ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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VS. case2 唯我尊の場合 8話

 

 

◆ The fifth day

 

 

5日目は午後から本部での待機任務であったため、ツグミは昼食を済ませてから玉狛支部を出た。

全食事を唯我に奢らせる権利があっても、さすがに申し訳ないという気持ちが先に立つ。

それに陽太郎の食事を作る必要もあって、玉狛支部で済ませることにしたのだ。

そして太刀川隊隊室に着くと太刀川と国近はまだ来ておらず、唯我がひとりで換装した姿で椅子に座っていた。

 

「遅いぞ、霧科。このボクをいつまで待たせるつもりだ?」

 

唯我は前回遅刻したことでツグミに叱られたことから、集合時間の30分前に隊室へ来ていた。

さすがに30分前では誰も来ていなかったので、ひとり寂しく待っていたということだ。

 

「やる気満々の弟子を待たせるなんて師匠としては失格ね。ごめんなさい。でも柚宇さんが来ないと訓練室のセッティングができないから、あと少しだけ待ってちょうだい」

 

ツグミは優しく言う。

強く言っても反発するだけで逆効果となるので、やる気や素直な態度を見せたなら極力褒めるようにすることにしたのだ。

言葉遣いや態度は相変わらず悪いが、誰よりも早く来てやる気を見せているのだから、ここは優しく接するべきなのである。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

ボーダーの隊員であるという以外に接点がないふたりなので、会話しようにも話題がない。

お互いに背を向けたままで何もせずにただ座って待っている。

そんな無言の状態で5分10分と過ぎていくが、太刀川と国近はまだ来ない。

そのうちに唯我が無言に耐えられなくなったのか、ツグミに声をかけた。

 

「キミに訊きたいことがある。キミはなぜボーダーに入ったんだ?」

 

するとツグミは険しい表情で言う。

 

「わたしのプライベートに興味を持つなんていい度胸をしているわね?」

 

「いや…別にキミ自身に興味を持ったわけではない。ただキミがボーダーに入ったのが9歳だと聞き、なんとなくその理由を知りたくなっただけだ。なぜ子供のキミが戦うようになったのかずっと気になっていた」

 

唯我が「先輩ボーダー隊員である自分」に興味を持ったということで、ツグミは少しだけ彼のことを認めてやる気になった。

 

「まあ、ボーダー隊員が若者ばかりだといっても、小学生で入隊する人は少ないもんね。じゃ、教えてあげるわ」

 

そう言ってツグミは自分の過去の話をした。

トリオン兵に襲われたところをボーダー隊員に助けられたこと。

トリオン能力が高いことで、これからも近界民(ネイバー)に狙われる恐れがあったこと。

戦う力を手に入れれば自分自身だけでなく自分の周りの人間を守ることができるようになると考えて忍田に弟子入りしたこと。

そして9歳の時にボーダーで戦うことができるだけの力を身に付けたと認められたことで入隊したのだと、親しい人間なら誰でも知っている部分だけ話して聞かせたのだった。

 

「じゃあ、次はあなたがボーダーに入った理由を教えなさいよ」

 

ツグミが言った。

 

「ボクは…唯我グループがボーダー最大のスポンサーであるからだ。御曹司のボクが戦うのは当然さ」

 

さも当然のように答える唯我。

 

「それって『ノブレス・オブリージュ』ってこと?」

 

「まあ、そのようなものだ」

 

「ノブレス・オブリージュ」というのは直訳すると「高貴たるものの義務」という意味で、身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、欧米社会における基本的な道徳感のことである。

唯我がそのような気持ちでいたと知り、ツグミは驚くと同時に感心した。

 

「へえ~、わたしはてっきり『ボーダー隊員ってカッコイイよね~』とか『市民から尊敬されたいな~』とかいうような軽薄な理由だと思ってたわ」

 

「ば、バカを言うな! ボクには市民の安全と平和を守る義務があるんだ」

 

唯我はそう答えたが、心の中では図星を突かれて動揺していた。

それを見破られないように平静を装っているだけである。

 

「そういう気持ちでいるのならどんなことをしてでも強くならなきゃね。…じゃ、今日の訓練は本気モードでいくわよ。覚悟しておきなさい」

 

30分後、唯我はここで見栄を張ったことを後悔することになる。

これまでにないハードな展開で、バムスターやモールモッドが無限に襲って来るものだから、唯我にとってはまさに地獄の責め苦を味わっているような状態だ。

それでもツグミに言わせれば「わたしが第一次近界民(ネイバー)侵攻で戦った時はこの100倍はハードだったわよ」で、唯我に口答えをさせる暇さえ与えない。

しかしツグミの献身的な指導(シゴキ)の甲斐もあって、新入隊員が入隊指導(オリエンテーション)で行う「仮想戦闘モードの部屋の中で、再現されたトリオン兵(バムスター)を制限時間の5分以内に倒す」という内容の訓練で、唯我は2分で倒すことができるようにまで成長した。

いや、新入隊員が普通にできることが今までできなかったのだから、そっちの方がおかしいのだが。

 

 

 

◆ The sixth day

 

 

6日目は早朝からの防衛任務で、唯我を含めた3人で行動している。

もちろん戦闘要員として期待しているわけではなく、いざトリオン兵が出現しても最低限自分の身は自分で守れるだろうからという消極的なもの。

「いつまでも防衛任務に出られないA級隊員なんて外聞が悪いわよね」というツグミのつぶやきによって太刀川が急遽予定を変更したのである。

 

 

警戒区域内の巡回をしながらツグミは太刀川に話しかけた。

 

「唯我のことですけど、わたしにわずかでもダメージを与えることができたら残留を許すって言ってましたが、さすがに難しいんじゃありませんか。彼の技量はB級下位レベルですから、わたしにかすり傷ひとつ付けることだって無理です。それでも本気で辞めさせるつもりなんですか?」

 

「俺は一度言ったことは必ずやる。しかし太刀川隊をクビにしても、即ボーダーを辞めるというわけではないんだ、自力で這い上がって相応しい実力を身に付けたなら俺は再入隊を認めてやるつもりでいる。要は本人のやる気次第だ」

 

「やる気次第、ですか…。唯我ったら『ボクには市民の安全と平和を守る義務がある』とか言っていて意気込みは立派だったんですけど、実際何かやるとなるとダメダメ。みっちり鍛えてやろうと思ったのに、30分もしないうちにギブアップ。C級訓練用のバムスター相手に2分もかかるって状態じゃ、きちんとした師匠の下で修行させないとA級レベルに達するのは10年も20年先のことです。自力で這い上がって…なんて言っても、その頃にはもう太刀川隊がなくなってるんじゃありませんか? いくら太刀川さんでもそんなに長く現役続けられないでしょうから」

 

「そりゃそうだが…」

 

「いっそ銃手(ガンナー)から攻撃手(アタッカー)射手(シューター)に転向させて、太刀川さんか出水さんが指導すればいいんじゃありませんか? もしくは東さんに預けて狙撃手(スナイパー)にするとか。上手くすれば太刀川隊は近・中・遠の全距離対応の完璧な部隊(チーム)になるかもしれませんよ」

 

「それもいいかもな…」

 

「でも東さんの指導はわたしの指導よりはるかに厳しいですから、あまりの辛さにボーダー辞めちゃうかもしれませんけど」

 

「それはそれで本人にとって幸せかも知れないな。戦う才能のない奴が苦しい思いをしてボーダー隊員を続けるより、親父さんの会社を継いでボーダーのスポンサーでいてくれた方がはるかに市民のためになる。ボーダー隊員ってのは市民に尊敬されたいとか、女にモテたいとかいう低俗な理由でやるもんじゃないんだからな」

 

「太刀川さんの言うとおりです。…あ、そうそう、実戦で絶体絶命という状況に陥っても緊急脱出(ベイルアウト)のシステムがありますから死ぬことはまずないですけど、アレだって100%安全というわけじゃないです。まかり間違えばシステムの不具合で死亡…しないまでも再起不能の重傷を負うことだってありえます。もし何かあったら、彼の父親から太刀川さんが訴えられますよ。実戦に出せるだけの力がないのに敵と戦わせた、って。今のうちに何とかしておかないとヤバイんじゃないですか?」

 

「マジか? じゃ、やっぱり辞めさせた方がいいな」

 

ツグミと太刀川は唯我本人のいるすぐ近くでこのような会話を続けていた。

もちろん唯我に聞こえるようにわざと大きな声で話し、彼の反応を見ているのだ。

前日は物理的に大ダメージを与えられ、今日は精神的にダメージを与え続けている。

これは最終日の明日に本人がどういう行動をするのかを見定めるための布石である。

唯我は黙って聞いているが、それはツグミたちの会話が正論であり、言い返すことができないからだ。

ボーダー内に味方はおらず、身内である父親に助けを求めても無駄である…というより逆効果であることは初日に経験している。

今ここにいるのも彼のプライドがそうさせているのだが、そのプライド自体がボロボロになっていた。

精も根も尽きた状態で、いっそ緊急脱出(ベイルアウト)してしまおうかとさえ思うほど追い詰められている唯我だが、緊急脱出(ベイルアウト)のシステムが100%安全というわけじゃないという会話を聞いてしまったものだから怖気づいてしまいそれすらできずにいる。

 

「明日の最終試験ですけど、どういうルールで戦うのか決めてありますか?」

 

ツグミが太刀川に訊く。

 

「ルール? 前と同じでいいんじゃね?」

 

「いや、それじゃ100%唯我に勝ち目ないです。彼が勝てる可能性がわずかでもあるというルールでやらないと、完全に弱い者いじめになっちゃいますよ」

 

「そう言われてもな…。…じゃあ、こういうのはどうだ? 制限時間は…そうだな、30分1本勝負の鬼ごっこ。おまえはひたすら逃げるだけ。シールドなどの防御も一切不可。唯我が一方的に攻めることができる状態にする。あと、グラスホッパーとかテレポーターといった機動力を高めるオプショントリガーは使用不可。もちろんバッグワームやカメレオンもダメだ」

 

「それで?」

 

「そして残り時間が5分になったら反撃OK。それも使用していいトリガーは弧月と通常弾(アステロイド)の2種類。ああ、旋空はなしな。これくらいのハンデがあれば唯我にもチャンスはあるだろ」

 

「まあ、さすがにここまでわたしに不利な条件を押し付ければ、勝てない方がおかしいですよね。でしたら本人に確認してください。彼がいいならわたしもいいですよ」

 

「おい、唯我、おまえもいいよな?」

 

「…はい」

 

ツグミはこの条件ですら負ける気がしない。

片や唯我は条件自体に不満はないが、自分の実力ではこの好条件でも勝てないことを思い知らされているから返事も弱々しいものになる。

 

(これくらいで挫折するならボーダーは辞めるべきよ。今でこそ死傷者が出ることは()()ゼロになったけど、旧ボーダー時代は緊急脱出(ベイルアウト)システムもなくて大勢の犠牲者が出たくらい過酷な世界なんだもの。わたしみたいにボーダーで戦うという選択肢しかない人間は仕方がないけど、唯我にはいくらでも進む道はある。まあ、彼がどの道を選ぶのかは彼の自由。わたしにとってはどうでもかまわないことだけど、明日が楽しみだわ…)

 

 

 

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