ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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VS. case2 唯我尊の場合 2話

 

 

正隊員同士の個人(ソロ)ランク戦はC級の訓練用ブースを使って行われる。

ここでの対戦はモニターで誰でも観戦できるようになっており、ロビーは大勢のC級隊員と個人(ソロ)ランク戦をしようという正隊員たちで賑わっていた。

 

「では唯我隊員と霧科隊員の模擬戦を行うにあたり、ここでルールを決めておくぞ!」

 

太刀川が声を張り上げて言うものだから、周囲の隊員たちの視線がツグミたちに向けられる。

 

「時間無制限の十回戦。負けた方が今日の昼飯、全員の分を奢る、でいいな?」

 

太刀川がふざけた提案をする。

負けた方にとっては懐が痛む内容だが、唯我には屁でもない。

もちろんツグミは自分が負ける可能性はゼロだから、太刀川の提案は大歓迎だ。

ふたりはこの賭けを了承したが、さらにツグミが提案をする。

 

「面白いことを思いつきました。普段戦闘体は痛覚をオフ状態にしてありますけど、負けた回数×10%の痛みを再現するっていうのはどうですか? 双方とも負けた数だけ痛みを伴う仕様にするんです」

 

「そんなくだらないことを。バカバカしい」

 

唯我は一蹴したが、ツグミは挑発する。

 

「それって自信がないからですね?」

 

「はあ? このボクがB級ごときに負けるはずがないだろ。それよりもキミはそんな賭けをして大丈夫なのかい? 10回負けるということは、最終的に痛みが100%再現されるということになるのだよ。死ぬほど痛いぞ」

 

「ええ、わかっています。でもだからこそ緊張感があって面白いんですよ。やるんですか? それともやらないんですか?」

 

「ああ、いいとも。その代わりこちらからも条件を出させてもらおう」

 

「どんな条件ですか?」

 

「キミが負けたら、1週間ボクの小間使いとして働いてもらおうか」

 

「いいですよ。じゃ、これで契約成立ということで始めましょう。…トリガー、起動(オン)!」

 

ツグミは戦闘体に換装する。

すると唯我は彼女の隊服についている「B-000」の隊章(エンブレム)を見てせせら笑った。

 

「ハハハ…キミはどこの部隊にも所属していない、いわば野良B級隊員だったのか。どこの部隊からも相手にされないキミがこのボクに敵うわけがない。ボクに挑戦する気概は認めるが、それは無謀というものだよ」

 

「野良ではなく無所属(フリー)と言ってくださいな。それにわたしが無所属(フリー)でいるのは理由(わけ)があってのこと。…そしてその言葉を10戦終わってからもう一度言えるものなら言ってみてください」

 

ツグミと唯我はそれぞれのブースに入った。

 

 

(さて…どうやって叩きのめしてやろうかな…?)

 

ツグミは転送のカウントダウンの間に考えていた。

彼女のトリガーセットは右手(メイン)にスラッシュ、通常弾(アステロイド)、弧月、旋空で、左手(サブ)にレイガスト、スラスター、シールド、通常弾(アステロイド)である。

今回は防衛任務ということなので特殊なセットではなく、彼女にとってごく普通のセットとなっている。

 

(まあ、初手は無難に弧月かな?)

 

カウントダウンがゼロになり、ツグミと唯我は「市街地B」に転送された。

 

[模擬戦・第1戦、開始!]

 

唯我は拳銃(ハンドガン)型トリガーで通常弾(アステロイド)を撃つ銃手(ガンナー)である。

ツグミと唯我は相対し、唯我は拳銃(ハンドガン)型トリガー2丁を手にするが、1発目を撃つ前にツグミは旋空を放つ。

 

「旋空弧月!」

 

一瞬にして唯我の戦闘体は真っ二つになり、緊急脱出(ベイルアウト)してしまった。

 

 

[模擬戦・第2戦、開始!]

 

今度は開始の合図と同時に唯我はカメレオンを起動した。

姿を見えなくすることでツグミの攻撃を防ごうということなのだが、カメレオン起動中は他のトリガーが使えない。

ツグミの隙を狙って攻撃をしかけるつもりだろうが、そんな小手先の作戦で彼女が倒せるわけがないのだ。

 

(カメレオンか…。でも強化視覚(サイドエフェクト)の前にはそんなものは無意味なのよ)

 

ツグミはフィールドの中で一番見晴らしの良い4階建ての小学校の校舎屋上へと向かって走って行く。

彼女はあえて目立つように行動しているから、唯我が彼女を追跡するのは簡単だ。

()()()ツグミを追う唯我だが、それが彼女の罠だとは微塵も気付いていない。

 

校舎の屋上に着いたツグミはスラッシュを手に唯我の到着を待っていると、校庭に唯我が姿を現した。

 

(じゃ、殺るわよ…)

 

照準器(スコープ)の中心に唯我の額を捉えた次の瞬間、ツグミはスラッシュの引き金を引く。

弾は正確に唯我の頭を吹き飛ばし、2戦目もツグミの勝利となった。

 

「まったく手応えがないんだから。はあ…」

 

ツグミは大きくため息をついた。

一方、唯我は自分がとんでもない相手と勝負をしていることに気が付いた。

 

「な、何なんだ…? カメレオンで姿が見えないというのにどうしてイーグレットを命中させられるっていうんだ!? 偶然…というわけでもないだろ…?」

 

ツグミの強化視覚(サイドエフェクト)のことを知らない唯我。

このままでは勝てる気がしないなどと考えてグズグズしている間に、ツグミたちはフィールドに転送された。

 

 

[模擬戦・第3戦、開始!]

 

ツグミは唯我の手応えのなさにフラストレーションが溜まってきた。

 

(つまらないからそろそろおしまいにしようっと…)

 

ツグミはある民家の一室に逃げ込んだ。

もちろん唯我を誘い込むためである。

とはいえ唯我も2度殺られているわけだから慎重にもなる。

しかしこれ以上は負けられないという意地と言うかプライドが彼を駆り立てていた。

今度はバッグワームを使い、ツグミいる部屋のドア前まで近付き、ドアを開けた瞬間に両攻撃(フルアタック)という作戦だ。

 

ツグミと唯我はドア越しに相手を確認していた。

 

強化視覚(サイドエフェクト)を使わなくても、あんなに殺気出しまくりじゃ気が付かない方がおかしいわよ。バッグワームなんて全然意味ないじゃないの)

 

そんなことを考えながら、ツグミは弧月の柄に手をかけた。

唯我がドアノブをゆっくり回し、ドアが開いた瞬間…

ツグミは唯我の懐に飛び込み、彼女の弧月が唯我の右手首を斬り落とした。

続いて返す刀で左手首も斬り落とし、唯我は両手首を失ってしまう。

銃手(ガンナー)射手(シューター)と違って手が使えなければそれでおしまいとなるから、もう唯我に勝ち目はない。

 

「さあ、どうしますか? 無様に抵抗しますか? それよりも潔く降参しますか?」

 

床に跪いている唯我の額に弧月の切っ先を向けながらツグミが訊く。

 

「くそっ…!」

 

前者でも後者でも「負け」は確定する。

それを敢えて本人に選ばせることで、唯我の驕慢心を打ち砕こうというのがツグミの()()()なのだ。

唯我が迷っている間もトリオン漏れが続き、このままではトリオン流出過多で緊急脱出(ベイルアウト)になる。

 

「…降参だ。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 

モニターから唯我の姿が消えるのを見つめていた太刀川が呟くように言った。

 

「さすがに唯我も心が折れただろ。ここまでだな」

 

太刀川は唯我のいるブースに入り、血の気を失った顔の唯我を連れて出て来た。

同時にツグミも自分のブースから出て来るのだが、表情は正反対で満面の笑みでいる。

 

「楽勝、楽勝。今日のお昼は唯我の奢り。何食べようかな…?」

 

 

 

 

ツグミたち4人は太刀川隊隊室に戻ると、唯我はソファに転げるように座り込んだ。

そして3敗しているくせに、ツグミに対してなぜか上から目線で言う。

 

「霧科くん、キミはなかなかやるねえ。B級にしておくのはもったいない逸材だ。…いいだろう、キミが我が太刀川隊に入隊することを認めてあげよう。だからこの模擬戦はこれでおしまいだ。ハハハ…」

 

そう言って誤魔化そうとするが、ツグミは唯我に言った。

 

「じゃあ残りの7戦はあなたの不戦敗ということでよろしいですね?」

 

「あ、ああ…。これ以上続けるのは無意味だからね」

 

「わかりました。ではわたしの10勝ということで決まりです。お疲れさまでした」

 

ツグミは唯我にそう言うと、続いて国近に言った。

 

「柚宇さん、唯我さんの痛覚再現を100%に上げておいてください」

 

「オッケ~」

 

「ええっ!? 待て! それは本気か!?」

 

唯我は慌てるが、ツグミは平然と答える。

 

「当然じゃありませんか。不戦敗でも負けは負け。さっきの賭けが無効になったわけではないですから。これから戦闘体がダメージを受けると()()()()痛いですよ。ですから戦闘の際には十分に気をつけてください」

 

「そんな…バカな…。隊長、どうかしてください! このままじゃボクは ──」

 

「別にいいんじゃないか。一度決めた約束を破るなど俺は許さない。それにダメージを受けなければいいだけだ。簡単だろ?」

 

太刀川が唯我を突き放す。

 

「いやだぁー! 痛いのは勘弁してくれー!」

 

そう叫ぶとソファから立ち上がって逃げようとした。

 

「ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!」

 

唯我の悲鳴は隊室だけでなく廊下を歩いていた隊員たちの耳にも届くほどの声であった。

立ち上がった際にテーブルの脚に左足の小指をぶつけたのだ。

足の小指をぶつける直前に国近は痛覚設定を終えていたらしい。

床の上で悶絶している唯我を見下ろしながらツグミは言った。

 

「足の小指って地味に痛いんですよね…。でもこれくらいのことで大騒ぎするなんて情けない。それでよく太刀川隊の隊員だなんてドヤ顔してられますね? …情けない。こんなのがA級1位太刀川隊の隊員だなんて、()()()()()()だわ」

 

さらに追い打ちで精神的なダメージを与え続けるツグミ。

さすがに太刀川も唯我が哀れに見えてきて助け舟を出すことにした。

 

「う~ん…しかしこのままじゃいろいろ支障をきたすな。勘弁してやってくれないか、ツグミ?」

 

「…それでは今日だけでなく1週間ずっと昼食を奢ってもらう、というのはどうですか? もちろん全員の分」

 

ツグミの提案を唯我はすぐに承諾した。

 

「ああ、それでいい。わかったから痛覚設定を元に戻してくれー!」

 

国近が設定を変更すると、唯我は痛みがなくなり、とたんに元気になった。

そして例の前髪を指で流すというキザったらしいポーズで言う。

 

「…まあ、ボクにとって食事を奢ることなどお安い御用。いくらでもご馳走しますよ」

 

「いくらでもいいと言うなら夕食と夜食と夜勤明けの朝食も、っていうか全部の食事をお願いしましょうよ、太刀川さん」

 

ここぞとばかりに太刀川に提案するツグミ。

もちろん太刀川にとってもありがたい話だ。

 

「そりゃいい。…じゃあ、まずは今日の昼食は焼肉にしよう。そして夜食には…」

 

「ま、待ってください、隊長! ボクはまだ ──」

 

「太刀川隊の隊員に二言はない」

 

慌てる唯我を太刀川はバッサリと斬る。

 

「そんな…」

 

感情の浮き沈みが激しい唯我を見てツグミは思った。

 

(こういう人間って面倒だけど扱いやすいのよね…。どうせ親から小遣いたくさん貰っているんだから、これくらいどうってことないでしょ。それにこれからお金では買えない経験を積んでいくことができるんだから安いものよ。あ~あ、これで1週間分の食事代が浮くわ)

 

 

こうして唯我にとっては人生を大きく変える1週間が始まったのだった。

 

 

 

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