「ふうん……。ここがIS学園か」
夜。IS学園の正面ゲート前に、小柄な身体に不釣り合いなボストンバッグを持った少女が立っていた。
まだ暖かな四月の夜風になびく髪は、左右それぞれを高い位置で結んである。肩にかかるかからないくらいの髪は、金色の留め金がよく似合う艶やかな黒色をしていた。
「ここにアイツがいるのね……。まさかアイツがISの操縦者になるなんてね…………」
◇
「ねえねえ聞いた? この話」
「二組に転校生がくるんだって! さっき職員室で聞いたって人がいたらしいよ」
朝。席に着くなりクラスメイトに話しかけられた。入学からの数週間で、それなりに女子とも話せるようになった。
「転校生……?」
今はまだ四月。入学ではなく、転入。しかもこのIS学園、転入にはかなり条件が厳しかった。試験はもちろん、国の推薦がないと出来ないようになっている。つまり――
「なんでも中国の代表候補生らしいですわ」
「セシリア」
「わたくしの存在を危ぶんでの転入かしら」
一組のイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。今朝もまた、腰に手を当てるポーズでの登場。
「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」
さっきまで自分の席にいたはずの箒が、気付けば側にいた。
「代表候補生か……。どんなやつなんだろうな」
代表候補生っていうからには強いんだろう。
「気になるのか……?」
「気になるんですの……?」
「え? ああ、まあ少しは」
聞かれたことを素直に答えると、なぜか箒の機嫌が悪くなった。
「今のお前に女子を気にする余裕はないぞ! 来月にはクラス対抗戦があるんだからな!」
「そうですわ一夏さん! 対抗戦に向けてより実践的な訓練をしましょう! 相手は専用機持ちの私が、いつでも務めさせて頂きますわ!」
「確かに実戦経験は必要だよな……」
確かにその通りだった。他のクラスメイトじゃ、訓練機の申請と許可、整備に丸一日かかってしまうから、手っ取り早く模擬戦するならセシリアに頼むのが早い。
そう言えば、零香はフリーパスでISを使っていたな? あれはたしか、教員だけが持っているはずの物だよな?
「そうそう! 織斑くんには是非勝って貰わないと!」
「優勝賞品は学食デザートの半年フリーパス券だからね!」
「それもクラス全員分の!」
「織斑くんが勝つとクラスのみなが幸せだよ~!」
「お、おう……」
クラスメイトの口々に好きなことを言ってくる。
「まあうちには専用機持ちが二人もいるし、楽勝だよ! ね! 織斑くん」
「えっ? ああ……」
やいのやいのと楽しそうな女子一同の気概をそぐわけにもいかないので、一夏はとりあえず返事をする。
「――その情報。古いよ」
「えっ?」
教室の入り口からふらっと声が聞こえた。
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には勝てないから」
腕を組み、片膝を立ててドアにもたれていたのは――
「鈴……。お前……鈴か?」
「そうよ。中国代表候補生、
ふっと小さく笑みを漏らす。トレードマークのツインテールが軽く左右に揺れた。
◇
「鈴、いつこっちに帰ってきたんだ? いつ代表候補生になったんだ?」
「質問ばっかしないでよ。アンタこそ男なのにISとか使っちゃって、ニュース見てびっくりしたわ」
丸一年ぶりの再会ということもあって、一夏は普段では考えられないくら質問を投げかけていた。
「一夏さん! そろそろどう言う関係か説明していただきたいですわ!!」
「そうだぞ! まさか、付き合ってるなんてことはないだろうな!?」
疎外感を感じてか、箒とセシリアが多少棘のある声で訊いてくる。
「べ、別に付き合ってる訳じゃ」
「そうだぞ。何でそんな話になるんだ? ただの幼馴染だよ」
「幼馴染……?」
怪訝そうな声で聞き返してきたのは箒だった。
「あ~。えっとだな。箒が小4の終わりに引っ越しただろ? 鈴は小5の頭に越してきて、中2の終わりに国に帰ったんだ」
箒と鈴は入れ違いで引っ越してきたのだ。そのため、二人は面識が無かったのだ。
「ほら鈴、前に話したろ? 俺の通ってた剣術道場の娘」
「ああ、そういえば聞いたわね……。ふーん、そうなんだ……」
鈴はじろじろと箒を見る。箒は箒で負けじと鈴を見返していた。
「始めまして、これからよろしくね!」
「篠ノ之箒だ。こちらこそよろしくな」
「!?」
そう言って挨拶を交わす二人の間で、何故か花火が散ったように見えた。
「わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん」
「…………誰?」
「なっ! イギリス代表候補生のこのわたくしをまさかご存じないの!?」
「うん。あたし、他の国とか興味ないし」
「な、な、何ですって!!」
言葉に詰まりながらも怒りで顔を赤くしていくセシリア。
「い、言っておきますけど! わたくし、あなたのような方には負けませんわ!」
「あっそ。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど、強いもん」
ふふんといった調子の鈴。相変わらず、あの時の鈴だった。妙に確信じみて、しかも嫌味ではない言い方を。
「そんな事より。ねえ、一夏!」
「ん?」
「あんたクラス代表なんだって?」
鈴はどんぶりを持ってごくごくとスープを飲み干すと。
「ISの操縦あたしが見てあげてもいいけど?」
顔は一夏から逸らして、視線だけをこっちに向けてくる。言葉にしても、鈴にしても珍しく歯切れの悪いものだった。
「も、勿論、一夏さえ良ければだけどさ……」
「鈴が? そりゃ助か――」
ダンッ! テーブルが叩かれた。箒とセシリアがその勢いのまま立ち上がる。
「一夏に教えるのは私の役目だ! 頼まれたのは私だからな!!」
「あなたは二組でしょう!? 敵の施しは受けませんわ!!」
「あたしは一夏に言ってんの。関係のない人たちは引っ込んでてよ」
「一組の代表ですから、一組の人間が教えるのは当然の事ですわ! あなたこそ後から出てきて何を図々しく――」
「後からじゃないけどね。あたしの方が付き合い長いんだし」
「それを言うなら私の方が早いぞ! 一夏とは家族ぐるみの付き合いで何度もうちで食卓を囲んだ――」
「食事? それならあたしもそうだけど?」
「どう言う事ですの!?」
「あ。それは、千冬姉がIS操縦者として活躍するようになってから俺一人での食事が多くなってさ。一人の食事って作り甲斐なくて、されで鈴のうちでよく食べてたんだ。鈴の家、中華料理屋だったからさ」
そう。鈴の家は中華料理屋だった。千冬が家に帰ることが少なくなり、一夏は一人で料理してもしょがなく、定食屋にでも行こうかってなり、鈴の家に週4、5は行っていた。
小学校で色々あって、一夏はその頃から鈴とよく遊ぶ間柄だった。最初は鈴がああいう性格だったから仲が良くなかったのだが、時間と機会を重ねるうちに次第に名前で呼び合う関係になっていたのだ。
「なんだ、店なのか……」
「そうでしたの。お店なら何一つ不自然な事はありませんわね!」
一夏が嘘偽りなくそう言うと、さっきまで余裕の表情を見せていた鈴が途端にむすっとふてくされる。
対照的に、箒とセシリアはほっとしたような顔をした。
「そう言えば鈴。親父さん元気にしてるか?」
「え。あ、うん。元気だと思う……」
「え?」
急に鈴の表情に陰りが差して、一夏は妙な違和感を覚えた。
「そ、それよりさ! 今日の放課後時間ある? 久しぶりだし、どこか行こうよ!」
「あいにくだが、一夏はISの特訓をするのだ。放課後は埋まっている」
「そうですわ! 対抗戦に向けて特訓が必要不可欠ですからね!」
「ふーん……。まあいいわ」
「それじゃあ、それが終わったら行くから。開けといてよ! 一夏!!」
「お、おう!」
一夏の答えも待たずに鈴はどんぶりを片付けに行ってしまった。
「箒、セシリア。すまないが、今日の特訓はまた今度にしてくれないか?」
「な!? 一夏、あいつのために時間をあけると言うのか!」
「いや、別の要件だよ。千冬姉に聞きたいことがあってな」
そうさ、昨日聞けなかった零香のことについてだ。
織斑先生は零香が今年で24と言った。IS学園が設立されたのは、あの事件があった翌年。つまり、今から9年前になる。
草薙零香はIS学園一期生と言うことになるのだ。
何故、そんな彼女がこのIS学園にいるのか謎だが、織斑先生はその答えを知っている気が一夏にはした。
だから、知っておきたい。その理由を。