ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
迅から「後のことは頼んだ」と言われたツグミ。
(後のことって言われても…どこまで任されたものなのかな…?)
厨房で鍋用の野菜を切りながらツグミは考えていた。
(
ここ数日、迅や他の隊員たちが慌ただしくしており、よほどのバカでないかぎり「異変」に気が付いているはずである。
特に戦力にならないツグミ以外の防衛隊員がすべて出払っているとなれば、自分が行動するのは今日しかないと思うに決まっているのだ。
(でも、
弱気な自分を自身で奮い立たせようとするツグミ。
しかし迅が「ツグミが俺たちの前からいなくなる未来も視える」と言った以上、彼女の不安は拭い去れない。
この
もっとも迅は同時に「ツグミ自身が選ばなければ、実現することのない未来」であることも告げているのだが、心が弱った彼女には思考のすべてが悪い方にばかり傾いてしまうのだ。
「どうした、ツグミ?」
背後から林藤に声をかけられ、ツグミは振り向いた。
「え? …あ、はい。あの何かご用ですか?」
「心ここにあらずってカンジだな。そんなんで包丁なんぞ握ったら手ぇ切るぞ」
「…すみません」
「いや、謝ることじゃない。それよりもおまえらしくねぇな。やっぱランク戦が不戦敗ってのがショックなのか?」
ツグミは首を横に振って答えた。
「違います。…いえ、それも多少はありますが、やっぱりこれから起きる重大な事態に対して何の役にも立てないんですからへこみますよ」
「だが迅に言わせればおまえは端から戦闘要員として勘定に入ってないそうだから気にするな」
「ええ。ジンさんにはわたしがトリオンを使い果たして倒れ、ランク戦にも
「そうだな。今のおまえの役割は疲れて帰って来た連中に温かくて美味いものを食べさせてやることだ。それだって重要な役割だと俺は思うぞ。…ん?」
林藤がそこまで言ったところで彼の携帯電話のアラームが鳴った。
「…っと、どうやら動き出したようだな」
「動き出したって…
ツグミは陽太郎やヒュースに聞かれてはマズイといった感じで声をひそめて訊く。
「ああ、
「? …まさか…!?」
林藤の思わせぶりな言い方に、ツグミは「
「
「待て、ツグミ。ヒュースのことはしばらく様子見だ」
「どうしてですか!? ジンさんに
「それは大丈夫。こうなることは予測済みだ。さっきのアラームだって開発室のトリガー保管庫が開けられた合図だからな」
「はあ!? 何、暢気なことを言ってるんですか!? トリガーを盗まれた上に逃走を許したなんて本部に知れたら大変です」
ツグミは事態の大きさにうろたえるが、林藤はまったく動じていない。
「まあ、落ち着いて様子を見ようや。訓練用でもトリガーを起動すりゃ居場所はわかるし、おまえなら
「それはそうですけど…。それならすぐに屋上へ行って、そこから彼の行動を見張ります」
ツグミはそう言って厨房を飛び出していった。
(わたしが換装できるならすぐに追いかけて捕まえてやるのに…。今、
階段を息せき切って駆け上がると、屋上へのドアを勢い良く開けたツグミ。
日が沈んで周囲は暗闇の中にあり、普通の人間ならたったひとりの人間を探すなど不可能だが、彼女には支障はない。
特にトリオン体であれば発光して見えるので、むしろ暗い方が都合が良いくらいだ。
「どこ行ったのよ…?」
ツグミが意識を両眼に集中し、トリオン体を探す。
本部基地では既に戦闘が始まっており、屋上と地上にいくつものトリオン体が見えた。
「あっちは始まってるみたい…。ヒュースは……って、いた!」
ヒュースらしきトリオン体が河川敷を東の方角に向かってひとりで歩いている。
「ヒュースは見つかったか?」
屋上へやって来た林藤が暢気に訊く。
「ええ、ここから東に約400メートルの河川敷の道を歩いています。ちゃんと換装して。たぶん襲撃してきた人型
「迅にはヒュースの好きにさせてやれと言われてる。どう転ぶかわからねぇが、少なくともおまえがここで気を揉んでいても意味はない」
「それはそうですけど…」
「それよかあいつらがいつ帰って来てもいいようにメシの支度をしておけ。修たちが前回の敗戦を糧にどう立ち上がるか、心機一転の大勝負。レイジたちはおまえの分も戦ってくれてるんだ、帰って来たら精一杯労ってやろうや。な?」
ヒュースを放置しておくのは不安だが、林藤がここまで言うのだからとツグミは承知した。
「わかりました。ジンさんの
「それでいい。じゃ、戻ろうぜ。ここは生身にゃ堪えるぜ」
林藤は大げさに身震いをし、ツグミの背を押しながら屋上を後にした。
その時、ふたりともヒュースのことは頭にあったが、陽太郎のことはすっかり忘れていたのだった。
◆◆◆
ヒュースが玉狛支部を出る少し前、本部基地内で待機していた迅は敵 ── ガロプラが動き出したことを察した。
ガロプラは本部基地を襲撃することを目的としているのだということもはっきりと視えていた。
すでに迅の
B級ランク戦・夜の部に出場する上位3
彼らにはできる限り知らせることなくランク戦を開催し、C級隊員の観客についても知らせないことにした。
逆に会場警備の風間隊及び解説の出水と時枝には伝えておき、隊員が敵に襲撃されるようなことになれば、最悪ランク戦を中止して戦闘に参加することとなる。
そしてガロプラによる本部基地襲撃は開始された。
本部の北東方向から多数のトリオン反応があり、陽動の可能性を考慮して西と南に1部隊ずつ残し、それ以外の
屋上には当真や奈良坂といった
射程距離に入ったところで狙撃を開始した。
敵は人型トリオン兵・アイドラ。
的が小さい上に
そこに嵐山や諏訪たち
しかし屋上に犬型トリオン兵・ドグ が転送され狙撃班は混乱するが、木崎・荒船両武闘派
ただし狙撃班の援護がなくなることで地上の部隊は一旦退くこととなってしまう。
その混乱の中、人型
◆◆◆
陽太郎の姿が見えないことに気が付いたのは、ヒュースが玉狛支部を出て行って30分以上も経った後だった。
自分の部屋で雷神丸と一緒に寝ているのだと思っていたのでツグミたちは放っておいたのだが、実際には彼女たちが屋上でヒュースの様子を見守っている間にこっそり出て行ったらしい。
いちおう陽太郎はツグミと林藤を探したのだが、屋上までは行かずに「ヒュースがいなくなってしまった。ツグミと林藤はヒュースを探しに行った」のだと思い込んで外へ出てしまったのである。
「
「う~ん…」
「悩んでいる暇なんてありません! どうせジンさんに何か言われているんでしょうけど、5歳児が夜間に出歩いているんですよ!人型
ツグミの言い分はもっともである。
それに林藤が陽太郎を探しに行くのを渋っているのには理由があることはわかっていても、自分が探しに行けない歯がゆさもあってつい声を荒らげてしまうのだ。
「…わかったよ。俺が探しに行く」
そう言うと林藤は上着のポケットからトリガーホルダーを取り出すと換装した。
現役を離れてしばらく経つが、彼は忍田と肩を並べるほどの実力者である。
この非常時であれば彼も立ち上がらざるをえない。
そもそもトリガーホルダーが手元にあったということは、これも迅の
「陽太郎のことは俺に任せておけ。だからおまえは絶対に
「はい、わかっています。すべてが終わったら事情は全部ジンさんから聞かせてもらいますから。…お気を付けて、いってらっしゃい」
ツグミは不安を抱えたまま、林藤を見送ったのだった。