ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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Happy-Valentine case2 霧科ツグミの場合 後編

 

 

玉狛支部での夕食時、やはり迅はこの時間になっても帰って来なかった。

それでも必ず帰って来るとツグミに約束してあったので、彼女は迅の分の夕食 ── 肉じゃがと白身魚のすり身揚げ ── を別の皿に移してある。

自宅に帰る者は帰り、玉狛支部で暮らしている者は自室に戻っている時間だが、ツグミは食堂で料理の載った皿を眺めながらぼんやりとしていた。

明日はB級ランク戦Round4が行われるというのに、彼女は余裕があると言うか、緊張感はまったくない。

マップの選択権があり、何時間もかけて練りに練った戦術に自信があるのだ。

それに彼女にとってはランク戦よりも重要なことがあった。

 

(ジンさん、今日中に帰って来るわよね…。そうでなきゃ意味がなくなっちゃうもの。はあ…)

 

冷蔵庫を眺めながら大きくため息をつくツグミ。

壁の時計はすでに午後11時を過ぎていて、カチカチという秒針の動く音だけが部屋に響いている。

 

(今夜は必ず帰るとは言ったけど、今日中に帰るとは言ってない。…それにしても城戸司令の呼び出しというのは例の近界民(ネイバー)侵攻のことなんだろうな。でもなんで本部はそのことを隊員にも発表しないんだろ? アフトクラトルの時みたいに発表してしまうとマズイことでもあるのかもしれないけど、だとしてもわたしには話してくれてもいいのに)

 

遊真の(ブラック)トリガー強奪未遂事件の際もツグミにだけは事情を話して協力を求めたし、それ以前にも何度か迅の「暗躍」の手助けをしている。

それなのに今回に限って何も言わないことで、逆にツグミを不安にさせてしまうのだ。

 

 

ツグミがそんなことを考えていると、玄関ドアの開く音がした。

それから食堂へ向かって来る足音がする。

 

「来た!」

 

ツグミは食堂のドアをバンと勢い良く開け、迅を出迎える。

 

「お帰りなさい、ジンさん!」

 

「た…ただいま」

 

ツグミの様子がいつもと違っていたため、迅は目をしばたたかせた。

 

(俺、何かしたっけ…? 夕食には間に合わなくても帰るって言って約束どおりちゃんと帰って来たんだから文句ないと思うんだけどな…)

 

一方、ツグミは厨房に入り、慌ただしく料理を電子レンジで温めたり、炊飯器のご飯を茶碗に盛ったりしている。

 

「ジンさん、夜食を用意しましたから、早く食べてしまってください。あ、ちゃんと換装を解いて生身になってからですよ」

 

食堂のテーブルの上には温め直された料理が並んでおり、ここに座れとばかりにツグミは椅子を引いて迅を待っている。

 

「ああ…」

 

迅は換装を解いて椅子に腰掛けると食事を始めたが、ツグミは迅の席の向かい側に腰掛けて食べるのをじっと見守っている。

 

「なんだよ…。そんなにじっと見て」

 

「喋っている暇があったら口を動かす! あと5分で食べてください」

 

ツグミは迅を急かし、全部食べ終わったところでツグミはおもむろに冷蔵庫から何かを出して迅の前に置いた。

それはチョコレートムースで、イチゴやブルーベリーがトッピングとして載っている。

 

「これは…?」

 

「ジンさんのためだけのデザートです。今夜のデザートはイチゴだったんですけど、ジンさんの分を残しておこうとしたら、ヨータローが雷神丸に食べさせちゃったんですよ。かろうじてわたしがまだ食べていなかった2粒だけ無事で、冷凍ブルーベリーと一緒に載せてみました」

 

「俺のためだけ?」

 

「はい。…で、これが最後の仕上げです」

 

ツグミはそう言うとハートの形の板チョコをイチゴの隣りに添えた。

 

「Happy-Valentine、ジンさん。さあ、今日中に召し上がれ」

 

迅は壁の時計を見た。

時刻は午後11時53分。

ツグミが迅を急かしたのはバレンタイン当日に彼に食べてもらいたかったからなのだ。

 

「ありがとう。さっそくいただくよ」

 

迅はそう言ってチョコレートムースをひと口食べた。

 

「どうですか?」

 

「うん、美味い。昼間のザッハトルテも美味かったが、こっちの方が俺の好みだな」

 

迅の感想にツグミは舞い上がる。

 

「嬉しい…。実はこれ、余ったチョコレートで急いで作ったんです。やっぱりジンさんには他の人とは違って特別なものをあげたいと思って」

 

「どうして?」

 

「だって今年は真史叔父さん宛のプレゼントはなしで、忍田本部長宛ということにして城戸司令たちと同じものにしたんです。沢村さんのためにはそうすべきだと思ったから。だって娘のわたしが特別なものをあげたら、せっかくの彼女の努力が色褪せちゃうじゃないですか。わたしにとっての一番はもう叔父さんじゃないんですよ、ってアピールしないと。そういうことで今のわたしの一番の好きはジンさんですから、特に心を込めて作りました」

 

「…そうか」

 

「だから本命から貰えなくても、わたしのを食べて元気出してくださいね」

 

そう言いながら微笑むツグミに迅は答えた。

 

「俺は本命からだけでなく誰からも貰えなくても、おまえの一番のチョコを貰えばそれで十分だよ。ありがとう、ツグミ」

 

「いいえ、どういたしまして。…でもわたし、いつまでジンさんに一番チョコをあげられるのかな?」

 

ツグミがひとり言のように呟いた言葉に迅は心の中で返事をした。

 

(おまえさえよければいつまでもずっと作ってくれよ。俺としてはおまえが恥じらいながら本命チョコをくれるようになったら最高なんだが、そんな高望みなんかしないさ。なんたって今が一番幸せなんだからな…)

 

迅はイチゴの粒をひとつスプーンに載せると、それをツグミに向けた。

 

「ほら、あ~ん、しろ」

 

「え? 何で?」

 

「おまえは大好物のイチゴを俺のために残してくれたんだろ? 俺はひとつだけでいいから、これはおまえにやる」

 

「…気持ちは嬉しいけど、恥ずかしいからいらない」

 

ツグミは遠慮するが、迅はそれでもスプーンを向けたままだ。

 

「誰も見てないなら恥ずかしいこともないだろ。昔はよくこうして俺がケーキのイチゴをおまえに分けてやったろ。ほら」

 

困ったような顔のツグミだが、迅が諦めそうにないということで、身を乗り出して口を開く。

 

「あ~ん」

 

イチゴと同じように赤くてぷるんとした唇がもの欲しげに開く様子はどことなくエロティックで、イチゴの粒がその口に吸い込まれていくのを迅はまじろぎもせずに見つめてしまった。

 

「…ん、美味しい」

 

幸せそうな顔で口をもぐもぐさせているツグミ。

無邪気というより無防備過ぎて迅は少し不安になった。

 

(俺以外のヤツにこんなことはしないだろうな…?)

 

迅はチョコレートムースをひと匙すくうと口の中に入れた。

 

(む…これって…間接キス、になるのか…!?)

 

迅の使ったスプーンをツグミが使い、そのツグミの使用後のスプーンを使えばそういうことになる。

たかがそれだけのことなのに迅はドキドキしてしまう。

 

(悠一、おまえはガキじゃないんだ、これくらいのことで動揺するな。間接キスなんてキスとも言えないんだぞ。現にツグミなんて平然としてるじゃないか!)

 

ツグミは平然としているのではなく単に気付いていないだけなのだが、迅はそのことを知らない。

そして自分の動揺を悟られまいと、まったく関係のない話題を振った。

 

「そう言えば、おまえのクッキーの評判はどうだった?」

 

「あれはわたしのクッキーではなく、わたしとチカちゃんのふたりで作ったクッキーです。で、評判は上々でしたよ。わたしと仲の良い人たちには」

 

「どういうこと?」

 

「わたしのことを良く知っている人はわたしの趣味が料理、特に菓子作りが好きだって知ってますし、去年も渡したから期待してくれていた人もいるくらいです。でも今回はそうでもない人が結構いて、中には怪しむ人もいたくらい。まあ、食べてもらえば喜んでくれるだろうし、食べないならそれでかまいません。A級の人たちとは付き合いが長いか深いかのどちらかなので、約1名を除いて歓迎されましたが、B級は半分近くが反応薄でしたね」

 

「A級の約1名って?」

 

「唯我ですよ。わたしの顔を見るなり隊室から飛び出して逃げて行きました。今回はアポなしで訪問したから仕方がないんですけどね。あと、二宮隊に行ったらなぜか二宮さんがひとりで留守番していて、クッキーを渡したら『こんなことをしている暇があったらランク戦に専念しろ』とか言われちゃいました。だから明日のRound4の試合を見てくれ。絶対に面白い試合にしてみせるからって宣言したんです。そしたら『おまえが試合に勝てたら食べてやる』ですって。あの人ってそういう言い方しかできないんですよね。だから明日はどんなことがあっても勝ちに行きますよ、うん」

 

「そうか、あの二宮さんがね…」

 

「そして一番喜んでくれたのが鬼怒田さんです。鬼怒田さん宛のクッキーにはチカちゃんにメッセージカードを書いてもらったんです。そうしたらチカちゃんの携帯にお礼メールが入って、文章だけじゃなくて顔文字とか絵文字をいっぱい使ってありました。嬉しかった気持ちを伝えたいって感じがひしひしと伝わってきましたよ。あの人としては精一杯頑張ったんでしょうね。なんだか可愛く思えちゃいました」

 

「鬼怒田さんは娘さんと別れて暮らし始めてずいぶんと経つからな」

 

「ええ。それでチカちゃんがメッセージカードに『いつもありがとうございます。お仕事頑張るのもいいですが、ちゃんとお休みを取ってご自愛ください』なんて書いたものだから、今の仕事がひと段落着いたら2-3日休みを取るんですって。チカちゃんの効果って凄いですよね。 あのワーカホリックの鬼怒田さんが自発的に休みを取るって言うんですから」

 

「そのとおりだ。もしかしたら休みを取るというのも、娘さんに会いに行くのかもしれないな」

 

「そうだといいです。会いに行ける家族がいるんですから、会える時には会うべきです。人なんていつ別れの時が来るかわからないんですから」

 

「…そうだな」

 

ツグミと迅は突然であり理不尽な家族との別れを経験しているからそう思うのだ。

 

「さて、腹はいっぱいになったし、美味しいデザートも食った。あー、俺は温かい家族がいるんだなってしみじみ感じるよ。俺の帰る場所は()()なんだな…。じゃ、ごちそうさま、ツグミ」

 

迅が礼を言って立ち上がる。

 

「お粗末さまでした。遅くまでお仕事してお疲れなんですから、早く休んでください」

 

そう言ってツグミが皿を片付け始めた。

 

「いや、俺のせいで遅くなったんだから、自分の食った分は片付けるよ」

 

迅が自分で皿を厨房へと持って行こうとするのをツグミが止める。

 

「ジンさんはしなくていいんです。わたしがやりたいんですから。それに料理というものは食材を揃えるところから始まり、使った食器を洗って棚に収めるところで終わるんです。最後までわたしにさせてくださいな」

 

「そういうものなのか? おまえがそう言うならお言葉に甘えて任せるよ」

 

「はい、お任せ下さい。じゃあ、おやすみなさい、ジンさん」

 

「おやすみ、ツグミ」

 

 

迅が食堂を出て行くのを見届けて、ツグミは皿の片付けを始めた。

 

(ジンさんにはちゃんと伝えた。この気持ち、ジンさんには()()()届いていないだろうけど、今はこれで十分。来年も再来年もバレンタインにこうしてジンさんとふたりでいられたらそれだけで幸せだもの。それにジンさんにとってわたしが一番でなくなっても、わたしにとっての一番はジンさんだってことは永遠に変わらない)

 

「だからこれでいいの!」

 

自分に言い聞かせるように大きく口に出してツグミは言った。

 

「…さあ、早く片付けてしまわないと。早く寝て明日のRound4に備えなきゃいけないもんね」

 

ツグミは両眼にうっすらと浮かんだ涙を手の甲で拭うと片付けを再開したのだった。

 

 

 






ツグミの恋は本編へと続きます。




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