ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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74話

 

 

夜、予告どおりに忍田が玉狛支部を訪問した。

それはツグミも覚悟していたことなのだが、なぜか唐沢と須坂まで同行していて、彼らは応接室へと案内された。

ツグミは夕食の時にレイジと小南と栞に散々叱られたばかりである。

いつものように小南がギャンギャン騒ぎ、栞が涙混じりで訴え、レイジが彼女たちを宥めながらもツグミに対して厳しく説教した。

もちろんそれはツグミのことを心配しての愛情ある「お叱り」であるから、彼女はレイジたちの気持ちを考えると申し訳なくてますます気落ちしてしまうのだ。

そのダメージが回復する間もなく、ラスボス的な面子が集合しているのだから彼女のHP・MP共にほぼゼロであった。

それでも自業自得であるからと気丈に対応するツグミ。

そんな彼女の様子を修たちは見守るしかなく、自分のことのように胸を痛めていた。

 

 

応接室ではツグミの正面に忍田、唐沢、須坂が3人掛けのソファに並んで腰掛け、彼女の右側と左側のソファには林藤と迅がそれぞれ座っている。

忍田たちが裁判官で、林藤が検察官、迅が弁護人という法廷のような席次で、ツグミは判決を待つ被告人であるかのようだ。

さらに彼女の後ろには不安そうな修と遊真と千佳と陽太郎が傍聴人のように見守っているから、ますます法廷の様相を呈していた。

 

「このたびは皆様に大変なご心配とご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

 

ツグミは立ち上がると最敬礼で詫びた。

そして迅も立ち上がり、彼女と同様に頭を下げる。

 

「彼女がこうなることをわかっていて止めなかった俺にも責任はあります。申し訳ありませんでした」

 

そしてふたりがずっと頭を下げ続けていると、忍田が声をかける。

 

「気持ちはわかったから、ふたりとも頭を上げて座りなさい」

 

ツグミと迅がその言葉に従うと、今度は忍田と唐沢と須坂と林藤が一斉に立ち上がってツグミに深々と頭を下げた。

さらにそれぞれが詫びの言葉を口にする。

 

「おまえには公私共に無理をさせてしまったな。悪かった」

「おれもきみに手伝ってもらうことに慣れきってしまっていたようだ。すまなかった」

「きみの優しさにつけ込んで儂はワガママばかり言っておった。すまなかったね、ツグミくん」

「俺もおまえのことを放任しすぎていた。すまねえ」

 

「え? ええっ!? 何で皆さんが謝るんですか!?」

 

叱られるとばかり思い込んでいたものだから、ツグミは混乱してしまう。

 

「あの、皆さん頭を上げてください! 今回のことはすべてわたしが自分の意思で判断して行動したのであって、皆さんが謝る必要なんてありません!」

 

予想外の展開にツグミはあたふたするが、ツグミという平隊員に対してボーダーの本部長と外務・営業部長と大口のスポンサーと直属の上司が同時に頭を下げて謝罪しているという光景は修たちにとって衝撃的なものである。

修などは自分のことではないというのに冷や汗をかいており、千佳は自分がこの場にいていいのかわからずオロオロしていて、遊真はまったく状況がわかっていない様子である。

 

「とにかく皆さん座ってください! これからご説明しますから」

 

ツグミは必死になって忍田たちを宥め、ひとまず全員が着席した。

そしてツグミが事情を説明するが、トリオン体について知識のない須坂と修たちにはいくつか疑問が残っていた。

 

「ツグミくん、つまりきみのトリオン能力が高いということは理解できたが、そんなきみがなぜ1週間も戦えないようなことになってしまったのかね?」

 

須坂に訊かれて、ツグミは素人にもわかりやすいように説明をした。

 

「トリオン能力には個人差がありますが、能力の高い人をバスタブ、低い人を洗面器に例えましょう。休息することで使用したトリオンは回復しますが、それを水道の蛇口から出る水だと思ってください。バスタブと洗面器、どちらも空になっている状態でそれぞれに注ぐ蛇口を同時に開けます。すると洗面器はすぐに満タンになりますが、バスタブだと満タンになるまで時間がかかります。それと一緒です。トリオンは一定量溜まらないと換装することすらできません。武器(トリガー)を生成するためにはもっとたくさんのトリオンが必要になります。仮に満タンの量の2割溜まったところで換装できるようになるとしても、トリオン能力に差があれば換装できるタイミングが全然違うのはおわかりになりますよね?」

 

須坂は大きく頷いた。

 

「わたしは毎日の生活の中で、回復するトリオン量よりも多くのトリオンを消費していたことに気付かずにいて、これ以上使おうとすると生命維持に支障が出るほどにまでトリオン器官を酷使してしまったのです。わたしは生まれつきトリオン器官が他の人よりも優れていたようで、意識して鍛えていましたから、まだ余裕でイケるという気持ちでいました。トリオン切れというのも過去に一度しか経験していません。それも4年半も前の第一次近界民(ネイバー)侵攻の時で、先の大規模侵攻でもトリオン切れになりませんでしたからから、すっかり失念していました。たぶんあの頃からトリオンの回復が追いつかずに少しずつ低下していて、とうとう限界が来てしまったということです」

 

「なるほど…」

 

須坂が頷くと、修たちも頷いた。

 

「おまけに日常的に睡眠不足であり、不規則な生活を送っていたことによって体調を崩していたにもかかわらず、疲労感が麻痺してしまっていたことで身体が悲鳴を上げていたことに気付きもしませんでした。健康管理は自己責任ですから、皆さんが頭を下げる理由なんてありません。今回の件はすべてわたし自身の注意不足によるものです。これからはこのようなことが二度とないように十分に注意したいと思います」

 

ツグミはそう言ってもう一度頭を下げた。

その態度と言葉から本人が心から反省しているようなので、誰も彼女を責めるようなことはしない。

さらに忍田たちは彼女のことを心配し、自分たちに責任があるかのように思っているから、ツグミは申し訳ないとさえ感じてしまっている。

むしろツグミ本人は叱られたり責められた方が気は楽だっただろう。

 

「それでこれからどうするつもりだ?」

 

林藤に訊かれ、ツグミは答えた。

 

「ドクターからランク戦出場禁止を言い渡されています。少なくともRound5とRound6は不参加確定です。換装もできない状態ですから防衛任務にも就けませんし、玉狛支部(ここ)でしばらくおとなしくしているしかなさそうです。厳しい監視の目もありますから」

 

そう言って迅の顔を見ると、迅が説明する。

 

「はい。俺が責任をもって彼女を監視します。先ほど玉狛支部内で当番制となっている食事の支度や掃除などの分担は彼女抜きでスケジュールを組み直しましたし、俺の助手として陽太郎に役割を与えました。俺が留守をしている時にはこいつが片時も離れずにいることになりましたから、勝手なことはできません。24時間体制で監視しますからご心配なく」

 

「おまかせあれ。おれがかんしをするのだから、ツグミにはむちゃなことはさせない」

 

陽太郎が自信満々といった顔で言う。

 

ツグミがレイジたちに叱られた後、皆で相談をしてツグミが復帰するまで彼女抜きで玉狛支部の雑務をやっていこうと決めたばかりである。

これにはツグミを除く全員が賛成し、支部長命令で彼女は従わざるをえなくなった。

彼女に許されたのは隊員たちが留守をしている日中に自分と陽太郎とヒュースの昼食を作ることと、自分の部屋の掃除と衣類の洗濯だけである。

もちろん毎朝の稽古も禁止されている。

これまでの彼女の日常と比べたらとても窮屈であるが、これも彼女を思いやる仲間たちの愛情のカタチである。

 

「そういうことなら儂らは何の心配もいらぬということだな。ということであれば儂らはそろそろ帰るとしようか。彼女にストレスを与えるのも健康に良くないからなあ」

 

須坂がそう言って席を立つと、唐沢も同様に立ち上がる。

 

「須坂会長、ご自宅までお送りします。…ツグミくん、こちらのことは気にしないでゆっくり静養してくれ。『ボーダー・タイムズ』の件は日下に言って延期してもらうことにした。元気になったら取材協力を頼むよ」

 

須坂と唐沢は連れ立って応接室を出て行った。

 

「では私も ──」

 

忍田が立ち上がると、林藤が彼を制した。

 

「待て、忍田。おまえは俺の部屋に来い。ちょっと付き合え」

 

林藤が口の前で指をお猪口に見立ててクイッと傾けるジェスチャーを見せる。

一緒に酒を飲もうという意味だ。

忍田はどうしようか迷うが、この誘いが()()の厚意であるとして素直に承諾した。

 

「ああ、わかった。久しぶりにおまえと酒を酌み交わすのも悪くはない」

 

林藤と忍田も応接室を出て行く。

 

「それじゃぼくたちもこれで失礼します」

 

修が遊真と千佳を連れて出て行こうとすると、迅が彼らに声をかけた。

 

「俺が車でメガネくんと千佳ちゃんを送って行ってやる。遊真と陽太郎はツグミを部屋まで連れて行ってくれ。頼んだぞ」

 

「りょーかい。行こう、きりしな先輩」

「いくぞ、ツグミ」

 

「うん…」

 

ツグミは陽太郎と遊真に手を引かれ、自分の部屋へと戻って行く。

そして部屋のドアの前でふたりに言われた。

 

「おれはあしたからツグミにおこされなくてもひとりでおきるようにする。きがえもじぶんひとりでできる。だからえんりょなくやすめ。あさはゆっくりとねていろ」

 

「おれはレイジさんの手伝いをすることにした。…といってもみんなの弁当を詰めるくらいだな。きりしな先輩みたいには上手くは作れないけど、これで先輩の手をわずらわせないですむはずだぞ。勉強も前みたいにオサムに教えてもらうことにするから、先輩は自分のことだけ考えてくれ」

 

陽太郎と遊真がそれぞれ自分にできることをやろうという気持ちが嬉しくて、ツグミは涙目になってしまう。

 

「ふぁ~」

 

その涙をふたりに見られなくて、大きなあくびをして誤魔化した。

 

「なんだか疲れて眠くなっちゃった。明日の朝のことはふたりにお任せしてゆっくりと休ませてもらうわね。じゃ、おやすみなさい」

 

ツグミは眠い目をこする仕草をしながらドアを開けて自分の部屋の中へ入って行く。

そしてひとりになると溢れ出してくる涙を両手で拭ったのだった。

 

 

 

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