インフィニット・ストラトス 零ユートピア   作:ぬっく~

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第11話

「――という訳で、今日からわたしがここで暮らすから、部屋替わって」

 

「ヤダ」

 

「おーい、二人とも……。お茶入ったぞ~」

 

寮の部屋、時刻は八時過ぎ。夕食も終わってくつろぐムードの一夏がお茶を入れていると、いきなり部屋に鈴がやって来た。

 

「いやぁ……。草薙さんも男と同室なんて嫌でしょ? その辺あたしは平気だし、替わってあげようかと思って」

 

「別に大丈夫」

 

こんな感じでさっきから全然話が進まない。

 

「なぁ、さっきから気になってるんだが、もしかしてそのバッグ……私物全部入ってるのか?」

 

「そうだよ! あたしはバッグ一つでどこでも行けるからね」

 

「マジか……。相変わらずフットワークが軽いヤツだな」

 

相も変わらずフットワークの軽いやつだった。女子の中ではかなり鈴のは軽すぎた。

ちなみに、前にセシリアの部屋に招かれた時は一瞬どこかの高級ホテルかと思うほどだった。テーブル、椅子に至るまで全部特注品のインテリア。壁紙や照明まで替えているのには、かなり引いた。天蓋付きベッドなんかあり、同室の女子がすごく可哀想に思えたほどだ。

 

「ねぇ! 一夏も……あたしと一緒がいいよね?」

 

「え? あ……」

 

「む」

 

珍しく零香が頬を膨らませ、一夏の腕にしがみつく。

 

「話は変わって一夏……。昔した約束のこと、覚えてる?」

 

「約束……?」

 

急に顔を伏せて、ちらちらと上目遣いで一夏を見る。心なしか恥ずかしそうに見えるのはやっぱり気のせいなのだろうか。

 

「あ、あれのことか! 鈴が料理できるようになったら毎日酢豚を――」

 

「そう、それ!」

 

「奢ってくれるやつだろ?」

 

確か、小学校の頃にそんな約束をしたような気がする。

 

「…………はい?」

 

「だから、鈴が料理上手になったら飯をごちそうしてくれるって約束だろ? 小学校の時に約束したんだよな! いやぁ、俺の記憶力もなかなか……」

 

パアンッ!

 

「り、鈴……?」

 

いきなり頬をひっぱたかれた。いきなりのことで何が何だかよく分からなかった。ぱちくりと瞬きをすると、零香の眼が会う。

ゆっくり、ゆっくりと顔を戻す。次第に見えてくる鈴の姿。そこには、そうであって欲しくない光景が待っていたのだ。

肩を小刻みに震わせ、怒りに充ち満ちた眼差しで一夏を睨んでいる。しかも、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、唇はそれをこぼれないようにきゅっと結ばれていた。

 

「最っっっ低! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!! 犬に噛まれて死ね!!」

 

そこから鈴の行動は素早かった。床に置いていたバッグをひったくるように持って、ドアを蹴破らんばかりの勢いで出て行く。

バタンッ! という大きな音が響いて、やっと一夏は我に返った。

 

「……まずい。怒らせちまった」

 

「……一夏」

 

翌日、生徒玄関前廊下に大きく張り出された紙があった。

表題は『クラス対抗戦日程表』。

一回戦の相手は二組――つまり、鈴だった。

 

 

 

 

五月。あれから数週間たった今でも、鈴の機嫌は直らない。それどころか日増しに悪くなっている。

 

「こら! 聞いてるのか、一夏!」

 

放課後、第三アリーナで今日もまた訓練のために来ていた。

メンツはいつも通りの一夏、箒、セシリア。

 

「明日からアリーナは対抗戦の調整で使えないんだぞ。時間は限られてるんだ。ボーッとするな!」

 

「ああ、わかっている!」

 

「まあでも、操縦もようやく様になってきたな。これならきっと……」

 

「あら、できない方が不自然ですわ。何せわたくしが教えているのですから」

 

「中距離射撃型の戦闘法が役に立つものか。第一、白式には射撃装備は無い」

 

言葉を中断されたせいか、やや棘のある言葉で箒が告げる。

実際には射撃装備はある。セフィロトシステムの〈灼爛殲鬼(カマエル)〉である炎の戦斧に射撃装備へと切り替えることができるのだ。

セシリアみたいに精密射撃を得意するわけではなく、そこにある物を破壊するだけの殲滅兵器での方面が強い装備だった。

そのため、箒、セシリアの前では一度も使っていない。

 

「それなら篠ノ之さんの剣術訓練も同じでしょう。ISを使用しない訓練など、実に時間の無駄ですわ」

 

「なにを言う! 剣の道は“(けん)”! (けん)とは全ての基本において――」

 

「一夏さん! 昨日の無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)のおさらいをしましょう」

 

「だから無視をするな! 聞け! 一夏!!」

 

「なんで俺に言うんだよ!」

 

何か不条理なものを感じつつ、一夏は第三アリーナのAピットのドアセンサーに触れる。

 

「一夏!!」

 

「鈴!?」

 

ピットにいたのは、なんと鈴だった。腕組みをしてふふんと不敵な笑みを浮かべている。

 

「鈴……!? お前俺の事、避けてたんじゃ……」

 

つい昨日会ったときはまだ怒り心頭の様子だったはずだが……。

 

「貴様……どうやってここに!」

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」

 

「関係? はんっ。あたしは一夏の関係者よ。だから問題ナシね」

 

「な、何ですって!?」

 

「ほほう。どう言う関係か詳しく聞かせて貰おうか」

 

「盗人猛々しいとは、まさにこの事ですわね……!」

 

「とにかく、今はあたしが主役なの。脇役はすっ込んでてよ」

 

「脇役……」

 

「ですってぇ!?」

 

「……で、一夏。反省した?」

 

「は?」

 

「だから! 怒らせて申し訳ないとか、仲直りしようTか、色々あるでしょ!」

 

「いや、そう言われても、お前ずっと俺を避けてただろ。こっちは何が何やらサッパリ……」

 

「は? じゃあ何? 女の子が放っておいてって言ったら、何もせず放っておくわけ?」

 

「そりゃ普通そっとしとくだろ。それが何か変か?」

 

「変ってあんたねぇ……。いいからとにかく謝りなさいよ!

 

そのあまりに一歩的な要求には、一夏はうんとは言えない。別に頭を下げることに何の躊躇もないが、自分が納得いかないまま謝罪するのはお断りだった。

 

「なんでだよ! ちゃんと約束覚えてたじゃねぇか!」

 

「まだそんな事言ってんの!? 約束の意味が違うのよ! 意味が!!」

 

「意味って何だよ! 俺が悪いなら理由を説明してくれよ!」

 

「説明したくないからこうして来てんのよ! 気づきなさいよ!!」

 

「あったまきた……。どうあっても謝る気は無いのね?」

 

「当然だ! 自分が納得できないまま謝るうもりは無い!!」

 

「わかったわよ……。じゃあこういうのはどう?」

 

「来週のクラス対抗戦で負けた方は勝った方の言う事を何でも一つだけ聞く!」

 

「勿論あたしが勝ったら、一夏に謝ってもらうわ!」

 

「おう、いいぜ! 俺が勝ったら、理由を説明して貰うからな!」

 

「え、あ、だから、理由はその……」

 

何故か、一夏を指したままのポーズでボッと鈴が赤くなる。

 

「そんな屈辱的な理由なのか? やめるならやめてもいいぞ」

 

「誰がやめるか!! あんたこそ謝る練習しておきなさいよ!!」

 

「なんでだよ、馬鹿!!」

 

「馬鹿とは何よ! この朴念仁! 間抜け! アホ!! 馬鹿はアンタよ!!」

 

むかっ。

 

「うるさい、貧乳!!

 

ドガァァンッ!!

いきなり爆発音、そして衝撃で部屋全体がかすかに揺れた。見ると、鈴の右腕はその指先から肩までがIS装甲化していた。

 

「言ったわね……。言ってはならない事を言ったわね……?」

 

ぴじじっとISアーマーに紫電が走る。

 

「ごめん! 今のは俺が悪……」

 

「今の『は』!? いつもよ!! いつもアンタが悪いのよ!!」

 

無茶苦茶な理屈だが、あいにく一夏は反論の余地を持たない。

 

「手加減してあげるつもりだったけど、どうやら死にたいらしいわね……。いいわよ……全力で叩きのめしてあげるわ!!」

 

「鈴……」

 

最後に、今まで見たことのない鋭い視線を一夏に送ってから、鈴はピットを出て行った。

ぱしゅん、と閉まったドアの音まで、なんだが怯えてるように聞こえる。それくらい、今の鈴の気配は鋭かったのだ。

ちらりと床を見ると、直径三十センチほどのクレーターができていた。

 

「特殊合金製の地面に穴が……」

 

「パワータイプですわね……。それも一夏さんと同じ、近接格闘型の……」

 

真剣の眼差しで床の破壊痕を見つめるセシリアだったが、一夏はそんなことよりもここ数年で一番の後悔をしている。

勝敗がどうあれ、鈴に謝らないといけないのは確実だった。


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