ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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VS. case2 唯我尊の場合 6話

 

 

◆ The third day

 

 

翌日の午後、ツグミが太刀川隊隊室へ行くと、太刀川がすでに来ていた。

 

「こんにちは、太刀川さん」

 

「おう、ツグミ。昨日は楽しかったな」

 

「ええ、唯我様様ですね。…ってそれよりも当人はまだ来ていないんですか?」

 

「ああ、まだみたいだな」

 

「もう…。今日は防衛任務の前に拳銃(ハンドガン)の使い方をマスターさせるつもりなのに。そもそも初めから動いているものに当てようとするのが無茶だったんです。だから動かない的当てから順に追って訓練させるべきだと思って、シオリさんにいいものを作ってもらったんですよ」

 

「宇佐美から? 何を作ってもらったんだ?」

 

「擬似バムスターとモールモッドで、動かないタイプと基本的な動きのみで攻撃はしてこないタイプと2種類をプログラミングしてもらいました。これで弱点である目を撃つ練習をさせます。確実に当てられるようになったら、やっと本格的な戦術指南ですよ」

 

ツグミにとっては唯我がこのままお荷物でも別に困ることはないのだが、1週間という時間を与えられて何もできなかったという評価を付けられるのだけは絶対に嫌である。

そこで徹底的に叩き直してやろうと、栞に頼んでC級隊員用に使える擬似トリオン兵を作ってもらったのだった。

 

 

それから30分ほどして、やっと唯我がやって来た。

 

「遅い! 師匠を待たせるなんて100年早いぞ!」

 

ツグミは頭ごなしに叱ると、唯我はでかい態度で反論する。

 

「ボクは高校生なんだ。学業を優先して何が悪い?」

 

「わたしだって高校生よ!」

 

「どうせ授業をサボっても問題のない三流高校なのだろ?」

 

「わたしは六頴館の通信課程で学んでいるから時間に余裕があるのよ」

 

「う…」

 

六頴館というのは地元でも有名なボーダーと提携している進学校である。

「六頴館=優秀な学生」という図式は唯我も良く知っていることで、おぼっちゃま学校に通う成績・中の上の彼とは偏差値の点で大きな差がある。

だから唯我が何も言えなくなるのは当然なのだ。

 

「ほら、ぼやぼやしていないで準備をしなさい。こっちは夜に防衛任務があるから忙しいのよ」

 

ツグミは唯我の性根をも叩き直したいので、あえて日常の行動にも厳しく当たる。

唯我も逆らうのだが、さっきの高校の件のようにすべて反撃に遭ってあえなく撃沈してしまうのだ。

それを繰り返していけば少しはその傲慢さが自らの格を下げていることに気が付くことだろうとツグミは考えていた。

 

 

訓練室に入ると、ツグミは擬似バムスターを再現した。

 

「これはどんなダメダメなヤツでも倒せるわよ。攻撃をしてこないどころか動きもしないんだから。まずは弱点の目に照準を合わせて撃つ練習をしなさい。確実に100発当てたら次の段階に移るから。それから、口答えしたら1回につき戦闘体の痛覚再現10%するわよ。これは太刀川さんの了解を得ているから嫌とは言わせない。そして前みたいに条件付きで解除するなんてことは絶対にないということを肝に銘じておきなさい。そして今後は痛覚再現をONしたままで戦うことになる。それが嫌ならクビよ」

 

ツグミはそう言って親指で首を切るジェスチャーをする。

ボーダーをクビになるかどうかはわからないが、少なくとも彼女を怒らせれば太刀川隊を辞めさせられるのは確実だ。

唯我は非常に不満げな顔で拳銃(ハンドガン)型トリガーを握ると的を撃つ。

さすがに動かない的を撃つのは簡単で、10発ほど撃つと文句を言いたげにツグミを見る。

しかし「戦闘体の痛覚再現」は以前の経験で懲りているらしく、ツグミを睨みつけるだけで何も言わない。

そして黙々と100発撃ち終わる。

 

「よし、合格。じゃ次はモールモッドよ」

 

同じように動かないモールモッドを相手に、唯我は拳銃(ハンドガン)型トリガーを撃ち続けた。

 

「それじゃ今度は動くバムスターよ。攻撃はしないけど、追いかけて来るから逃げながら100発当てなさい」

 

追いかけて来る対象の弱点を撃つのだから、振り返りながら撃つことになる。

ノロノロしていると踏み潰されることもあるから、短時間で照準を合わせて撃たなければならないので、難易度は少し高くなる。

 

「ただ撃つだけじゃダメ。ちゃんと弱点を撃たなかったらカウントしないから、照準が甘いといつまでも追いかけられることになるわよ」

 

仮想戦闘モードだから疲れはしないが、延々とトリオン兵に追いかけられるのは精神的に負担となる。

そのうちにMP(メンタルポイント)が底をつき、なんとか100発当てたところで唯我は倒れ込んだ。

 

「よ~し、15分休憩。この後はモールモッド相手に同じことをするわよ」

 

ツグミが言うと、唯我はもう我慢できないとばかりに彼女の前に立ちふさがった。

 

「もう我慢ならない! これ以上人権を無視した訓練を続けるようなら、弁護士を立てて出るところへ出るぞ!」

 

「そう? わかったわ。じゃ、15分休憩したらその人権を無視したとかいう訓練を再開するわよ。…それから今のはノーカウントにしておいてあげる。次に何か言ったら問答無用で痛覚再現を実行するから、覚えておきなさい」

 

「……」

 

唯我が何を言ったところでツグミには効果はない。

それは唯我自身も良くわかっているはずなのだが、何かの形で発散しないとやりきれない状態にまで追い詰められているのだ。

しかし苦しいのは今だけで、そこを乗り越えれば訓練自体が楽しいものだと唯我が気付いてくれるとツグミは信じている。

そして休憩後、唯我はモールモッドに追いかけられながら30分ほどかけて課題をクリアした。

前日にモールモッドの動きはいくつかのパターンがあるということを教えられていて、それを覚えていたから30分で済んだのだが。

 

「どうだ! これで文句はなかろう!」

 

ドヤ顔で言う唯我にツグミは微笑みながら答えた。

 

「ええ、すごいわ。今までその実力を隠していたのね。ダメよ、そういうのはもっと誰の目にもわかるように発揮しないと」

 

「ああ、そうかもしれないな。ボクは能ある鷹だから爪を隠していたのだが、凡人にはきちんとわかるようにしなければいけないのだ。ボクがA級1位部隊の隊員になれたのを他人は親のコネだと言うが、城戸司令がちゃんとボクの隠れた才能を認めてくれていたからなのだよ」

 

「わかる、わかる。それじゃ今日はここまでにしておきましょう。お疲れさま」

 

 

ツグミは唯我をおだてて気分を良くさせてから訓練室を出た。

そして唯我が帰ってしまうと、ツグミは大きくため息をついて言った。

 

「はあ…やっと動いている的に当てられるようにはなったけど、まだ先は長そう…」

 

ツグミの苦労を知ってか知らずか、太刀川は私物らしきノートPCに向かっていた。

 

「太刀川さん、何をやってるんですか? 自分の部下の訓練をわたしに押し付けてゲームをしていたというのなら怒りますよ」

 

「そんなんじゃねーよ。これは大学のレポート。提出日が明後日なんだ。クソ、間に合わねぇ…」

 

ブツブツ言いながらキーボードを叩いているのを背後に回って見てみるツグミ。

高校生の彼女が見ても、それが合格点に達するような内容には思えない。

というか、それ以前の問題なのだ。

 

「内容は専門的なことでわたしにはわからないことが多いですけど、前後の文章の流れで漢字のミスくらいはわかります。ここ、字が間違っていますよ。この場合の『おさめる』は『収める』じゃなくて『納める』の方です。それから…」

 

ツグミは画面をスクロールして字の間違いを次々に正していく。

 

「これじゃ留年しちゃいますよ。去年はなんとかギリギリでセーフだったらしいですけど、こんな危うい状況だなんて…。このことが忍田本部長に知られたら太刀川隊は活動停止になりかねませんね。…あ、ここも間違ってます。この場合の『きく』は『利く』じゃなくて『効く』です」

 

「ああ、もう面倒くせー! おまえが俺の代わりに書いてくれよ」

 

「そんな無茶なことを…。大学の授業を受けていないわたしが書けるはずがないでしょ?」

 

「俺だって講義出てねぇからな、書けるわけねぇよ」

 

「それは授業をサボった太刀川さんが悪いんです。いくらボーダーの仕事があるからって、両立できないならどちらかをやめるしかないですね」

 

「そりゃ…無理だ。どっちも続けたい」

 

個人ランク(ソロ)戦でポイント稼ぐ暇があったら、真面目に大学行って授業を受けて、ちゃんと単位を取ってくださいな。レポートも『面倒くせー』なんて言わずにちゃんと書く。そうしないとわたしも『面倒くせー』って言って唯我の指導を放り出しますよ」

 

「う…。ま、仕方ねぇか」

 

太刀川は諦めたのか黙々とキーボードを打ち始めた。

そしてのんびりと食事をする余裕がないことから、その日の夕食は本部の食堂で済ませることになった。

 

 

 

 

夜間の防衛任務は昼間よりも神経が過敏になる。

(ゲート)の発生の割合は昼も夜も関係なくほぼ同率なのだが、視界が狭くなるために五感の8割を視覚に頼ることになる一般隊員は夜が苦手なのだ。

もちろんツグミも夜間になれば昼間ほどその力を発揮することはできないが、本人がそれを気にしていないから特に問題はない。

むしろ昼間に生身で日常生活を送り、夜その身体を休めている間にトリオン体で活動をする。

効率良く人の2倍生きられるなどと暢気なことを言って、むしろすすんで夜間の防衛任務に志願するくらいだ。

しかしそれはひとりで巡回をする時だけである。

玉狛支部に転属になってからは巡回をするにしてもひとりで任務に就くことが多かった。

それなのに今は隣に人がいる。

それも太刀川だから、ツグミにとって別の意味で緊張するのだ。

 

(嫌いじゃないけど、どうも苦手なのよね…。油断ならないっていうか、とらえどころがないってカンジ?)

 

太刀川と関わると、いつの間にか彼のペースに乗せられていたり、丸め込まれていたりとツグミにとって不都合な道へ引きずり込まれることが多々ある。

今回の唯我の教育の件に関してもそうだ。

そういったことで、彼女はより一層太刀川を警戒するようになってしまったのだった。

 

 

「なあ、ツグミ…」

 

太刀川が声をかけた。

 

「なんですか?」

 

「明日、完全オフだろ? 一緒にどこか遊びに行かねえか?」

 

明日は日曜日でツグミの授業も太刀川の大学の講義もない。

さらにボーダーの任務のローテーションも非番となっている。

ゆえに完全オフとなる。

 

「何バカなことを言ってるんですか? レポートの提出が明後日だって言って大騒ぎをしていたのはどこの誰ですか?」

 

「あ…」

 

非常に重要なことを失念していた太刀川。

 

「やべぇ…マジでやべえよ…。メシ食ってる暇もねえ…」

 

「ですからどこか遊びに行くなんて無理です。わたしは玉狛で好きにさせてもらいますね」

 

「あー、狡いぞ、ツグミ。隊長の危機だというのに、その他人事って態度は何だ?」

 

「だって他人事ですもの。それにわたしにできることってさっきみたいに漢字のミスを見つけて訂正するくらいしかないですよ。だいたい短期移籍の話が来た時にわたしは『任務以外のことはしません』とはっきり言いましたよね? その時に太刀川さんも『今回はそんなことはないから安心していい』と断言しました。それを忘れたとは言わせませんよ。林藤支部長が証人です」

 

「だが俺が単位落として留年ということになれば、太刀川隊の面子が…」

 

「わたしはその頃には玉狛に帰っていますから、太刀川隊の面子などどうでもいいです」

 

「冷てえな、おい」

 

「そう言われても…。じゃあわたしに何をしろと?」

 

すると太刀川はすっとツグミに近付いて言う。

 

「まず勤務が明けたらこのまま俺の家に来て朝メシを作ってくれ。そして俺がレポート書くのをそばで見ていてチェックして、それから ──」

 

「いやいや、それは無理ですよ。太刀川さんってアパートで独り暮らししてるんでしょ? そんなところに行けませんって」

 

ツグミが断ると、太刀川は意味ありげな笑みを浮かべて言った。

 

「おまえ、もしかしてヘンなこと想像してないか?」

 

「ヘンって…。わたしは一般論を言っているのであって、独り暮らしの男性の家に女性が訪ねるのは礼儀にかなっていないという意味です! 太刀川さんこそ何を想像してるんですか!?」

 

「じゃあ、俺の家でなけりゃいいってことだよな? そうなると本部の隊室なら問題ないということで、万事解決!」

 

「ええっ!?」

 

「朝メシはどっかのファミレスで済ませて、そのまま本部へ直行。そういや俺のPCは隊室に置きっぱなしだっけ。ハハハ…」

 

「……」

 

これでツグミはNOと言えなくなってしまった。

太刀川の家に行くことができないからと言って断った以上、場所を隊室に変更されては断る理由がなくなってしまうからだ。

 

(ああ、またやられた…。だから太刀川さんは苦手なのよね。昔から頭は悪いくせに、妙に狡賢いというか…。まあ、単位を落としてそのことを忍田本部長に叱られる太刀川さんの哀れな姿は見たくないから少しは協力してあげてもいいか。いつかこの貸しを何倍にもして返してもらえばいいもの)

 

ツグミはまたしても太刀川のペースに乗せられてしまった。

悔しいのだがいつものことなので諦めるのも慣れてしまっているツグミ。

彼女の太刀川への()()もかなり溜まっていて、太刀川も()()するにはかなりの手間や時間、そしてお金がかかることだろう。

太刀川の「返済の目処のつかない()()」はただただ増えるばかりであった。

 

 

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