ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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78話

 

 

迅から「後のことは頼んだ」と言われたツグミ。

 

(後のことって言われても…どこまで任されたものなのかな…?)

 

厨房で鍋用の野菜を切りながらツグミは考えていた。

 

近界民(ネイバー)が攻めて来るとなればヒュースが何らかの行動に出るはず。あれだけアフトクラトルに帰りたがっているんだから、襲撃してくる近界民(ネイバー)とはなんらかの形で接触して帰る手段を見つけようとするに決まってる。アフトクラトルと友好関係のある国であれば連れて行ってもらえるだろうし、そうでなくても取引したり強引に遠征艇を奪取するという方法もある。このチャンスを彼が見逃すはずがないわ。絶対に玉狛支部(ここ)を抜け出そうとして何か行動する。やっぱり彼には目の届く場所にいてもらって…、いや、ヨータローが見張ってくれているからそれは大丈夫か)

 

ここ数日、迅や他の隊員たちが慌ただしくしており、よほどのバカでないかぎり「異変」に気が付いているはずである。

特に戦力にならないツグミ以外の防衛隊員がすべて出払っているとなれば、自分が行動するのは今日しかないと思うに決まっているのだ。

 

(でも、支部長(ボス)だって今日がどんな日かわかっているはずなのに、どうしてヒュースを街へ連れ出したんだろ? ヒュースに()()を促すためっぽいんだけど…。それとも試したのかな? なんか企んでそう…。いつもならジンさんはわたしにだけは全部話してくれるのに、今回は全部蚊帳の外ってカンジ。やっぱりバカなことをしていざという時に役に立たないわたしなんてもう必要とされていないのかも。…いや、そんなことはない! ジンさんはわたしの味方だって言ってくれたもの。ジンさんの言葉を疑っちゃダメ。いつだってわたしのそばにいてわたしを…わたしの存在を認めてくれるジンさんだもの、今回のことだってちゃんと意味があってやってることなのよ)

 

弱気な自分を自身で奮い立たせようとするツグミ。

しかし迅が「ツグミが俺たちの前からいなくなる未来も視える」と言った以上、彼女の不安は拭い去れない。

この近界民(ネイバー)侵攻がきっかけで「俺たちの前からいなくなる=ボーダーを去る」ことにもなりかねないのだから。

もっとも迅は同時に「ツグミ自身が選ばなければ、実現することのない未来」であることも告げているのだが、心が弱った彼女には思考のすべてが悪い方にばかり傾いてしまうのだ。

 

「どうした、ツグミ?」

 

背後から林藤に声をかけられ、ツグミは振り向いた。

 

「え? …あ、はい。あの何かご用ですか?」

 

「心ここにあらずってカンジだな。そんなんで包丁なんぞ握ったら手ぇ切るぞ」

 

「…すみません」

 

「いや、謝ることじゃない。それよりもおまえらしくねぇな。やっぱランク戦が不戦敗ってのがショックなのか?」

 

ツグミは首を横に振って答えた。

 

「違います。…いえ、それも多少はありますが、やっぱりこれから起きる重大な事態に対して何の役にも立てないんですからへこみますよ」

 

「だが迅に言わせればおまえは端から戦闘要員として勘定に入ってないそうだから気にするな」

 

「ええ。ジンさんにはわたしがトリオンを使い果たして倒れ、ランク戦にも近界民(ネイバー)との戦いにも出られないという未来が視えていたようです。止めても無駄だから教えてなかったと言われました。まあ、わたしがいなくても問題がないということなんでしょうから、みんなが無事に帰って来るのをここでおとなしく待っているしかありません」

 

「そうだな。今のおまえの役割は疲れて帰って来た連中に温かくて美味いものを食べさせてやることだ。それだって重要な役割だと俺は思うぞ。…ん?」

 

林藤がそこまで言ったところで彼の携帯電話のアラームが鳴った。

 

「…っと、どうやら動き出したようだな」

 

「動き出したって…近界民(ネイバー)ですか?」

 

ツグミは陽太郎やヒュースに聞かれてはマズイといった感じで声をひそめて訊く。

 

「ああ、近界民(ネイバー)っちゃあ近界民(ネイバー)だな」

 

「? …まさか…!?」

 

林藤の思わせぶりな言い方に、ツグミは「近界民(ネイバー)」が誰なのか察して慌てた。

 

支部長(ボス)、ヒュースが何かしようというなら早く止めなきゃ」

 

「待て、ツグミ。ヒュースのことはしばらく様子見だ」

 

「どうしてですか!? ジンさんに蝶の楯(ランビリス)を取り上げられていますけど、もし開発室からボーダーのトリガーを盗み出したりしたら厄介なことになります。いくら訓練用のトリガーといっても彼の腕前ならB級隊員くらい簡単に蹴散らしますよ。ワンコどころか狼になって暴れでもしたら始末に負えません」

 

「それは大丈夫。こうなることは予測済みだ。さっきのアラームだって開発室のトリガー保管庫が開けられた合図だからな」

 

「はあ!? 何、暢気なことを言ってるんですか!? トリガーを盗まれた上に逃走を許したなんて本部に知れたら大変です」

 

ツグミは事態の大きさにうろたえるが、林藤はまったく動じていない。

 

「まあ、落ち着いて様子を見ようや。訓練用でもトリガーを起動すりゃ居場所はわかるし、おまえなら強化視覚(サイドエフェクト)で動きは丸見えだろ」

 

「それはそうですけど…。それならすぐに屋上へ行って、そこから彼の行動を見張ります」

 

ツグミはそう言って厨房を飛び出していった。

 

(わたしが換装できるならすぐに追いかけて捕まえてやるのに…。今、玉狛支部(ここ)には戦闘員が誰もいないのよ。支部長(ボス)も現役を退いてずいぶん経つし。ジンさんにはこの未来は視えていたんでしょ? なんで何もしないで様子見なの!?)

 

階段を息せき切って駆け上がると、屋上へのドアを勢い良く開けたツグミ。

日が沈んで周囲は暗闇の中にあり、普通の人間ならたったひとりの人間を探すなど不可能だが、彼女には支障はない。

特にトリオン体であれば発光して見えるので、むしろ暗い方が都合が良いくらいだ。

 

「どこ行ったのよ…?」

 

ツグミが意識を両眼に集中し、トリオン体を探す。

本部基地では既に戦闘が始まっており、屋上と地上にいくつものトリオン体が見えた。

 

「あっちは始まってるみたい…。ヒュースは……って、いた!」

 

ヒュースらしきトリオン体が河川敷を東の方角に向かってひとりで歩いている。

 

「ヒュースは見つかったか?」

 

屋上へやって来た林藤が暢気に訊く。

 

「ええ、ここから東に約400メートルの河川敷の道を歩いています。ちゃんと換装して。たぶん襲撃してきた人型近界民(ネイバー)を探して接触するつもりなんですよ。このまま彼を放っておく気ですか?」

 

「迅にはヒュースの好きにさせてやれと言われてる。どう転ぶかわからねぇが、少なくともおまえがここで気を揉んでいても意味はない」

 

「それはそうですけど…」

 

「それよかあいつらがいつ帰って来てもいいようにメシの支度をしておけ。修たちが前回の敗戦を糧にどう立ち上がるか、心機一転の大勝負。レイジたちはおまえの分も戦ってくれてるんだ、帰って来たら精一杯労ってやろうや。な?」

 

ヒュースを放置しておくのは不安だが、林藤がここまで言うのだからとツグミは承知した。

 

「わかりました。ジンさんの未来視(サイドエフェクト)を信じて待ちます」

 

「それでいい。じゃ、戻ろうぜ。ここは生身にゃ堪えるぜ」

 

林藤は大げさに身震いをし、ツグミの背を押しながら屋上を後にした。

その時、ふたりともヒュースのことは頭にあったが、陽太郎のことはすっかり忘れていたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

ヒュースが玉狛支部を出る少し前、本部基地内で待機していた迅は敵 ── ガロプラが動き出したことを察した。

ガロプラは本部基地を襲撃することを目的としているのだということもはっきりと視えていた。

すでに迅の未来視(サイドエフェクト)を頼りにいくつかの作戦を立案して対策を講じていたが、ここで本部基地防衛に決定する。

B級ランク戦・夜の部に出場する上位3部隊(チーム)と下位4部隊(チーム)、そして中位の玉狛第2・香取隊・柿崎隊の3部隊(チーム)は防衛任務に不参加。

彼らにはできる限り知らせることなくランク戦を開催し、C級隊員の観客についても知らせないことにした。

逆に会場警備の風間隊及び解説の出水と時枝には伝えておき、隊員が敵に襲撃されるようなことになれば、最悪ランク戦を中止して戦闘に参加することとなる。

 

そしてガロプラによる本部基地襲撃は開始された。

本部の北東方向から多数のトリオン反応があり、陽動の可能性を考慮して西と南に1部隊ずつ残し、それ以外の()の部隊は北東に集中する。

屋上には当真や奈良坂といった狙撃手(スナイパー)で構成された狙撃班が待機。

射程距離に入ったところで狙撃を開始した。

敵は人型トリオン兵・アイドラ。

的が小さい上に(シールド)を重ねるといった連携をするものだから、狙撃班は手を焼いていた。

そこに嵐山や諏訪たち銃手(ガンナー)部隊が地上から狙撃班を援護した。

しかし屋上に犬型トリオン兵・ドグ が転送され狙撃班は混乱するが、木崎・荒船両武闘派狙撃手(スナイパー)が撃退。

ただし狙撃班の援護がなくなることで地上の部隊は一旦退くこととなってしまう。

その混乱の中、人型近界民(ネイバー)が行動を開始したことで状況が大きく変わったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

陽太郎の姿が見えないことに気が付いたのは、ヒュースが玉狛支部を出て行って30分以上も経った後だった。

自分の部屋で雷神丸と一緒に寝ているのだと思っていたのでツグミたちは放っておいたのだが、実際には彼女たちが屋上でヒュースの様子を見守っている間にこっそり出て行ったらしい。

いちおう陽太郎はツグミと林藤を探したのだが、屋上までは行かずに「ヒュースがいなくなってしまった。ツグミと林藤はヒュースを探しに行った」のだと思い込んで外へ出てしまったのである。

 

支部長(ボス)、早くヨータローを探さないと! ヒュースはともかくヨータローが心配です!」

 

「う~ん…」

 

「悩んでいる暇なんてありません! どうせジンさんに何か言われているんでしょうけど、5歳児が夜間に出歩いているんですよ!人型近界民(ネイバー)がいるかもしれないとかの話ではなく、車にはねられたりとか誰かに誘拐されたりでもしたら大変です。それにヨータローのトリオン量ならこの前のC級みたいに近界(ネイバーフッド)へ連れて行かれるかも。そうなったらどうするんですか!? ジンさんの未来視(サイドエフェクト)でヨータローに何もないと言われていたとしても、ジンさんだって見逃す未来はあるんですから絶対に大丈夫とは言い切れません!」

 

ツグミの言い分はもっともである。

それに林藤が陽太郎を探しに行くのを渋っているのには理由があることはわかっていても、自分が探しに行けない歯がゆさもあってつい声を荒らげてしまうのだ。

 

「…わかったよ。俺が探しに行く」

 

そう言うと林藤は上着のポケットからトリガーホルダーを取り出すと換装した。

現役を離れてしばらく経つが、彼は忍田と肩を並べるほどの実力者である。

この非常時であれば彼も立ち上がらざるをえない。

そもそもトリガーホルダーが手元にあったということは、これも迅の未来視(サイドエフェクト)による指示なのだろう。

 

「陽太郎のことは俺に任せておけ。だからおまえは絶対に玉狛支部(ここ)を出るなよ。屋上に出るのもダメだ。いいな、絶対だぞ」

 

「はい、わかっています。すべてが終わったら事情は全部ジンさんから聞かせてもらいますから。…お気を付けて、いってらっしゃい」

 

ツグミは不安を抱えたまま、林藤を見送ったのだった。

 

 

 

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