モンテローザ嬢を取り調べたのだが、後半から物凄く怯えられた。何故、こうなったのだろう?茫然自失な状態になり、此方からの問い掛けにも無反応になった。常識の範囲内の尋問で拷問じゃないのに?
その後で声も無く泣かれる事に凄い罪悪感を感じる。彼女のギフトの発動は無かったから、僕が本心で彼女の事が可哀そうだと感じているのだろうな。まぁ有る意味では被害者ではある。仕掛けた相手が悪過ぎた。
手足の拘束を解いて、何故かこの屋敷に有る牢屋というか軟禁部屋に押し込む。それなりのレベルの最低限の家具しか置いていない寝室、当然だが窓は無く扉は外側から施錠するタイプだ。
か弱い女性でも自殺の心配は有るけれど、単独で逃げ出す事は出来ないだろう。
「それで、彼女は何を考えていたのだろうか?特に後半の感情の急激な変化は何故だろう?」
尋問の後、彼女の監視をクリスに任せて、リゼルを呼び情報の擦り合わせを行う事にする。リゼルを同席させなくて良かったと思う。もし同席させていたら、モンテローザ嬢はどういう反応を示したのだろうか?
「そうですわね。何というか、誤解が誤解を呼んだというか、勘違いが酷過ぎて何を言ったら良いか分からないと言うか。微妙に勘違いでも無いので、もう誤解したままでも良いかなと思うと言うか……」
珍しく言い淀む態度の、リゼルさんを見詰めて新鮮な感じだなと思う。誤解とか勘違いとか。それだけだろうか?そう言う事が生まれる様な状況だったかな?誤解を生むも何も、会話らしい会話は殆ど交わしてない筈だよ。
む、真っ赤になって顔を反らしたけど何か悪い事でもしたのだろうか?今度は上目使いで睨まれたが、やはり何か悪い事をしたみたいだな。理由は分からないが軽く頭を下げて謝意を示す。ごめんなさい。
真っ赤になって睨まれて、最後は深々と溜息を吐かれたよ。つまり呆れられたって事?えーっと、本当に身が覚えのないのですが、反省しますので御免なさいです。
「最初は反骨心に溢れていました。自分の置かれた状況を確認し、何とか逃げ出す可能性を探っていましたわ。確かに同情する余地はあるのでしょうし、理由も有る程度は理解出来ます」
僕もそう思っていたのに、急に絶望に染まって泣き出したから困惑したんだよ。どんな心の中の葛藤が有って、ああいう結論に達したのか?女性の心は永遠の謎、僕は一生理解は出来ないだろう。
まだ魔術の深淵を完全に解き明かす方が確率が高い気がする。其方の方が楽しいし、遣り甲斐も有るだろうし、なりより生涯を掛けて成し得たい事だし。モチベーションって大切だよ。
もう丸投げしたい気持ちを何とか押し留める。ここで自暴自棄というか適当な事をすれば、後で絶対に後悔する。それは理解出来るから、嫌でも踏ん張るしかない。
「そうだね。でも洗脳しようとして、逆に洗脳され返された訳じゃん。自業自得だよ。その直後に、モリエスティ侯爵夫人に呼び出されて大変だったんだぞ。自棄酒飲んでの愚痴を延々と聞かされたんだ」
目を掛けていた才媛が、まさか自分を洗脳しようとしていたなんて!自分の保身を最優先に考えている、モリエスティ侯爵夫人の気持ちはさ。裏切られた悲しさと、危害を加えられた怒りが混ざり合い酷かった。
前後不覚になる位に酒を飲んで、僕を呼び付けて愚痴って騒いで寝ちゃうとかさ。二日連続で屋敷を訪ねる事になったし、使用人達は誤解するし旦那のモリエスティ侯爵は洗脳の影響で気持ち悪いし、大変だったんだ。
それが最終的にエムデン王国としては良い流れになったけどね。僕等の苦労と難易度が跳ね上がったけど、国内の不穏分子は一掃されて引き締めにもなった。
反乱鎮圧の計画や調整をするために、エムデン王国内の貴族達と連携する必要が有って、結果的に多くの貴族と交流する事が出来て友好的な関係を結ぶ事も出来たけど……
あの頃の仕事量はね。考えるだけでも胃が痛くなる状況だったな。貴族の交流も家と家との関係とかで、側室問題が浮上して有耶無耶にしたまま放置したりさ。側室予備軍とか、変な集まりも強制承認されたし。
総合的に考えればプラスだったから、モンテローザ嬢に向ける悪感情は全く無い訳ではないが他よりは低い。それが見逃す程かといえば、そうではない。
同情はすれども、それだけだな。ザスキア公爵に丸投げする予定だけど、もし人知れず処分という判断を下されたら……自分が実行する。処刑なんて他人に、ましてや女性に委ねる事じゃない。
「処分ですが……それが良いと思いますわ。最期を他人の手に委ねては駄目でしょう。特に、ザスキア公爵に借りを作るというか、負い目が生まれる様な状況はマイナス面しか有りませんわよ」
借りに負い目か。まぁ処刑というか処分自体は、リゼルも賛成というか反対はしない立場なのだろう。王命は身柄の確保よりも始末の方が優先度が高かった。洗脳出来るギフト持ちの捕縛とかリスクが高過ぎる。
洗脳される前に速やかに処理をする。なまじ洗脳に対する抵抗値が高いから、即処分という措置を講じない余裕が有るだけで普通は見付け次第に……その、あれだ。無力化だろうな。
余裕があるから選択肢が増えて幅が広がり判断に迷いが生まれる。選択肢が無いか少なければ、ここ迄は悩まない。どちらにしても無罪放免で逃がす事は無い。
「清濁併せ吞むと言った責任も有るから、綺麗事で済ます事は無い。心は罪悪感で病むが今更だろう。国家の運営に携わっているのだから、国益を損なう事は出来ない。普通に爵位と役職の義務の範疇だよ」
綺麗事だけで済まないのが国家運営で、国益を優先して行動するのが基本だ。そこに個人の正義感や罪悪感を絡める事は出来る訳がない。それをしたければ爵位や役職を放棄するか……
唯一無二の存在、国王にでもなって我を通すしかないだろう。国が敵として定めた存在を救うという事は、国を敵に回すのと同義だよ。国の方針に逆らうという事だからね。
僕だって、もし大切な人が害されそうになったら全てを捨てて共に逃げると決めている。そして隠棲するが、追っ手は倒す。国が追跡を諦めるまで逃亡生活を続ける覚悟も有る。
それ程の犠牲を払う覚悟が有るならば、彼女を助ける事も出来るだろう。でもそんな気持ちは微塵も無い。ああ、僕って最低最悪な野郎だと再度自覚した。
だが国家に所属しながら好き勝手に生きるって事は、そういう事だよ。他で慈善事業をすれば罪悪感も多少は薄れるだろうし、そもそも自分達が幸せに生きるって事は他に皺寄せが行くって事だ。
皆が手に手を取って幸せに暮らせるなんて事は理想だけど幻想だよ。その理想を追求しているのが、モア教だけれども全てを救える訳も無い。
バーリンゲン王国の事は過去からの色々な悪事の積み重ねで、モア教関係者が全員引き上げるという緊急事態にもなった。要は見捨てたって事だし……
「権利ばかり主張して義務を放棄する貴族が多いのですが、エムデン王国は比較的に良い方だと思いますわ」
うん、リゼルさんの表情と台詞が微妙に合ってないのは色々と含む事が有るのだろう。基本的に貴族社会って、貴族最優先の選民思考に染まった社会だからな。
高貴なる者の存在とか義務とか、自分勝手な思い込みや非常識の塊だしね。最近は減って来たけど、少し前までは『自分達は高貴なる青い血をもって生まれてきた至高の存在』とか言っていたし。
でもコレって強烈な皮肉も含まれているんだよな。青い血、つまり冷血で非情。平民に対する態度そのものだろう。極悪人とか人非人(にんぴにん)とかね。まぁ悪口だよな。
最初は透き通るような白い肌に浮き上がる青い静脈、肉体労働など一切しない不健康な状態を自らは選ばれし高貴なる存在だと曲解して言い始めたのが始めだとか何とか?
一昔前は血脈を守る為に近親婚を繰り返した事で、子供達に重大な障害が発生したとか悪い側面が多い。経験則から近しい血を掛け合わせるのは危険だと考えられている。
でもその理由は『神の領域』とも言われているタブーな感じになっている。実際に混血児とか繊細で微妙な問題だし、深く突っ込むのは危険だからスルーだな。
只でさえ、妖狼族の崇める女神である『ルナ様』が実際に存在している事を知っている。その神の領域に首を突っ込む?嫌だよ、藪蛇だよ。
「そうだね。理想に限りなく近いと思うよ。アウレール王は大陸でも最上位の賢王として、後世でも崇められるだろうね」
敵対する国家に連戦連勝、大陸最大の領地を治める事となった。モア教との関係も良好、周辺諸国は少しキナ臭いけど中立や味方寄りな国家も多い。今後も戦争で負ける事は無いだろう。
無暗に領土を広げる政策は取っていない健全な国家運営を進めている。旧ウルム王国領を完全に取り込む事が出来れば、更に落ち着くだろう。大陸制覇とか言い出さなければ大丈夫だな。
流石に大陸を完全に統一したいとか言い出したら、僕も戦争に駆り出されて使い潰される。そうなる前に、イルメラ達を連れて逃げ出すけどね。殺伐とした人生は、もう嫌だよ。
「リーンハルト様のアウレール王贔屓にも困ったものですわ」
カップを指で軽く弾くと、チンッという軽い音が響く。この話題もそろそろ終わりにしよう。モンテローザ嬢の扱いは決まった。ザスキア公爵に最終確認をしてから実行するだけだ。
アウレール王には本当に感謝をしている。配慮もしてもらえるし報酬も適正以上だし、臣下として仕えるには十分な御方だよ。配下に醜い嫉妬もしなければ、政策も至極真っ当だし。
跡継ぎにも恵まれているので後継者問題も無い。リズリット王妃との関係は、ネクタルの件で拗れたけどね。まぁネクタル関連は、ザスキア公爵に丸投げだから何も出来ない。
十五年後位に、イルメラ達が問題無く使用出来る環境を整えてくれれば文句は無い。アウレール王には苦労をお掛けしますが、その分は他で貢献しますのでお許し下さい。
「仕えるに値する方だと思うよ。僕に、僕等には必要な国家と国王だよ」
後ろ盾的な意味でもね。だから忠誠を誓っている。『僕達が幸せに暮らす』には必要な存在と環境だから、絶対に失う訳にはいかない。
「そういう事にしておきますわ」
肩を竦めて言われたが、心を読んでいるのだから表も裏も意味は理解しているでしょ。リゼルも嫌でも最後まで付き合って貰うから覚悟しておいてくれ。
◇◇◇◇◇◇
特に変化は無く数日が過ぎた。変わった事と言えば、アルドリック殿から返信が来た位だ。討伐は順調というか、僕の受け持った連中が全滅した事を知って更に統制が無くなりバラバラに逃げ出したそうだ。
追撃するも蜘蛛の子を散らす様に逃げられては取り零しも多い。幾つかに編成を分けて個別判断で追撃せざるを得ない状況に追い込まれて難儀しているとの事だが、纏まった数での抵抗は無いので時間の問題らしい。
一番面倒臭い予想が当たった。そしてフルフの街を取り囲んでいる連中だが、此方は逃げ出す様子が無く睨み合いが続いている。参謀連中が討って出ようとバニシード公爵に進言するも、保留状態だ。
彼としてはアルドリック殿の帰還を待ちたいのだろう。今全軍で攻め込んだ場合、フルフの街の防衛は僕任せになる。手柄の分散を嫌がったのか?アルドリック殿が来れば、防衛は任せられる。
僕は静観してくれと要請されれば手出しは出来ないし、兵力を渡して欲しいと言われれば応じる事になる。纏まった兵力さえ確保できれば、討伐が失敗する可能性も低い。
詰めの段階に来ているので、無理をしたくないのも理解出来る。手柄欲しさに慌てて結果が失敗では笑えない。笑えないと言えば、娼婦関連の対策は全く進展していない。嘘みたいな事実だ。
バニシード公爵との直接交渉も行っていない。向こうが忙しさを理由に応じない事と、リゼルが半ば放置を推奨しているので任せている。僕に割り振られた兵士達の処遇はそのままなので、フルフの街の巡回警備は継続中。
クリスに敵の様子を探らせているのだが、連中の方も酷い状況になっている。陽動だか攪乱だかは知らないが別れた戦力が殆ど壊滅している状況は知っているのだが、一応主力だったらしくプライドが異様に高い。
物資も分け与えずに確保しているので、未だ少しは余裕が有るのも睨み合っている理由の一つなのかもしれないが……
クリス曰く『ドンと構えていれば、おのずと事態は好転する。我等は選ばれし者達なので天は見捨てず、逆に悪逆非道なエムデン王国の連中に天罰が下る』らしい?
モンテローザ嬢のギフトによる洗脳の所為で、元々巨大だった『自己顕示欲』とか『自分の都合の良い様に記憶を改竄する能力』とか『エムデン王国に対する謎の上から目線』とかが増大したから?
常識では考えられない状況となっているので、僕でもどう事態が動くのか分からない。分かりたくもないのだが、事態が動く条件は分かる。その事態が動く条件というかキーマンが現場に到着する。
先触れが妖狼族の若者だったので怪しいと思い問い質したが、彼は何も知らずにモレロフの街でザスキア公爵と合流して来たそうだ。その件で妖狼族からの報告は来ていないが、彼等がザスキア公爵を止めれる訳もない。
特に叱責とかはせずに、受け入れ態勢を整える事にする。モレロフの街には魔牛族も居るし、クギュー達も居る。仮にフルフの街の防衛線を抜けた連中が居ても、どうとでもなるから問題は無い。
問題は、上級貴族の淑女なのに馬車にも乗らず馬に乗って颯爽と走って来る女性だろう。出迎えには、リゼルと女性兵士達も居るのだが全員が驚いたり呆れたりしている。彼女はエムデン王国でも有名な女性だから、殆ど全員が知っている。
その奇跡の体現者、若返って十代の少女の美貌を取り戻した不老少女。新しき世界の盟主、エムデン王国の淑女の頂点。
「リーンハルト様、来ちゃいましたわ!」
輝く笑顔を浮かべた、ザスキア公爵が妖狼族と共にフルフの街にやってきた。先ず何から突っ込めば良いのか?困り顔のフェルリルとサーフィルに問い質す事から始めようかな。