「千冬姉、話がある」
放課後の学食。他の生徒がいないこの時間に一夏と千冬は向き合う形でお互いに席に座る。
「草薙零香の――」
「せかすな。知りたいことは教えてやる」
紙コップに入ったコーヒーを一口すすると、千冬は一夏の知りたかったことを語りだした。
「一夏も気付いているだろうが、草薙零香はIS学園の第一期生の者だ」
「じゃあ、何で零香さんはここにいるんだ?」
「うむ。こっから先は国家機密に関わる話になる」
「国家機密? どう言うことだよ」
「草薙は……」
草薙零香が何故、IS学園に9年間もいるのか、国家機密に指定されているのか、その秘密が明かされた。
「草薙零香はISのコアを唯一解読に成功した者なのだ」
「え?」
一夏は啞然とした。
零香さんが、ISのコアの解読に成功した?
「待ってくれ、ISのコアって……」
「そうだ。未だに国家レベルで解析が続けられている品物だ。それを草薙は解読してしまったのだ。つまり、この世でコアを作り出せる者でもある」
そう。ISコアは今現在も解析がおこなわれている。
しかし、未だに誰一人としてその解析に成功していない。
「そのため、草薙はIS学園の卒業資格を永久剝奪され、このIS学園で9年間も暮らしている」
各国家上層部は草薙零香がISのコアが作れることは知っている。
しかし、日本はそのことを表には出していないため、各国は強く出ることはできないでいた。
喉から手が出るほど欲しい輩はごまんといる。そのため、IS学園は草薙零香の卒業資格を剝奪し、身柄を拘束したのだ。
「何だよそれ……」
「そうでもしないと、あちらこちらで誘拐や暗殺が起こる。それほどのことを草薙はしてしまったのだ」
もちろん、草薙零香はこの決定には既に承知している。
そして、彼女はこのIS学園でいくつかの権限を所有していた。
その一つがISの申請なしでの使用権限。教員と同じで申請書を提出することなく、ISをすぐさま使用することができる権限である。
「あんまりだろ……」
「致し方無いことなのだ」
「致し方無い……だと? 千冬姉はそれでいいのかよ! 一人の少女が――」
「そこまでにしとけ」
バンッ! テーブルを叩き、一夏が立ち上がる。
しかし、そんな一夏を千冬は一言で黙らせた。
「お前がどうこう言ったところで、結果は変わらない」
「っ」
「それも、草薙は承知の上だ」
IS学園から出ることを禁じられ、各国からその身柄を狙われた少女。
各国の干渉を受けないこのIS学園が唯一草薙零香が生きることができる場所であった。
「それより、気がかりなことがある」
千冬には一つ気がかりなことがあったのだ。
「一夏の部屋を指定したのは草薙だ。お前、あいつと何か接点があったか?」
「ん? どう言うことだよ」
「お前さんの部屋は元々は1025号室になる予定だった。だが、草薙がお前の部屋割を自分の部屋に変更さすように言ってきたのだ」
草薙零香はIS学園の卒業資格を剝奪され、その代わりにIS学園でのある程度の権限を手に入れた。
立ち位置としては、零香はIS学園の理事長の次に偉いらしい。つまり、千冬より偉いのだ。
「いや、ないが?」
また謎が増えた。
そもそも、何故一夏を強くするように仕向けているのかがわからない。
草薙零香は何故に一夏をそこまでするのか。
◇
「一夏!」
一夏が廊下を歩いていると、鈴が現れる。
「お疲れさま! はい、これ差し入れ! タオルと飲み物」
「鈴!」
そう言って、鈴はタオルと飲み物を手渡してくる。
「あ~。飲み物だけもらえるか? 今日訓練はやっていないから」
「そうなの?」
鈴は少し残念そうになるが、特に気にしていなかった。
「一夏さあ、やっぱりあたしがいなくなって寂しかった?」
「そりゃあ、遊び相手がいなくなるのは……」
「そうじゃなくて、ほら例えば」
にこにことしている鈴は、いつになく上機嫌で話を続けてくる。
「一夏~」
「零香さん!? 何でここに?」
IS学園の制服を着た零香が現れる。
零香の制服には学年を示すリボンは付けていなかった。
改めて見ると、鈴と殆ど身長が変わらない。
「近くを通りかかったから、迎えに来た」
「お、おう。じゃあ、少し待っていてもらえますか」
「ん。待っている」
「一夏……今のどういうこと?」
零香が先に行ってしまってから、さっきまでの上機嫌はどこへやら一転し不機嫌面を隠した引きつった笑みで鈴が訊いてくる。
「? ああ。俺の入学が特殊だったせいで、部屋を用意できなかったみたいでさ。今はあの先輩と同室なんだ」
「はあ!? それってあの子と寝食を共にしてるってこと!?」
「まあそうなるな」
「……だったらいいのね」
うつむき加減の鈴が何と言ったのか聞き取れず、一夏は耳を傾ける。角度の関係もあって、表情が見えない。
「ん? どうかしたか?」
「なんでもないわよ!」
いきなりガバッと顔を上げられて、一夏は驚いて身を引く。
そう言って、鈴は飛び出して行ってしまった。
「というわけでだから、部屋変わって」
寮の部屋、時刻は8時過ぎ。夕食も終わってくつろぐムードの一夏がお茶をいれていると、いきなり部屋に鈴がやってきた。