ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

83 / 721
VS. case2 唯我尊の場合 3話

 

 

「いいな…おれも焼肉、食いに行きたかったな…」

 

病院のベッドの上で羨ましがる出水。

ツグミと太刀川は防衛任務の前に出水の見舞いに来ていて、午前中の出来事を報告していた。

そしてその話を笑いすぎて涙を浮かべながら「腹痛ぇ~、傷口が開く~」とか言いながら聞いていたのだ。

 

「で、太刀川隊(ウチ)のお荷物くんは?」

 

「本部で自主トレ。今のままじゃ防衛任務に付き合わせても邪魔なだけだからな」

 

太刀川が言うと、それにツグミが付け加えた。

 

「やしゃまるシリーズを相手に苦戦している最中だと思います」

 

「やしゃまるシリーズ?」

 

「玉狛支部で普段の訓練に使っている擬似トリオン兵のことです。シオリさんがプログラミングしたもので、元はモールモッドなんですけどオリジナルよりかなりパワーアップしてあります。でも今の彼のレベルだとノーマルタイプでないと無理だと思いますよ」

 

ツグミはそう言うが、実際は唯我が「自分に相応しいのはゴールドだ」とかいって無謀にもやしゃまるゴールドを相手にしてしまったものだから、結果は惨憺たるものであった。

 

「そっか…。ツグミには悪いけど、1週間頼むわ」

 

「了解です、出水さん。いずれこの礼は何らかの形でお返し願いますね」

 

「金はないから個人(ソロ)戦で頼むよ。体で払う、ってことで」

 

「それって出水さんが得するだけですけど?」

 

「ハハハ…」

 

そんな冗談を交わしているうちに防衛任務の時間となった。

 

「そんじゃ俺たちは一旦本部へ戻る。安静にしてろよ」

「お大事にしてください」

 

ツグミと太刀川は出水の見舞いを終えると本部基地へと戻った。

 

 

 

 

太刀川隊へ入隊するということは、太刀川隊の隊服を着なければならないということでもある。

ジャージタイプの隊服が多いボーダー隊員の中で太刀川隊のロングコート、二宮隊の黒スーツ、そしてツグミのライダースジャケットは異色のものだと言える。

特に太刀川隊のロングコートに関しては「中二病スタイル」と揶揄され、太刀川が両腰に弧月を携えているものだからそれに拍車をかけていた。

本人は師匠である忍田の戦闘服を崇拝(リスペクト)したものだと言っており、周囲の陰口などお構いなしである。

そしてツグミは戦闘体に換装し、自分の姿を鏡に映してみた。

 

「あれ…? 案外イケてるじゃないの」

 

ツグミは太刀川隊の隊服を着るに際し、戦闘体の設定を少しイジった。

いつもは桜色のリボンを結んでいるのだが、今回は白いシンプルなリボンで髪を束ねている。

左腰には弧月を差しているから男装の麗人的な雰囲気を漂わせ、これで額にハチマキでも締めていれば、幕末の動乱を切り抜けていく乙女ゲーのヒロインとして十分通用しそうなスタイルである。

 

「うん、けっこう似合ってるじゃないか。太刀川隊の隊章(エンブレム)の3本目の刀に相応しいぞ」

 

太刀川にも褒められ、ツグミは満更でもない。

 

「そうですか? そんなこと言われると1週間だけじゃなくてずっと居着いちゃいますよ」

 

もちろん冗談なのだが、太刀川の方は本気で言う。

 

「いいぞ。いつまででもかまわない。俺は大歓迎だ」

 

しかしそれを聞いていた唯我は断固反対だと言わんばかりの態度でいる。

 

「ボクはキミを()()太刀川隊の一員と認めたが、それは1週間という期間限定であるからだ。隊長はキミに社交辞令で言っているだけで、それを本気にするなどバカげている」

 

するとツグミが反論する。

 

「あら、太刀川さんが社交辞令なんて言う人かしら? 彼がどういう人間かはあなたよりわたしの方が良く知っているんですよ。なにしろ彼とは3年以上の付き合いがあるんですから」

 

「嘘をつくな! キミは玉狛のB級、そして太刀川隊長は本部所属で個人(ソロ)総合及び攻撃手(アタッカー)ランク1位。キミと隊長のどこに接点があると言うんだ!?」

 

何も知らない唯我が悔し紛れに言うと、太刀川が口を挟んだ。

 

「おまえは知らないだろうが、ツグミは1年ちょっと前まで本部所属のA級だったんだぞ。それもA級1位旧東隊の隊員。おまえも旧東隊の()()は知ってるだろ? それに彼女は剣の師匠が忍田さんってことで俺と同門なんだ」

 

「忍田さんって…忍田本部長が!? …ああ、つまり彼女は隊長の妹弟子ということですか?」

 

「いいや、姉弟子だ」

 

「…?」

 

意味がわからないという顔の唯我に太刀川が説明する。

 

「俺が忍田さんに弟子入りしたのが約4年前。ツグミは8年前から忍田さんに稽古つけてもらっていたから俺の姉弟子になる」

 

「……」

 

唯我は口をぽかんと開けたままで固まっている。

 

さらに太刀川は言う。

 

「俺には敵わないが弧月の腕前はマスタークラスだぞ。こいつが攻撃手(アタッカー)ランキング上位に顔を出さないのは、こいつが攻撃手(アタッカー)オンリーじゃなくて完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)で他のトリガーも使ってるからポイントが分散しているだけなんだ」

 

完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)!?」

 

驚く唯我だが、ツグミは冷静に太刀川に言った。

 

「太刀川さん、わたしは()はタダの狙撃手(スナイパー)ですよ。例の件でポイント足りなくなってるんで」

 

「ああ、そうだったな。だが実質的にはすべてのポジションをカバーできるわけだから完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)でいいんじゃね?」

 

「まあ、そうですね。それにいずれは正式に名乗れるように完全復帰するつもりですから」

 

ツグミが太刀川と会話をしている間、ずっと固まってしまっていた唯我。

太刀川はそれが面白いらしく、次々に唯我が驚愕する事実を伝る。

 

「こいつはすべての攻撃用トリガーをほぼ完璧に使いこなすことができるんだぜ。国近、ちょっとツグミのデータを唯我に見せてやってくれ」

 

国近はツグミのプロフィールその他のデータを表示した。

それを見た唯我は顔を真っ青にしてブルブル震え出す。

それも当然で、ツグミの戦歴やポイントは他を圧倒するものなのだ。

 

「現在ではイーグレットが8000点超えのマスター、他のトリガーのポイントも全部合わせれば俺の弧月のポイントより上だ。ポイントの合計で比較するなら、こいつより上なのは玉狛の完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)の木崎くらいだな」

 

「……」

 

「さらにこのパラメーターを見てみろ。このトリオンレベル、出水や二宮より上だぞ」

 

「この射程の20って何ですか? ありえない数字ですよ。データのミスじゃ…」

 

トリオンレベルと共に突出している数値が射程で、それを目ざとく見つけた唯我が訊く。

 

「いいや。こいつには『強化視覚』ってサイドエフェクトがあってな、その力と玉狛オリジナルの狙撃手(スナイパー)トリガーを使うとこうなるらしい。ツグミ、おまえの射程、どれくらいだっけ?」

 

「1500から1800くらいでしょうか。動かない的なら2000くらいまでいけます。イーグレットなら1000は楽勝ですね。外したことはありません」

 

「そうか。マジですげえな」

 

「でも技術的には当真さんや奈良坂さんにはかないません。わたしはすべての攻撃用トリガーを使えますが、個々の技術では他のトップクラスの隊員には及びませんよ。器用貧乏ってやつですね。それにわたしは旧ボーダー時代からの隊員ですから、他の隊員よりも優るのは当然です。それにトリオン能力が高いとかサイドエフェクトといったものは先天的なもので自分自身の努力によるものではありません。ですからそういったものがなくても自身の努力で勝ち上がってきた太刀川さんの方が凄いですし尊敬できます」

 

謙遜しながらもさりげなく自慢するツグミ。

彼女の経歴のひとつひとつが唯我にとって手に届かないものばかりで、苛立つというよりも彼女には敵わないという現実を目の前に突きつけられて魂が抜けかけている。

一方、尊敬していると言われて調子に乗る太刀川は唯我の姿に目もくれずトドメを刺した。

 

「彼女は第一次近界民(ネイバー)侵攻に参戦したいわゆる旧ボーダーの一員で、当時彼女は11歳だった。11歳の時点でおまえなんかよりもはるかに優秀な戦闘員だったんだぞ。だから城戸さんや忍田さんも彼女には目をかけている。いくらおまえが最大のスポンサーの息子だといっても、彼女を敵に回せばロクなことにはならない。どうせ競ってもおまえに勝ち目はないんだから、このチャンスを活かして彼女から学べ」

 

そう言ってから太刀川は名案を思いついたようで、唯我に言う。

 

「そうだ。これからの1週間でおまえがツグミに勝てなかったらおまえをクビにすることにしよう」

 

「え? ええー!!? な、何なんですか、それ!?」

 

気が動転している唯我に太刀川は容赦なく続けた。

 

「だっておまえは全然役に立たないだろ? 訓練だって屁理屈ばかり言ってまともにやらねえ。そもそもおまえが俺の隊に入れたのもおまえの親が裏から手を回したからじゃねえか。C級から順を踏んでA級になったわけでもねえし、他の隊員たちからも相手にしてもらえねえから個人ランク戦(ソロ)も不参加。これじゃいつまで経っても『お荷物』のまんまだぞ」

 

「……」

 

「せっかくツグミがボーダーA級のあり方を教えてくれるって言うんだから、おまえはこの機会に彼女から技術とボーダー隊員としての姿勢を学べ。それがおまえにとってボーダー隊員を続ける唯一の道だ。な、ツグミ?」

 

「え、ええ…」

 

ここでツグミは腑に落ちた。

彼女が太刀川隊に入隊する真の理由は唯我の再教育であったのだと気付き、すべてが城戸と林藤と太刀川の3人によって仕組まれたことなのだと理解した。

 

(はあ…。面倒なことに巻き込まれたみたいだけど、一度引き受けたんだから最後までやらなきゃ。まあ、やると決めたらとことんまでやるわよ!)

 

 

「さて、防衛任務に出かけるぞ。ツグミ、唯我、付いて来い。国近、後は頼んだぞ」

 

「は~い、いってらっしゃ~い」

 

国近に見送られ、ツグミたちは隊室を出た。

 

 

 

 

本部基地の廊下を歩いていると、米屋がツグミたちに向かって歩いて来た。

米屋は太刀川隊の隊服を着たツグミを見つけると、驚いた顔で駆け寄って来る。

 

「ツグミ、その格好…って…? おまえいつ太刀川隊に入ったんだ?」

 

「今日から1週間、太刀川隊のお手伝いをするんです。ほら、出水さんが入院しちゃったので」

 

ツグミが答える。

 

「ああ、盲腸だっけ。昨日、手術したんだよな?」

 

「ええ。さっきお見舞いに行って様子を見てきました。元気そうで安心しましたよ」

 

「そうか。…ということは1週間こっちにいるんだよな? オレとバトる時間は取れるよな? 今度こそ叩き潰してやるぜ」

 

米屋が個人(ソロ)ランク戦の申し込みをする。

今ならツグミはA級であるから米屋も「B級相手にマジになった」などと言われずにガチ勝負ができるからだ。

しかしツグミが返事をする前に太刀川が割り込んできて言った。

 

「おい、待て。まずは俺が先だ。それに太刀川隊の戦力アップのためにツグミにはこいつの訓練に協力してもらうことになってる。なあ、唯我?」

 

太刀川が唯我に言うが、唯我は不満げな顔でそっぽを向いている。

それを見た米屋が怪訝そうに訊く。

 

「太刀川さん、そいつ誰ですか? オレ、見たことないですけど、新入り?」

 

それだけ唯我の存在自体が他の隊員に知られていないということで、本人はかなりムカついているようだ。

 

「…ああっ、もしかしてコイツが出水の言ってた『太刀川隊(ウチ)のお荷物くん』か!? A級の中では間違いなく最弱、B級と比べても結構見劣りするレベルの弱さだとかも言ってた」

 

米屋が言う。

 

「そのとおり」

 

太刀川も自分の部下が散々な言われ方をしているのに庇うこともせずに肯定するというのだから非情だ。

 

「なにそれー、マジでヤバイじゃん。こんなヤツがA級1位って、ありえねー。いっそコイツとツグミをトレードしたらイイんじゃないっすか?」

 

「ダメだ。それだけは絶対にできない」

 

太刀川がマジな顔で言う。

 

「隊長…」

 

唯我が太刀川を救いの神かのように見つめている。

「トレード不可=太刀川隊に必要な存在」で、太刀川が自分のことを認めてくれていると勘違いしているのだ。

しかし次の太刀川たちのセリフで地獄に突き落とされた。

 

「玉狛の林藤さんからきつく言われてる。『玉狛支部(ウチ)ではこんな役立たずは絶対に引き取らないぞ。そうでなければツグミは貸さん。これはトレードではなくレンタルだ』と」

 

「だよなー。戦力どころか足手まといにしかならなそうだし。三輪隊(オレたち)だってヤダもんな」

 

「陽介さん、それは言い過ぎ。でもどこの部隊(チーム)だって、こんなダメダメな隊員なんて引き取りたくないですよねー」

 

「だろ? だから俺も困ってるんだよ」

 

太刀川だけでなく米屋とツグミもに散々言われ、唯我のプライドもズタズタだ。

さらに間が悪いことに、今度は加古がやって来た。

 

「あら? ツグミちゃん、あなたいつ太刀川隊に入ったの? あたしのスカウトを断っておいて酷いじゃない」

 

「加古さん、これは上からの命令で短期の移籍です。わたしがそう簡単に信念変えるような人間じゃないって知ってるじゃありませんか」

 

「フフ、冗談よ。でもA級に戻って来る気なら加古隊(ウチ)にしなさい。あたしはもうひとり『K』の付くコを探しているんだから。そんなセンスの欠片もないスーパー中二病スタイルの隊服なんてありえないわよ」

 

「スーパー中二病ですか…。でも意外と気に入っているんですよ、これ。わたしも太刀川さんと同じで忍田本部長を崇拝(リスペクト)しているクチですから。ほら、けっこうカッコイイですよー」

 

ツグミはそう言ってモデルのようにくるりと回って見せる。

 

「まあ、あなたならそれなりに何を着せても似合うわよね。でも気が変わったら声をかけてちょうだい。じゃあね」

 

加古は唯我の存在を無視してそのまま去って行ってしまった。

 

「じゃあ、オレもそろそろ行くか。で、帰りに出水の見舞いにでも行こうかな。どうせ暇してるだろうから。…じゃあな、ツグミ。時間ができたら必ず教えろよ」

 

そして米屋も去っていった。

 

唯我はというと、茫然自失の状態にある。

自分が見下していたツグミがA級隊員たちの人気の的であり、さらに自分がその存在すら認めてもらえていなかったということにショックを受けたためだ。

防衛任務に出かける前から地味にボディーブローを食らっていてMP(メンタルポイント)がゼロに近い。

このままでは本当に「お荷物」にしかならないと判断した太刀川は唯我に言った。

 

「今日は防衛任務に出なくていい。訓練室で自主トレでもしてろ」

 

「…はい」

 

素直に頷く唯我。

やはり相当堪えているようだ。

ということで、防衛任務は太刀川とツグミのふたりで回ることとなった。

 

 

 

 

「もしかしたら唯我の再教育というのが、この短期移籍の本当の理由だったんじゃありませんか?」

 

並んで市街地と立ち入り禁止区域の境界を歩くツグミと太刀川。

ツグミはおもむろに太刀川に訊いた。

 

「ああ。でも正直に言ったところでOKしなかっただろ?」

 

「まあ、そうですね。わたしには彼を鍛え直す理由なんてありませんもの。…でもあのお荷物くんを本気で鍛え、それでもダメならクビにするつもりなんですか? 今回の件に城戸司令が関わっているといっても、そう簡単には除隊させられないですよ。そもそも発端はあの人が唯我を太刀川隊に放り込んだことなんですし」

 

「ああ、わかってる。俺だって本気であいつをクビにする気はない。ただ俺と出水じゃいくら言っても効き目がないからな、部外者であるおまえを入れてカンフル剤にしたい、ってことさ。A級1位部隊の隊員でありたいなら、自分の未熟さを思い知れ。知って正面から乗り越えろっていう親心? 獅子が我が子を千尋の谷に突き落とす的な? だからおまえに教育してもらいたいんだ」

 

「はあ…出来の悪い子には苦労しますね。まあ、1週間では今すぐA級1位に相応しい隊員にはなれないでしょうけど、意識の改革くらいならできるはずです。荒療治になるでしょうけど、それで耐え切れなければそれまでのこと。わたしは人にものを教えるなんてガラじゃないですけど、太刀川さんのお願いじゃ仕方ありません。ダメな子の矯正にお付き合いしますよ」

 

「ああ、頼む」

 

それからふたりは巡回を続け、ツグミは何事もなく無事に初日の任務を終えたのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。