ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
恋する突撃
千佳の誕生日を玉狛支部総出で祝い、そのパーティーの後片付けをしている時だった。
ツグミが洗った皿を布巾で拭いている千佳に声をかけた。
「本日の主役にお手伝いをさせちゃって申し訳ないわね」
「いいえ、みんなに祝ってもらってすごく嬉しかったから、これくらいしないとバチが当たります。それにこの幸せな気分をもう少し味わいたいと言うか、みんなと一緒にいたい気分なんです」
「う~、チカちゃんのそういうところ、大好きだよ」
ツグミは千佳を後ろから抱きしめて頭を撫でる。
「ツグミさん、わたしもツグミさんのこと大好きです。今日のパーティーもツグミさんが提案してくれたんですよね?」
「いやいや、わたしが一番に言い出したってだけで、タイミングによってはそれがオサムくんだったかもしれないし、シオリさんだったかもしれない。それだけのことよ」
千佳の誕生日が近いということで、ツグミはまず栞に相談をし、続いてレイジ、さらに林藤という順で承諾を得ていった。
なにしろ千佳を喜ばすためのパーティーなので、準備するものが少々面倒なものが多かったのだ。
しかし時間と手間をかけた分、本人が大喜びしてくれたのだから、企画したツグミもひと安心である。
「それにしても、わたしはあれだけたくさんの種類の白米を食べたのって初めてです。どれもすごく美味しかったです」
千佳が目を輝かせて言う。
それもそのはずで、千佳の好物が白米であると知ったツグミは全国から特A受賞品種の米を集めたのだった。
新潟県魚沼産の「コシヒカリ」や秋田県の「あきたこまち」はもちろん、北海道の「ゆめぴりか」、青森県の「青天の霹靂」、山形県の「つや姫」など全10種をおにぎりにし、自由に取って食べられるようにした立食パーティーを企画した。
具は入っていない塩むすびなので別途おかずを用意しており、誕生日パーティーというよりは米の試食会のようであったが、千佳に喜んでもらうという一番の目的は果たせたのだった。
そのパーティーの様子はツグミがたくさん写真を撮っていた。
「チカちゃんがこれ以上ないというくらい幸せそうな顔でおにぎりを食べている様子は、明日あなたのご両親に会う時に見せてあげるつもりよ。そうすればあなたがここで楽しくやっているってことや、みんながあなたのことを大事に思っているってわかってもらえるだろうから」
そう、翌日の12日にツグミは修と千佳の両親に会い、彼らが玉狛支部で暮らせるよう説得する役目を引き受けていた。
修は楽勝だろうが、千佳の両親を説得するのは難しいとツグミは考えている。
実際、ボーダー入隊の説得の時には林藤と迅とツグミの3人で2時間もかかったほどだ。
ツグミにも千佳の両親の気持ちは良くわかるのだが、本人の意思を尊重するのなら説得に成功するしかない。
「…ところで、チカちゃんはバレンタインに誰かにチョコをプレゼントするの?」
いきなりバレンタインの話を持ち出され、千佳は目をパチパチさせる。
そして答えた。
「バレンタインですか…? やっぱり修くんと遊真くんにはあげたいですし、いつもお世話になっている木崎さんや迅さんや烏丸先輩、林藤支部長と陽太郎くんにもあげようかな、って。もちろん義理チョコ…というか、感謝の気持ちを込めたお礼、みたいなものです」
「うんうん、わかるよ、その気持ち。わたしもみんなにはチョコレートケーキを作ろうかなって思ってるんだ」
「あ…ツグミさんはお料理が得意だから。でもわたしは作るのはちょっと無理そうなので、14日までに買って来ようかと」
「買うの? けっこうお金かかるけど大丈夫? それにお世話になっている人にあげると言うなら、本部の東さんや
「そうなんですけど、玉狛支部の人で予算ギリギリなので、ちょっと無理かな…」
「だったらわたしと手を組まない?」
ツグミの意外な言葉に千佳は首を傾げた。
「どういうことですか?」
「わたしと一緒にみんなにあげるお菓子を作らない? わたしは材料費を出すから、チカちゃんは労働力を提供するってことで」
「わたしがツグミさんと一緒に作るんですか?」
「そう。わたしもお世話になっている人たちにクッキーをプレゼントしようと思って。なにしろA級・B級の
「ええっ? そんなにたくさん…?」
「うん。ランク戦に参戦するようになったから、本部の人たちとの接点が増えたでしょ? 去年は
「そういうことですか。でもそうなると準備とかも大変ですよね?」
「だから何日か前から生地を作っておいてあるのよ。アイスボックスクッキーっていって軟らかい生地を棒状にして冷凍庫や冷蔵庫で冷やし固め、それをスライスして焼くタイプ。これだと生地を作り置きしておいて、好きな時に焼いて食べられるからすごく便利。でも数が多すぎて焼くのに手間と時間がかかるのよ。そこでチカちゃんには焼くお手伝いをしてもらって玉狛支部B級女子からのプレゼントということにするわ」
「あの、しおりさんたちは手伝ってくれないんですか?」
「それね…。コナミ先輩には断られて、シオリさんは全国模試を受けるための勉強中だから邪魔はしたくない。だからチカちゃんにお願いしたいのよ」
そう言ってツグミは千佳に手を合わせる。
「そういうことなら…。わたしもツグミさんにはいつもお世話になっているので、こういうことでお役に立てるならいくらでもします」
「ありがとう! じゃ、13日の午後から夜にかけてはレイジさんが防衛任務でいないからチカちゃんは自主トレってことになってるでしょ。その時間にこっそりとやりましょう。それまでにわたしが準備をしておくから、チカちゃんはオサムくんやユーマくんにバレないように
「わかりました」
◆
13日の午後、千佳はひとりで玉狛支部へとやって来た。
修と遊真は学校から直接本部基地へ向かい、修は太刀川隊で唯我との模擬戦、遊真は緑川や村上相手に
すでに
「ツグミさん、遅くなりました」
「あ、チカちゃん、いらっしゃい。エプロンはそこに出してあるから、それを着けてこっちに来て」
「はい!」
ツグミに言われたとおりにエプロンを着けた千佳が作業台に立つ。
「チカちゃんにはこの生地を厚さ4ミリから5ミリに切ってもらうわ。切ったものをクッキングペーパーの上に並べておいて。今焼いている分が焼けたら入れ替えるから。オーブンから鉄板を出す時には十分に気を付けて。鉄板が熱くなっているから火傷に注意してね」
「はい、わかりました」
千佳は渡された生地を丁寧に切り、それがなくなると冷蔵庫の中からクッキー生地を出す。
直径が4センチ、長さが30センチほどの筒状の生地がラップに包まれていて、それが何本かまとめて新聞紙で包んである。
いちおう冷蔵庫の中にクッキー生地があることを隠しているつもりなのだが、この状態を見れば陽太郎にですらツグミが何をやっているのかわかるというものだ。
この時期にツグミが厨房を何時間も「立ち入り禁止」にしていれば誰だって気が付く。
現に去年も規模は小さいものの似たようなことをしていた。
だから男性陣は気付かないフリをしてくれているのだ。
ふたりは黙々と作業をする。
なにしろ数が多い上に夕食の準備もしなければならない。
おまけに男性隊員に内緒ということになっているから、短い時間で仕事を終わらせる必要があるのだ。
「あの…こんなにたくさんのクッキーを作るとなると、材料費がかかったと思うんです。それって全部ツグミさんが出したんですか?」
千佳が遠慮がちに訊いた。
「そうよ。大規模侵攻の特級戦功で貰った報奨金があるから、今のわたしは懐が温かいの。以前なら全部学費や大学の進学資金にするんだけど、奨学金で賄える目処がついたから、少しくらい自由に使っても大丈夫。だからお金の心配はいらないわよ。まあ、わたしが特級戦功を貰えたのは大勢の人の協力があったからで、そのお礼というかお返しの意味も含まれているってわけ」
「そうですね。わたしもツグミさんや修くんたちのおかげでアフトクラトルに連れ去られずに済んだわけですから、その感謝も気持ちを込めて作ります」
ツグミと千佳は顔を見合わせて微笑み、作業を続けた。
「そう言えば、チカちゃんのご両親はあの後どうだった?」
昨夜、ツグミたちが千佳の両親と会って説得するということで、ボーダーに入隊させる際にも大変だった経験から様々な材料を手にして赴いたのだった。
本人の意思が一番大事だといっても、未成年である千佳の保護者の意見は無視できない。
そこで「仮住まい」という形での許可を得た。
夜間の防衛任務とランク戦の夜の部がある時に限って玉狛支部に泊まるというものだ。
それも彼女の両親は不承不承といった感じであったから、ツグミは気にしていたのだった。
「みなさんが帰った後、しばらくは機嫌が悪かったですけど、今朝はそんな感じじゃなくて、いつものようにご飯を食べて学校へ行きました」
「じゃあ、そんなに心配することはなさそうね。…ああ、よかった。もしこれでチカちゃんがボーダーを辞めるってことになったらヤブヘビになっちゃうもの」
「わたしは
千佳は真剣な眼差しでツグミに答えた。
それを見たツグミは大きく頷き、微笑みながら言う。
「チカちゃん、強くなったね。ジンさんに連れられて初めて
「はい。まだまだだけどわたしが強くなれたのは修くんがいつもそばにいてくれて、遊真くんに助けられて、木崎さんのご指導があって、ツグミさんや他のみなさんの応援があってこそです」
「うん。そういうチカちゃんの強さがご両親の気持ちを変えたんだよ」
「わたしもそう思います」
千佳の言葉にツグミは思った。
(そう自信を持って言えるようになったのが一番の進歩だよね。先輩としてはこういう後輩が可愛くてたまらないのよ~)
それから夕食の時間を挟み、約6時間かけてすべてのクッキーを焼いた。
バター多めのプレーンタイプとココアたっぷりのビターの2種で、数は2種合わせて900枚ほどある。
それから玉狛支部のメンバーのためのチョコレートケーキのスポンジが2つ。
冷えたらチョコクリームで周りを覆い、削ったチョコレートで飾るだけだ。
「チカちゃん、お疲れさま。あとはわたしがやっておくから。明日は本部に行って配るのを手伝ってもらえるかな?」
「はい。今日と同じくらいの時間に来られると思いますので待っていてください」
「了解。…じゃ、これをチカちゃんに預けておくから、明日学校で出穂ちゃんに渡してもらえるかな? 明日は
ツグミはそう言ってプレーンとビターのクッキーが4枚ずつ入った可愛らしい小袋を千佳に渡した。
早めに焼いたものを出穂用にとラッピングしておいたのだ。
「はい! ちゃんと渡します」
「うん。じゃ、レイジさんが戻って来る前にここを片付けなきゃ」
◆
千佳を送り出した後、ツグミは粗熱のとれた分のクッキーからラッピングを始めた。
100円ショップで購入した半透明の袋に8枚入れて巾着袋のように口を締めてピンク色のリボンで結ぶ。
これだけの作業だが数が多い。
男性隊員だけでなく女性隊員も含めてだから100を超える数になるわけで、それをひとりでやるのだから大変だ。
それでも彼女にとっては苦にはならない。
彼女の作った菓子を喜んで食べてくれる人がいるのは事実。
本人は見返りなど期待しておらず、彼らが笑顔になると思えばそれが最高の報酬となるのだ。
小袋に詰めたクッキーを紙袋に部隊の人数分入れ、それぞれの部隊名を記入した付箋を付けていく。
それをA級・B級部隊と開発室の分を作った。
最後に上層部メンバーの分は大人向けの落ち着いた雰囲気のある小さな紙袋に詰め、それぞれに対してのメッセージカードを添付する。
メッセージカードの内容は「いつもありがとう。お仕事頑張って」のようなものだから、父の日のプレゼントっぽい。
「あ…これはチカちゃんに書いてもらった方がいいわね」
そう言って鬼怒田の分のカードだけ破り捨てて新品のカードを用意した。
そうこうしているうちに日付はとっくにバレンタイン当日になっている。
ツグミが慌てて片付けをしていると、ドアの向こう側からレイジの声がした。
「ツグミ、
「はい、今片付けしてますので、終わったらすぐに寝ます」
「そうか。あ…それから明日の朝飯だが、おまえは俺の手伝いをしなくていい。…じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい、レイジさん」
レイジの気遣いに感謝し、ツグミは後片付けをすると自分の部屋に戻って行った。