翌日、朝のSHR。ありえないことが起きていた。
「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」
山田先生は喜々として喋っている。そしてクラスの女子も大いに盛り上がっている。暗い顔をしているのは一夏だけだった。
「先生、質問です」
「はい、織斑くんっ」
「俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」
「それは――」
「わたくしが辞退したからですわ!」
がたんと立ち上がり、早速腰に手を当てるポーズをするセシリア。
「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。それは仕方のないことですわ」
一夏は反論できない。事実負けたのだから。
「それで、まあ……わたくしも大人げなく起こったことを反省しまして……」
(しまして?)
「“一夏さん”にクラス代表を譲ることにしましたわ。やはりIS操縦には実績が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠さませんもの」
「いやあセシリアわかってるね!」
「そうだよね。せっかく世界で唯一の男子がいるんだから同じクラスになった以上持ちあげないとね」
「そ、それでですわね」
コホンと咳払いをして、顎に手を当てるセシリア。
「わたくしのように優雅かつエレガントで華麗にしてパーフェクトな人間がIS操縦を教えて差し上げれば、それはもう見る見るうちに成績を遂げ――」
バン! 机を叩く音が響く。立ち上がったのは箒だった。
「あいにくだが一夏の教官は足りている。“私”が直接頼まれたからな!」
『私が』を特別強調した箒は、異様に殺気立っている瞳でセシリアを睨んだ。
(って箒のやつなんて目で……。と言うか、まだ箒との訓練やったことがないが?)
けれどどうしたことか、先週は怯んだセシリアは、今日は違った。正面から受け止めて、視線を返してしる。
「あら? あなたは
「ら、ランクは関係ない! 頼まれたのは私だっ!」
「え? 箒ってランクCなのか……?」
「だっ、だからランクは関係ないと言っている!!」
「座れ、馬鹿ども」
セシリア、箒の頭をばしんと叩いた織斑先生が低い声で告げる。
「お前たちのランクなどゴミだ。私からしたらどれも平等にひよっ子だ。まだ殻も破れていない段階で優劣を付けようとするな」
さすがのセシリアも織斑先生に言われては反論の余地はなかったらしい。何か言いたそうな顔をしていたが、結局言葉を飲み込んだ。
「代表候補でも一から勉強してもらうと前に言っただろう? くだらん揉めごとは十代の特権だが、あいにく今は私の管轄時間だ。自重しろ」
(うーん。千冬姉、職場ではこんなにしっかりしてたのか……意外だな。家じゃ下着の洗濯も自分じゃしないってのにな)
バシン!
「……お前、今何か無礼なことを考えていただろう? クラス代表は織斑一夏。異存はないな?」
「はーーい!!」
「まいったな、強制かよ……」
◇
「――では、これよりISの基本的な飛行操縦をしてもらう。織斑、オルコット。試しに飛んでみせろ」
四月も下旬、遅咲きの桜の花びらが丁度全部無くなった頃。一夏が今日もこうして鬼教官こと織斑先生の授業を真面目に受けていた。
「えっ!? 俺も!?」
「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで一秒とかからないぞ」
せかされて、一夏は意識を集中する。
「――来い。白式」
そう呟く。刹那、右手首から全身に薄い膜が広がっていくのがわかる。一夏の身体から光の粒子が解放されるように溢れて、そして再集結するようにまとまり、IS本体として形成される。
ふわりと身体が軽くなる。各種センサーが意識に接続され、世界の解像度が上がる。一度瞬きをすると、一夏の身体にはIS『白式』を装備した状態で地面から十数センチ浮いていた。
同じく、セシリアもIS『ブルー・ティアーズ』を装備して浮かんでいる。
「よし、飛べ」
言われて、セシリアの行動は早かった。急上昇し、遥か頭上で停止する。
『何をやっている? スペック上の出力では白式の方が上だぞ!』
通信回線から早速織斑先生のおしかりの言葉を受ける。
「そんな勝って当たり前みたいな言い方されても……(『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』って言われても急上昇も急降下も昨日習ったばかりだぞ……)」
「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ?」
「そう言われてもなあ。大体空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ」
白式には翼状の突起が背中に二対あるが、どう考えても飛行機と同じ理屈では飛んでいない。大体、翼の向きと関係なく好きに飛べるから益々訳が分からない。
「説明しても構いませんが長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」
「……わかった。説明はしてくれなくていい」
一夏はすぐさま断る。絶対に一夏の頭では理解出来ないと判断したからだ。
「そう。残念ですわ、ふふっ」
楽しそうに微笑むセシリア。その表情は嫌味でも皮肉でもなく、本当に単純に楽しいという笑顔だった。
(変わったなセシリア。最初は壁を感じたのに、今はすごく近くに感じる)
しかし、一体どう言う心境の変化なのだろう。初めて会った時の態度が今では嘘のように思えてくる。
「一夏さん、よろしければ放課後に指導して差し上げますわ。その時は二人きりで――」
『一夏っ! いつまでそんなところにいる! 早く降りてこい!!』
いきなり通信回線から怒鳴り声が響く。一夏は視線を下の方に向けると、地上では山田先生がインカムを箒に奪われておたおたしていた。
「織斑、オルコット。急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地上から10センチだ」
「了解です。では一夏さんお先に」
言って、すぐさまセシリアは地上に向かう。ぐんぐんと小さくなっていく姿を、一夏はちょっと感心しながら眺めた。
「うまいもんだな」
そしてどうやら完全停止も難なくクリアする。
一夏も同じく地上へと向かう。
(背中の
意識を集中させ、背中の翼状の突起からロケットファイアーが噴出しているイメージを思い浮かべ、一気に地上へと行くが、
(あれ? 止まるのって、どの位前から制御!?)
地上には着いた。しかしこれは専門用語では墜落に該当する。
「馬鹿者、誰が地上に突撃しろと言った? グランドに穴を開けてどうする。零香から教わらなかったのか、急降下と完全停止を?」
「……すみません」
とりあえず姿勢制御をして上昇、地面から離れる。
「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう?」
(昨日の
腕を組み、目尻を釣り上げている箒が待っていた。
「貴様、何か失礼なことを考えているだろう!? 大体だな一夏。お前というやつは昔から――」
箒の小言が始まったかと思ったら、それを遮るようにセシリアが一夏の前に現れた。
「大丈夫ですか、一夏さん? お怪我はなくて?」
「あ、ああ。大丈夫だけど……」
「そう、それは何よりですわ」
うふふと、また楽しそうに微笑むセシリア。
「ISを装備していて怪我などするわけがないだろう……」
「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然のこと。それはISを装備していてもですわ。常識でしてよ?」
「お前が言うか、この猫かぶりめ……」
「鬼の皮をかぶってるよりマシですわっ」
バチバチッ、と二人の視線がぶつかって花火を散らす。
(セシリアのやつ……。とげが取れたと思ったら今度は箒にきつくなったな。なんでだ?)
「おい、馬鹿者ども。よくも私の授業で遊ぶ余裕があるな……」
(千冬姉を怒らすとはな……合掌)
◇
放課後――
「とういうわけでっ! 織斑くんクラス代表決定おめでとう!」
「おめでと~~!!」
ぱん、ぱんぱーん。クラッカーが乱射される。
「いやぁこれでクラス対抗戦も盛り上がるねぇ」
「ほんとほんと」
「ラッキーだったよねーー♪ 同じクラスになれて」
「人気者だな、一夏」
「……本当にそう思うか?」
「……ふんっ」
箒は鼻を鳴らしてお茶を飲む。
「なんでそんなに機嫌悪いんだよ……」
「はいはーい。新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏くんに特別インタビューしにきましたーー。あ、私は二年の
一夏はその名刺を受け取る。
「ではではずばり織斑くん! クラス代表になった感想をどうぞっ!」
ボイスレコーダーをずずいっと一夏に向け、無邪気な子供のように瞳を輝かせている。
「えーと……。まあ、なんというか頑張ります」
「えーー、もっといいコメントちょうだいよーー。まあ適当に捏造しておくからいいとして」
(よくねえよ!)
「セシリアちゃんもコメントちょうだい」
「わたくしこういったコメントはあんまり好きではありませんが、仕方ないですわね。ではまずどうしてわたくしがクラス代表を辞退したかというと――」
「ああ。長そうだからいいや。写真だけちょうだい」
「さっ、最後まで聞きなさい!」
「いいよ適当に捏造しておくから。よしっ織斑くんに惚れたからってことにしておこう」
「なっ、な、な、なな……!?」
ボッと赤くなるセシリア。
「何を馬鹿なことを」
「えー、そうかな~?」
「そ、そうですわ! 何をもって。馬鹿としているのかしら!? だ、大体あなた――」
「はいはいとりあえず二人並んでね。写真撮るから」
「えっ?」
意外そうなセシリアの声。しかしどこか喜色を含んで弾んでいるようにも聞こえる。
「注目の専用機持ちだからね。ツーショットもらうよ。あっ、握手とかしてるといいかもね」
「?」
何故かもじもじとし始めたセシリアは、ちらちらと一夏を見てくる。
「別になんでもありませんわっ」
「……なんだよ、箒」
「なんでもないっ」
こちらも以下同文。
「それじゃあ撮るよーー、3・2・1」
パシャッとデジカメのシャッターが切られる。
◇
「ここにいたのか、千冬姉」
「ああ」
新鮮な空気を吸いに一夏は外に出てきた。
先客に織斑先生がおり、一夏はその横に立つ。
「一つ、聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「草薙零香のこと」
「…………」
一夏が草薙零香の名前を出し瞬間、織斑先生は無言になる。
「千冬姉……零香さんと何だか親しいよね?」
「あいつは……特別だ」
織斑先生はめを伏せる。
「零香は……一夏から見て、零香はいくつぐらいだと思う?」
「ん? 零香さんの年齢か?」
「ああ。そうだ」
織斑先生が何でそんなことを聞いてくるのか分からないが。
「15じゃないのか?」
IS学園に入学できるのは15歳から18歳の高校生と決まっている。
織斑先生はそれを聞いて、首を左右に振った。
「零香は……今年で
「え……?」
衝撃的な真実に一夏は言葉を失う。
「ど、どう言うことだよ! 千冬姉!!」
一夏は思わず怒鳴り声をあげてしまう。
さすがにそれはまずかった。
「何々、どうしたの?」
一夏の怒鳴り声を聞きつけたクラスメイトたちがぞろぞろと外に出てくる。
「……この話の続きは今度だ。それと、零香のことは誰にも話すな」
「ちょ、それはどういうことだよ」
そう言いて、織斑先生は行ってしまった。
「どうしたのだ、一夏?」
「どうかされましたか、一夏さん」
「……いや、なんでもない」
一夏はただただ織斑先生の背を見つめることしかできなかった。