ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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73話

 

 

15分ほどして迅が医務室へやって来た。

 

「ジンさん、あの…」

 

ツグミは迅に心配をかけた詫びをしようと声をかけるが、当の本人はツグミを一瞥するだけで医師のいる診察室へと行ってしまう。

その様子を見たツグミは胸を衝かれた。

 

(…。そりゃジンさんだけでなくみんなに迷惑や心配かけたんだから仕方ないけど、あんなにあからさまな拒絶反応しなくてもいいのに…。やっぱり嫌われたかな…?)

 

そんなことを考えているツグミの耳に迅と医師の会話が聞こえてきた。

 

「先生、この度は申し訳ありませんでした」

 

「いや、大事に至らなくて良かったよ。これが近界民(ネイバー)やトリオン兵と遭遇した時だったらどうなっていたかわからないからね」

 

「はい…」

 

「とにかく彼女は頑張りすぎる子だから、迅くんたちが見張ってくれないとね」

 

「はい、わかっています。彼女のことは俺が責任をもって()()しますからお任せ下さい。どうもお世話になりました」

 

そこで会話は終わったらしく、ツグミのいる病室へと迅の足音が近付いて来た。

迅に嫌われたのではないかと思い込んでいるツグミはどんな顔をすればいいのかわからず、何を思ったのかベッドの上で頭から毛布を被って身体を丸くする。

そんなツグミの不可解な行動を見た迅は胸騒ぎを覚えた。

 

(まさか…昨日のことがバレたのか…? いや、ちゃんと眠っているのは確認している。だからバレるはずはないんだが…)

 

昨夜、迅は眠っているツグミにこっそりキスをした。

彼女の顔を見ているうちに衝動的にしてしまったわけだが、これは()()の関係を壊しかねない危険な行為である。

さっきも彼女の顔を見て不審な態度を見せてはいけないと、彼女の呼びかけを無視したのだ。

しかしそれが逆にツグミの勘違いを生んでしまうことになり、それを知らない迅自身も動揺を隠せない。

ここで取り乱してはいけないと、迅はうずくまっているツグミの横に腰掛けて平静を装って声をかけた。

 

「ツグミ、何やってんだよ?」

 

そう言って迅はツグミの頭にポンと軽く手を置いた…はずだった。

 

「きゃっ!」

 

ツグミの悲鳴が上がる。

 

「ジンさんのバカ~!」

 

「え? ええっ!? なんで!?」

 

触った方の迅も予想外のことでオタオタしてしまう。

するとツグミは毛布を捲って顔を出した。

 

「ええぇぇぇぇぇっ!?」

 

自分が手を置いた場所の逆方向からツグミが顔を出したのだから、迅は頭の中が真っ白になってしまった。

そう、迅の手が置かれているのは頭ではなく彼女のお尻だったのだ。

毛布を被って丸くなっていたものだから、迅は彼女の頭とお尻の位置を勘違いしてしまっていた。

いきなりお尻を触られたのだからツグミがビックリするのも当然で、慌てて手を離した迅に軽蔑の目で恨みがましく言う。

 

「他所の女性のお尻を触らないでってお願いしましたけど、だからってわたしのお尻に触ることないじゃないですか!」

 

「いや、すまない! てっきり頭かと思ったものだからそれで…」

 

言い訳する迅の顔を見て、ツグミは急に哀しげな顔をして勢いを失くした。

 

「…ですよね。ジンさんがわたしにそんなことするはずがないのに…。わたし、バカみたい」

 

それは迅に言ったのではなく、自身に言い聞かせるような自嘲めいた言葉であった。

そしてまた毛布を被ってしまう。

 

(もうヤダ…。これじゃジンさんの顔を見れないよ~)

 

顔を真っ赤にしながらうろたえるツグミ。

恥ずかしい勘違いをしたのだから、今すぐに迅と顔を合わせるなど無茶な話だ。

しかし迅は自分を迎えに来てくれているのだから、いつまでもこうしているわけにはいかないとツグミは気を揉んでしまう。

一方、迅はキスしたことがバレていないと察して安堵したが今はそれどころではない。

 

(ヤバイ、ツグミの機嫌は最悪だ…。宥めるにしても、原因が俺なんだろ? どうしろっていうんだよ!? まさか「ぼ〇ち、食う?」じゃ済まされないよな…)

 

 

しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはツグミだった。

毛布を被ったままで迅に謝った。

 

「ジンさん…ごめんなさい」

 

「ん?」

 

「わたしのせいでみんなに迷惑かけちゃいました」

 

「それで合わせる顔がないって、毛布を被ってるのか?」

 

「はい。それだけじゃありませんけど」

 

「だがいつまでもそうしているわけにはいかないぞ」

 

「わかってます。…ねえ、ジンさんにはわたしがこうなる未来が視えていたんですか?」

 

「…ああ、視えていたさ。だけど言ったところでおまえは同じことしただろ?」

 

「ええ」

 

「だから俺も言わなかったわけで、要するに俺はおまえの共犯だということだ。おまえがみんなに迷惑かけたとか心配をさせたと言って謝るのなら俺も謝らなければならない。自分を責めるな。おまえだけが悪いんじゃない。それに俺はいつだっておまえの味方だよ」

 

「でもジンさんはわたしのことを嫌いになったんじゃないんですか?」

 

毛布から少しだけ顔を出したツグミが訊く。

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「だってさっきわたしが呼びかけたのに無視したから」

 

「あ…ああ、それはちょっと、な。勘違いさせて悪かったよ。それよりも身体の調子はどうだ? 駐車場まで歩けるか?」

 

「はい」

 

ツグミはそう答えると毛布を剥がし、ベッドの上で正座しながら毛布を畳む。

そしてゆっくりと床に脚を下ろし、すっと立ち上がった。

 

「ほら、もう大丈夫です」

 

ツグミはそう言うものの、少し歩いただけでふらついてしまうのは身体に力が入っていない証拠だ。

 

「なあ、少しは俺に頼ってくれよ。俺だっておまえの役に立ちたいと思っているんだぜ。だから遠慮なんてするな。…手、貸せ」

 

迅はツグミの手を引っ張ると、あっという間に彼女を横抱きにしてしまった。

 

「ひゃあ!?」

 

突然抱き上げられてしまったものだから、ツグミは驚いて暴れる。

 

「下ろしてくださいっ!」

 

「待て、ちょ、ちょい暴れるな! 腕が折れる!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

迅に怪我をさせてはなるまいと、ツグミはおとなしくなった。

すると迅は失笑してしまう。

 

「なんて、嘘。今はトリオン体だからおまえがいくら暴れたところで何の問題もない」

 

「ええっ!? ジンさん、わたしを騙したの?」

 

「ああ。ほら、俺の顔を良く見てみろよ。生身の時より男前だろ?」

 

ニンマリ顔で言う迅に、ツグミは顔を真っ赤にして言い返した。

 

「男前というのはイケメンっていう意味じゃなくて男気があるって意味の方です。今のジンさんはタダのヘンタイにしか見えません!」

 

「ヘンタイはひどいな…。おまえが訓練場で倒れた時、その場にいた東さんがこうやっておまえを抱えて医務室まで全力疾走したらしいが、おまえはその東さんもヘンタイ扱いする気か?」

 

「東さんが…?」

 

「そうだ。後でちゃんとお礼を言っておけよ。『東さんが女子をお姫様抱っこして廊下を全速力で走っていた』なんてウワサになって、ちょっとした騒ぎにもなったんだぞ」

 

「どうしよう…」

 

「まあ、その後正しい情報を流したから大丈夫。安心しろ」

 

「よかった…」

 

心から安堵するツグミ。

しかし問題は片付いていない。

 

「とにかく下ろしてください。こんな恥ずかしい格好を誰かに見られたら、今度はジンさんに変なウワサが立っちゃいますよ」

 

すると迅は平然と答えた。

 

「別に俺はかまわない。それよりおまえも早く下ろしてほしいならおとなしくしていろ。駐車場に着いたら下ろしてやるから」

 

「でも途中で ──」

 

「大丈夫。誰にも会わないって俺の未来視(サイドエフェクト)が言ってるから。さあ、行くぞ」

 

 

問答無用といった感じで、迅はツグミを抱えたままで医務室を出ようとすると、ドアの前に立ったタイミングでいきなりドアが開いた。

ドアを開けたのは忍田だった。

 

「……」

 

忍田は自分の目に入ったのが最愛の娘が迅に抱っこされている光景で、一瞬思考回路がストップしてしまった。

同時にツグミは自分の恥ずかしい姿を忍田に見られ、顔から火が吹き出しそうになる。

しかし迅はというとこのふたりの反応とは正反対だ。

 

「アハハ…この未来は見逃したかな?」

 

などとずいぶん暢気である。

むしろこうなることが視えていて嘘をついた可能性もなくはない。

 

「叔父さん、こ、これには事情があって…」

 

ツグミが言い訳をしようとするが、忍田は黙って迅たちが通れるように通路を開けた。

そして迅に言う。

 

「夜、玉狛支部へ顔を出す。林藤に伝えておいてくれ」

 

「了解しました」

 

忍田はツグミを迅に預け、それ以上は何も言わずに立ち去る。

それがツグミには嵐の前の静けさのように感じ身震いしてしまうのだった。

 

 

 

 

迅の運転する車で玉狛支部へ向かっているツグミだが、普段の彼女らしからぬ質問を迅にした。

 

「わたしがボーダー隊員を続けている未来がジンさんには視えますか? わたしはこれまでのように玉狛のみんなと一緒にいられますか?」

 

ツグミの問いに迅は少し迷いながら答えた。

 

「もちろん大丈夫だ…と言いたいところだが、並行しておまえが俺たちの前からいなくなる未来も視える」

 

「……」

 

「でもそれはいくつかある未来のひとつにすぎない。おまえ自身が選ばなければ、実現することのない未来だ」

 

「…そう、ですよね」

 

「なんだ、急に弱気になってきたようだな。いつものおまえなら自分の意思のチカラで不都合な未来なんて覆してやると息巻くのに」

 

「自分に自信がなくなっちゃったんです。ボーダー隊員としても、人間としても、このままでいいのかわからなくて…。わたしは自分が正しいと思うことをしているんですけど、やり方が間違っていたのかも、って」

 

「うん。そうかもしれないな。だがやり方が間違えていたというよりは、限度を超えたことに問題があると俺は思う。自分の健康に気を配らなくてぶっ倒れたことが悪い」

 

「……」

 

「もちろんおまえの『みんなのために』という気持ちはわかる。…が、おまえが仲間たちのことを大事に思うように、俺やみんなも同じようにおまえのことを大事に思っているんだ。それにメガネくんと遊真と千佳ちゃんが脇目も振らずに近界(ネイバーフッド)遠征を目指すことができるための代償がおまえの健康であるというなら気に病むに決まっている。特にメガネくんが心を痛めるぞ」

 

「オサムくん、が?」

 

「ああ。メガネくんとおまえはそっくりな部分がある。自分がそうすべきだと思ったことからは絶対に逃げないし、自分のことより他人のことに重きを置く利他主義者。それでいて独善的なところがあって、目を離すと何をするのかわからない。おまえにも心当たりがあるだろ?」

 

「…はい」

 

「彼がボーダーに入隊しようと決めたのは千佳ちゃんのためだ。入隊試験の成績は合格ラインを超えたが、トリオン能力の低さで落とされてしまった。だが諦めきれずに、上層部に直談判しに行こうとしてペンチで有刺鉄線を切断し警戒区域に無断で侵入。その時にトリオン兵に襲われかけた。まったく無茶するよな。俺がそこに居合わせたからいいようなもの、そうでなければバムスターに食われていただろう」

 

それはツグミの知らなかった修の過去の話であった。

それを聞いて、ツグミは探していたパズルの最後のピースのひとつが見つかった気がした。

 

「トリオン能力の低いオサムくんが入隊できたことにずっと疑問を持っていたんです。上層部に影響力のある誰かが彼に肩入れしていたんだろうなって思っていたんですけど、やっぱりジンさんだったんですね。あなたが城戸司令に『彼はトリオン能力など関係ない別の部分でボーダーの役に立つ。俺の未来視(サイドエフェクト)がそう言っている』とか言って助け舟出したんじゃないですか? 彼が入隊した後もあなたは何かと後押ししてましたから」

 

「そのとおり。メガネくんがいたから遊真と出会うことができたわけだし、遊真がいたからこそアフトクラトルの大侵攻も押し留めることができた。メガネくんがいなければ千佳ちゃんがボーダーに入隊することもなく、下手をすれば民間人としてアフトクラトルに連れ去られていたかもしれない。民間人の犠牲者が出れば、ボーダーは市民の支持を得られなくなってしまうだろう。そういうわけで彼は地味に重要人物なんだよ。もしメガネくんとおまえの立場が入れ替わっていたとしたら、おまえは彼と同じことをしただろ? そしてトリオンの使いすぎでぶっ倒れたメガネくんを見て自分を責めるに決まっている。違うか?」

 

「…はい」

 

「それがわかっているなら、今後どうすればいいのかはわかるはずだ。まあ、しばらくの間は何もできないし、監視を任されているからには俺がバカなことは絶対にさせない。…まあ、ひとまず『反省してます。もう無茶はしません』って顔をしておけよ。忍田さんが玉狛に来た時には俺も一緒に謝ってやるから」

 

「わかりました。でも近いうちに新たな近界民(ネイバー)の侵攻があるらしいから、わたしの監視なんてしている暇はないんじゃないですか?」

 

ツグミの言葉を聞いて、迅は一瞬顔がこわばった。

 

「その情報源は忍田さんか?」

 

「ええ、そうですけど」

 

すると迅は頭を抱えた。

 

「チッ…忍田さんにも困ったもんだ。とにかくおまえは何も心配しないで自分のことだけを考えていろ。いいな?」

 

「はい」

 

ツグミはそう答えたが不安が残った。

 

(あの様子だとわたしが新たな近界民(ネイバー)の侵攻について知ってしまったことがジンさんにとっては都合が悪いみたい。たぶん内緒にしておきたかったということだろうな…。わたしに知られたくなかったってことはどういう意味なんだろう? わたしが関わると未来に悪影響があるってことなのかな…?)

 

しかし迅の険しい表情がこの問題には触れるなと言わんばかりのものであったので、ツグミはモヤモヤした気分のまま黙り込んでしまった。

 

 

 







【ご注意】
コミックス20巻P120の「質問コーナー」で運転免許を持っている人の名前が出てきますが、その中に迅の名はありません。
つまり原作では彼は免許を持っていないということですが、本作品の迅は普通免許を持っていることにしています。
そうしないとツグミとふたりきりでお出かけできなくなってしまうからです。
36話ではふたりが慰霊碑の前で話をするシーンがありましたし、今後もふたりきりで遠出をする話を載せる予定ですので「迅は普通免許を持っている」で通します。



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