モンテローザ嬢の処分について、ザスキア公爵にも伝えた。王命は生死を問わず捕縛だが、洗脳というギフトが他人と接触させる事の危険性を考えて安楽死させる事を選んだ。
反乱の首謀者なので、捕縛して王宮に護送しても厳しい取り調べの末に死罪は免れない。貴族としての尊厳を保つ為の、自裁の許可が下りない可能性が高い。
現政権への反乱という手段で抵抗したのだから、貴族籍を剥奪されて平民階級の罪人として処刑の可能性も高い。裁判すら形だけの簡易的なものになるだろうな。
それだけ反乱の首謀者というのは罪が重い。彼女は親族を唆し反乱を企て、更にバーリンゲン王国に潜伏し反乱を煽った。二回も反乱を企てた者に温情など与えられるか?
無い、極刑しかない。実は同情する点も多いが、理由を明かす事は出来ない。何故ならば秘密を明かす事は、モリエスティ侯爵夫人の『神の御言葉』という洗脳ギフトを明かす事になるから。
それを明かす事が出来ない。そんな事をすれば、モリエスティ侯爵夫人が保身の為に何をするか分からない。彼女の洗脳力は、モンテローザ嬢とは比べ物にならない程に極悪だ。
保身に全力を尽くす彼女ならば、最悪の場合……アウレール王や重鎮連中の洗脳も厭わないだろう。
まぁ洗脳を繰り返すと性格が変になるので、彼女も自重している。だが自身が危険となれば、形振り構わず洗脳し捲るだろう。結果的にエムデン王国の上位陣は普通じゃなくなり国家は破綻する。
それは自分達の幸せの為にも絶対に避けたい。エムデン王国は自分の知る限りでは最上級に支配階級にまともな者が多く、治安も良く暮し易い。気候も温暖で過酷な自然条件も少ない。
これ程の優良物件を失う訳にはいかないので、自分が泥を被ってでも出来る事はする。その為に、アウレール王に絶対の忠誠を誓ったんだ。これは王命、気分的に嫌だからと避けては通れない。
エムデン王国の繁栄と存続の為に、女性を安楽死させる事も厭わない。
◇◇◇◇◇◇
ここ数日、侯爵令嬢であった頃の食生活を堪能させて貰ったわ。部屋から出れない不自由さ以外は何の問題も無い生活を送る事が出来ました。ゴーレムの監視付きとは言え、入浴もさせて貰いました。
暫く忘れていた快適な生活。話し相手は居ないので孤独でしたが、洗脳されるのを恐れて接触を制限するのは当たり前の事よね。それにゴーレムクィーンの、アインと言ったかしら。
彼女はゴーレムだから当然喋れませんが、驚くべき事に意思の疎通が可能なのです。身振り手振りで会話らしき事が可能、暇を持て余していたので色々と動作を考えて会話を楽しみました。
そして捕縛されて一週間後、この快適な暮らしの終わりがやってきましたわ。
「気分はどうかな?」
バーレイ伯爵が一人で軟禁されていた部屋に訪ねて来ました。私を好き勝手にする様な相手ではない事は、この数日の対応で分かっています。敵対せずに協力関係を築けていれば、アヒム侯爵家は安泰だったでしょう。
侯爵家の筆頭というプライドが、新参者の台頭を許せなかった。面子に拘って時勢を読み違えた事が、私達の最大の失敗だったのでしょう。彼は敵対さえしなければ、アヒム侯爵家と普通の付き合いしかしなかったでしょう。
公爵家の当主達が、自分の子供や孫みたいな年齢のバーレイ伯爵を対等な関係として扱った事を当時は笑いましたが……今考えれば愚かだったのは私達の方よね。
「悪くは無いわ。いえ、とても満足していますわ」
望めるならば、もう少し今の環境を楽しみたかったのですが一週間も猶予を与えて貰えた事に感謝しましょう。私の穏やかな対応に一瞬だけ顔を顰めたのは罪悪感でしょうね。
この殿方は冷酷無情と思っていましたが、暫く接してみれば驚く程に実力や成果に反比例して普通の感性を持っていますわ。己の責務を忠実に行う為に、私を処罰する事に心を痛めているのね。
でも処刑自体は止めないし拒まない。仕事に個人の感情は挟まない、未だ成人したばかりなのに、驚くべき老成した精神。いえ、心の有り方かしら?
私に同情するよりも他に大切で優先すべき事が有るのね。噂の大恋愛中の本妻さんと側室さんの事かしら?
「自裁を勧めます。用意する毒は無味無臭ですし眠るように最期を迎えられますので、苦痛が無い事は約束します。後は最後の飲み物の希望くらいでしょうか?」
苦しまずに殺してくれる。いえ、自裁という貴族の扱いで最期を迎えさせてくれるのね。その温情に感謝しますわ。最期に看取って貰える殿方が、貴方で良かったのでしょう。
きっと他の者達でしたら、この様な穏やかな気持ちで最期を迎える事は出来なかったでしょう。もう足掻く事も疲れましたし、良いとは思えませんが後悔も多少は有りますが、満足な人生でしたわ。
毒杯を煽るのですが、その飲み物ですか?定番ならば赤ワインですが、私はお酒よりも果汁水の方が好みです。赤ワインは血を連想しますので止めておきましょう。
貴族子女の自裁は服毒の他にナイフで喉や心臓を突くという方法が有りますが、普通は前者、後者は緊急時や毒を用意出来なかった場合です。覚悟は有れども、やはり痛いのは嫌ですから。
「自裁後の私の身体は?晒し者は嫌なのですが、反乱の終息を示す為にも晒されるのかしら?」
死後の事など関係ないと思うかもしれませんが、年頃の乙女なのですから無残に死体を晒されるのは嫌です。この言葉に、特に考える素振りを見せないのは既に答えは用意しているという事ね。
「アウレール王に確認して頂いた後になりますが、丁重に埋葬します。埋葬の場所の希望が有れば叶えられる範囲でなら対応しましょう」
反逆者の遺体の処遇まで口を出せる程の立場なのね。普通なら無理だけれども、英雄リーンハルト卿の名前は伊達ではないのね。私の持っている情報では、そこ迄の発言権は無いと思ったけれども情報が古かったのね。
彼が丁寧に埋葬すると言ってくれるのでしたら、死体を辱められる事は絶対に無いという事でしょう。もう心残りは何も無いわ。彼ならば墓碑に花束位は供えてくれるでしょう。
名も無き反逆者の墓碑に花を供える英雄様ですか。それはそれで皮肉が利いていますわ。貴方の心の中に罪悪感という重しを添えて、私の名前は一生残るのでしょうね。
それはそれで凄く嬉しい。この稀代の魔術師の記憶に、心に一生残る事が出来るのだから快挙と言って良いでしょう。他の有象無象の淑女達から恨まれるでしょうか?嫉妬されるでしょうか?
本妻でも側室でも愛人でもない敵対した女が、彼の心の片隅に居座る事になるのだからね。何故か今から自裁する筈ですが、とても楽しくなってきました。
ドキドキとワクワクが止まらないという感じかしら?私が微笑むのを見て、気でも触れたか?みたいな心配そうな視線を向けないで下さい。これでも最後の瞬間の為に、心の整理をしているのですから。
軽く睨めば、バツが悪そうに視線を逸らしましたわ。本当に憎い相手の筈なのに、お優しいのですね。
「ふふふ、そうですか。では最後の希望を伝えますわ。飲み物は果汁水、埋葬場所は国立の無名墓地にでも埋葬して下さい。無名ですので名前は刻まなくて結構ですわ」
黙って空間創造からワイングラスを取り出し、同じくラベルの貼ってない瓶を取り出して中身を注いでくれたわ。匂いからして柑橘系の果汁水みたいね。
エムデン王国一番の酒豪なのに果汁水も用意してるのね。軽く指でワイングラスを弾いた時に中の液体が光ったのは、錬金術で無味無臭の毒を錬金したのね。
こんな時に恰好を付けなくても良いのだけれど、確かに毒入りの小瓶から直接注がれるよりは気持ちは軽いわ。そういう気配りが出来るのは、好感度が高いわよ。
「飲み易いグレープフルーツの果汁水を用意しました」
ワインクラスが差し出されたので受け取ります。その時に、ほんの少しだけ指先が触れたのですが……それだけで嬉しくなるとは、私も困ったものですね。
「最期を看取って頂けるのが、貴方で幸せでしたわ」
ワイングラスを胸の高さ持ち上げ、少し相手の方に動かしてから一気に飲み干す。最高級のグレープフルーツの果汁が口の中を爽やかに満たして幸せを感じて、急激な眠気が襲ってきましたわ。
グラグラと身体が左右に動き胸から胃の辺りに掛けて、じんわりと熱を感じ始めましたが不快感は有りません。逆に湯船に浸かっているような心地よさが全身を包みます。
多分ですがワイングラスを落としてしまったのですが、衝撃も音も感じませんでした。幸せな気持ちを抱いたまま、瞼が重くなり身体が倒れかけた時に彼が優しく受け止めてくれた感じが……
嗚呼、私はこれから目覚めの無い眠りにつくのね。
◇◇◇◇◇◇
毒杯を呷った、モンテローザ嬢の身体をソファーに優しく横たえる。自裁を勧めた自分に、最後まで文句も言わず穏やかに会話をして果てて見せた。その寝顔には苦悶の表情は無く、穏やかな寝顔を見せている。
この後、ゆっくりと心肺機能が弱まり最後は機能を停止する。痛みは一切無く、本人は眠った様にしか感じないだろう。それが彼女の希望で約束だから、一切の苦痛を感じさせず最期を迎えるだろう。
特注の棺には冷凍機能を付加しているので、良い保存状態で王都に運び込む事が出来るだろう。アウレール王に、彼女の死を確認して貰い国立の無名墓地に埋葬する。確か名も無き兵士達の埋葬される墓地が幾つかあった筈だ。
墓碑に名前も刻まなくて良いのは悲しい事だが、彼女の最後の希望なので叶えよう。
「終わったのかしら?」
ザスキア公爵とリゼルがアインを伴い部屋に入ってきた。テキパキとモンテローザ嬢の状態を確認し、アインに指示をして運び出した。この後は棺に入れられて、王都まで万全の状態で送る事になる。
「ええ、彼女の最期の言葉も聞きました。これでバーリンゲン王国の反乱については完全終息一歩手前ですね。残敵を掃討して決着を付けましょう」
アルドリック殿も担当の敵を殲滅し周囲に残敵が居ないかの巡回と確認をして戻ってきた。残りはフルフの街の前に陣取る連中のみだが、僅かに人数が増えている。未だに合流している連中が居るのか。
最後の決戦に、僕は参戦しない。参謀達の活躍の場を奪う訳にもいかないし、そもそも仕事の区分も違う。バニシード公爵の失点は大きい。今回の王命は達成は出来るが減点も多く、評価は最低値だろうな。
アルドリック殿と参謀連中の手柄は渡せないし渡さない。貴方は最後の最後で欲望に走り、娼婦と言う不確定要素を招き入れた事に対する責任を取って頂きます。
女性に溺れて破滅とか、貴族の男ならば納得出来る結果でしょう?
「その、リーンハルト様。今夜は私達と一緒に寝ましょう。貴方を一人にする事には抵抗が有ります。いえ、危険と思っています」
「不本意ですが、誠に不本意ですが、お互いを監視する意味でも三人で眠る事を推奨します」
はい?ザスキア公爵とリゼルさんが、何とも言えない苦虫を纏めて嚙み潰したような顔をして提案して来ましたが普通に駄目でしょう。こういう場合は黙って一人にしてくれるものじゃないのでしょうか?
未婚の淑女二人と同衾とか、しかも一人は公爵本人とか有り得ない。僕でも不敬案件で処罰対象というか責任問題が発生するので、丁重にお断りしたい。心が病んでしまったと心配してくれるのは嬉しい。
でも、そんな良心に潰される様な清い心など転生前に無くしているので大丈夫です。僕の心は既に闇に飲み込まれているので、哀れな淑女を一人安楽死させた程度では壊れません。
「既に四桁の敵兵を屠っていますので大丈夫です。安心して下さい、壊れませんから!」
執拗に迫って来る二人をアイン達を総動員して押し退けて、何とか一人で寝室に逃げ込めば……
「主様、待ってました」
既にベット脇で夜着を着て待機していた、クリスを寝室から叩き出して扉に強固に固定化の魔法を掛ける。彼女達は、敢えてドタバタの喜劇を装って気分転換をしてくれているとは思う。
でも世間体とかがですね。安易に提案を飲み込んだら危険なのです。あの、クリスの男らしいニヤリとした顔を見れば他の意図が有る事は分かってしまったから。
まぁ落ち込んだ気持ちが、焦りに変わっただけですが気分転換にはなったので一応感謝はしておきます。