ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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VS. case2 唯我尊の場合 4話

 

 

◆ The second day

 

 

2日目、この日は本部基地での待機任務で、ツグミは太刀川に唯我の教育(シゴキ)を命じられていた。

行うのは模擬戦で、唯我がツグミに一度でも勝てたらその時点で終了というもの。

つまり勝てなければ延々と続くということだ。

仮想戦闘モードであればトリオンの消費がないのだから、何戦しようともトリオン切れで終了ということはない。

それをC級のブースを使って行うというのだから、唯我にとっては屈辱ものである。

なにしろその様子は大勢の人間が観戦できるように公開されているから、C級隊員にも無様な姿を晒してしまうことになるからだ。

 

MP(メンタルポイント)がみるみる間に減っていく唯我がツグミに叫ぶ。

 

「ボクを晒し者にして何が楽しいっていうんだ!?」

 

唯我は訴えるが、ツグミはオーバーなアクションで答えた。

 

「だって仕方がないじゃないの。隊長命令なんだもの。あなたが父親に泣きついてわたしを追い出そうだなんてバカなことをするから太刀川さんが怒っちゃったのよ。そんなことをしなければ非公開での訓練で済んでいたのに。わたしだってあまり目立つことはしたくないんだから。とにかくあなたが一勝すれば終わること。恥をかきたくないのなら、これ以上観客(ギャラリー)が増えないうちに勝ちなさい」

 

唯我はますます不満げな顔で言う。

 

「キミはボクに対する言葉遣いが昨日に比べて雑になってきた気がするんだけど」

 

「だって同い年じゃないの。太刀川さんから『言葉遣いはタメ口でOK。名前も呼び捨てでいい』って言われてるのよ。名前を呼び捨てされないだけマシだと思いなさい、唯我()()

 

「……」

 

「さあ、始めるわよ。今日のわたしの装備は弧月だけ。もちろん旋空は使わないし、シールドもないから防御もできない。あなたの方が射程は長いから、やり方次第で勝てるはず。まずはあなたがやりたいようにやってみるといいわ」

 

「何を偉そうに言っている。今日こそは真の実力を見せてやるぞ」

 

 

唯我はそう言ってブースに入る。

そしてツグミと共に仮想フィールドへ転送された。

今回も唯我のリクエストで「住宅地A」。

彼にとっては他のステージに馴染みがないので、これしか選びようがないのだ。

 

ツグミは右手に弧月を握り、唯我の攻撃を待った。

拳銃(ハンドガン)型トリガーと弧月では射程距離でツグミは不利なのだが、彼女にはそれを補って余りある技術と知恵がある。

 

唯我は建物に隠れながらツグミに近付いて行った。

しかしその垂れ流しの殺気で、ツグミは強化視覚(サイドエフェクト)を使わなくても彼の存在がわかってしまう。

ツグミは大きな交差点のある場所まで唯我を誘き出そうとするが、唯我の方も昨日のことがあるので慎重になっていて、なかなかツグミの近くまで寄って来なかった。

このままではらちがあかないと、ツグミはあえて唯我の射程まで近付き、そして挑発する。

 

「さあ、的が出て来てやったのよー! さっさと当てなさいよー!」

 

ツグミが呼びかけると、民家の屋根の上から唯我は両手に持った拳銃(ハンドガン)型トリガーで通常弾(アステロイド)を乱射する。

乱射というのは単に照準が甘くて定まらないという意味だ。

「B級と比べても結構見劣りするレベル」と言われるのも頷ける。

このままでは戦闘を長引かせるだけで、唯我が勝てる見込みはない。

ツグミは大きくジャンプして唯我のいる民家の向かい側の家の屋根の上に飛び乗ると、そのまま勢いをつけて唯我に斬りかかった。

 

「旋空なんて使わなくても、間合いを詰めれば簡単に落とせるのよ!」

 

ツグミはそう言いながら唯我の胴を真っ二つに切断した。

唯我はトリオン供給機関を破壊され緊急脱出(ベイルアウト)

そして唯我のあまりの情けなさに、それを見ていた観客のC級隊員たちは大ブーイング。

「A級ってのは嘘だろ?」とか「レベル低っ」といった声も上がっている。

さすがにツグミも唯我のことが可哀想になってくるが、ここで甘やかしてしまっては元も子もない。

 

「さあ、次いくわよ!」

 

それから20戦近くやったが唯我は一度も勝てず、大勢いた観客も呆れて誰もいなくなってしまった。

そして唯我自身の精も根も尽き果ててしまい、ゲームオーバーとなる。

ツグミも意味のない模擬戦を続けるのもバカバカしく、唯我を伴って太刀川隊の隊室へと帰った。

 

 

 

 

「太刀川さん、この人基礎が全然出来てないじゃないですか!」

 

隊室へ入るなり、太刀川のところへ行って訴えるツグミ。

 

「どうしてこんな状態でずっと放置していたんですか!?」

 

「だって俺は攻撃手(アタッカー)だし、出水は射手(シューター)。だから銃手(ガンナー)の技術を教えるのは俺たちには無理だろ?」

 

「いやいや、そういう技術の問題じゃなくて…」

 

「誰か他の銃手(ガンナー)に頼もうかと思ったんだが、こいつはプライドが高すぎてB級隊員だと文句ばかり言うし、A級隊員からは全員に断られた。あの嵐山にさえ露骨に嫌な顔されてさ。そういうわけで完璧万能手(おまえ)ならちょうどいいかと」

 

「でもわたしはB級ですし、今は完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)じゃありませんよ。タダの狙撃手(スナイパー)です」

 

「だがおまえは銃手(ガンナー)用トリガーはひと通り使えるだろ? それに()()おまえはA級1位太刀川隊の隊員だ。首根っこ押さえて無理矢理にでも教育しろ。隊長命令だ」

 

臨時とはいえ太刀川隊にいる以上、ツグミは隊長の命令に従わざるをえない。

 

「…わかりました。でも今の彼はペットショップで買って来たばかりのワンコみたいなもので、血統書は付いていても『お座り』も『待て』もできない状態と同じです。わたしがここで躾けたとなると、今後の彼の道をわたしが決めてしまうようなことになりかねません。どうなっても知りませんよ」

 

「ああ、かまわん。少なくとも俺がやるよりはマシだろうからな。それに今回のことは城戸司令のお墨付きだから、何をやっても大丈夫」

 

隊室の隅でいじけている唯我に向かってツグミが言う。

 

「男ならここまでプライドをズタズタにされて平気でいられるわけがないわよね。いつまでもお荷物だと言われたくなければ根性見せなさいよ。それとも尻尾巻いて逃げ帰る? そして父親に泣きついてわたしを辞めさせる? できるものならやってみなさい。…あ、それは無理か。わたしを玉狛に追い返そうとして父親に叱られて、太刀川さんにも怒鳴られたんだし」

 

「……」

 

「太刀川隊から放り出されたらどこにも行くあてがなくて野良A級になっちゃうわよ。部隊を追い出されて無所属(フリー)になったA級ってこれまでにはひとりもいないから、これってけっこう恥ずかしいかも。ああ、わたしの場合は自分の意思で東隊を辞めて、気楽な無所属(フリー)になっただけだから、あなたとは違うんだからね」

 

「……」

 

「つまりあなたはわたしの指導に従って銃手(ガンナー)としての技術を身に付け、同時にA級隊員として相応しい品格を学ぶことでしかボーダー隊員でいる方法はないってこと。もしわたしに1発でも弾を当てられるようになれば、それだけでも太刀川さんは認めてくれるはずよ。ね、太刀川さん?」

 

ツグミが太刀川に訊くと、少し考えた末に答えた。

 

「1週間じゃ倒す…までにはいかないか。仕方がない、ツグミにわずかでもダメージを与えることができたら残留を許す」

 

「本当ですか!?」

 

唯我は太刀川が垂らした一本の蜘蛛の糸に縋るかのように立ち上がった。

 

「俺に二言はない。しかし難しいぞ。…俺にとってツグミはボーダーの中で、いやこの世界で一番厄介な人間だ」

 

「厄介ってどういう意味ですか!?」

 

太刀川の言葉にツグミが意見する。

 

「わたしにはそんなことをする義務なんてないのに、わざわざ本部まで出向いて出来の悪い隊員を教育してあげようというのに、その言い方はないですよ」

 

「いや…おまえは俺にとって一番扱いにくい存在であることは間違いない」

 

「それってA級1位部隊(チーム)の隊長である太刀川さんのスカウトにも応じなかったからですか? 未だにそのことを根に持って ──」

 

「それだけじゃない。…まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく唯我をせめて防衛任務に連れて行っても足手まといにならない程度まで鍛えてくれ」

 

「話題をそらして誤魔化そうとしてもダメですよ。でも今はそんな暇はありませんから、この件はあとできちんとさせてもらいます。…さあ、行くわよ、唯我」

 

ツグミがそう言うと、唯我があからさまに腹を立てて言った。

 

「このボクを呼び捨てしたな!?」

 

「ええ。だって今からわたしはあなたの師匠だもの。わたしは隊長命令であなたを鍛えなきゃならない。それが嫌ならボーダーを辞めるか、恥を忍んで野良A級になるかのどちらかよ。さあ、どうするの? 決めるのはわたしではなくあなた自身よ」

 

犬の躾はまず上下関係をはっきりさせることだ。

犬は自分よりも強い者にしか従わない。

少なくともツグミが自分よりもはるかに強いということをその身に教え込まれた唯我は、もう彼女に逆らうことはしないだろう。

仕方がないという感じだが、それでも前髪を指で流すというキザったらしいポーズだけは忘れない。

 

「そんなカッコつけたって強くならないのよ。さあ、こっちへ来なさい」

 

「イデデデ…」

 

 

ツグミは唯我の耳を引っ張りながら訓練室へと連れて行く。

そして国近に頼んで「住宅地A」に設定し、ノーマルなモールモッドを再現してもらった。

 

「まずこいつ。B級でもこれくらいは倒せるわよ。倒せないというのなら、A級の資格はないってこと。やってみなさい」

 

「ふん、これくらいなら楽勝さ」

 

そう言って唯我はモールモッドに向けて拳銃(ハンドガン)型トリガーで通常弾(アステロイド)を撃つ。

しかし敵は非常に機敏で、唯我の攻撃を素早くかわしてブレードで彼をシールドごと貫いた。

 

「楽勝とか言ってながらそのザマは何? さあ、もう一度」

 

新たなモールモッドが再現され、唯我に向けて突っ込んで来る。

 

「モールモッドだけでなくトリオン兵というのは動物とは違ってプログラミングされた動きをするのよ。その決まった行動・攻撃パターンを読みなさい。そうすれば反撃のチャンスが見つかるはず。まずは攻撃するんじゃなくて、相手の動きを読みなさい」

 

モールモッドは攻撃用トリオン兵だから、標的を見つけると突進して来る。

そしてブレードの射程距離まで近付くとブレードを振り上げて標的を倒すのだが、急激な方向転換はできず、さらにブレードを振り上げるためにある適度な広さが必要となる。

つまりモールモッドを狭い場所まで誘い込むことで、銃手(ガンナー)である唯我は自分の得意なフィールドで戦うことができるわけだ。

それに唯我自身が気付けば「レッスン1」は合格となる。

 

それから20分ほど、唯我はモールモッドに追いかけ回され、6回目のダウンしたところで何かを発見したようだった。

新たなモールモッドを出現させるやいなや唯我は全速力で走り、とあるアパートの玄関に飛び込んだ。

当然モールモッドは彼を追いかけ、建物の中に侵入する。

 

(狭い場所に誘い込むことに気付いたのはいいけど…。頭、悪すぎ)

 

アパートの一室に入ったものの袋のネズミ状態となってしまい、結局唯我自身も逃げ場を失い、モールモッドに押し潰されてしまったのだ。

 

「狭い場所に誘い込むことに気付いたのはいいけど、自分の退路を塞いでしまう場所はNG。こういう場合はこうするといいわ」

 

ツグミはモールモッドを呼び出すと、唯我と同じように1棟のマンションの中へ入って行く。

そして屋外廊下の端まで走って行くと、非常階段の下でモールモッドがやってく来るのを待った。

ツグミの姿を見つけたモールモッドは全速力で彼女に突っ込んで来るが、そのブレードを上げる直前で彼女は右側にある非常階段へとジャンプした。

廊下と非常階段の位置関係はちょうど90度。

急激な方向転換ができないモールモッドでは彼女の姿を追うことはできず、彼女に拳銃(ハンドガン)型トリガーで通常弾(アステロイド)を撃ち込まれで停止した。

その様子を呆気にとられて見ている唯我にツグミが言う。

 

「頭を使って工夫すればモールモッドくらい簡単に倒せる。逆にいえばモールモッド程度で苦戦しているようじゃ人間相手なんて永遠に無理。人間もある程度は行動に一定のパターンがあるんだけど、そのパターンを覆してとんでもない奇策を用いる場合もあるから。せめてトリオン兵くらいは行動パターンを読んでパパッと倒せるようにならなきゃね…。じゃ、少し休憩してからもう一度モールモッドで戦闘訓練よ」

 

 

ツグミはそう言うと作戦室へ戻った。

そして暢気に訓練の様子を眺めていただけの太刀川に言う。

 

「さっきわたしにわずかでもダメージを与えることができたら残留を許すって言ってましたけど、それもかなり難しそうですよ。やっぱりわたしは人にものを教えるなんて無理です」

 

「そんなことはねえだろ。案外おまえもサマになってたぜ」

 

「そんなことで褒められても嬉しくありません。…いきなり戦闘訓練じゃなくて、適当なお手本を見せて真似させる方がいいのかしら? それともレベルを落としてC級用のプログラムで…」

 

いろいろと悩むツグミだが、それを太刀川は横で眺めているだけだ。

 

「夕飯、どこにする? ツグミ、どこか行きたい店あるか?」

 

「それどころじゃありません! …どうせ唯我の奢りなんだからどこでもいいです」

 

「そうか。それじゃ…」

 

太刀川は隊室の隅に置いてあった国近のものと思われるタウン誌を持って来ると、鼻歌を歌いながらパラパラとページをめくり始めた。

 

(暢気なものね…)

 

ツグミは呆れて何も言えない。

 

(B級C級の経験もなくいきなりA級隊員だもの、基礎ができていないのは当然ね。でもその後にきちんと教育しておけばこんなことにはならなかったのに…。太刀川さんと出水さんがとんでもなく強いからA級1位でいられるわけだけど、実際のところ玉狛第1が実質A級1位だって言われるのは唯我ひとりが足を引っ張ってるからなんだろうな。…でもモールモッドすら倒せないなんて酷すぎる。とにかくトリオン兵をひとりで倒せるくらいにならなきゃ防衛任務にも連れて行けないわよ…)

 

たしかに防衛隊員がモールモッドごときで苦戦しているようであればどうしようもない。

 

「おーい、ツグミ! このイタリアンなんかどうだ?」

 

太刀川がタウン誌の写真を見せながらツグミに呼びかける。

 

「だからどこだっていいって言ってるじゃないですか! イタリアンだろうとフレンチだろうとかまいません。勝手に決めちゃってください」

 

「わかった。じゃあ…」

 

太刀川はさっそく携帯電話を取り出すと予約の電話を入れる。

 

(まったく隊長がアレじゃ…。こうなったら一番高いフルコースでも食べてやろうかしら)

 

といっても太刀川の懐が痛むわけではないのだが。

 

 

 

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