ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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VS. case2 唯我尊の場合 9話

 

 

◆ The last day

 

 

7日目、ツグミにとって太刀川隊で過ごす最終日。

この日の太刀川隊のスケジュールは午後から本部待機で、退院した出水もこのタイミングで復帰することになっている。

そこでツグミの送別会と出水の退院祝いを兼ねた会食をしようということになり、昼食は唯我の行きつけの寿司屋で食べることにした。

カウンターに横一列に並んだツグミ・太刀川・出水・国近の4人は喜んで好きなものを勝手にどんどん注文していくが、唯我は食が進まずにいる。

この日が太刀川隊に在籍する最後に一日になるかもしれないと思えば食欲減退は当然で、場合によっては唯我の送別会にもなりかねない会食でもあるのだから。

 

 

そしてとうとう唯我が「最後の審判」を受ける時間となった。

唯我が太刀川隊残留を賭けた模擬戦をやるというウワサが隊員たちの間に広まっており、ロビーにはいつもよりも多くの隊員たちが集まっている。

もちろん唯我が負けるだろうと誰もが思っているのだが、通常の戦闘ではなく「30分一本勝負の鬼ごっこ」であればわずかでも唯我に勝ち目があるということで()()が注目されているのだ。

 

 

[模擬戦、開始!]

 

「市街地A」に転送されたツグミと唯我はそれぞれ行動を開始した。

ツグミは逃げるだけだから、適度に唯我を引き離してひたすら動き回る。

しかし隠れたり、唯我が追って来られないようであれば攻撃の機会を与えられなくなるから、あまり引き離してはならない。

そういう難しい状況で、ツグミは民家の立ち並ぶ路地を走ったり、高い建物の屋根の上をジャンプしたりと逃げ回る。

一方、唯我は逃げるだけのツグミを追いかけきれずにいるから、攻撃などできるはずがない。

そうなると観客も唯我の体たらくに呆れ返ってしまい、あざ笑ったり小馬鹿にするような声が上がる。

本人が聞いたらそれだけで緊急脱出(ベイルアウト)してしまいそうな聞くに耐えないものまであった。

 

(普通に逃げているだけだけど、このままじゃダメね…。もう少しスピードを落として攻撃しやすい場所へと誘導しなきゃ)

 

ツグミはそんなことを考えながら住宅街の空き地へと唯我を導いた。

適度な広さがあり、周囲の民家の屋根の上などからの攻撃が可能となり、ツグミにとっては隠れる場所が制限されるという「攻撃側には都合が良い」場所になっている。

 

「さあ、かかってきなさい!」

 

ツグミに追いついた唯我は拳銃(ハンドガン)型トリガーを2丁使って彼女を狙うがなかなか当たらない。

時間がないからと、唯我は「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」的に撃つだけなのだ。

こういう場合にこそ冷静になって、敵の動きを見定めて撃たなければならないというのに。

 

(トリオン兵相手ならなんとか勝てるようになったけど、やっぱり人間相手はまだ無理みたい。無闇に発砲してるだけじゃダメよ。こっちはただ逃げてるだけでシールドは使えないんだから、ちゃんと標的の動きを追って当てさえすれば勝ちなのに…。もっと頭を使いなさいよ~)

 

そうこうしているうちに残り時間が5分を切った。

これでツグミは反撃してもかまわないのだが、唯我はそのことに気付いておらず、相変わらず無闇やたらと撃っている。

 

(最後まで諦めない根性は立派だけど、ボーダー隊員としては『敵に勝つ』ことができなかったら意味ないのよ)

 

ツグミは唯我の気概に免じて最後に一度だけチャンスを与えることに決めた。

とある戸建の民家の部屋に逃げ込み、ドアを閉めて立てこもる。

唯我はツグミの後を追って民家の中へ入り、彼女のいる部屋の外で「敵は防御ができないのだから、ドアを開けた瞬間に両攻撃(フルアタック)をすれば勝てる」と考えて攻撃のタイミングを計っている。

 

ツグミはドア越しに唯我の存在を確認していた。

 

強化視覚(サイドエフェクト)を使わなくても、あんなに殺気出しまくりじゃ気が付かない方がおかしいわよ。それに前とそっくりなシチュエーションにしたんだけど、あの時の反省がまったく生かされてない。唯我ってバカなのかしら? いや、バカよね。ううん、絶対にバカだわ。バカに決まってる!)

 

初日の模擬戦で、ツグミは民家の部屋に隠れていてドアを開けた唯我の両手首を弧月で斬り落としたのだが、その時の戦いでも殺気を出しまくりでいた。

ツグミや太刀川のような上級者なら自分の気配を消し、敵の殺気を察して攻撃や防御を行うのだが、唯我のようなド素人には所詮無理な話なのだ。

 

ツグミは唯我の気配に用心しながら、両手に通常弾(アステロイド)のトリオンキューブを浮かべ、それをギュッと押し付けて徹甲弾(ギムレット)を合成した。

太刀川から「使っていいのは弧月と通常弾(アステロイド)だけ」と言われているが「徹甲弾(ギムレット)なら通常弾(アステロイド)しか使っていないので問題はない」というのがツグミの判断である。

そしてドアを開ける微かな音がして、ドアノブがゆっくり回り、壁とドアに隙間ができる。

その状態でドアに蹴りを入れて部屋の中へ飛び込んだ唯我だが、両手に構えた2丁拳銃(ハンドガン)から発射された弾はツグミには当たらず、彼女の背後の壁に撃ち込まれた。

唯我が引き金を引くまでのほんのわずかな隙にツグミは唯我の懐に飛び込んでいたのだ。

 

「…徹甲弾(ギムレット)

 

ツグミは唯我の耳元で囁くように言うと、右手に載せた徹甲弾(ギムレット)を彼の顔面に叩き込んだ。

そもそも徹甲弾(ギムレット)は対人用ではなく装甲の厚いトリオン兵用の武器(トリガー)である。

威力重視の通常弾(アステロイド)同士を掛け合わせた合成弾であるから、そんなものをゼロ距離で撃ち込まれたら戦闘体など一瞬で消滅する。

そして勢い余った徹甲弾(ギムレット)は隠れていた民家と道路の向かい側にあった民家1軒を全壊、その先の2軒を半壊させてしまった。

その光景はラウンジで観戦していた隊員たちが腰を抜かすほど衝撃的なものであったが、太刀川と出水と国近だけは冷静でいた。

 

「人間相手に徹甲弾(ギムレット)って…普通やらねえよな? やっぱツグミってやべえな」

 

「太刀川さん、おれ、前に個人ランク戦(ソロ)でアレを腹にやられてしばらく悪夢見たことありますよ…」

 

「ツグミちゃんらしいよね。きっとストレス溜まってたんだよ~」

 

ツグミのことを良く知っている太刀川たちらしい感想だ。

そしてそこで時間切れ(タイムアップ)

()()はツグミの勝ちとなった。

 

 

対戦ブースから肩を落として出て来る唯我。

そんな彼を太刀川と出水と国近が出迎えた。

 

「良くやったぞ、唯我。おまえは負けたが全力を出し切って面白い模擬戦(ショー)を見せてくれた」

 

太刀川の言葉は労いの意味を持たないのだが、想像以上の戦いであったことは確かなようである。

そして少し遅れてツグミがブースから出て来た。

しかしその顔は勝者の表情ではなく、明らかに不本意だというものだ。

 

「太刀川さん、これ見てくださいよー」

 

そう言ってツグミは自分の左手の甲を太刀川に見せる。

するとほんの少しだけだが、何かが掠ったような擦り傷があった。

そこからトリオンが少しずつ漏れている状態だ。

 

「さっき、空き地で唯我が無差別に発砲していたじゃないですか。あの時に1発だけ当たった…というより掠めたみたいなんです。試合はわたしの勝ちですけど、わたしにわずかでもダメージを与えることができたら残留を許すって、太刀川さんは唯我に約束してましたよね? これじゃ太刀川隊を辞めさせることができませんよ」

 

ツグミの言葉に今まで首を垂れていた唯我がむっくりと顔を上げた。

 

「たしかに…俺はわずかでもダメージを与えることができたら残留を許すと言った。…仕方がない。唯我、今回はおまえの根性に免じて除隊の件はナシとする」

 

「隊長…」

 

太刀川の言葉に唯我は感極まって涙を浮かべる。

そして気が抜けたのか床にへたり込んでしまい、その状態で大泣きを始めた。

その状況を見ながら、ツグミは手の甲を右手で押さえてトリオン漏れを止める。

軽く押さえただけで止まってしまうほどの軽微な傷であったから、ツグミが試合中に傷を癒すことは簡単だった。

でもそれをあえてしなかったのは、唯我の「絶対に負けられない」という強い意思を認めてやりたかったという彼女の思いやりであった。

もっとも唯我を辞めさせたら、城戸だけでなく唯我の父親をも巻き込んでさらに面倒なことになるとわかっているから…というのが正直なところであるのだが。

 

「太刀川さん、わたしは玉狛に帰ります。唯我に教えられることは教えましたし、残念なことに時間切れ(タイムアップ)ですから。それに出水さんも復帰したことですから、これでわたしの役目はおしまいです。後のことはよろしくお願いしますね。そしてこの謝礼に関してはまた後日お話しましょう」

 

太刀川にそう言うと、続いて唯我に声をかけた。

 

「あなたは太刀川隊残留を認められたわけだけど、これでもう安心というわけにはいかないわよ。次に会った時、わたしはあなたに模擬戦を申し込むから。その時には()()の勝負をしましょう。それでまた負けるようなことにでもなれば、今度こそ太刀川隊から追い出されることになるでしょうね。それとわたしがあなたの師匠であることを忘れないように。これからわたしが太刀川隊の隊室に行く時には前もって知らせておくから、茶菓子くらい用意しておきなさい。じゃあ、ね」

 

そしてツグミは換装を解き、呆然とする唯我を残してロビーを出て行ったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

「…以上が太刀川隊における1週間の活動報告です」

 

玉狛支部に戻ったツグミは支部長室で林藤に口頭で報告をしていた。

 

「なお、本部には明日書面にて報告いたします」

 

「ご苦労さんだったな、ツグミ。さっき、太刀川からお礼の電話がきたぞ。あいつもおまえにはずいぶん感謝しているようだ」

 

「感謝ですか? だったら言葉や気持ちだけでなく、形のあるものでお礼をしてほしいものです。できることなら大学はサボらないで出席して授業を真面目に受ける。レポートは自分で書いて期限内に提出。そしてきちんと単位を取って無事に卒業すること。そうすれば真史叔父さんの精神的な面で救いになりますから。本部長が一隊員のプライベートな部分を心配し過ぎて胃に穴でも開けてしまったら、今後のボーダーの運営にも支障が出てしまいますからね」

 

「ハハハ…違えねぇ。まあ、あの城戸さんが今回のイレギュラーを認めるくらいだ、その唯我ってヤツはよほどの問題児だったってことだよな?」

 

「ええ。新入隊員ですらできるようなことも満足にできなくて、銃手(ガンナー)の基本から全部教えることになりましたから。それでも防衛任務に連れて行っても自分の身は自分で守れる程度には鍛えてきました。わたしの顔をもう二度と見たくないというほど厳しくやりましたから、太刀川さんや出水さんから多少ぞんざいに扱われても、彼らが慈悲深い仏様のように思えるんじゃないでしょうか」

 

「おまえ、それでわざと悪役を買って出たのか?」

 

「まさか、そんなことはありませんよ。単に態度がデカくて気に食わない後輩にヤキを入れてやっただけです。わたしは支部長(ボス)が考えているような善人なんかじゃありませんから」

 

「そうか? ま、そういうことにしておくか」

 

「そうしておいてください。…わたしはこれで失礼いたします。慣れないことをして少々疲れましたので」

 

ツグミはそう言って支部長室を出た。

 

「さて、また明日から平穏な玉狛の日々が続くのね…。わたしの居場所はやっぱりここだわ」

 

そう呟いて、ツグミは大きく背伸びをした。

 

 

 







ツグミの話を修は最後まで黙って聞いていた。
自分が想像していたものよりはるかにハードな内容のものであったので、言葉が出なかったのだ。
そしてツグミは最後に付け加えた。

「後で聞いたんだけど、この騒動の発端は唯我の父親が息子の惨憺たる現状を知って、城戸司令に一人前のボーダー隊員に鍛えてくれって頼んだことらしいのよ。スポンサーということで隊員の活動状況を知ることができる立場にあったから、息子がプライドばかり高くて何もできない上に誰も相手にしてくれないダメ隊員だってことを知っちゃったのね。それで再教育ということになったんだけど、城戸司令・林藤支部長・太刀川さんの3者で相談して決めたみたい。わたしなら唯我に対して指導できると見込んでくれたんだろうけど、実際のところ師匠という面倒な役割をわたしに押し付けてきただけだと思う。あの3人はわたしのことを良く知っているから、断れずに必ず引き受けると考えたんでしょうね」

「そういう事情だったんですか…」

「まあ、オサムくんに稽古をつけられるほどに成長したみたいだけど、A級1位部隊(チーム)の隊員としてはまだまだみたい。…でも、あの時の唯我の顔を思い出すと今でも笑えてくるのよね。特に最終日の模擬戦で徹甲弾(ギムレット)を顔面にゼロ距離で叩き込んだ時は爽快だったわ。1週間分のストレスを一気に吐き出してスッキリした、ってカンジ」

ツグミはそう言って笑うが、修はその時の唯我の姿を想像して哀れに思えてきてしまった。
A級隊員としてはダメダメであっても唯我は修にとっての()()であるわけで、その師匠がディスられているのだから同情したくもなるわけだ。

「霧科先輩って時々大人げないことしますね」

「そう?」

「そうですよ」

「そういうもの…かな?」

ツグミは自分の行為についてまったく悪びれる様子もない。
全然思い当たる節がないという彼女の表情を見て修は思った。

(結果的には唯我先輩のためになったわけだけど、あれほどのトラウマが残るようなハードな稽古でなくてもよかったんじゃないのかな? 霧科先輩は強くて面倒見が良い人だけど、時々やることが子供じみてて大人なのか子供なのか良くわからないことがあるんだよな…)

修は冷めた紅茶をひと口飲んでからツグミに訊いた。

「その後、霧科先輩は唯我先輩と模擬戦をしたんですか? 唯我先輩が太刀川隊にいるということは、まだ戦っていないということになりそうですけど」

「模擬戦どころじゃないわよ。太刀川隊に行くことを前もって知らせておいてもいつもいないの。ちゃんと茶菓子は用意してあるんだけど、本人は絶対に姿を見せない。きっとどこかに隠れているのよ。まだわたしに勝てる自信がないってことね。でも近いうちにきちんと()()()に行かなきゃならない。玉狛支部(ウチ)の後輩がお世話になっているんだもの。お礼に模擬戦…じゃなくて久々に稽古つけてあげようかな?」

「…唯我先輩じゃどんなに頑張っても永遠に霧科先輩には勝てないと思いますよ。いろいろな意味で」

「ということは永遠に会うこともないかな、アハハハ…」

「……」

修は唯我のことがますます哀れに思えてきた。
そして同時に「霧科先輩は味方にするととても頼もしいが、()()()敵に回してはいけない」と改めて自分に言い聞かせたのだった。




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