ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
これといって何の収穫もなく2日目は終わり、ツグミは太刀川と一緒に本部基地を出た。
そして着いた店は三門市内にある若い女性やカップルに人気のイタリアンレストランである。
本格的なイタリアンのコースを提供する店だが、ドレスコードがないので普段着でもかまわないということも人気の理由のひとつであった。
ツグミは道すがらなんとなく嫌な予感はしていたのだが「どこでもいい」と言ってしまった手前、NOとは言えずに渋々中へ入った。
(柚宇さんがいないって知ってたら、今日はそのまま帰ることにしたのに…)
ツグミは太刀川と国近の3人でのディナーのつもりでいた。
しかし終業時間になると国近はオペレーターの女子会があると言って、荒船隊の加賀美や東隊の人見らと連れ立って行ってしまった。
太刀川はそのことを知っていたようで、初めからふたり分の予約しかしていない。
唯我は食事までツグミと一緒なのは嫌だと言って初めから予定に入っていないので、ツグミは太刀川とふたりきりで食事をすることとなるわけだ。
(これじゃまるでデートみたいじゃないの…)
ツグミと太刀川は年齢が4つも離れているが忍田門下ということもあって昔から仲が良いし、彼女が本部のA級であった頃は一緒にいることも多かった。
もちろん仲が良いというのは友人という意味であり、太刀川の気持ちはともかく、ツグミは太刀川のことを恋愛対象としては見ていない。
彼女が本部所属であった頃は頻繁に
よって事情を知らない周囲の人間がふたりのことを見れば誤解するかもしれないと、ツグミは心配しているのである。
なにしろ客の約3分の1がカップルで、男女2人でいれば勘違いされても仕方がないのだから。
(太刀川さんはタダでご飯が食べられるから機嫌がいいんだろうけど、わたしはタダ飯より早く玉狛に帰りたいな…)
ツグミの気持ちを知ってか知らずか、太刀川はメニューのページを捲りながら上機嫌で声をかけてくる。
「なあ、この店は『若い女性に人気ナンバー1』ってことらしいぜ。つまり美味いものがたくさんあるってことだよな? どれにしようかな…」
ツグミはこの店がなぜ「若い女性に人気ナンバー1」なのかの理由を良く知っているのだが、あえて何も言わずにいた。
「ほら、おまえも好きなものを選べ。おまえ、昔っからトマト味のスパゲッティが好きだったろ。このペスカトーレとか美味そうじゃね?」
メニューを見せながら太刀川は楽しげに話すが、ツグミは落ち着きがない。
(今日はいないといいんだけど…)
そんなことを考えていると、聞き覚えのある声のウェイターが注文を取りに来た。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「おっ、京介じゃないか。ここっておまえのバイト先だったのか?」
意外だという顔で驚く太刀川に京介が答える。
「そうです。っていうか、太刀川さんが女性連れで来店するなんて意外ですね。それも相手がツグミというのだから…」
ツグミの様子をちらりと見て京介は続けた。
「…おまえ、太刀川さんとこういう店に来る関係だったのか?」
「はあ!? そんなわけないじゃない。これは労働に対する正当な報酬ってところよ。どうしたらわたしと太刀川さんが…」
ツグミは続く言葉を飲み込んだ。
余計なひと言がさらに状況を悪化させることを良く知っているからだ。
「…じゃなくて、お客様の事情を詮索するようなマネはしないで、さっさと仕事しなさいよ。わたしは…アンティパストにモッツァレラのカプレーゼとイタリア産プロシュート。プリモピアットはブッラータチーズのトマトソーススパゲッティ。セコンドはフィレンツェ風Tボーンステーキ。コントルノはマッシュルームのトリフォラーティ。ドルチェはガトーショコラのバニラアイス添え。以上よ」
まるで掛け算九九を諳んじるように、次々にメニューを言うツグミ。
彼女は前々からこの店で食べたいと思ってリサーチしていたので注文する料理は初めから決まっていたのだ。
それを京介は慣れた手つきで伝票に記入していく。
続いて太刀川に訊く。
「太刀川さんは何になさいますか?」
「え? えっと俺は…」
太刀川もツグミのようにアンティパストからドルチェまでを悩みながら選んだ。
「…以上、ご注文承りました。しばらくお待ちください」
京介は注文を取ると厨房へ行くが、すぐに別の客の注文でホールへと戻って来る。
その様子を見て太刀川が感想を漏らす。
「へえ~けっこう人が入ってるんだな。京介も忙しそうだし。予約しておいてよかったぜ。それにしてもこの店って若い女の子が多いな」
「そりゃそうですよ。この店だけの特別メニューがありますから」
「特別メニュー? そんなもんあったか?」
「常連でなければ知らない裏メニューです」
それを聞いて太刀川はムッとする。
「なんでそれを先に教えてくれなかったんだよ」
「教えても太刀川さんが喜ぶものではないですし、わたし自身はノーサンキューです」
ツグミの言う「裏メニュー」がますます気になる太刀川。
それを目的とする客が多いとなれば、よほど美味しい料理なのだろうと思って知りたくもなるものだ。
「教えろよー、ツグミー。俺が喜ぶかどうかは頼んでみなきゃわからねえだろ?」
「じゃあ、次にキョウスケが来た時に注文しますけど、後悔しても知りませんよ」
「ああ、わかった、わかった」
そうこうしているうちに京介がアンティパストの皿を運んで来た。
「お待たせしました」
そう言って京介は給仕をする。
そんな彼にツグミが言った。
「ねえ、キョウスケ、太刀川さんが例の裏メニューを注文したいんですって。お願いできる?」
「ああ、もちろん。…太刀川さま、本日はようこそいらっしゃいました」
京介は太刀川に向かってそう言うと、これ以上ないというくらいの営業スマイルで微笑んだ。
「うっ…」
それを見た太刀川は絶句する。
そして京介が去ると、ツグミは呆然としている太刀川に言った。
「だから後悔しても知りませんよ、って言ったじゃないですか。でもこの裏メニューのために来店する女性客が多いのは事実。というかこれが目的な客もいるらしくて、キョウスケの
「どこかのファストフード店のパクリかよ…」
「キョウスケの愛想笑いなんてわたしにとっては0円の価値しかないですけど。…まあ、料理は美味しいんですから、機嫌を直して食事を楽しみましょう」
もうツグミは完全に開き直り、目いっぱい食べてやろうという態度になっていた。
(料理は美味しく食べなきゃ。それにもうこういうことは今回限り。さあ、食べるわよ!)
味もサービスも素晴らしいものであったので、ツグミは来店時の嫌な気分も吹き飛んでいた。
太刀川も「裏メニュー」ショックからすぐに立ち直り、料理を十分に楽しみご満悦といった顔で店を出る。
「あー、美味かったな…」
「ええ。味は最高ですからまた来たいですね…って言ってもB級の給料じゃとても無理。これが最初で最後になると思います」
「じゃ、俺が奢ってやると言ったら付き合ってくれるか?」
突然太刀川がそんなことを言い出すものだから、ツグミは少し面食らう。
しかし即答した。
「NOです。やっぱりこの店は彼氏とデートで来てふたりきりの時間を楽しむものですよ。太刀川さんと来ても話す内容と言えばボーダーのことばかりだし、なによりキョウスケがいる時は勘弁願いたいです。彼目当ての女性客が騒がしくて、ちょっと興ざめです」
「そっか…それじゃ仕方ねえな。じゃ、次はおまえが行きたい店に行こうぜ。だからどこに行くか決めておいてくれ」
「わかりました。それなら柚宇さんとふたりで相談して決めておきますね」
「あ、ああ…そうだな」
なぜか残念そうな顔をする太刀川。
しかし暗かったためにツグミにはその表情はわからない。
「それじゃ、ここでお別れですね、太刀川さん」
別れの挨拶をするツグミに太刀川が言う。
「俺が玉狛まで送って行ってやる。こんな時間に女子のひとり歩きは危険だからな」
するとツグミが言い返した。
「ボーダー隊員ですよ、わたしは。民間人にトリガーを使っちゃいけませんけど、逆に言えばトリガー以外なら何を使っても問題ないということ。それに ──」
そこまで言った時、ツグミは背後から声をかけられた。
「おい、ツグミ。そこで何やってんだ?」
「あ、キョウスケ。あなたこそ何してんの?」
私服の京介にツグミが逆に訊いた。
「俺はこれで今日は上がりだから。この後レイジさんと防衛任務だ」
「そうなんだ。お疲れさまだねー」
「だから俺はこれから玉狛に行くけど、一緒にどうだ?」
「まあ、行き先が同じなんだから一緒でもいっか」
ツグミと京介のやり取りを黙って見ていた太刀川に京介が言う。
「ということで、ツグミは俺が責任を持って玉狛まで送りますんで、太刀川さんは
そう言って太刀川に会釈すると、京介はツグミを促す。
「行くぞ、ツグミ」
「うん。じゃ、おやすみなさい、太刀川さん。明日、隊室で」
ツグミは太刀川に軽く手を振りながら言うと、京介の後を追って行った。
その後ろ姿を太刀川はモヤモヤしながら見送ったのだった。