ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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Happy-Valentine case2 霧科ツグミの場合 中編

 

 

昼食の片付けを終えたツグミはチョコレートケーキのデコレーションを始めた。

直径20センチの丸型のチョコレート味のスポンジが2つ。

周囲にチョコクリームを塗る作業をするのだが、お子様が彼女のそばにいて離れようとしないのだ。

 

「ヨータロー、おやつは別に用意してあるでしょ。それを持ってヒュースのトコにでも行ってなさい」

 

別に用意したおやつというのは前日に作ったクッキーの()()である。

用意したとも言い難いのだが、味は市販のものよりはるかに美味くて添加物無使用だから健康にもいい。

 

「ケーキはヨータローとヒュースの分もあるから心配しないでいいのよ」

 

すると陽太郎が訊く。

 

「おれはそんなことをしんぱいしているのではない。ツグミはほんめいにあげるチョコはつくらないのか?」

 

「本命」という言葉を聞いてツグミの手は一瞬止まるが、すぐに何もなかったかのように作業を続けて答えた。

 

「本命ね…。そういう人がいれば作ってあげたいけど、残念ながらわたしにはいないから。ほら、ヨータローはゆりさんとチカちゃんにはお嫁さんにしてあげると言ったけど、わたしには言ってくれたことないでしょ? だからわたしをお嫁さんにしてくれるなんて言ってくれる人はまだ誰もいないのよ」

 

「それならおれがおよめさんにしてやるといったら、おれにほんめいチョコをくれるのか?」

 

ツグミは少しムッとした顔できっぱり答えた。

 

「それは絶対にない。わたしはわたしのことだけを好きになってくれる人でなきゃダメだもの。ヨータローは浮気性だからお断りよ」

 

「おれはうわきしょうなどではない。はくあいしゅぎというのだ」

 

「あら、難しい言葉を知ってるじゃないの。誰にそんな言葉聞いたの?」

 

「とりまるだ」

 

陽太郎はそう言うと、なぜか不安そうな顔になってツグミに訊いた。

 

「もしかして…それはうそなのか? おれはとりまるにだまされたのか?」

 

「いや、騙されたわけじゃないけど、正しいとも言えないわね。まあ5歳のヨータローには難しい話よ」

 

すると陽太郎が怒り出した。

 

「おれをこどもあつかいするな!」

 

「だってお子様じゃないの。…じゃあ、もしヨータローが大人になった時にゆりさんのことが世界で一番好きで、彼女をお嫁さんにするって決めたとするよ。それなのにゆりさんが『ヨータローのことは好きだけど、レイジさんが一番好きだからレイジさんのお嫁さんになる』って言ったらどうする? ヨータローの一番好きな人がヨータロー以外にも好きな人がいて、あなたが一番じゃないってわかったらどう感じる?」

 

ツグミの問いに陽太郎はしばらく考え込んでしまった。

そしてなぜかうっすらと涙を浮かべて答えた。

 

「かなしい…。一ばんすきなひとにはおれのことを一ばんすきになってほしい」

 

「でしょ? 子供の時にはみんなのことが好きって言えるけど、大人になるとそうも言っていられなくなるのよ。…まあ、とにかくここにいると邪魔になるし、包丁とかあって危ないから離れててちょうだい。この後チカちゃんが来たら一緒に本部に行ってクッキーを配ることになってるの。だから早くケーキを仕上げなきゃならないってわかるわよね?」

 

「わかった」

 

陽太郎はそう言ってテーブルの上にあった割れクッキーの袋を持って出て行った。

 

 

 

 

ひとつ目のケーキが完成し、冷蔵庫に入れると次のスポンジを取り出してチョコクリームを塗る。

 

「本命チョコか…」

 

ツグミは陽太郎の言葉を思い出していた。

 

(わたしだってあげたい人はいるわよ。でも相手が欲しいと思っていればいいけど、そうでなかったら迷惑なだけ。わたし自身がそうだもの。好きな人から好きと言われたら天にも昇る心地だけど、関心のない人から言われたって迷惑でしかない。それにプレゼントを渡して告るなんてわたしには絶対無理。そんな勇気はないし、それに…いつまでも今の関係を続けたいなら何もないってフリしているのが一番。わたしにとって今が一番楽しくて幸せなんだもの)

 

ツグミは自分の行動を肯定するために、自分自身に言い聞かせた。

 

 

ふたつ目のケーキを完成させたところで、冷蔵庫の中のケーキを取り出して6等分する。

玉狛支部のメンバーは12人いるから、2ホールをそれぞれ6等分するわけだ。

注意深くナイフを入れていると、突然食堂のドアが開いて迅が入って来た。

 

「ただいま~!」

 

「きゃあ! …もう、ジンさん、驚かさないでくださいよ~」

 

ケーキに集中していた時にいきなり大きな声を出されたものだから、ツグミは驚いて悲鳴を上げてしまった。

おまけにケーキ自体にナイフを入れたタイミングだったものだから、少々曲がってしまっている。

 

「あ~あ…ジンさんのせいで曲がっちゃったじゃないですか~」

 

「俺のせいか?」

 

「もちろんです。ほら、見てください。これじゃ大きさがバラバラになっちゃいます。責任とってジンさんが一番小さいのを食べてくださいよ」

 

ツグミは食器棚から皿を1枚取り出すと、一番小さいカットを皿に載せて迅の前に置く。

 

「これがジンさんの分です。夕食の後にみんなで食べる予定なので、その時にこれを出しますからね」

 

そう言って皿を片付けようとするツグミを迅は制止した。

 

「それ、今食べちゃダメなの?」

 

「今、食べたいんですか?」

 

「ああ。俺、今日の昼飯まだ食ってないんだよ。だから腹へっちゃって」

 

「それじゃ何か作りましょうか。…炒飯とワカメスープでよければ10分でできますよ」

 

「いいな、それ。頼む」

 

「じゃ、その辺に座って待っててください」

 

ツグミはカットしたケーキを冷蔵庫に戻すと、中から冷ご飯と玉子と焼豚を取り出した。

さらに長ネギと焼豚を切り、中華鍋で溶き卵を炒め始めた。

隣りのコンロでは水で戻した乾燥ワカメを使ってスープを作る。

調理の手際はプロのそれに引けを取らない立派なもので、最後の盛り付けまでをキッチリ10分で終えた。

 

「さあ、召し上がれ」

 

「いただきます!」

 

できたての炒飯に食らいつく迅。

無言で勢い良く食べるのはよほど空腹であったからなのだろうが、その食べっぷりを見ればその炒飯が美味しいのだとわかる。

ツグミも迅の様子を見て満足し、食後のコーヒーを淹れる支度をしていた。

 

「はぁ~、食った食った」

 

全部平らげた迅はそう言って腹をさする。

 

「だけどもうちょっと食べたいな。なあ、ツグミ、さっきのケーキ食ってもいいかー?」

 

「夕食後のデザートだって言いましたよね? でもジンさんのことだからまたこの後出かけてしまって、夕食は一緒に食べられないんでしょ? いいですよ、今食べても」

 

ツグミは冷蔵庫の中のチョコレートケーキにコーヒーを添えて迅に出した。

 

「こうなると思ってコーヒーはいつものじゃなくて深煎りの豆を挽いてみました。ジンさんや支部長(ボス)たち男性向けは濃厚なザッハトルテにしましたから、苦味のあるコーヒーが良く合うんですよ。ちなみに女性と子供向けにはマイルドなガトーショコラです」

 

「そうなのか…。じゃ、いただきます」

 

迅は押し頂くかのように皿を引き寄せ、フォークでひと口分を切り取って口に入れた。

その濃厚なチョコレートの風味に迅の顔はとろけそうになり、作った本人のツグミも満足で自然と笑みがこぼれる。

 

「…美味い。ツグミの料理はなんでも美味いが、特に菓子は最高だ。こうなる未来は視えていたけど、味まではわからないからな。ああ、ツグミがいてくれて良かった。義理でも何でもこのまま誰からもチョコを貰えなかったら、さすがの俺でも人生緊急脱出(ベイルアウト)したくなるよ、うん」

 

「まさか、ジンさん誰からも貰えてなかったんですか?」

 

「…まあね。本部でさりげなく歩き回っても誰からも声をかけてもらえなかったし、沢村さんのトコに顔出しても全然相手にしてもらえなかったんだよ」

 

「それは日頃の行状のせいです。それに沢村さんは全身全霊かけて傾けて今日のために頑張ってきたんです。真史叔父さん以外の人間なんて目に入りませんよ。…そろそろ結果が出ている頃かな?」

 

ツグミがそんなことを考えていると、携帯電話に着信があった。

発信者は沢村で、内容は万事上手くいったという報告とツグミへの礼である。

その声の様子から、いつもの沢村の姿は想像できないほど喜んでいるのがわかった。

 

チョコレートケーキを食べながらツグミの様子を眺めていた迅は、電話を切るの待って彼女に訊く。

 

「忍田さんの未来がちょっと変わったのはおまえのせいだったんだな?」

 

「わたしのせいって…。わたしはほんの少し沢村さんに協力しただけですよ。真史叔父さんはわたしにとってかけがえのない父親なんですから、その大切な人を任せられる女性はわたしが選ばなきゃ。実家を出て玉狛支部(ここ)で暮らしているのだって、叔父さんに娘離れをしてもらわなきゃならないからです。わたしが実家暮らしをしている間は絶対に結婚しようという気持ちにならないでしょ? わたしがいないからといって即結婚したいということにはならないでしょうけど、少なくとも自分のプライベート部分を支えてくれる人が欲しいって思うはずです」

 

「そりゃあそうだが…」

 

「わたしだって沢村さんが叔父さんを任せられる女性でなければこんなことはしません。ボーダー本部長忍田真史を公私共に支えられるのは沢村響子さんだけです。叔父さんが気付いてくれさえすれば万事解決なんですけど、放っておいたらあの朴念仁はいつまでも彼女の気持ちに気付きません。だから娘のわたしがちょっと手を出して状況を変化させなきゃ、ってね」

 

「……」

 

「わたしをここまで育ててくれた叔父さんのためにわたしができることってそれくらいです。そろそろわたしも自分の中の()()を別の人にしなきゃいけない年齢です。いつまでも『お父さん大好き』ではいられないから」

 

すると迅が訊いた。

 

「それなら、忍田さんを沢村さんに任せた後のおまえにとって一番は誰になるんだよ?」

 

その真剣な目にツグミは少し戸惑い、それでも答えた。

 

「もちろんジンさんに決まってます。ジンさんがわたしのことを必要としなくなる時が来るまで、わたしはずっとあなたのそばにいるって前に言ったでしょ? そして無事にあなたにそういう女性が見付かったら、その時にはわたしも次に一番になる男性を探すことにします。不甲斐ない父や兄の行く末に不安を抱えたままでは、自分のことなんて考えられませんから」

 

そう答えて無理やり笑顔を作るツグミ。

それは本心であり、同時に本心でないことは明らかだ。

 

「とにかく本命チョコを貰えずにわたしの作ったザッハトルテを喜んで食べているようではダメです。近い未来にドヤ顔で本命チョコをわたしに見せびらかすことができるようわたしは祈ってますから」

 

「それならおまえの作ったものより美味しいものを作れる女性が現れたら、おまえに真っ先に紹介するよ。それまではおまえのザッハトルテで我慢するさ」

 

「あー、我慢して食べているのなら返してください! ほら今すぐ食べた分を吐き出せー!」

 

そう言って背後から飛びつき背中を叩くツグミに迅は言う。

 

「バカ言うな! 食った分は俺のもんだ!」

 

そう叫んで迅は残りを一気に口に放り込んだ。

 

「じゃあ、食べた分はホワイトデーに3倍返ししてくださいよー! しょぼいお返しだったら許さないんだから!」

 

「ああ、わかってるって。…じゃ、ぼ〇ち揚1年分、とか」

 

「却下!」

 

「アハハ…。だとしたら蓮乃辺にある動物園にでも行くか? おまえの好きなモフモフの動物がいっぱいいるぞー。ふれあいコーナーならウサギとかモルモットをモフれるし」

 

モフモフと聞いてツグミの表情が変わった。

 

「うん、行く、行く! 言い出したのはジンさんなんだから、約束破ったら ──」

 

「倉庫にあるぼ〇ち揚を箱ごと川に投げ込むんだろ?」

 

「そのとおりです」

 

ツグミはそう言って微笑んだ。

 

「話は変わるが、おまえはこの後どうすんだ? 本部へ行くんだよな?」

 

迅に訊かれてツグミは答えた。

 

「はい。チカちゃんが来たら一緒に本部へ行って例のものを配って来ます。放課後の時間なら隊員たちも本部で訓練や個人(ソロ)戦をやっているでしょうから」

 

「それなら俺が車で送って行ってやろうか? けっこう荷物あるだろ。俺は城戸さんに呼ばれてるから本部に行く用事あるし」

 

「はい。それなら鈴鳴支部を経由して本部へお願いしますね」

 

「了解」

 

 

迅はきれいにケーキを食べてしまうと口をティッシュで拭いてコーヒーを飲む。

そんな迅にツグミが訊いた。

 

「ジンさんて最近夕食の時間に玉狛支部(ここ)へ戻って来ませんよね? 夜いなくて、朝になったらいつの間にか戻って来てるし、朝食の後にまたふらりと出かけてなかなか帰って来ない。何か事情があるんでしょうけど、あんまり寂しい思いをさせないでください」

 

すると迅が表情を変えた。

意味深な笑みを浮かべ、意地悪っぽくツグミに言う。

 

「あれ~、俺がいないと寂しいのか?」

 

「ええ、寂しいですよ。いつまでも一緒にいられるわけじゃないんだから、せめて今は一緒にいたいって思ってもバチは当たりませんよね?」

 

「あ、ああ…」

 

ツグミをからかってやろうとした迅だったが、彼女が自分の気持ちをストレートに告げたものだから逆に迅は戸惑ってしまった。

迅自身も「一緒にいたい」という気持ちはツグミと同じであるからそれはそれで嬉しいのだが、迅が男である以上「一緒にいられたらそれだけでいいよね」にはならないのだ。

 

「せめてわたしの食事当番の日には帰って来てくださいよ。みんなで食事していても、ジンさんがいないとつまらないです。…ああっ!?」

 

突然ツグミは何かを思いついたようで大きな声を上げた。

そして顔を赤らめて小さな声で言う。

 

「ごめんなさい、ジンさん。朝帰りするのって…ジンさんにとってそういう女性がいるってことなんですよね?」

 

「は?」

 

「今日だってこれからその女性の家に行ってチョコを貰うんでしょ? 本命チョコを貰えないなんて失礼なことを言ってごめんなさい!」

 

「ええっ!? おまえ、何言ってんの!? ないない、そんな相手いないから! 朝帰りするって言っても防衛任務の市内巡回だから、誤解しないで!! 本命チョコなんて貰えない寂しいヤツだから、俺!!」

 

迅は青ざめた顔で必死になってツグミの勘違いを訂正した。

必死過ぎて自分で自分を貶めているのも気が付かないくらいに。

 

「ジンさんがそこまで言うなら信じます」

 

「はぁ…。わかってくれて良かった。それなら今夜は城戸さんの用事を済ませたら速攻帰って来る。だからもし夕食の時間に間に合わなくても夜食として食べるから、俺の分、残しておいてくれ」

 

「わかりました。コーヒーのお代わりはいかが?」

 

「うん、頼む」

 

ツグミは空になったコーヒーカップを手にすると、厨房の奥へ歩いて行った。

 

迅は平静を装っていたが、自分が他所の女性と夜を共にしているのではないかと勘違いされたことでショックを受けていた。

 

(最近、次の近界民(ネイバー)侵攻の対策で留守がちだったから、それを知らないツグミにとっては夜にいないとなれば怪しむのも仕方がない。でもだからってフツー女の家に泊まってると考えるかよ? 俺ってツグミからそういう目で見られてたってことになるんだよな…)

 

ツグミはというと、迅が夜を共にする女性がいないということがわかって安堵していた。

しかし自分が愚かでふしだらな想像をしてしまったことを迅に知られたことにもなり、表面上は何事もなかったかのような顔をしているが心の中は爆発しそうなほどドキドキしている。

 

(ジンさんに恋人がいないってことはわかったけど、すっごく恥ずかしいこと言っちゃったよ~)

 

思わず冷蔵庫を開いて、その中に頭を突っ込んでしまった。

火照った顔を冷やそうとでもいうのだろう。

 

 

ツグミと迅はふたりとも相手のことが一番大切で愛しい存在だと思っている。

しかし互いに相手が自分のことを「妹」「兄」だと思っていると信じているから、今の関係を壊すことなく「妹」「兄」の役を演じ続けようとしている。

だからいつまで経っても進展はない。

ただし迅には視えていた。

いくつも視える未来のうちのひとつだが、自分とツグミが兄妹でなく、またボーダー隊員の仲間としてでもない別の絆で結ばれている未来があるのだ。

その未来の可能性を消さないためにと、迅は彼女に隠し事をしながら()()()()()

そしてまもなくその分岐点となりうる事件が起きるのだが、それは迅にすらまだわからない。

 

 

 

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