ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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VS. case2 唯我尊の場合 7話

 

 

◆ The fourth day

 

 

4日目、本来なら全日オフとなるはずの日曜日だったが、ツグミは朝から本部の太刀川隊隊室にいる。

 

「おーい、ツグミー、コーヒー淹れてくれー」

 

太刀川のコーヒーの催促は今日これで3度目。

ノートPCのキーボードを睨みながら打つそばでツグミは面倒くさそうに席を立った。

 

「わたしは太刀川さんのお世話係じゃないんですけどね」

 

口を尖らせるツグミに太刀川が言う。

 

レポート(これ)が完成したら、この埋め合わせはするから勘弁してくれ」

 

「ハイ、ハイ。でも高くつきますからね、覚悟しておいてください」

 

文句を言いながらもツグミはコーヒーを淹れてやる。

 

「あまりコーヒーばかり飲むと身体に良くないですから、次は紅茶か緑茶にしますからね」

 

いちおう太刀川の身体のことを気遣っているツグミ。

いろいろ小言を言うが、生来面倒見の良い人間だから自然とそうなってしまうのだ。

 

 

レポートの作成で根を詰めている太刀川の世話を焼きながら、同時に唯我の訓練内容をいろいろ考えているうちに昼食の時間を過ぎてしまっていた。

 

「太刀川さん、お昼どうします? 何か買って来ましょうか? それとも食堂に行く余裕あります?」

 

ツグミが太刀川に訊くと、すぐに返事が返ってきた。

 

「余裕なんてないない。テキトーに買って来てくれ」

 

「了解」

 

ツグミは財布と携帯電話の入ったポシェットを抱えると隊室を出た。

そして売店でサンドウィッチや菓子パンなどをいくつか買って戻って来たのだが、隊室へ入ろうとしているところを運悪く忍田に見られてしまう。

 

「ツグミ、そこで何をしているんだ?」

 

「忍田本部長、こんにちは。今、太刀川さんのお昼ごはん用のパンを買って来たところです」

 

動揺を悟られないように答えると、忍田が怪訝そうな顔をして言う。

 

「今日、太刀川隊は非番のはずだが…。慶は個人(ソロ)ランク戦にでも顔出しているのか?」

 

「いえ、そういうわけじゃないんですけど…。そもそも個人(ソロ)ランク戦なんてやっている暇なんてありませんから」

 

「それじゃ何で本部にいるんだ?」

 

「それは…」

 

太刀川が大学へ提出するレポートをギリギリの状態で書いていて、ツグミがその手伝いをさせられているということは忍田には内緒にしておかなければならない。

というのも忍田は弟子の太刀川のことを個人的にも可愛がっているからだ。

親代わりというか、特に大学のこととなると実の親以上に彼のことを心配している。

ボーダー推薦でやっと入学できた大学であったが、遠征やサボりで講義の欠席が多く、またレポートの未提出やその他様々な理由で「留年」という二文字が太刀川の目の前にぶら下がっていることを本人よりも危惧しているのだ。

そんな忍田に提出期限が明日のレポートを今になって書いていると知られては、太刀川本人だけでなく忍田にとっても好ましいことではない。

 

(ここはなんとかして誤魔化さなきゃ…)

 

そして名案を思い付いた。

 

「…実は唯我隊員の特別訓練をしていて、太刀川さんとわたしはその訓練メニューを考えているところなんです」

 

「そうか、そういえば今おまえは太刀川隊にいるんだったな。非番の日にまでご苦労なことだ。しかし昼メシがそんなものでは足りないだろ? よし、私が何か奢ってやろう。慶を呼んで来なさい」

 

「ええっ!?」

 

予想外の展開にツグミは慌ててしまう。

このままでは嘘がバレてしまうと、彼女は首をブンブンと横に振って答えた。

 

「いえいえ、おかまいなく。本部長が気になさるようなことではありません。これはミーティングをしながら軽く食べるだけで、それが終わればちゃんと食事しますから」

 

「遠慮することはないんだぞ。おまえと慶は私の可愛い弟子だ。師として弟子のことを気遣うのは当然のことなんだからな」

 

「遠慮なんてとんでもないです。今度時間がある時にたっぷりご馳走してもらいますから。給料日の後にでも声をかけてください」

 

「そうか? まあ昼メシじゃゆっくり話すこともできないしな。それならまた次の機会にしよう」

 

「はい。どうもすみません」

 

上手く誤魔化せただろうと安堵したツグミだったが、忍田が何かを思い出したように訊いた。

 

「ツグミ、慶は大学へ提出するレポートのことで何か言ってなかったか?」

 

「れ、レポート…ですか? あ、それなら大丈夫ですよ。締切日が明日だと聞いていますけど、休日に部下の訓練のことで出て来ているくらいですからとっくに終わっているに決まってます。もし未提出なら今頃こんなところに来ないで家で知恵熱出しながら書いている最中ですよ」

 

「それもそうだな…」

 

「ですから太刀川さんの単位のことは気にせずお仕事頑張ってください」

 

「ああ、ありがとう。おまえたちも無理をしない程度に頑張れよ。またな」

 

そう言うと片手を軽く上げて忍田は立ち去った。

ツグミは上手く誤魔化せたことで安堵し、隊室のドアを開けた。

 

 

「遅いぞ、ツグミー! 腹へった~」

 

太刀川が暢気に言うものだから、ツグミはキレかけた。

 

「何言ってんですか!? 今そこで忍田本部長に会って大変だったんですよ! 非番の日に本部にいるから怪しまれて、レポートのことを誤魔化すのに一苦労だったというのに、その暢気な態度は何ですか!」

 

「え?」

 

「これ以上わたしをあなたの面倒事に巻き込むようなら、本部長に真実を全部話しちゃいますよ! っていうか、今から追いかけて行って話して来ます」

 

すると太刀川は大慌てでツグミを制した。

 

「俺が悪かった! だから忍田さんには何も言わないでくれ。そうしないとランク戦禁止令どころか本部出禁を言い渡される」

 

「自業自得じゃないですか…」

 

「あと3時間、いや2時間で終わらせるから」

 

手を合わせて拝むように言う太刀川の姿があまりにも哀れで、ツグミは怒りが失せてしまう。

彼女はテーブルの上に買って来たパンの袋を置くと、やむなしといった感じで答えた。

 

「はい、はい、わかりました。じゃ、今度は美味しい紅茶を淹れてあげますから、レポートを書きながらでいいので食事をしてください。それからわたしは玉狛支部に帰りますので、後片付けはよろしくお願いします。部屋を出る時にはちゃんと暖房と照明をオフにしてくださいね」

 

ツグミが帰ると言うと、太刀川は必死になって引き止めようとする。

 

「帰るなよ、ツグミ。俺をひとりにしないでくれ。ひとりじゃ寂しいだろ?」

 

「いい歳して子供みたいにダダこねないでください。そもそもわたしがいたってレポートを書く手伝いはできないんですし、ただ待っているだけじゃ暇なんですよ。それに着替えをしたり、他にもやりたいことがあるんですから帰らせてください」

 

「う…」

 

上目遣いでツグミを見る太刀川。

まるで道端に捨てられた猫が「拾ってください」と言わんばかりの目でこっちを見つめているといったカンジで、ツグミは自分が悪いことをしているかのように感じてしまう。

 

「…。じゃあ、一度戻ってやることをやったら3時間後にまたここに来ます。それまでにレポートを仕上げてあったら、わたしがご褒美をあげますから」

 

「ご褒美?」

 

「はい。その代わり、終わっていなかったら罰として本部長に全部バラします。どちらになるかは太刀川さんの努力次第です。頑張ってください。ご褒美はすごくいいものですよ」

 

「わかった…。死ぬ気でやる」

 

そう言うと太刀川は真剣な眼差しでPCのキーボードを打ち始めたのだった。

 

 

 

 

3時間後、ツグミは約束通りに太刀川隊隊室に戻って来た。

そして室内で見たものは、ソファでぐったりとしている太刀川の姿であった。

 

「ツグミか…? 約束は守ったぞ…」

 

ツグミが机の上を見てみると、そこにはA4サイズの紙が10枚ほど束ねてある。

それが太刀川の努力の結晶であることはひと目でわかり、いちおう内容を確認してから本人に言った。

 

「やればできるじゃないですか。後は教授からOKを貰うだけですね?」

 

「ああ…」

 

「じゃあ、お腹も空いていることでしょうし、おやつにしましょう」

 

ツグミはそう言って持って来た紙袋の中から弁当箱を出した。

その蓋を開けると、中から揚げ物のいい匂いが漂う。

ぐったりとしていた太刀川もその匂いを嗅ぐと急に元気になってツグミに声をかけた。

 

「それってもしかして…?」

 

「ええ、太刀川さんの大好物のコロッケですよ。玉狛に戻って夕食の支度をして来たついでにコロッケを揚げたんです。まだ温かいですからどうぞ召し上がれ。今、お茶を淹れますから」

 

ご褒美とはコロッケのことだったのだ。

太刀川は手も洗わずにコロッケを掴んで、そのまま齧り付く。

 

「うめえ~! ツグミのコロッケ、久しぶりだな~」

 

昔、ツグミと太刀川が忍田の弟子として共に剣の修行をしていた頃、ツグミは弁当に自分で作ったコロッケを持って来た。

それを太刀川がよく盗み食いをして彼女に怒鳴られたものだ。

 

「それは太刀川さん用に作ったものですから全部食べちゃってもかまいませんよ。それが約束のご褒美なんですから」

 

ツグミはニコニコしながら緑茶の入った湯呑茶碗を運んで来た。

そして幸せそうにコロッケを貪り食う太刀川の顔を見る。

 

「相変わらずコロッケ、好きですよね。まあ、それだけ喜んでもらえば頑張った甲斐があります。それじゃあ約束も果たしたので、わたしは帰ります」

 

すると太刀川が申し訳なさそうな顔でツグミに呼びかけた。

 

「悪かったな…。俺のことでいろいろ心配かけて」

 

謝る太刀川にツグミが呆れ顔で答えた。

 

「心配なんかしてませんよ。まあ、()弟子が苦労しているのだから、()弟子のわたしが面倒見てあげなきゃ。もし悪いと思うのなら、金輪際こんなことがないようにしてくださいね。…あ、それからレイジさんからの伝言です。『ひとりが寂しいなら、夕飯を食いに玉狛に来い』ということです。今夜は鍋なんですよ。メンバーは林藤支部長とヨータロー、レイジさんとジンさんとわたしの5人だけなんで、ひとり増えたくらいじゃ何の問題もありません。それに人数が多い方が楽しいでしょ?」

 

「ああ、そうだな…。どうせ俺もアパートに帰るだけだから、一緒に行くとするか」

 

「そうだ、鍋の〆用にうどんの玉を買って帰りましょう。太刀川さんはうどんが大好きですものね。あと餅巾着も鍋に入れましょうか」

 

「お、それいいな」

 

「じゃあ、行きましょう。…あ、もし途中で忍田本部長に会ったら唯我の訓練メニューについて相談していたってことになっているんで、上手く口裏合わせしてくださいね」

 

「わかった」

 

 

 

 

玉狛支部への道すがら、ツグミと太刀川はスーパーマーケットに寄って食材の買い物をした。

すでに準備はしてあるが人数が増えたことと、太刀川の好物である餅巾着とうどんの玉を追加するためだ。

そして店を出て玉狛支部へ向かって歩いていると、太刀川が思い出したかのようにツグミに訊く。

 

「そういや…さっき買い物してる時、周りの人間からは俺たちのことがどう見えてたのかな?」

 

おかしなことを訊くなと思いながらもツグミは答えた。

 

「どうって…たぶん両親が共働きか何かで家事一切を仕切ってる()()()()()の妹と、そんな妹の買い物に付き合う優しい兄ってところじゃないですか?」

 

「兄と妹…?」

 

「そうですよ。学校の先輩後輩の関係じゃ夕飯の買い物を一緒にするなんてありえませんし、さすがに親子にも見えないですからね」

 

「いや、普通そこは同棲中の恋人同士とか…言わね?」

 

太刀川の言葉をツグミが完全否定する。

 

「ないない、それは絶対にありません。わたしたちを見てそう感じる人がいたら、その人の感覚が変なんですよ。…っていうか、そんなくだらないことを訊くなんてどうしたんですか? 普段全然使わない頭を使ったせいで知恵熱でも出ちゃいました?」

 

「そこまで否定しなくてもいいだろ。俺は一般論を言ったまでだ」

 

「それじゃ百歩譲って周囲の目にわたしたちが恋人同士に見えたとして、それが何だと言うんですか?」

 

「やっぱ…嬉しい?」

 

太刀川の意外すぎる答えにツグミは目を丸くする。

 

「嬉しいんですか!?」

 

「当たり前だろ! …おまえはけっこう可愛いから、そんなおまえが恋人だったら嬉しいに決まってる」

 

「可愛いだなんて、からかわないでください。…ったく太刀川さんもジンさんと同じことを言うんだから」

 

迅の名を出すと、太刀川の表情が険しくなる。

 

「迅と同じこと?」

 

「ええ。前に一緒に歩いていた時『俺たちこうしてると恋人みたいだよな』だなんてニコニコしながら言ったんですよ。そんな気なんてないくせに。だから『恋人と一緒に歩きたいなら、早くそういう女性(ひと)を見つければいいんです』って言い返してやりました。ジンさんもそうですけど、太刀川さんだって恋人いないでしょ? たぶん彼女いない歴=年齢っていうクチじゃないんですか?」

 

「うっ…。そう言うおまえはどうなんだよ?」

 

「わたしだって同じですけど、全然モテないってわけじゃありませんよ。告ってきた人は何人かいますけど、全部お断りしましたから」

 

「断るって…。おまえ、彼氏欲しくないのか?」

 

「別に欲しくないってことじゃなく、わたしの理想が高すぎて彼らが条件を満たしていなかっただけです」

 

「で、おまえに交際を申し込んだっていう物好きなヤツって誰だよ?」

 

するとツグミは怪訝そうな顔で訊き返す。

 

「どうしてそんなことが知りたいんですか? わたしの交友関係なんて太刀川さんには関係ないでしょ」

 

「そりゃそうだが…」

 

「ボーダーは圧倒的に男性が多い職場だから女子はモテるんです。特に狙撃手(スナイパー)はわたしと鳩原さんと茜ちゃんの3人だけですから、いつの間にかみんなに囲まれているっていうカンジ。…そういえば先週の合同訓練の後には食事に誘われたましたよ」

 

「それは当真か? それとも佐鳥? いや意外に奈良坂とか? 荒船? 穂苅? 古寺や半崎ってことはねえだろうし…」

 

太刀川は男性狙撃手(スナイパー)の名前を次々に挙げていく。

 

「ブッブー。全部ハズレ。正解は東さんで~す。焼肉を奢ってもらいました。もちろんふたりきりじゃなくてみんなも一緒ですけどね。…さあ、バカなこと言っていないで早く行きましょう。今度こんなくだらないことを言ったら、その髭むしりますよ」

 

そう言ってツグミは微笑んだ。

彼女が微笑みながら警告をするのは「イエローカード」が出たということ。

これ以上関わると自分が不幸になると()()()に知っているので、太刀川はツグミに質問をするのはやめることにした。

 

 

 

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