インフィニット・ストラトス 零ユートピア   作:ぬっく~

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第2話

「はいっ、副担任の山田真耶です」

 

黒板の前でにっこりと微笑ほほえむ女性副担任こと山田真耶。

身長はやや低めで、生徒のそれとほとんど変わらない。しかも服のサイズが合っていないのかだぼっとしていて、ますます本人が小さく見える。また、かけている黒緑眼鏡もやや大きめなのか、若干ずれている。

なんというか、『子供が無理して大人の服を着ました』的な不自然さ……というより背伸び感がするんだが、そう思うのは俺だけなのだろうか。

 

「皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

 

「…………」

 

けれど教室の中は変な緊張感に包まれていて、誰からも反応がない。

 

「えっと、じゃあ最初のSHRは皆さんに自己紹介をしてもらいましょう」

 

ちょっとうろたえる副担任がかわいそうなので、せめて俺くらいは反応しておこうと思わなくもないのだけど、いかんせんそんな余裕はない。

では何か?

決まっている。

クラスメイトが全員女なのだ。

 

「……くん。織斑一夏くん」

 

「はっ、はいっ」

 

いきなり大声で名前を呼ばれて思わず声が裏返ってしまった。案の定、くすくすと笑い声が聞こえてきて、一夏は益々落ち着かない気分になる。

 

「あっ、あの。お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンねゴメンね! でもね、あのね、自己紹介『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだようね。だからね? ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」

 

気が付くと副担任の山田先生がぺこぺこ頭を下げていた。しかしあんまり頭を何度も下げるので、微妙にサイズのあってなさそうな眼鏡がずり落ちそうになっている。

 

「いや、あのそんなに謝らなくても。っていうか自己紹介しますから」

 

「ほ、本当? 本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ。約束ですよ!」

 

がばっと顔を上げ、一夏の手を取って熱心に詰め寄る山田先生。

しかしまあ、すると言った以上、しっかりと立って、後ろを振り向く。

 

「う……」

 

今まで背中に感じていただけの視線が一斉に一夏に向けられているのを自覚する。

 

「えー、えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

一夏は呼吸を一度止め、そして再度息を吸い、思い切って口にした。 

 

「以上です」

 

思わずずっこける女子が数名いた。

 

「え? あれ? ダメでした?」

 

パアンッ! いきなり頭を叩かれた。

 

「痛ッ」

 

「お前は自己紹介も、まともにできんのか」

 

恐る恐る振り向くと、黒のスーツにタイトスカート、すらりとした身長、よく鍛えられいるがけして過肉厚ではないボディライン。狼を思わせる鋭い吊り目。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

 

「ああ、山田くん。クラスへの挨拶を押しつけてすまなかったな」

 

さっきの涙声はどこへやら、副担任の山田先生は若干熱っぽいくらいの声と視線で担任の織斑先生へと応えている。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は若干十五歳を十六歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。―――いいな」

 

なんという暴力宣言。間違いなくこれは一夏の姉・織斑千冬。

だがしかし、教室には困惑のざわめきではなく、黄色い声援が響いた。

 

「キャ―――! 千冬様! 本物の千冬様よ!!」

 

「ずっとファンでした!」

 

「私お姉様に憧れてこの学園に来たのです! 北九州から!」

 

「私はさいたま!」

 

「千冬様にご指導頂けるなんて嬉しいです!」

 

「私、お姉様のためなら死ねます!」

 

きゃいきゃいと騒ぐ女子たちを、織斑先生はかなり鬱陶しそうな顔で見る。

 

「……毎年よくこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」

 

これがポーズでなく、本当に鬱陶しがっている。

 

「で? 挨拶も満足にできんのか、お前は」

 

「いや、千冬姉。俺は――」

 

パアンッ! 本日二度目。

 

「学校では織斑先生と呼べ」

 

「……はい。織斑先生」

 

と、このやり取りがまずかった。つまり、姉弟なのが教室中にバレたのだ。

 

「え? 織斑くんってあの千冬様の弟?」

 

「それじゃあ世界で唯一男で『IS』を使えるっていうのも関係して」

 

「ああっ、いいなあっ。代わってほしいなぁっ」

 

最後のは放っておくとして、そんなことを思っていると、チャイムが鳴った。

 

「さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本操作は半月で身体に染み込ませろ。いいか? いいなら返事をしろ。よくなくても返事しろ。私の言葉には返事をしろ」

 

おお、なんという鬼教官。目の前の姉は人の皮を被った悪魔だろうか?

 

「何か不服か? 織斑」

 

いえ、滅相もありません。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「一夏、話がある」

 

突然、話かけられた。

 

「……………」

 

「箒?」

 

目に前にいたのは、六年ぶりの再会になる幼馴染だった。

篠ノ之箒。一夏が昔通っていた剣術道場の娘で、当時の髪型のままポニーテール。肩下まである黒髪を結ったリボンが白色なのは、やっぱり神主の娘だからだろうか。

 

「なんだ、話って」

 

「いいから早くしろ」

 

「お……おう」

 

すたすたと廊下に行ってしまう箒。

 

「久しぶりだな、箒」

 

「え?」

 

ふと思い出したことがあって、一夏から話を切り出した。

 

「すぐに箒ってわかったぞ。髪型、昔と同じだしな」

 

そう言ってちょんちょんと一夏が自分の頭を指差すと、箒は急に長いポニーテールをいじりだした。

 

「……よく覚えているているものだな」

 

「そりゃ、覚えてるって」

 

「そう言えば……去年、剣道の全国大会優勝したってな。おめでとう」

 

箒は一夏の言葉をきくなり、口をへの字にして赤らめた。

 

「なっ、なんでそんなこと知ってるんだ!?」

 

「なんでって、新聞で見たし……」

 

別に新聞くらい好きに読ませろよ。

 

「引っ越して以来、それっきりだったけど、親父さんは元気か? あと……束さんも」

 

「……あの人は……私とは関係ない……」

 

「? 束さんと……何かあったのか?」

 

キーンコーンカーンコーン。

二時間目の開始を告げるチャイムが鳴ったのだ。

 

「時間だ、戻るぞ」

 

ぷいっと一夏から顔をそらし、また来たときと同じようにすたすた歩き出す箒。

 

「あっ、おい!!」

 

どうやら、この幼馴染の一夏を待つ気はないらしい。

 

「……なんだ、あいつ」 

 

 

 

    ◇

 

 

 

「それでは、この時間は実践で使用する各種装備の特性について説明を……ああ、その前に」

 

ふと、思い出したように千冬が言う。

 

「再来週のクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

どうやらクラス長を決めるらしい。

 

「は―――い!! 織斑くんがいいと思います!」

 

「おっ、俺!?」

 

「そーね。せっかくだし」

 

「ナイスアイデア」

 

「私もそれがいいと思います」

 

「ちょっと待った。俺そんなの」

 

「自薦他薦は問わない。他に候補者はいないか? 無投票当選になるぞ? ちなみに他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

「い、いやでもっ」

 

反論を続けようとした一夏を、突然甲高い声が遮った。

 

「納得できませんわ!!」

 

バンッと机を立ち上がったのは地毛の金髪が鮮やかな女子だった。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表なんて、いい恥さらしですわ! このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰るのですか!? 実力から行けば、わたくしがクラス代表になるのは必然です!」

 

正直、一夏はこの手合いは苦手だった。

今の世の中、ISのせいで女性はかなり優遇されている。優遇どころか、もはや女=偉いの構図にまでなっている。

つまりそういう、いかにも現代の女子が目の前にいたのだ。

 

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、それはわたくしですわ!」

 

興奮冷めやまぬ―――というか、ますますエンジンが暖まってきたセシリアは怒濤の剣幕で言葉を荒げる。

 

「何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 

「?」

 

「イギリス代表候補生でもあるわたくし以上に相応しい人間はいないはずですわ」

 

「入試ってあれか? ISを動かして戦うやつ?」

 

「それ以外に入試などありませんわ」

 

「俺も倒したぞ、教官」

 

「なっ!?」

 

アレを倒したに入れていいのかわからないが、結果がすべてならアレは倒したことになる。

開始と同時に突っ込んできたところを避けたら、勝手に壁にぶつかって終了したアレを。

しかし、一夏が言ったことが相当ショックだったのか、セシリアは目を驚きに見開いている。

 

「あなた! あなたも教官を倒したって言うの!?」

 

「えーと、落ち着けよ、な?」

 

「これが落ち着いていられますか!!」

 

「わざわざこんな島国にまで来たうえに極東の猿と比べられるなんて……このような屈辱、耐えられませんわ!!」

 

「イギリスだって島国だし、大してお国自慢ないだろ」

 

「なっ!?」

 

怒髪天をつくと言わんばかりにセシリアは顔を真っ赤にして怒りを示していた。

 

「あっ、あっ、あなたねえ!? わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

バンッと机を叩くセシリア。

 

「決闘ですわ」

 

「いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

 

「おちつけ、馬鹿ども。とにかく、話はまとまったな」

 

ぱんっと手を打って千冬が話を締める。

 

「勝負は一週間後の月曜日。放課後、第三アリーナで行う。それぞれ用意をしておくように」

 

「「はい」」

 

一夏とセシリアはそう言って、大人しく席に着いた。




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