ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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8話

 

 

近界民(ネイバー)の襲撃もなく無事に新年を迎えた三門市。

そして1月8日、ボーダー本部基地では入隊式が行われていた。

この日をもって遊真と千佳は正式にボーダー隊員として認められることになる。

そして遊真と千佳の晴れ姿を見ようと、ツグミと修はふたりに同行していた。

ツグミは修と一緒に会場の後方で忍田の挨拶や嵐山隊による入隊指導(オリエンテーション)を聞いていて、それが終わると修は遊真、ツグミは千佳の付き添いでそれぞれ別行動をすることになった。

 

 

狙撃手(スナイパー)志望組は佐鳥賢(さとりけん)について訓練場へ向かう。

狙撃手(スナイパー)の訓練場は10フロアぶち抜きで奥行360メートルもあり、本部基地の中で一番広い部屋である。

ツグミもここで週2回行われる狙撃手(スナイパー)の合同訓練に参加していた。

 

 

「おう、霧科じゃないか?」

 

「東さん、こんにちは」

 

ツグミに声をかけてきたのは東で、ツグミはぺこりとお辞儀をする。

東は新入隊員の指導で駆り出されているらしい。

彼の他にもB級11位荒船隊・隊長の荒船哲次(あらふねてつじ)の姿があり、軽く手を挙げてツグミに挨拶する。

それにツグミは笑顔で軽く会釈して応えた。

 

「おまえが本部(こっち)に来るのは合同訓練の時くらいなのに珍しいな」

 

東に声をかけられて、ツグミは再び東の方を振り向いて答える。

 

玉狛支部(ウチ)の新人がデビューするものですから見に来ました」

 

「ほう…で、どのコだ?」

 

「右端にいる一番ちっちゃい子です。名前は雨取千佳といいます」

 

ツグミの視線の先には佐鳥の説明を真剣に聞いている新入隊員の列があり、その右端に千佳がいる。

中学2年だが小柄なので小学生のようだ。

 

「あのコか…。あれで訓練についていけるのか?」

 

「まあ、見ていてください」

 

ツグミと東が見守る中、新入隊員8名はイーグレットを使った訓練を開始。

それぞれが人型の的に向かって撃つが、その中で千佳がそばにいた東に訊いた。

 

「撃った後、走らなくていいんですか?」

 

それを聞いた周囲の人間の視線が千佳に集中する。

 

「えーと、今は走らなくていいんだよ」

 

東はそう答えるのだが、驚きを隠せないといった表情をしている。

 

「そうなんですか。すみません…」

 

謝る千佳の姿を見守っていたツグミの耳に「狙撃手(スナイパー)は走んないでしょ」とか「隠れて撃つのが仕事なんだから。謎すぎ」という陰口が聞こえてきた。

たしかに狙撃手(スナイパー)は位置を知られると大きく不利になるので、数発ごとに狙撃地点を変えるのが基本である。だから走る。

それを入隊したばかりの新人が知っているのだから驚くのは当然だ。

そんな東にツグミは言った。

 

「普通ならB級になってから教えることですけど、彼女の師匠は彼女がB級に昇格することを確信しているものですから、すでに訓練で取り入れているんですよ」

 

「師匠って誰だ?」

 

「レイジさんです」

 

「なるほどな。木崎が師匠だというなら彼女には期待できそうだ」

 

「はい。いずれボーダートップクラスのすごい狙撃手(スナイパー)になりますよ」

 

「それはいい。素質のあるヤツが伸びていくのを見ているのは楽しいからな。おまえの時もそうだった。おまえは俺の自慢の弟子だ。しかしいつまでも無所属(フリー)でいるのはもったいない。どうだ俺の部隊(チーム)に戻って来る気はないか? 俺は大歓迎だぞ」

 

「…。ありがたいお話ですけど、お断りします。東さんが良くても小荒井くんや奥寺くんに迷惑はかけられませんから」

 

「そうか…」

 

ツグミの事情を思い出した東はそれ以上何も言わなかった。

彼女が東の部隊に復帰すれば、中立の東隊が反城戸派に傾いたと思われる恐れがある。

隊員の小荒井登(こあらいのぼる)や奥寺常幸(おくでらつねゆき)の未来に悪い影響が出ないよう、彼女は東の申し入れを断ったのだ。

彼女が無所属(フリー)でいるのは、これ以上ボーダーという組織の中で波風を立てないようにするためでもあった。

 

 

ツグミと東がそんな会話をしているうちに、新入隊員たちは次の段階に進んでいた。

その流れで佐鳥はアイビスの威力を教えようと、千佳に試し撃ちをしてもらうことにした。

これまでの人型の的が消え、大型近界民(ネイバー)を模した的が現れる。

 

「アイビスであの大型近界民(ネイバー)の的を狙おう。よーし、構えて…。3…2…1…発射(ファイア)!」

 

佐鳥の合図で千佳は引き鉄を引いた。

次の瞬間、千佳のアイビスは真っ白な光を放ち、誰も聞いたことのないほどの大音響を轟かせた。

大型近界民(ネイバー)の的は跡形もなく吹っ飛び、さらに弾は壁を貫通。

訓練室から空が見えるという想像を絶する状況となってしまっていた。

その衝撃的な光景に、居合わせた隊員たちは息を飲んだ。

しかし千佳のトリオン能力を知っているツグミだけはこうなることを知っていたのでニヤニヤしている。

 

(わたしが初めてアイビスを撃った時は壁にヒビを入れただけで貫通させることはできなかったわ。さすがはチカちゃんね。アイビスの威力はもろにトリオン能力の差が出るもの。これで彼女の実力はボーダー内でウワサになる。今頃ユーマくんも同じように派手にデビューしているだろうから、これから面白いことになるわね)

 

 

それからが大変だった。

本部基地の壁に穴を開けたと聞き、鬼怒田がもの凄い剣幕で訓練室にやって来たのだ。

しかしその犯人が千佳だと知ると態度を豹変させた。

離れて暮らしている娘と歳が近いことで千佳を自分の娘とオーバーラップさせ、叱るどころか彼女の稀なるトリオン量を褒めたくらいだ。

そしてとばっちりを食らったのは責任者の佐鳥で、鬼怒田による怒りの一撃を食らってしまった。

ツグミはというと、巻き添えを食らわぬように鬼怒田の到着前にこっそり逃げ出していた。

以前に壁を壊したという()()があるのだから当然だ。

 

(チカちゃんの保護者としては失格だけど、これ以上城戸派に目の敵にはされたくないものね…)

 

 

◆◆◆

 

 

一方、攻撃手(アタッカー)銃手(ガンナー)志望組は嵐山准(あらしやまじゅん)と時枝充(ときえだみつる)に率いられて「対近界民(ネイバー)戦闘訓練」を受けていた。

仮想戦闘モードの部屋の中で、再現されたトリオン兵(バムスター)を制限時間の5分以内に倒すというものだ。

早く倒せばそれだけ高得点となるシステムで、過去には木虎が9秒、A級4位草壁隊の緑川駿(みどりかわしゅん)はわずか4秒でクリアした。

ちなみに修が入隊した時にも同じことをしたのだが、彼は時間切れで失格となっている。

その相手に対し、遊真は0.6秒という記録を出した。

計測機器の故障ではないかという意見があり、もう一度やり直しをしたのだが、今度は0.4秒と1回目より縮まるほどだった。

これで千佳の「外壁破壊事件」と並び、遊真の「対近界民(ネイバー)戦闘訓練0.4秒」は長く語り継がれる伝説的なデビューとなることだろう。

 

 

◆◆◆

 

 

そして事件はその直後に起きた。

遊真のインパクトのあるデビューで、新入隊員だけでなくその場に居合わせた正隊員は彼に一目置くようになった。

()()迅悠一の後輩というおまけが付いているのだから気にならないはずがないのだ。

風間隊のメンバーもそこに居合わせ、風間は実力を確かめたいと修を指名して模擬戦を行うこととなった。

訓練生である遊真を相手にはできないということで、代わりに正隊員である修と戦い「迅の後輩」の実力を確かめようというのである。

風間は例の(ブラック)トリガー強奪未遂事件の際に城戸派として迅と戦った経緯がある。

迅が風刃を本部に献上してまで守ろうとする修たちのことがずっと気になっていたのだ。

修はその申し込みをあっさり受け、模擬戦が始まった。

風間はA級3位部隊(チーム)の隊長で攻撃手(アタッカー)ランク2位でもある。

B級下位の修が敵う相手ではない。

無茶を承知で挑戦しようとするのは、京介やツグミ以外の上級者と戦うことで自分に足りないものを見つけたいという理由であった。

 

風間はカメレオンという隠密トリガーを使う攻撃手(アタッカー)である。

初めのうちは姿の見えない相手に苦労していた修だが、そのうちにカメレオン使用中は他のトリガーが使えないということに気付き、それに対応した攻撃手段を見つけるが、ベテランの風間にはまったく通用しなかった。

修が0勝24敗になったところで終了となるかに見えたが、風間の「迅は空閑(あいつ)をボーダーに入隊させるのと引き換えに、自分の(ブラック)トリガーを本部に献上した。おまえたちの部隊(チーム)を本部のランク戦に参加させるためだそうだ」という言葉が修に衝撃を与えた。

修も風刃が迅の師匠の形見であることは知っていたが、それを手放したことまでは知らなかったからだ。

自分たちのために迅が大きな代償を払ったと知り、修は一矢報いたいという気概を見せた。

仮想戦闘モードの訓練室ならトリオン切れがないという状況を利用して通常弾(アステロイド)を「威力:70、射程:29.9、弾速:0.1」に調整し、超スローの散弾で訓練室を埋め尽くす。

これなら風間のカメレオンを封じることができるという戦法だ。

そして姿を現した風間がスコーピオンで修に切りかかると、修は(シールド)モードのレイガストをスラスターで加速してシールド突撃(チャージ)

壁際まで押し込むと今度はレイガストを変形させて風間を閉じ込める。

さらにレイガストの一部を開き、そこからゼロ距離射撃で通常弾(アステロイド)を撃った。

決まったかと思われたが、ゼロ距離すなわちそれは攻撃手(アタッカー)の間合いでもあり、風間のスコーピオンに貫かれた修は伝達系切断でダウンしてしまう。

しかし風間も修の攻撃を受け、トリオン漏出過多によりダウン。

結果、相打ちとなり25戦目にして、やっと修は風間を相手に引き分けに持ち込んだのだった。

風間は迅が修たちを推す理由を見出せなかったが、自分の弱さを自覚し、その「持たざる者」が知恵と工夫で戦う修に一目置くようになったのは確かである。

もちろん他の隊員たちもますます修・遊真・千佳の3人に注目することとなったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

修と風間の模擬戦の場に居合わせた京介から話を聞いたツグミはとても悔しがった。

 

「う~、見たかったよぉ~。そんな面白いことやってるなら教えてくれてもよかったのに~」

 

悔しがる彼女に京介が訊く。

 

「それよりもレイガストでのシールド突撃(チャージ)通常弾(アステロイド)のゼロ距離射撃。…あれはおまえの得意技だろ。修に教えたのか?」

 

「うん。教えたというか…こういう使い方もあるって見せただけだけど…。マズかった?」

 

「いいや。あいつは経験が不足しているから、すすんで上級隊員の戦闘スタイルを見て学ぶのは悪いことじゃない。突然射手(シューター)になりたいと言い出したあいつに俺はトリオン分割と射撃の基礎は教えたが、それだけであんな手を使ったから少し驚いただけだ」

 

「超低速の散弾で部屋を埋め尽くしてカメレオンを封じる手を思いついたのは見事だわ。わたしでもそんな技、すぐには思いつかないもの。やっぱりオサムくんは射手(シューター)に向いてるわね」

 

「ああ。もっともアレはトリオン切れのない仮想訓練室だからできたのであって、実戦では通用しないがな」

 

京介は修が風間に対して善戦したというのに評価は辛めだ。

一方、ツグミは早く修本人に会って褒めてあげたくてたまらない。

 

「それはそうだけど、オサムくんは頑張ったんだし、これで少しは射手(シューター)としての自信が湧いてきたはずよ。それに風間さんがオサムくんを認めてくれたのは事実だし。これで玉狛支部(ウチ)の新人たちは3人共本部の人たちに印象付けられたってわけね。こうなると城戸司令はますます玉狛支部が厄介な存在になると考えるでしょうけど、だからといって無視することもできない。いざとなれば頼らざるをえない。つまりこれがジンさんの狙いだったということなのね」

 

「まあ、そういうことだろう。迅さんのやることに意味のないことはないからな。ところで俺はこのままバイトに行くが、おまえは?」

 

「わたしは玉狛に戻るわ。オサムくんたちにご馳走作ってあげたいもの」

 

「そうだな。じゃ、俺と一緒に行ってスーパーで夕飯の材料を買って帰ってくれ。俺も店長に言って今日は早退させてもらう。レイジさんたちと一緒にお祝いしてやろうな」

 

了解(ラジャ)

 

ツグミはおどけて敬礼した。

 

 

 

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