鈴に刃が届きそうになった瞬間、突然大きな衝撃がアリーナ全体に走った。鈴の衝撃砲――ではない。範囲も威力も桁違いだから。
しかもステージ中央からもくもくと煙が上がっている。どうやらさっきのは『それ』がアリーナの遮断シールドを貫通して入ってきた衝撃波だったらしい。
(今の衝撃は一体……。コイツがやったのか?)
煙が晴れ、ISがふわりと浮かび上がってきた。
(そんな……全身装甲のISなんて今まで見たことない)
姿からして異形だった。深い灰色をしたしたそのISは腕が異常に長く、つま先よりも下まで伸びている。
そしてその巨体も、普通のISではないことを物語っていた。腕を入れると2メートルを超えていた。
「一夏! 試合は中止よ! 今すぐピットに戻って!!」
状況がわからず混乱する一夏に、鈴からオープン・チャンネルが飛んできた。
「あいつ、アリーナの遮断シールドを力ずくで破壊したのよ。とんでもない火力を持ってる。攻撃されたらタダじゃすまないわ。あたしが時間を稼ぐから一夏は早く逃げて……!!」
「そんなことさせられる訳ないだろ!! お前が逃げろ。俺が守ってやる」
「バカ!! アンタのが弱いんだから、あたしがやらなきゃしょうがないでしょうが!!」
思いきり遠慮なく言われた。
「別に最後までやりあう気はないわ。こんな異常事態、先生たちがすぐに収拾に来てくれる」
「でもそれまで、誰かが時間を繋がなきゃ」
「だから、あんたは……」
「鈴!! あぶねぇっ!!」
間一髪、鈴の身体を抱きかかえてさらう。その直後にさっきまでいた空間が熱腺で砲撃された。
「ビーム兵器かよ……。しかもセシリアのISより出力は上……」
ハイパーセンサーの簡易解析でその熱量を知った一夏は、背中に冷たいものが伝わっていく思いだった。
「お前、何者だよ!」
当然といえば当然。謎の乱入者は一夏の呼びかけに答えない。
『織斑くん! 凰さん!!』
「山田先生!」
『今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちが制圧に行きます!!』
割り込んできたのは山田先生だった。心なしか、いつもより声に威厳がある。
「……いや、先生たちが来るまで俺たちが食い止めます」
『織斑くん!?』
「あいつの攻撃で生徒たちに動揺が広がってます。先生たちはまず先にみんなの避難させてください!」
「一夏……」
あのISは遮断シールドを無理矢理突破してきた。ということはつまり、今ここで誰かがアレの相手をしなければ観客席にいる人間にも被害が及ぶ可能性がある。
「いいな? 鈴」
『だ、駄目ですよ!! あなたたちにもしものことがあったら――』
山田先生の言葉は最後まで聞けなかった。敵ISが身体を傾けて突進してきたのだ。
「向こうはやる気だな……」
「みたいね」
一夏と鈴は横並びになって、それぞれの得物を構える。
「一夏、衝撃砲で援護するから突っ込みなさいよ」
「ああ。じゃあ行くか」
キンッとお互いの武器の切り先を当てる。それが合図に一夏と鈴は即席コンビネーションで飛び出した。
◇
「織斑くん! 凰さん! 聞いてます!? もしもし! もしもし!!」
「落ち着け」
「ひやうっ!?」
「お、織斑先生!」
「つ、通信がきれちゃって、織斑くんと凰さんが!!」
「ああ。本人がやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」
「な、何をのんきなことを言ってるんですか!! 早く救助に行かないと!」
「これを見ろ」
「え……。こ、これは!」
端末の画面を数回叩き、表示される情報を切り替える。その数値はこの第二アリーナのステータスチェックだった。
「遮断シールドがレベル4に設定……。ステージに通じる扉も全てロックされている。これでは二人を救助に行けない」
「まさか、あのISが……!?」
「だろうな。シールドの解除を三年の精鋭たちに任せているが、あと何分かかるかわからない。政府に援助の連絡も入れたが、それもすぐには来ないだろう」
「しばらく二人には、持ちこたえて貰わねばならない」
「そんな……」
「シールドの解除が済み次第、ステージに部隊を突入させる。部隊以外の教員は生徒たちを屋外に避難させるように、山田先生、全教員に連絡を」
「は、はい!」
「織斑先生!!」
「わたくしも突入隊に入れてください! お願いします!!」
「オルコットか……。お前は駄目だ」
「な、なぜですか!?」
「お前のISは一対多向きだ。多対一ではむしろ邪魔になる」
「そんなことはありませんわ! このわたくしが邪魔だなどと――」
「なら、連携訓練はしたか? その時のお前の役割は? ピットをどういう風に使う? 連続稼働時間は――」
「わ、わかりました! もう結構です!!」
「ふん、わかればいい」
「織斑先生! 教員に連絡行き渡りました!」
(はぁ……。言い返せない自分が悔しいですわ……)
「織斑先生……その、私たちにできること、他に何もないんでしょうか……」
「もうできることはやっている。ほら、コーヒーでも飲んで落ち着け」
「? あの先生、それ砂糖じゃなくて塩……」
「塩……? なぜ塩がこんな所に……」
「あ! やっぱり先生も弟さんのことが心配なんですね! だからそんなうっかりミスを……」
「山田先生」
「はい?」
「先生は甘~い、コーヒーがお好きでしたよね。どうぞ」
「え、ちょ、それ、塩! 塩がはいってええええ」
◇
「ちっ!」
一夏の斬撃を敵ISはいとも簡単に回避する。
これで合計四回目のチャンスを逃した。
「馬鹿! これで四回目よ。ちゃんと狙いなさいよ!」
「狙ってるっつーの! アイツが早いんだよ」
普通では躱せない速度と攻撃でしているにもかかわらず、敵ISは全身に付けられたスラスターの出力が尋常ではなかったのだ。零距離から離脱するのに一秒とかからない。
しかも、どれほど鈴が注意を引いても一夏の突撃には必ず反応して回避行動を優先する。
「一夏! また来る!!」
そして、回避後の回転ビーム攻撃のせいで、追い詰められなかった。
「ああもう!! めんどくさいわね! コイツ!!」
鈴が焦れたように衝撃砲を展開し、砲撃を行う。
がしかし、敵ISはその腕は見えない衝撃砲を叩き落す。
「また防がれた……!! 見えない衝撃砲を7回も止めるなんて、アイツ一体何なの……?」
「鈴、アイツの動きってさ……何つーか、機械じみてないか?」
「え……?」
「寸分違わない行動をアイツ7回も繰り返している」
「つまり、どういうこと?」
「生身の人間から感じる緩急や乱れ、そういうのがアイツにはないんだ。あれって、本当に人が乗ってるのか?」
「な、ちょっと待ってよ。ISは人が乗らないと動かないのよ? 無人で動くISなんて世界中のどこにも――!」
とそこまで言って、鈴の言葉が止まる。
「本当にそう言いきれるか?」
「…………」
「どこかの国が開発に成功して、利権のために黙っているかもしれない」
「それは、そういうこともありそうだけど……」
「仮によ。あれが無人機なら、勝てるっていうの?」
「ああ、人が乗ってないなら“全力”で攻撃しても大丈夫だしな」
「はあ!? 全力も何もその攻撃が当たってないじゃない!」
「次は当てる」
「言い切ったわね」
「じゃあアレを無人機だと仮定して攻めましょうか? どうしたらいい?」
「コイツを解放するから、それまでの時間稼ぎ」
一夏は〈
「了解」
鈴はそれを聞いて、無人機に突撃する。
無人機と鈴が激闘を繰り広げている中、一夏がやることは一つである。
「〈
一夏は剣の名を叫ぶと、地面に踵を叩き付けた。
その名が示すのは、一夏が手にした剣のみではない。
呼びかけに応えるように地面が隆起し、そこから、一夏の身の丈を優に超える巨大な玉座が姿を現した。
「――【
そして、呼ぶ。
一夏の剣〈
瞬間、玉座に幾つもの亀裂が入り、バラバラに砕け散る。そしてそれらの破片が一夏の持つ剣に絡みついていき――長大な刀身を形作った。
ただの一撃では、無人機は避けられてしまう。かといって、同じ手を二度喰らうほど無人機は馬鹿ではなかった。
織斑先生や山田先生ならば、もっといい策を考えつくのだろう。無人機の能力を分析し、効率的に戦う方法を取るに違いない。
しかし、一夏にはそんなことは不可能だった。理解できたのは、己の剣で、そして拳で感じ取った真実のみである。用意できたのは、その考えに基づいた、この上なく不器用なやり方のみである。
即ち――無人機が避けた先までを一気に屠り去る、究極最大の一撃。
「鈴!!」
鈴は一夏の叫び声に反応し、無人機から距離を取る。
一夏はゆっくりと、【
「〈
一夏は、限界を超えた痛みで脳が焼き切れそうになる感覚の中、それを無人機目がけて振り下ろした。
「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」
目映い光が、無人機をお見込まんと、大地を割っていった。
しかし、見え見えの強大な一撃に無人機はあっけなく回避行動を取るが――
【――駄目だよ】
無人機は何かに縛られたかのようにその場から動くことができなかった。
一夏の放った【
◇
必殺の一撃は、無人機の右半分を灼いた。
その一撃に無人機はバランスを保てず、倒れる。
「ふう。これで終わ――」
『敵ISの再起動を確認! ロックされています!!』
「鈴!!」
一夏は、大声で鈴の名を呼びながら、半ば無意識のうちに進路を変えた。
この距離ではもとより無人機に至ることができないから、だとか、そんな冷静な思考できたからではない。
ただ、単純に。鈴のことを助けなければと、身体が動いた。
しかし、無人機の片方だけ残った左腕が、
今一夏の手の中にある力だけでは、鈴を守りきることができない。
何か――何か、もう一つ。
鈴を守ることのできる力があれば……!
――そう、一夏が願った瞬間。
「……!?」
一夏の左手に、冷たい感触が生まれた。
鈴は目の前の出来事に意識を奪われていた。
一夏が無人機と鈴の間に立ちはだかり、無人機の一撃を防いでいたのである。
――左手をかざした先に、冷気の壁とも言うべき結界を張って。
「……!? 一夏――」
周囲の温度がぐんと下がり、辺りに白い靄のようなものが漂っている。空気中の水分が凝結した小さな結晶が宙を舞い、鈴の肌に触れて溶け消えた。
「何、泣いているんだよ……鈴」
言って、一夏がちらと鈴の方を一瞥してくる。
「今、終わらせてくる。〈
一夏は、右手に出現させた巨大な戦斧を振り下ろした。
〈