ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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75話

 

 

その頃、支部長室では上着を脱ぎネクタイを緩めてオフモードになった林藤と忍田が向かい合ってソファに深々と腰を下ろしていた。

テーブルの上にはレイジの作ったスモークサーモンとカマンベールチーズのカナッペ、きゅうりのピクルス、チョコレートと数種類のナッツの盛り合わせといった酒のツマミが置いてある。

()()()()()()が視えていた迅はレイジに前もって用意しておくよう頼んでおいたのだ。

林藤は私物用の戸棚から秘蔵のウイスキーのボトルを取り出して、テイスティンググラスにトワイスアップをふたつ作る。

トワイスアップはウイスキーの香りを楽しむのに最適な飲み方で、常温のウイスキーと水がウイスキーの個性を引き出す林藤の好きな飲み方だ。

そして忍田にグラスをひとつ手渡すと、ふたりはグラスを軽く持ち上げて乾杯した。

 

「俺たちの娘が大事に至らずに済んだことを祝って」

「私たちの娘がこれからも無事でいられることを祈って」

 

「「乾杯」」

 

林藤と忍田は琥珀色の酒を味わうようにひと口飲むと、しばし目を閉じてその余韻を楽しんだ。

 

「やっぱり城戸さんも連れて来てやれば良かったかな…」

 

林藤がひとり言のようにボソリと言う。

 

「本部司令が一隊員、それも玉狛支部の隊員のことでわざわざ足を運ぶなんてことが他の隊員たちに知られたら騒ぎになるって遠慮していたが、あの人も俺たちと同じくらいツグミのことを心配してんだよ」

 

「ああ、わかっている。なあ、ツグミが倒れたと知った時の城戸さんの顔、覚えているか? 血の気が失せて真っ青になっていた。大規模侵攻の時ですら表情変えずに淡々と己の役目を果たしていたというのにな。それだけショックだったのだろうが、それを悟られまいとして毅然としていた。私なんて心臓が止まりそうで立ち上がることさえできなかったというのに」

 

「そりゃ仕方がないだろ。あの人には本部司令って立場があるからな。俺だってあん時は寿命が縮まった気がしたぜ。…にしてもぶっ倒れるまでトリオンをすり減らしていたなんて、毎日顔合わせてたのにまったく気付きもしなかった。あいつにはホントに悪いことしちまった」

 

「それなら私も同罪だ。ツグミがB級ランク戦に参加するようになってからは本部に来る回数も増えて、顔を合わせることも多くなったというのに異変に全然気付けなかった。いや、むしろおまえと同じで頻繁に会うようになったからこそ気付きにくくなっていたのかもしれない」

 

忍田はツグミと一緒に初詣に出かけた際に「(ツグミ)がもっと本部に来ますように」という願掛けをしていた。

その願いは叶ったわけなのだが、それが逆に彼女の変容に気付けなくなる原因となってしまったことにもなる。

もっとも願掛けなどせずとも、ツグミはB級ランク戦に参加したのだから気にすることはないのだが、忍田にとっては自分のせいだと考えて気落ちしてしまうのだ。

そして黙りこくったまま考え込んでしまった。

 

「忍田、自分を責めるなよ。そんなことすればまたツグミが自分のせいだってふさぎ込むぞ」

 

「いや、そうではない。ちょっと引っかかることがあってな…。なあ、おかしいと思わないか? トリオンが足りなくて換装できないという状況はツグミだけでなく他の隊員でもごくたまにあることだ。昔、慶が遠征先で暴れまくってトリオン切れになったことがあったが、換装できなくなっても意識を失って倒れるなどということにはならなかったぞ」

 

「ドクターの説明だとツグミは日常的にトリオン器官を酷使していたことで他の器官にも悪影響を与え、これ以上トリオン器官を使えば生命維持に関わるとして身体の機能がシャットダウンしてしまったってことだからな、単純にトリオンを使い果たした太刀川の時とは違うだろ」

 

「それはそうなんだが…あの時のようにまた何かあるのではないかと考えてしまってな」

 

忍田の言う「あの時」とは第一次近界民(ネイバー)侵攻の直後にツグミが倒れた時のことである。

今回同様に丸一日目が覚めず、原因がわかったのは数日後だった。

そして原因がトリオン器官の酷使と判明したのだが、同時に彼女の身体に異変が起きていたことも発覚したのだ。

 

「あの時の、って…それはあいつが突然トリオン体でできているものを検索(サーチ)できるようになったってアレだろ? 今回も新しい能力が目覚めるんじゃないかって言うなら、歓迎することはあっても心配することはないだろ」

 

忍田には何か思い当たる節があるのか眉を顰めた。

 

「だが必ずしも良い効果が現れるとはかぎらない。それにツグミにだけあのようなことが起きるのはやはりあの子が ──」

 

「そんなことはないさ。あいつはちょっとトリオン能力が高いだけの()()()娘だ」

 

林藤は忍田の言葉を遮った。

 

「とにかく精密検査の結果は数日中に出るんだし、今のところ本人も身体の変調を訴えてもいない。これまでと少しも変わらないさ。それに何かあるとすれば迅には未来視(サイドエフェクト)で視えるはずだ。何も言わねえってことは特に心配することもないってことだろ」

 

「あ、ああ…」

 

林藤にそう言われても忍田の不安は消えない。

 

「おまえはツグミのことになると異常なほど心配性だからな。これでも飲んで頭を冷やせ」

 

林藤は忍田のためにオン・ザ・ロックスを作って勧めた。

 

「あんまり心配すると白髪が増えるぞ。そんでツグミに白髪抜いてもらおうってか?」

 

「そんなつもりはない」

 

冗談を言って場を和まそうとする林藤だが、忍田は心に余裕がないものだから効果はない。

 

「それにな、あれだけおまえにべったりだったツグミが親離れできたというのに、おまえがいつまでも子離れできねえなんて情けねえぞ」

 

「……」

 

「そりゃおまえの気持ちがわからないでもない。織羽さんと美琴さんが命懸けで守った大切な娘を託されたんだからな」

 

林藤の言う織羽(オリバ)と美琴(みこと)というのはツグミの両親の名で、家族3人でドライブをしていた時に事故が起き、織羽と美琴は車外に放り出されて死亡し、後部座席でシートベルトをしていたツグミはほぼ無傷で助け出されたと()()()()()()()()()()

 

「美琴姉さんの『ツグミをお願い』という最期の言葉が今でも耳から離れずにいる。だから私はツグミが無事に成人し、結婚するのを見届けねばならないんだ」

 

「成人といったらまだ4年も先のことだぞ。それに結婚するのを見届けるって…どんだけ親バカ続けんだよ?」

 

呆れ顔で言う林藤。

だが忍田の気持ちが痛いほど良くわかるからそれ以上は突っ込まないことにして話題を変えた。

 

「それはそうと、例の件だが迅の言っていた『ツグミを戦力として考えないでほしい』というのはこういう意味だったんだな」

 

「ああ。迅はツグミがこうなることを知っていて止めなかったわけだが、どうせ忠告したところで防衛任務を減らしたり、唐沢さんの手伝いを自粛するわけはないと考えたんだろう」

 

「だな」

 

「ということは、ツグミが現場復帰できない1週間以内に()()()可能性が高い、ということか」

 

忍田たちは近界民(ネイバー)侵攻対策会議で迅から「ツグミは戦力として考えないでほしい」と言われていた。

今回の近界民(ネイバー)侵攻対策は捕虜となった元・(ブラック)トリガー使いのエネドラから得た「新たに近界(ネイバーフッド)からの攻撃が予測される」という情報が始まりである。

レプリカの残した軌道配置図によると、まもなく3つの惑星国家がこちらの世界と接近する。

エネドラによるとこのうちの「ガロプラ」及び「ロドクルーン」のふたつがアフトクラトルと従属関係にあるという。

近界民(ネイバー)の侵攻理由や襲撃の手段等に関しては迅にもわからない部分が多く、ボーダー本部や市内を毎日歩き回っていたのだが未だに人的被害が出るような未来は視えていない。

そこで城戸は今回の迎撃作戦は可能なかぎり対外秘として行うという指示を出した。

大規模侵攻からまだ日も浅く、この短期間で再度侵攻されるとなれば市民の動揺がぶり返す恐れがあり、ボーダーに対する風当たりが強くなればアフトクラトル遠征計画に支障が出るかもしれないからである。

市民には襲撃があったことすら気付かせないことが望ましいということで、ボーダー内部でも情報統制がされていた。

よって近界民(ネイバー)侵攻が起きるということ自体、ごく一部の隊員にしか知らされていない。

 

「迅の話では民間人に被害が出る恐れはほぼゼロということだから、ツグミの手を借りるまでもないだろう。今回はあいつに一切知らせず侵攻などなかったってことにしておけばいい。あいつは自分が役に立てなかったと知れば自己嫌悪に陥るからな。どこまで隠せるかわからねぇが ──」

 

林藤がそう言うと、忍田は頭を抱えた。

 

「すなない。ツグミはもう知っている。以前に私が話してしまった」

 

「はあ? …ったく、本部長ともあろう者が迂闊に機密情報漏らすなよな。まあ、こんなことになるとは想像もしていなかったんだから仕方ねぇか」

 

林藤は呆れ顔でトワイスアップを飲み干した。

 

「おまえもずいぶん疲れているようだ。…そうだ、今夜は玉狛支部(ここ)に泊まっていけ。おまえの部屋はそのままにしてあるぞ」

 

「私の部屋、か…」

 

ボーダー本部基地が現在の場所の建てられる前には玉狛支部の建物が本部であった。

旧ボーダーのメンバーは玉狛支部にそれぞれ個室を持っており、城戸や忍田たちが去った後も彼らが「いつでも帰ることのできる場所」として林藤は手をつけずに残しておいたのだ。

 

「おまえもツグミのそばの方が安心して眠れるはずだ。どうせ昨日はちゃんと寝てないんだろ?」

 

「ああ。…そうだな、お言葉に甘えて今夜は世話になることにするよ」

 

「じゃ、おまえももっと飲め。今夜はとことんまで飲むぞ!」

 

林藤は新しくトワイスアップとオン・ザ・ロックスを作ると、再び忍田と乾杯をした。

 

忍田は元々酒が強くないというのに林藤とツグミの昔話で盛り上がったことでついつい深酒をしてしまい、久しぶりに正体をなくすほど酔ってしまった。

そして最後には歩くこともできなくなり、レイジに担ぎ上げられて()()()()()まで運ばれたのだった。

 

 

 

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