バニシード公爵の怠慢のせいで大事になってきている。アウレール王が王命で娼婦対策をザスキア公爵に一任した。そしてザスキア公爵本人がフルフの街に向かっている。
公爵本人が二人も、他国の領土の最前線であるフルフの街に来るって事は想像以上に大事なのだが、リゼルさんは軽く流した。彼女にとって、ザスキア公爵は多少面倒だが味方だから問題無い程度の認識だろうか?
娼婦達もバニシード公爵を抱き込んだと思って好き勝手に動き回っているみたいだけどさ。上級貴族との付き合いも多いと思っていたが、彼等の悪癖の理解が少し足りてないな。散々味わっている筈だよね?
面倒臭くなったら部下に丸投げか、知らん振り。そもそも下の者との約束など反故も当たり前にする連中は、エムデン王国でも一定数は居る。
契約書を取り交わしてガチガチに縛らないと、口約束など自由に記憶を改竄する位はする。それが普通に通用する世界に住んでいるんだよ。だから手順を守り制約を設け、根回しをして王命という絶対命令の形にしたんだ。
主要な仕事さえ王命で貰えれば、その他の細々とした決め事も王命絡みだと守らせる事を強要出来る。それでも強要迄で強制は出来無い。僕の今の立場なら無理を通せば強制も可能かもしれないが、リスクも多い。
上級貴族は役職以外の力が大きいから苦労するんだよ。他の公爵三家の当主達とは共闘路線で動いているから問題は少ないけど、それでも利害関係の調整で苦労している。
それが出来なければ貴族社会では生き抜いて行けない。本当に貴族社会とはドロドロしていて面倒臭くて嫌なのだが、恩恵を受けてる身としては面倒臭いでは済まない。
数回深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着ける。ザスキア公爵が来れば必ず、バニシード公爵と衝突する。娼婦対応で来るならば、呼び寄せた責任者には詰問するのが当たり前。
つまり公爵当主の本人達の話し合いという政争になる。王命絡みの案件で、娼婦達は情報の漏洩の危険を犯している。己の利益の為に、エムデン王国の国益を犯している事に危機感は無いのか?
一応気にはしているけど、男と女の情事絡みにして何とかなるって思っているんだろうな。今までみたいに……
男女間の痴情絡みは貴族社会でも結構有るし、殆どが恥絡みだから大袈裟にはしないで内々で処理する事も多い。周囲も余り突っ込まないのは、自分達が関わる可能性が高いから口出しせずに静観する。
自分だけじゃなく親族がやらかす場合も有るから、下手に騒げば仕返しとばかりに自分の時に騒ぎ立てられる。それを躱す為に静観や無視する場合が殆どだ。だから娼婦ギルドも警戒心が緩む。
まぁ連中は金になる秘密が有ると思っているのだろう。確かに金になる情報に間違いはないが、情報を知ってしまったら。また情報を他国に流したら。
制裁は苛烈を極める事になる。警告もした筈だが、余計に好奇心が沸いてしまったのかな?こういう話は引き際が肝心なのだが、欲に目が眩んだのかな?だから、ザスキア公爵が動いたのか?
「それで、フルフの街には何時ごろ来るのかな?」
リゼルさん、嫌そうな顔をしないで下さい。味方が来てくれるのだから、もう少し喜んでも良いと思いませんか?娼婦達の対応については、彼女が来れば良い悪いは別として凄い速さで事態は動くだろう。
毛先を気にしだしたけど、君の髪は傷んでないよね?手入れは十分に行っているよね?一般的に女性が髪の毛を弄り出すのは『この話題は飽きた』って意思表示らしいけど、飽きたとかの話じゃないよね?
リゼルさんはザスキア公爵の件になると、凄く微妙な反応になる時があるけどさ。仕事なんだから、もう少し頑張ろうよ。後でライラック商会から贈られた焼き菓子を渡すからさ。
「詳細は知らされていませんが、普通なら最短でも一週間後位ではないでしょうか?」
リゼルの言葉に考え込む。公爵本人が王都から国境付近まで移動するとなれば、相応の準備と手続きは必要になるだろう。同行者や護衛、通過する領地の領主達との調整。予算だって申請し許可を貰う必要が有る。
その辺の事も織り込んでの『普通なら』一週間か?でも通過点の領主達はザスキア公爵の派閥構成貴族が多いし、予算だって立替でも問題無いだろうし、護衛って必要かな?自前の私兵で事足りるだろう。
王命という最優先の指令なのだから関係各所への根回しも不要な位、申請は直ぐにでも通せるだろう。つまり普通の最短ではなく、もう少し早く見積もっても良いだろう。
彼女の行動力を甘く見ては駄目だよ。
「五日後位を想定しよう。ザスキア公爵の事だから、王命を受けてから準備を進めるとも思えない。下準備をした上で、王命を貰える様に動いたと考えた方が良いな」
リゼルさんが深々と溜息を吐いた。その仕草に女性兵士達が不安そうな顔をしてるのは、上司の不安は自分達の不安って事なの?もうガッつり掌握されてる感じなの?
まぁ彼女達にとって娼婦達は特に接点も無いから治安を乱す厄介な相手でしかないし、王都への帰還命令が出ているのに命令違反で未だに滞在している困った連中扱いだろう。
バニシード公爵の庇護を受けているからといって、好き勝手している限りなく敵に近い一般人の感覚だろうか?実力行使で追い出さないだけの理性が何時まで持つか微妙なのかな?
「そうですわね。普通ではない、へんた……いえ、異常者ですものね」
罵倒から入りました。言い直したけど、変態って言おうとしたよね?公爵本人を変態や異常者扱い出来る連中は、エムデン王国でも片手で事足りるだろう。
国王や同格の公爵達、それと宮廷魔術師筆頭くらいか?両騎士団の団長や王族の方々では無理だろうな。柵(しがらみ)が強すぎるし、個としては強いが爵位や役職で考えると厳しいだろう。
それを言ってのける、リゼルさんは王宮の女傑四人衆の一角で間違いないだろう。僕の今の立場でも相当の覚悟を持たないと言えないぞ。少なくとも政敵としてバチバチに本気で遣り合う覚悟が必要だ。
「うん、まぁ言葉は飾ろうか。普通じゃないのは、僕等も一緒だよ」
「私は普通です。普通の健気系の尽くす淑女だと自認していますわ」
うん、まぁ淑女なのは認めるし、尽くす系だけど健気さはどうかな?言葉にはしないが思考は読まれているので、心の中で疑問をぶつけてみたがフッと鼻で笑われた。
根回しは得意分野だろうし、そもそも公爵である自分が動ける状況に持って行った手腕が凄い。普通は配下を送り込んで終わり、自分は王都で指示を出すのが普通で……常識だろうね。
貴族の最上位である公爵本人は、そう簡単に動かないし動けない。相応の理由が無ければ、無駄に仕事を掻き回す困った者になってしまう。上司が最前線に気軽に出張ってくるのは、僕という例外を除いては……
僕の場合は特殊だし、そもそも宮廷魔術師連中は我の強い連中だから団体行動は苦手で単独行動を好む。だから精々が護衛の手配とかだろう。それも周りがお膳立てしてしまうらしい。
だから手配(お世話)をする軍部から嫌われていた。雑務は全て押し付けられて段取りの終わった戦場で大規模魔法をブッ放して終わり。そして手柄は総取りじゃ好まれる訳が無い。
「そうですわね。あの若作りの古狐の事ですから、自分がフルフの街に向かう様にアウレール王を唆しても全く不思議ではありませんわね」
言葉にね、トゲが有りまくりです。そんなに嫌う要因が有ったかな?いや、深く突っ込んだら負けだと思うのでスルーした方が良い筈だ。うん、間違いないな。
「当初の計画では来る予定は無かったのですが、それを変更させるって事は相応の理由が有ると思います。まぁ本人が来たら直接聞きましょう」
「王都での留守番が嫌だっただけだと思いますが、娼婦達には何かしらの含みが有りましたから他にも理由が有ったのでしょうね。来たら直接問い質せば良いでしょう」
今は此処で細かい事を話すのは嫌な予感しかしない。でも三人で話す事も嫌な予感しかしない。問い質すとか言ってるし、それはそれで問題だと思うのだが思うだけに留めておこうかな。
この件は深掘りせずに後回しにするしかない。ザスキア公爵の話を聞いてから対処するしかない。ある程度の予想は出来る。他国へ情報を流して利益を得たいという浅ましい理由だと思うけどね。
女性兵士さん達も曖昧な笑みを浮かべているのは、口を挟む事が藪蛇でしかないと感じているからだろうな。公爵本人の行動を一般兵士の身分でどうこう言えないから、笑顔を浮かべて口を閉じるしかない。
リゼルさんの笑みが段々と深く暗くなって来てるので、話題を切り替える必要が有る。
「まぁザスキア公爵が来てからの話だよ」
多分だけど、僕等が考えているよりも大事になるだろう。だから今は少しでも身体と精神を休ませた方が良いと思うんだ。
ザスキア公爵は自分で行おうとするだろうけど、立場上手伝わない訳にはいかないと思う。勿論だが、当事者のバニシード公爵や参謀連中は巻き込むし手伝わせる。
アルドリック殿は討伐遠征中だから戻ってくるのは厳しいだろうが、伝令を送って情報は共有しておこう。慌てて戻って来たがるかもしれないけど、敵を放置は出来ないからな。
無理に攻めなければ良いけど、慌てると足元を掬われる危険も有る。詰めの段階で失敗は痛い。無理はしない様に添え書きもしておこう。
「ふふふ、そうですね。私と交わした未来計画図と違う思いを描いている可能性も有りますので、要確認ですわ」
未来計画図?なにそれ?
◇◇◇◇◇◇
娼婦達の件は、ザスキア公爵が来てから対応する事にして今は特に行動を起こす事はしないが、監視は強化する事にする。フルフの街の中を自由に動き回られるのは不利益でしかない。
僕と行動を共にした連中は余裕が有るので、休暇後に少数の班に分かれて街中の巡回警備を行う事にした。娼婦達は見つけ次第、声を掛けて娼館に追い返す事にする。
戦時体制に移行したのだから、一般人は速やかに安全な場所に待機して貰うという大義名分が有る。そもそも帰還命令を出しているのだから、早く王都に帰れって話だよね。
ザスキア公爵が来れば忙しくなり、自由な時間は少なくなると思い地下空間の事前調査を行う事にする。出来れば落ち着いてから、王都の魔術師ギルド本部や盗賊ギルド本部と共同で調べたい。
最悪は忙しさにかまけて彼等に任せるにしても、僕が全く調べてない訳にはいかない。少なくとも侵入経路の確保は用意しておく必要が有る。後は娼婦達へのダミー情報かな。
エルフ族絡みの森林化の話がバレるのは大問題だが、古代ルトライン帝国時代の地下要塞の情報は最悪流れても構わない。重要な秘密などないけど、インパクトは大きい。
正式な調査団を受け入れても、魔力球による全体制御さえ隠せれば後は特に問題は無い。何方にしてもエルフ族も引き渡し後に調べるだろうから小細工は必要。具体的には魔力球に供給した魔力は全て抜く。
魔力切れで動かない様に細工して……いや、小細工は止めて正直にレティシアに隠蔽を頼んだ方が良いのかな?エルフ族の魔法技術を侮る事は自殺行為に等しい。そもそも既に魔力球の上書きをしてしまっている。
つまりルトライン帝国時代の魔法技術を理解している事がバレてしまう。まさか転生の秘密が、こんな事からバレる事になりそうとは自業自得と言えども大失敗だな。
後悔先に立たず?どんなに悔やんでも仕方ない。良く考えて行動すべきだった。隠し金庫を開ける為とはいえ、古代の魔力球を書き換えて警備システムを生き返らせる必要が有ったかといえば無かったか?
うーん、欲に目が眩むと碌な事にならないって事で、勉強になったと諦めて次に生かす事にしよう。取り合えず体裁は整えて、後は流れに沿って臨機応変に対応って流れ?出たとこ勝負?
ふふふ、娼婦達の事を笑えないな。自分だって似たような失敗をしてるのだから。失敗もまた経験、次に生かせば良いし挽回も大変だけど不可能じゃないし。
先ずはレティシアに連絡を取って相談しよう。