古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第1002話

 残党狩りという自由行動をしていた、クリスが大物を捕縛して帰ってきた。うん、大手柄に間違い無いのだが実際に対面すると困惑しかない。いや、クリスの大手柄なのは間違いない。

 

 もう一番手柄で良いと思える程だ。ザスキア公爵の来る前に捕縛出来た事も良い。大手柄には間違い無いが大問題でも有るし、そもそも裏の事情を知る身としては微妙な気持ちになる。

 

 故に大手柄とは言え、彼女の身柄をエムデン王国に引き渡す事に僅かながら躊躇してしまう。何故ならば……

 

 

 

「私は騙されたのっ!正確には、モリエスティ侯爵夫人に洗脳されていたのよ。あの女の所為で家も家族も地位も名誉も全て失ったのよっ!絶対許さない、必ず殺してやるわっ!」

 

 

 

 両手両足を拘束した状態で運び込まれたのだが、最初は気を失っていたので静かだった。クリスも取り巻きは始末したが、モンテローザ嬢は気絶させて拘束し運び込んだから。

 

 そして僕の前に運ばれて少ししてから意識を取り戻して、自分の置かれた状況を理解した後で叫び始めた。うん、僕の協力者が彼女を洗脳し、エムデン王国に有利な行動を起こす様に洗脳した。

 

 元々不穏な動きをしていたから、洗脳されなくても実家はエムデン王国に対して反逆したと思う。でも用意周到な反乱じゃなく行き当たりばったりの勢いで反乱されたんだ。

 

 

 

 だが何故、彼女に施された洗脳が解けたのか?モリエスティ侯爵夫人のギフトである『神の御言葉』は強力な洗脳効果のある凶悪なギフト。例え死ぬ程のショックを与えても解けるとは思えない。

 

 

 

「あの、洗脳とか言われても簡単には理解出来ないし信用も出来ない。そもそも君のギフトも洗脳系と言われているけど、そんな都合が良くて使い勝手も良いなんてモノじゃないだろ?」

 

 

 

 その言葉に芋虫の様に転がされて、のた打ち回っていた動きが止まった。自分のギフトがバレていた事に驚いているのか、それとも違う何かに気付いたのか?

 

 これでも彼女は才媛として、モリエスティ侯爵夫人に期待されていた人物だ。その期待を洗脳するという裏切り行為に激怒して仕返しに洗脳されたのが真実、モリエスティ侯爵夫人から直接聞いたから確かだろう。

 

 自業自得ではあるが、ある意味では被害者だしエムデン王国に多大な貢献をしたのも事実。もう洗脳が解けた彼女に、してもらう事は無い。だが無罪放免という訳にもいかない。

 

 

 

 モリエスティ侯爵夫人に復讐する気が満々だし、全てを失ったという事は守るモノがないから強みでもある。

 

 

 

「私の身辺調査は完璧だったのね。洗脳系?違うわ、私のギフトは『感情増幅』といって掛けた時の感情を爆発的に増加させるのよ。だから思考誘導に近い事は知っているんでしょ?」

 

 

 

 何かを見透かした目を向けられたが、自分のギフトの能力を教えるとはね。少し前に同情的な言葉を吐いた瞬間にギフトを掛けようとして途中で止めたのは、僕には効かないと思ったのか?

 

 捕縛され拘束されて敵の前に無抵抗な状態で身体を晒されているにしては精神的に余裕が有る。激高してはいるが、自暴自棄という感じじゃない。これは最後まで諦めない連中だな……

 

 だが、僕の方も万全な体制を敷いている。護衛のクリスも同席しているから反撃も逃走も無理、隣の部屋にはリゼルも待機して頭の中も常時確認している。

 

 

 

 ギフト対策で精神力強化のマジックアイテムも渡してあるので、どうにもならない筈だ。

 

 

 

「そうだね。ウルム王国から帰国した連中や、今回の騒動で普通でない行動をした連中の事を調べればね。因みにだが魔術師は精神力が強いので、君のギフトに対しても抵抗力が高いよ」

 

 

 

 拘束されていても器用に起き上がり、座って此方を挑発的に見上げてくる。幸いというかスカートの裾は乱れたが中身は見ていない。これも少しでも性欲が芽生えたらギフトで性欲を爆上げして隙を晒させる作戦か?

 

 今の彼女はモリエスティ侯爵夫人のギフトで洗脳された変な精神状態ではなく、才媛と持て囃された時の有能な淑女だ。油断はしない方が良い、僕は特に女性には弱いので万が一の場合も有る。

 

 暫く視線を合わせていたが、彼女の方から視線を反らし下を向いた。成程、庇護欲が沸き上がる仕草というか、行動の一つ一つに何らかの思考誘導の布石が有りそうで怖いよ。

 

 

 

 無意識に生唾を飲み込んだ。

 

 

 

「私は公開処刑かしら?それともエムデン王国は非道な行いはしないって建前を守って人知れず処分されるのかしら?」

 

 

 

「人知れず処分だろうね。君の存在と影響力は思った以上に大きい。生かしたまま王都に連行するのはリスクが高いし、そもそも生死を問わずという王命が下されている。僕が貴女に与えられる慈悲は安楽死だけだよ」

 

 

 

 君の存在は危険、いや危険だった。洗脳とギフト込みでの条件でだが、僕は見つけ次第処分すると公の場で明言した。それが洗脳が解けたから無し、とはいかない。

 

 少しだけ、ほんの少しだけだが、ザスキア公爵に引き合わせれば他に可能性が有るかも?と考えている事は認める。僕だって、モンテローザ嬢に対して同情心が皆無とは言わない。

 

 与えられる慈悲と言った時に睨み付けられて、安楽死の時に呆然として涙ぐんだ。罪悪感が湧き上がるが、モンテローザ嬢はギフトを使わなかった。この僅かでもない罪悪感が増大すれば、同情して逃がすとか考えるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 洗脳が解けて自由を取り戻し、バーリンゲン王国の連中を焚き付けて囮として、自分だけ逃げ出そうとしたら知らない内に拘束された。都合の良い駒達は抵抗を試みるも、その場で全員殺された。

 

 黒装束を纏った若い女、多分ですがエムデン王国の暗部の工作員でしょう。噂だけは聞いていた汚れ仕事専門の連中。リーンハルト卿のような英雄として持て囃された都合の良い光の部分に接触する?

 

 いえ、少し違和感が有るわ。こういう単独行動を好む汚れ役の連中は面倒事を嫌う筈、本来ならば問答無用で殺されて首だけ切り取られて証拠として持ち去るのではないかしら?

 

 

 

 私も自分がエムデン王国から生死を問わず捕縛という扱いなのは知っていたわ。非道な扱いとは思わない、それだけの事を仕出かした自覚も有るわ。反乱の要としての自覚がね。

 

 

 

「私をどうするつもりな……」

 

 

 

 脇に抱えられ持ち運ばれている時に、一度だけ目が覚めて質問したけど無言で意識を刈り取られたが身体を穢されるとか非道な行いはされなかったわ。勿論。暗部の工作員が女性だった事も関係しているのでしょう。

 

 そして次に目が覚めた時は、カーテンは閉まっているけれど窓のある其れなりに質の良い部屋の絨毯の上に寝かされ、リーンハルト卿が微妙な顔で見下ろしていたわ。

 

 何故、お前が此処に居る?みたいな困惑した顔。思いっきり迷惑だって感じを隠そうともしない、普通の若い男性だったら見目麗しい若い淑女が拘束されて寝かされていたら狂喜乱舞するんじゃないの?

 

 

 

 本当に、お子様なのよね。年齢が圧倒的に足りていない、男の魅力は滲み出る渋みなのよ。あっさりした淡白さしか感じないわね。

 

 

 

 何とか状況を把握しようと周囲を確認すれば、暗部の女が黙って脇に控えている。その関係性は表面上の様子からも確かな主従関係が伺えるわ。暗部の女と英雄が主従?どういう事かしら?

 

 暗部の女は王族の影の護衛で、英雄リーンハルト卿の護衛としてアウレール王が遣わしたとか?そんな事が有り得るのかしら?品行方正で清廉潔白、平民にも分け隔てなく接する英雄様が日陰者を近くに侍らす?

 

 無いわね。リーンハルト卿は確かに『お子ちゃま』だけれども、その偽善とも思われる精神性は偽りではないわ。故に相反する者を身近には置かない。でも、あの女からは主を敬う感情が滲み出ている。

 

 

 

 具体的には『褒めて』とか『頭を撫でて』とかいう忠犬の雰囲気が滲み出ているというか垂れ流している。無表情だけど分かります。彼女は『お子ちゃま』に心酔しているわ。

 

 

 

「私は騙されたのっ!正確には、モリエスティ侯爵夫人に洗脳されていたのよ。あの女の所為で家も家族も地位も名誉も全て失ったのよっ!絶対許さない、必ず殺してやるわっ!」

 

 

 

 取り合えず激高した状態を装い無実を訴えて反応を見る。芋虫みたいに身体をクネらせて、拘束した縄が身体のメリハリを強調して見える様に小細工してみたが……効果は低いというか全く無いわ。

 

 この『お子ちゃま』だけど、異性に対して反応が淡白とかのレベルでなく反応が全くない。確かに唯一の側室の身体に溺れていて、婚約者の尻に敷かれているという噂は真実だったのね。

 

 英雄なのに色を好まないのは正真正銘の『お子ちゃま』なのよ。でも行動力と思考力は大人顔負けというか、渋みを醸し出す中年の『おじ様』なのよ。このギャップというか違和感はなんでしょう?

 

 

 

「あの、洗脳とか言われても簡単には理解出来ないし信用も出来ない。そもそも君のギフトも洗脳系と言われているけど、そんな都合が良くて使い勝手も良いなんてモノじゃないだろ?」

 

 

 

 気弱な感じがするけれど、言葉の内容は『感情増幅』というギフトの効果と弱点を知っているぞっていう脅しではないけれど、嘘は許さないという圧を感じたわ。

 

 暗部の女も頷いているのは、私の情報は末端レベルまで知れ渡っていると思って良いわね。洗脳対策として正しい情報を広めるのは正解だけど、これじゃ全ての元凶が私だと決め付けられているのと同じ。

 

 不思議と、リーンハルト卿から嫌悪感も悪意も情欲も感じないわ。本当に不思議な、それこそ知人レベルの者と相対した時の興味の薄い感情しか感じられないわ。

 

 

 

 ですが捕縛に『生死を問わず』と条件を付けたのが、リーンハルト卿だという情報は知っている。その苛烈さが、私の罪の深さを周囲に叩き込んだ原因でもあると。でも実際に会ってみれば……

 

 

 

「私の身辺調査は完璧だったのね。洗脳系?違うわ、私のギフトは『感情増幅』といって掛けた時の感情を爆発的に増加させるのよ。だから思考誘導に近い事は知っているんでしょ?」

 

 

 

 やはり知っていたのね。まぁ隠し通せるものでもないし、少々やり過ぎた自覚も有りますし。こんな気持ちの悪いギフトを持つ女に向ける感情ではないわね。やはり気になる。この違和感は何かしら?

 

 私は何を見落としている?アヒム侯爵家を滅亡まで追い込んだ、この憎たらしい恨み切れない男の考えが分からない。確かに利用しようとした事は認めるし、敵対行動と捉えられても言い逃れは出来ない。

 

 政敵に一切の容赦をしない事も理解している。敵味方の線引きが明確過ぎて、それでも長年侯爵家の筆頭としてのプライドで同格の協力者として接する事が出来ず小細工を弄して滅ぼされた……

 

 

 

「そうだね。ウルム王国から帰国した連中や、今回の騒動で普通でない行動をした連中の事を調べればね。因みにだが魔術師は精神力が強いので、君のギフトに対しても抵抗力が高いよ」

 

 

 

 警戒されているのは理解していたけど、対策は完璧って事なのね。暗部の女を利用出来るのも無理そうだし、これは本当に最後なのかしら?

 

 

 

「私は公開処刑かしら?それともエムデン王国は非道な行いはしないって建前を守って人知れず処分されるのかしら?」

 

 

 

 英雄様で『お子ちゃま』は、淑女に手を掛ける事が出来るのかしら?それとも暗部の女に手を下させるのかしら?品行方正で清廉潔白で慈悲深い?ふふふ、作られた英雄様も所詮は、その程度の存在なのよ。

 

 

 

「人知れず処分だろうね。君の存在と影響力は思った以上に大きい。生かしたまま王都に連行するのはリスクが高いし、そもそも生死を問わずという王命が下されている。僕が貴女に与えられる慈悲は安楽死だけだよ」

 

 

 

 え?そんな当たり前みたいな顔をして、何を言っているの?

 

 

 

 違う。この男、全然甘ちゃんの『お子ちゃま』なんかじゃない。全く感情に揺らぎなく『人知れず処分』と言い放ったわ。コイツ、善悪の二面性を持つ一番気に入らない危険な類の奴だ。

 

 効率と成功率を重視した発言、そこに相手を思いやる感情が抜け落ちている。与えられる慈悲?リーンハルト卿は、私に対して全く興味も無い。路傍の石、無価値でありきたりな女でしかないんだ。

 

 本当に、この場で殺されても不思議じゃない。初めて直接会って分かる異常性、噂は脚色されて盛られた偽情報だ。平民達が思い描いた『ぼくが考えた、理想の貴族さま』だ。騙されてたんだわ。

 

 

 

 何という非情な男なの。英雄ってナニ、この男の本性は英雄じゃなくて悪魔か魔王よ。人の心とか無いんだわ。あまりの絶望に目の前が真っ暗になって涙が溢れてきた。

 

 安楽死ってなに?貴族の自死は服毒自殺と決まっているけど、即効性の猛毒を用意出来るって事?そもそも見つけ次第殺す予定だったから用意していたとか?

 

 そうだったわ。情報は巧妙に隠されていたし噂程度の事だったけれど、ハイゼルン砦を奪還した時に囚われて狂わされた女性達数名を安楽死させたって。

 

 

 

 その前のオークの異常繁殖の時も、オークの繁殖用に囚われていた元奴隷の女性達の処分にも関わっていた可能性が有るとか。荒唐無稽な法螺話と思っていたけど、もしかしなくても真実だったの?

 

 作られた英雄、黒い噂は真実だったのね。アウレール王の隠し子説や、サリアリス様の隠し子説も、何方かが本当なのかもしれないわ。考えれば考える程、この男の異常性が分かる。

 

 普通の未成年が成し遂げられる成果じゃない。皆が取り繕った仮面に騙されているのよ。この男、もしかしなくても暗部を束ねる立場なのよ。ザスキア公爵が絡むのも当然、同じ穴の狢だからよ。

 

 

 

 嗚呼、私は今日此処で、人知れず殺されて亡骸は人目を避けて捨てられるのね。

 

 

 

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