても嬉しいプレゼントだ。さっそくいただくよ」

 

忍田は自分の紙皿におかずを載せ、手を合わせる。

 

「いただきます」

 

そう言って忍田はだし巻き玉子をひと口食べた。

 

「うん…これは美味い! 私好みの良い味に仕上がっている」

 

(よし!)

 

沢村は心の中でガッツポーズをした。

忍田の舌に合うように作られたのだから、この反応は当然である。

 

「喜んでいただけて良かったです。他のおかずも気合を入れて作りましたからお試しください」

 

沢村は満足そうな顔で食べる忍田の姿を横目にお茶を淹れる。

その茶葉もボーダーで使用している安物ではなく、忍田家で常用しているものをわざわざ取り寄せておいた。

これもツグミによる入れ知恵で、お茶の香りでますます家庭の味を意識せざるをえなくなるというのだ。

沢村の家庭的な女性アピールには効果絶大で、「また作ってもらいたい」という気持ちを起こさせれば大成功となる。

 

ふたりの間に会話はあまりなかったものの、この会食は沢村にとって満足のいくものとなった。

忍田とふたりきりで穏やかな時間を過ごし、自分の作った料理を残さず食べてくれたのだから、それだけでも天にも昇る心地なのだ。

 

(ありがとう、ツグミちゃん…。あなたのおかげで希望の光が見えてきたわ)

 

心の中で沢村はツグミに感謝した。

 

 

 

 

それからしばらくして、ツグミの携帯に沢村から連絡が入った。

 

「ツグミちゃん、ありがとう。あなたには本当にお世話になったわー」

 

「いえいえ、アドバイスがお役に立って、わたしも嬉しいです。それで本部長の反応はどうでした?」

 

「すごく喜んでくれたわ。それで『お返しに何かしたいが、希望はあるか?』なんて訊くから『本部長が喜んでくださったことが最高のお返しです』と答えたの。そうしたら『そういうわけにもいかないから、今度食事に行こう』ですって。本部長をふたりでお食事よー!」

 

ハイテンションで話す沢村にツグミは言う。

 

「デートの約束を取り付けたのなら大成功です。本人はデートだという意識はないでしょうけど、傍から見ればデートに間違いありません。既成事実的なものを作ってしまって、あとは沢村さんの振舞い如何でどうなるのかは決まります。わたしはきっかけを作りましたし、これからもあなたを応援します。だから必ずあの人をゲットして、絶対に離さないようにしてください。わたしにとって一番大切な()なんですから」

 

「ええ、わかっているわ。本当にありがとう」

 

そう言って沢村は電話を切った。

 

 

 

 

ザッハトルテを食べながらツグミの様子を眺めていた迅は、電話を切るの待って彼女に訊いた。

 

「忍田さんの未来がちょっと変わったのはおまえのせいだったんだな?」

 

「わたしのせいって…。わたしはほんの少し沢村さんに協力しただけですよ。真史叔父さんはわたしにとってかけがえのない父親なんですから、その大切な人を任せられる女性はわたしが選ばなきゃ。実家を出て玉狛支部(ここ)で暮らしているのだって、叔父さんに娘離れをしてもらわなきゃならないからです。わたしが実家暮らしをしている間は絶対に結婚しようという気持ちにならないでしょ? わたしがいないからといって即結婚したいということにはならないでしょうけど、少なくとも自分のプライベート部分を支えてくれる人が欲しいって思うはずです」

 

「そりゃあそうだが…」

 

「わたしだって沢村さんが叔父さんを任せられる女性でなければこんなことはしません。ボーダー本部長忍田真史を公私共に支えられるのは沢村響子さんだけです。叔父さんが気付いてくれさえすれば万事解決なんですけど、放っておいたらあの朴念仁はいつまでも彼女の気持ちに気付きません。だから娘のわたしがちょっと手を出して状況を変化させなきゃ、ってね」

 

「……」

 

「わたしをここまで育ててくれた叔父さんのためにわたしができることってそれくらいです。そろそろわたしも自分の中の()()を別の人にしなきゃいけない年齢です。いつまでも『お父さん大好き』ではいられないから」

 

すると迅が訊いた。

 

「それなら、忍田さんを沢村さんに任せた後のおまえにとって一番は誰になるんだよ?」

 

その真剣な目にツグミは少し戸惑い、それでも答えた。

 

「もちろんジンさんに決まってます。ジンさんがわたしのことを必要としなくなる時が来るまで、わたしはずっとあなたのそばにいるって前に言ったでしょ? そして無事にあなたにそういう女性が見付かったら、その時にはわたしも次に一番になる男性を探すことにします。不甲斐ない父や兄の行く末に不安を抱えたままでは、自分のことなんて考えられませんから」

 

そう答えて無理やり笑顔を作るツグミ。

それは本心であり、同時に本心でないことは明らかだ。

 

「とにかく本命チョコを貰えずにわたしの作ったザッハトルテを喜んで食べているようではダメです。近い未来にドヤ顔で本命チョコをわたしに見せびらかすことができるようわたしは祈ってますから」

 

「それならおまえの作ったものより美味しいものを作れる女性が現れたら、おまえに真っ先に紹介するよ。それまではおまえのケーキで我慢するさ」

 

「あー、我慢して食べているのなら返してください! ほら今すぐ食べた分を吐き出せー!」

 

そう言って背後から飛びつき背中を叩くツグミに迅は言う。

 

「バカ言うな! 食った分は俺のもんだ!」

 

そう叫んで迅は残りを一気に口に放り込んだ。

 

「じゃあ、食べた分はホワイトデーに3倍返ししてくださいよー! しょぼいお返しだったら許さないんだから!」

 

「ああ、わかってるって。…じゃ、ぼ〇ち揚1年分、とか」

 

「却下!」

 

「アハハ…。だとしたら蓮乃辺にある動物園にでも行くか? おまえの好きなモフモフの動物がいっぱいいるぞー。ふれあいコーナーならウサギとかモルモットをモフれるし」

 

モフモフと聞いてツグミの表情が変わった。

 

「うん、行く、行く! 言い出したのはジンさんなんだから、約束破ったら ──」

 

「倉庫にあるぼ〇ち揚を箱ごと川に投げ込むんだろ?」

 

「そのとおりです」

 

ツグミはそう言って微笑んだ。

 

「話は変わるが、おまえはこの後どうすんだ? 本部へ行くんだよな?」

 

迅に訊かれてツグミは答えた。

 

「はい。チカちゃんが来たら一緒に本部へ行って例のものを配って来ます。放課後の時間なら隊員たちも本部で訓練や個人(ソロ)戦をやっているでしょうから」

 

「それなら俺が車で送って行ってやろうか? けっこう荷物あるだろ。俺は城戸さんに呼ばれてるから本部に行く用事あるし」

 

「はい。それなら鈴鳴支部を経由して本部へお願いしますね」

 

「了解」

 

そうしてツグミと迅は千佳が玉狛支部へ来るまでの時間をチョコレートの甘い香りに包まれながらふたりきりで過ごしたのだった。

 

 

 

Happy-Valentine case1 沢村響子の場合   The end

 

 

 

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