姉妹と幼馴染みが続けてアクセサリーを贈られた所為か、珍しくルーテシア嬢が装飾品を欲しがった。
しかし彼女の立場に独身貴族の僕が装飾品を贈るのは些か不味い。
デオドラ男爵も苦笑いだが、此処で断るのは彼女の面子を潰してしまう。
「さて、どうするかな……」
装飾品だけど装飾品と取られない物とは何だ?装飾を施した護りの小刀……は駄目だろう。
着飾った彼女の腰に護りの小刀は似合わない、それは武器であり装飾品とは言わない。
ならば、ブレスレットでガントレットでレイピアなアレにするか、今の僕なら作れるだろう。
「では宜しいでしょうか?ルーテシア様、お手を……」
「う、うん」
彼女に近付き跪く、おずおずと差し出される右手を包み込む様に握る。剣の達人なのに差し出された指は白く細く傷一つ無い。
核は上級魔力石を使い素材は銀だが固定化を重ね掛けして強度を上げる。
レベルアップの恩恵か、より今迄より多くの魔力を込めてブレスレットを一気に錬成する……成功だ!
「これは、見事なブレスレットだが手の甲から手首の上まで巻かれているな。手首の部分に上級魔力石が位置してるが……」
「金属の帯を巻き付けた様な変わったデザインですわね」
姉妹達と違うデザインに少し違和感を感じているみたいだな。鷹と薔薇とは随分違うだろう、ジゼル嬢の感想は正解に近い。
「ルーテシア様、ソードと言って右手を振って下さい」
「ソード?分かった、言われた通りにしよう。ソード!」
コマンドを言ってアクションする事で右手に巻き付いていたブレスレットはレイピアに変形。
手首に巻き付いていた帯の部分が真っ直ぐ伸びて刃となり少し短めのレイピアへと変わる。
「ああ、ブレスレットがレイピアに?」
「変形する武器だと?ルーテシア、俺にも見せろ」
大人気ないデオドラ男爵がルーテシア嬢からレイピアを奪い取る。
ソードって連呼して腕を振るけどルーテシア嬢の魔力で反応する様に調整したから無理ですよ。
「デオドラ男爵、それはルーテシア様専用ですから無理です。
ルーテシア様、それはあくまでも護身用なので強度は強くないです。防具の無い部分を突くか切り裂く様に使用して下さい」
デオドラ男爵からレイピアを奪い返して振り回す彼女を見て、下手な装飾品より喜んでくれたみたいで嬉しくなる。
やはり僕は自分が作った物を喜んで貰える事が嬉しいんだな。
「リーンハルト様、自重しなくなりましたね」
「ああ、今更だし君達に隠す必要は無いだろ?今夜の晩餐で僕への対応も分かったからね」
何時の間にかジゼル嬢が隣に居て話し掛けてきた。自重をしなくなった、つまり全てを隠すのではなく少しずつ秘密を教えていくつもりだ。
勿論、転生の事とか秘密にする事も多々有るが……
「リーンハルト様の秘密、それは失われた古代魔法の知識を持っている事ですね?」
ジゼル嬢の衝撃の質問に思わず見詰めてしまう、何故そこに辿り着いたんだ?
「前々から気になってました。
何故、古の武術の型や技を使えるのか?
何故、ゴーレム運用に古の円陣や円殺陣を好んで多用するのか?
何故、ドワーフの名工の弟子より技術力が有るのか?
証拠の無い疑問を積み上げて考え出した推論ですが違いますか?」
流石ジゼル様だ、見事に真実に辿り着いているが僕のウッカリが酷過ぎるのも原因だろう。
「違わないよ、確かに僕は古代の知識を持っている。でも、それは……」
「詳細は聞きません。私はリーンハルト様の秘密を守る為に動くのが役目なのです。だから、その秘密を知らないと駄目だったので聞いたのです。
ですが、詳細な内容は聞かなくても結構ですわ」
にっこり微笑まれたが、大変に含みの有る笑みに見えます。
「ジゼル様、有り難う御座います」
だけど僕の為だったのか、頭が下がる思いだ。
「全く私の婚約者は不思議な方です、知れば知る程怖くなりますわ」
目の前では貴族としては珍しい親子喧嘩が始まった、どうやら模擬戦に突入するみたいだな。
「君の一族ってさ……」
「言わないで下さい。遺伝的に赤い髪を継ぐ者達は大抵がアレなんです。私は違います、戦闘狂などでは有りません!」
自分の父親と姉をアレ扱いか……
確かにデオドラ男爵の子供なのにジゼル嬢もアーシャ嬢も髪の色は金髪だ、ボッカ殿も金髪だったし不思議な一族だな。
◇◇◇◇◇◇
慌しい晩餐を終えて客室に戻ってきた、結局泊まる様に押し切られてしまったな。
ジゼル嬢には頭の下がる思いだが、僕への警戒心は高めてしまっただろう。
しかしアーシャ嬢の件は困ったな、悪い娘じゃないし素直な感情を見せてくれる相手だ。
だが典型的な貴族の深窓の令嬢だから無下に扱えば泣き出してしまうだろう、僕は女性の涙に耐性は殆ど無い。
過去に魔術師の頂点に上り詰めても、男女間の事については初心者でしかないのが現実だ。
考えだすと何とも情けない状況だ、ベッドに倒れこむ様にして横になる。
「僕の一番大切な人は……」
真っ先に思い浮かぶのはイルメラだ、僕は異性としても彼女を一番大切にしている。
だが恋愛感情はというと不思議と湧いてこない、彼女は姉として家族としての思いも強い。
次はウィンディアとエレさんだが、彼女達はパーティメンバーとして大切なんだと思う。
ウィンディアは僕の寵愛を得る様にデオドラ男爵から言い含められてるみたいだが、それを差し引いても大切な女性にはかわり無い。
後は……『静寂の鐘』のリプリーは初めて出来た魔術師の友達だ。
冒険者養成学校で知り合った盗賊姉妹のベルベットさんにギルテックさん、お世話になりっぱなしで恩を返してない。
恋愛対象と考えられるのは彼女達位か、後は年上だから彼女達からしても僕は対象外だろう。
対外的な婚約者であるジゼル嬢は警戒されて怖いと告白された、アーシャ嬢はデオドラ男爵の考え方次第では最も近い位置かもしれない。
愛の無い政略結婚は嫌だが明確な好意を寄せてくれる相手は拒み辛い。
僕にその気が無いと突っ張ねるのは可能だが、今の立場的には無理な場合も有るんだ。
早く冒険者ランクをC迄上げるか成人後直ぐに結婚してしまうかだが……
「相手が居ない、最初に逆戻りだ……」
仰向けになり天蓋を見詰める、何故結婚を焦っているのだろうか?
分からない、性欲が我慢出来ないほど漲ってもいないし孤独も感じていない。
元々第二の人生は自由に束縛なく生きていく予定なのに、兄弟戦士曰く『結婚は人生の墓場』に直行って何故なんだろう?
微睡んでいると部屋付きのメイドが風呂の準備が出来たと呼びに来たので有り難く入らせて貰う。
◇◇◇◇◇◇
通された風呂は財力に見合った豪華な物だった。
「広い、総大理石造りの浴室、泳げる位な浴槽、多分芸術品な石像達……」
エムデン王国は風呂の文化が周辺国家より進んでると聞くが、此処まで立派なのは初めて見た。
実家の風呂も立派だと思ったが、この二割位の大きさだ。流石は領地持ちの従来貴族、財力が半端無いな。
無駄に広い洗い場に座り身体を洗い始める、因みに風呂付きのメイドさんが居たが丁寧に辞退した。
正当な仕事を遂行したい彼女達には悪い事をしたと思うが、やはり異性に裸を見られるのは恥ずかしいという感覚が芽生え初めている。
転生前は当り前に世話をして貰ったのだが、今の身体に魂が引き摺られているのだろうか?
身体を洗い終えて此方も無駄に広い浴槽に浸かる、落ち着かなくて端に寄ってしまうのは仕方ないだろう。
「おお、リーンハルト殿も入っていたのか?」
風呂付きメイドさんを二人従えたデオドラ男爵が素っ裸で入って来た。鍛え抜かれた肉体は全身傷だらけだが不思議と醜いとは思わなかった。
「はい、お先に頂いてます」
ドッカリと洗い場の椅子に座り左右からメイドさんに身体を洗って貰っているデオドラ男爵から目を逸らす、男の裸を見ても意味が無い。
「人に身体を洗わせるのは苦手か?メイド達が困っていたぞ、仕事を拒まれたと……
お前は俺と引き分けた剛の者だからな、屋敷の者達から一目置かれているんだ。
世話をしたくて仕方ない連中が大勢居る。何なら適当なメイドを部屋に引っ張り込んでも構わんぞ」
豪快に笑い下ネタを話すデオドラ男爵の身体を洗うメイドさん達は困った様に微笑んでいる、雇い主がエロ親父だと対応に困るだろうな。
「彼女達の正当な仕事を拒否したのは悪いと思ってます。ですが下級貴族の長子としては馴れない好待遇には気後れするのです」
下ネタは僕もスルーする、僕は部屋にメイドを引っ張り込まないぞ。
「気後れ?俺と張り合えるお前がか?面白い事を言うな」
身体を洗い終えたデオドラ男爵がメイドさん達を下がらせて浴槽に入ってくる。バシャバシャと両手で湯を掬い顔を洗う仕草が妙に似合うな。
「ふーっ、風呂は生命の洗濯だ。疲れた身体が解れるだろう?」
「はい、良いものですね」
暫くは無言で湯を楽しむが、そろそろ出ないと逆上(のぼ)せそうだ。
「アルクレイドがな……お前との模擬戦をやりたがったが、ゴーレムルークの話を聞いて断念したぞ。
前回は条件付きの勝利、個に特化した奴と集団戦に長けたお前が一対一のハンデで戦ったのだ。
勝って当たり前、負けたら問題だった。だが、お前のゴーレムルークは攻城戦級の大型ゴーレムだ。
次に戦えば負ける、だから勝ち逃げするとよ」
全く情けねーぜ、とか呟かれたが確かにアルクレイドさんの『堅牢』もゴーレムルークなら勝てるだろう、今のレベルアップした事も踏まえてだが……
「そうですか、それは残念です」
「まっ、その代わり明日の朝も俺が相手をしてやるぜ。丁度良い魔法剣を手に入れてな、試し切りがしたい」
「いや連続過ぎませんか?毎回模擬戦は僕も色々困るんですが……」
「だが断固断る!」
確かに得る物は多いけど苦労も多いし毎回来る度に模擬戦は勘弁して欲しい、僕は戦闘狂じゃないんです。
デオドラ男爵が浴槽から出たので一緒に出る、もう少しで逆上せる所だったぞ……
「ちょ、ちょっと待って……」
風呂付きメイドさんが僕まで世話をしに来てしまったが断るタイミングを失ってしまい、そのまま身を任せてしまった。
懐かしいな、一応王族だった転生前を思い出す。諦めてメイドさん達に身を任すとタオルで丁寧に拭いてもらい着替えさせて貰った。
「リーンハルト殿、慣れてないか?
普通は身を固くしたりするモノだが、拭き易い様に身体を動かしたり変に照れたりも無い。メイド達が何も指示せずに着替えを終えるとは驚いたな」
身に付いた習慣って怖い、腐っても元王族だからその気になれば身体が勝手に動いてしまう……
普通初めてならメイドさんでも若い女性に裸を見られれば、照れたり固くなったりする。それを自然体で世話をされてしまった。
「メイドさん達のリードが良かったので恥をかかずに済みました」
爽やかな笑みを浮かべてメイドさん達を見て誤魔化す、いや無理か。
「そうか?」
「はい、そうです」
訝しむデオドラ男爵を勢いで誤魔化し自分の部屋へと向かう、駄目だボロが出過ぎだぞ。
実は皆さんジゼル様から聞いてるんじゃないかって反応をしてくる。
何とか客室に戻ると直ぐに部屋付きメイドさんが水差しを用意してくれた。
「眠る前にお酒をご所望ならば御用意致しますが?」
「いえ、お酒はもう結構です。後の世話は大丈夫ですから下がって休んで下さい」
壁際に黙って立たれても困る、もう一人で休みたいんだ!
「失礼致しました、明朝伺います」
丁寧にお辞儀をするメイドさんが扉を閉めるまで確認しベッドにダイブする、フカフカだ!
「疲れた、色々な意味で……おやすみなさい」
部屋の明かりも消さずに深い眠りへと落ちていった……