ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
わたし自身は彼女のことが嫌いではないんですけど、書き上げた後に読んでみるとそれっぽくなってしまいましたので、念のために「アンチ・ヘイト」タグも付けることにしました。
そういう訳で、カトリーヌファンからのクレームはご勘弁願います。
上記の内容であることをご了承の上、お楽しみくださいませ。
全4話となります。
◆ Yoko’s monologue 1
アタシはあの女 ── 霧科ツグミ ── が大嫌いだ。
ボーダーに入隊して1週間くらい経った頃、C級ランク戦のブースのあるロビーで対戦相手を探していたアタシの前にあの女が姿を現した。
あの女はA級1位の東隊の隊員だったくせに今は
東隊を除隊させられたというのではなく、自分から辞めたというのがムカつく。
誰でもA級隊員を目指すし、その中でも1位
それなのにそれを惜しげもなく放り出し、新しく
アタシはあの女のことが気になって少し調べてみた。
するといくつかわかったことがある。
あの女は現在のボーダーの組織ができるずっと前からボーダーの一員だったらしい。
第一次
そういったことでS級の迅悠一や上層部の人間とも親しい。
たぶんあの女が東隊に所属していたのもそういう上の人間の口添えや裏工作などがあったに違いない。
ただし実力主義のボーダーではコネだけでA級になれるはずがない。
アタシのように天才なのかもしれないけど、いずれアタシがあの女の鼻っ柱をへし折ってやるわ。
◆ Tsugumi’s monologue 1
今期入隊の新人の中に香取葉子という同い年の隊員がいる。
理由はわからないのだが、C級ランク戦のブースのあるロビーで見かけて以来、彼女は度々わたしを睨むように見ているのだ。
ちょっと気になって彼女のプロフィールを調べてみた。
彼女は第一次
そして隣の家に住んでいた染井華というオペレーター志望の幼馴染と一緒に入隊したようだ。
なお、染井さんは家族全員を亡くしたということで、彼女の辛さや哀しみは相当なものであると思われるのだが、彼女の入隊動機は三輪さんのような
しばらく様子見をしていたが、どうやら香取さんはわたしに対して悪意とまではいかないが、敵愾心を持っているのは間違いないことがわかった。
それが良い意味でのライバル意識となれば問題はないのだが、彼女の行動には不安が多い。
とりあえず今は直接被害があるわけではないので、接触して来るまでは放置しておくことにした。
◆ Yoko’s monologue 2
アタシはB級に昇格した。
ひと月も経たずに昇格したことで周囲の人間は褒めちぎるが、アタシは天才なのだから当然のこと。
それよりもこれで正隊員とのポイントを奪い合うランク戦に参加できるようになったのだからこうしてはいられない。
あの女の実力とやらを見てやろうと思い、アタシは時間があればロビーで待つことにしたのだが、ますますムカついてきた。
なぜかあの女の周りにはいつもA級隊員がいて、楽しそうに話をしているのだ。
師匠が同じ太刀川や元チームメイトの二宮匡貴は仕方がないとしても、テレビでよく見る嵐山隊の嵐山准といった有名人までもがあの女を取り囲んでチヤホヤしているのだから腹が立つ。
加古さんなんてあの女を自分の
加古さんのスカウトなのよ。
それなのにあの女はそれを突っぱねるとか、絶対にありえないんだけど!
あんな女王様気取りの嫌なヤツにはアタシが天誅を下してやるわ。
◆ Tsugumi’s monologue 2
香取さんがわたしに
文字どおり「叩きつける」といった感のある態度で、これは対応に苦慮する。
なにしろ相手はB級になりたての新人。
こちらは年季の入ったA級で、本気になれば「新人相手に大人げない」と謗られ、手を抜けば「バカにしている」と非難されるだろう。
わたしは相手が誰であろうとも、戦いにおいて本気で挑むポリシーがある。
だからどちらであってもバッシングを受けるのなら、本気を出して戦うしかない。
もちろん挑戦を断るという手もあるが、あの類はわたしが「B級に恐れをなして逃げた」などと吹聴するだろうから絶対に
◆ The first battle
ツグミと葉子の
「それ、アタシの挑戦が受けられないってこと?」
「いや、受けられないというんじゃなくて、あなたがスコーピオンオンリーの
「でもアンタは弧月持ってるじゃないの。それを使いなさいよ」
「それだとハンデがなくてフェアじゃないから」
「何それ? アンタは自分がA級だからってアタシのことを舐めてるんでしょ? ふざけんなよ!」
「舐めているわけじゃないんだけど。…じゃ、今わたしが持っている
「別に
ツグミは短気ではないが、生意気な新人や後輩に対しては容赦がないタイプである。
年長者であっても自分よりも後から入った元チームメイトの二宮や三輪に対して、彼らの理不尽な言動に対しては厳格な態度で接したという過去もある。
だからここまで怒りを抑えてきたのだが、先輩として無知で横柄な態度を戒めてやるのが正しいと判断した。
「わかったわ。あなたがそこまで言うなら遠慮なくやってやるわ。でもひとつ条件がある」
「何よ、条件って?」
「ポイントの低いあなたとの戦いだから、勝ち負けでポイントを移動するのだとわたしには何のメリットもないのよ。あなたにとっては好都合なんでしょうけど。だからポイントの移動はなしにしてちょうだい」
「アンタ、アタシに負けるのが怖いの?」
「そんなことはないわよ。ただあなたがせっかく4000ポイント稼いでB級になったというのに、わたしがポイントを奪っちゃうのが可哀想だから。別に4000ポイントを下回ってもB級からC級に降格になるわけじゃないけど、自分の実力も知らずにA級に挑戦してポイントを減らしたなんて、正隊員としての門出に汚点を残したくないかなって思ったの」
「そんなこと大きなお世話よ! それにアタシが勝つんだから、アンタには関係ないでしょ!」
「じゃ、わたしが勝ってもポイントはいらないから、わたしのことを『アンタ』じゃなくて『霧科さん』と呼んでちょうだい。それであなたが勝ったらもちろんポイントはあげるわ。それでどう? 言っておくけど、わたしはあなたの挑戦を受ける義務はないのよ」
「いいわよ。吠え面をかかせてあげるわ」
ようやく双方の納得する条件で開始となるわけだが、ロビーで交渉をしていたのだから周囲にいたC級隊員たちは大いに興味をそそられたはずである。
モニターが良く見える場所に集まり、仲間内でコソコソ話をしている。
同期入隊の訓練生たち ── その多くが葉子の高飛車な態度に辟易していた ── は無謀にもベテランA級に挑戦してボコボコにされる彼女を見て溜飲を下げようというのだろう。
カウントダウンがゼロになり、ツグミと葉子は「市街地A」に転送された。
[霧科ツグミ 対 香取葉子、試合、開始!]
ふたりは互いの距離が約200メートル離れた場所に転送され、ツグミは戦いやすいマップ中央の交差点へと走って行く。
葉子も
そして十数秒後、ふたりは2車線の道路が交わる広い交差点で対峙した。
葉子はツグミの姿を正面約30メートルに捉え、スコーピオンを起動した。
右手にスコーピオンの柄を握り、間合いを詰めるチャンスを狙う。
一方、ツグミは敵を確認しても次の行動に移る気配がない。
(スコーピオンの右持ちか…。相手にするのも面倒だけど、放っておいても後々面倒なタイプだっていうのは間違いない。ここはぐうの音も出ないような完全な敗北を味合わせてやるしかないかな…)
ツグミが棒立ちになっているものだから、葉子はバカにされたと勘違いしていた。
(何よ…。アタシのこと舐めてんの? こっちにはグラスホッパーがあるのよ。間合いに入るなんて簡単なんだから!)
葉子はグラスホッパーを使って一気にツグミの間合いを詰めるタイミングを計っていた。
左手をそっと後ろに回し、自分の背後の宙にグラスホッパーの
「旋空弧月!」
ツグミの放った旋空弧月は葉子の戦闘体を背と腹の二枚おろしにし、彼女は戦闘体破壊によって
たぶん葉子自身は自分の身に何が起きたのかわからないうちに
[勝者、霧科ツグミ]
無機質なアナウンスの後、ツグミも自身のブースに転送された。
(何だったの…!? 旋空って数メートル以上離れた動く目標に当てるのは上級者でないとすごく難しいって言うのに。これがA級の実力…!?)
葉子はベッドの上で今の試合を反芻していた。
そして自分がツグミに舐められていたのではなく、自分がツグミのことを侮っていたのだということを悟った。
自分の動揺を他人に気付かれまいと、葉子はあえてゆっくりとブースを出た。
ロビーでは一足先にブースを出ていたツグミが大勢の人間に囲まれている。
葉子は負けたというだけでも精神的に大ダメージを受けていたが、これから自分を負かした相手に罵倒されるのではないかと想像して足が前に進まずにいた。
それをツグミに見つかってしまう。
「ヨーコちゃ~ん、こっちこっち!」
ムカつく相手に「ちゃん付け」で呼ばれ、ただでさえ腹立たしいというのに火に油を注いだかのように怒りが湧き上がってきた。
パッと駆け寄るとツグミに向かってわめいた。
「なんでアンタがアタシをちゃん付けで呼ぶの!? アタシはそんなこと許した覚えはないわよ!」
するとツグミは涼しい顔で答える。
「別にいいじゃないの。同い年なんだし。ああ、そうだ。わたしが勝ったらわたしのことを『霧科さん』と呼べって言ったの忘れてないわよね? 約束はちゃんと守ってよ」
「う…」
約束は忘れていないし、証人となる観客たちもいるから逃げようがない。
「き…霧科さん、ひとつ訊いていい?」
葉子がツグミに訊く。
「いいけど、何?」
「さっきの 旋空弧月 だけど、どうしてあんなにタイミング良く撃てたのかしら? やっぱり偶然?」
その言葉には彼女にとって単純に疑問を持ったからと、ツグミの勝ちが実力でなく運であってほしいという願いが込められていた。
「『
わずかな時間で葉子の戦術を見抜いたツグミ。
これには葉子も返す言葉がない。
「くっ…」
「わたしにはあなたに無いものがある。トリオン能力、
ツグミはそう言ってロビーを後にした。
「…じゃあね、じゃないわよ!! 悔しい…。アタシはこれまで誰にも負けたことなかったのに! ううっ…うっ…」
葉子はひと目もはばからず床に崩れ落ちて涙をこぼす。
その哀れな様子を見るのは忍びないというか、彼女を避けるようにして観客たちは散って行った。
しかし逆にひとりだけ近付いて来た者がいた。
「葉子、次は必ず勝とうよ」
「華…」
葉子に声をかけたのは華で、葉子は彼女の姿を見たとたんに彼女に縋って大泣きする。
「悔しかったよね? でも今日のは葉子が彼女のことをちゃんと調べておかなかったからで、けっして葉子が弱いわけじゃない」
「うん…」
「一緒に
「アタシらが組めば楽勝だわ!」
葉子はそう言って涙を拭くと立ち上がった。