リゼルとクリスに導かれて行った先は、フルフの街の外周に近い場所で、元は倉庫だったと思われる古く大きい平屋の建物だった。僕もフルフの街の中はそれなりに移動したけど初めての場所だな。
途中、女性兵士達だけが巡回や立哨をしていたので、一般の男性正規兵には秘密なのだろう。情報の秘匿が徹底的なのは、最悪の場合の処理も含めての対応だな。
フルフの街の中に入れてしまった以上、エムデン王国に不利益な結果になれば……なるならば、国益の為に処理する覚悟と準備が有る。バニシード公爵に見習わせたいね、全くさ。
馬車ごと入れる大きさの両開きの門を開けると、中からひんやりした空気と少し饐(す)えた匂いが流れ込んで来る。
「此方になります」
「入って」
二人に導かれて中に入る。因みに安全の為に探査魔法で周辺及び建物の中の凡その事は調べている。周辺に潜む者や此方を窺っている者は居ないし、建物の中には十人から十五人程度の反応が有る。
かなり広い空間、やはり元は倉庫か何かだったのだろう。品物は殆ど無いが、壁際には幾つかの木箱や袋に工具類が立て掛けてある。食糧庫だったのだろうか?袋の破れた部分から穀物が零れている。
人目を避ける為だろう。窓は全て閉まっているので、扉が閉まれば真っ暗になるだろう。いつの間にかクリスがオイルランプを取り出したので魔法で光球を数個生み出して周囲に浮かべる。
奥まった所に扉が有り、開けると二階に繋がる階段が見えた。ギシギシと鳴る木製の階段を薄暗いので慎重に足元を確認しながら登る。二階は間仕切りのない広い空間で、奥の方に彼等が居た。
「バーレイ伯爵?」
窶れて薄汚れてはいるが、見覚えの有る女性が居た。タマル殿だ。彼女は床に寝かされている者の額の濡れたタオルを交換していた。寝ているのは、見覚えは有るが……えっと、どっちだっけ?確率は50%だが。
「タマル殿。それに、カーマイン?」
どうやら正解だったようだ。二人とも安堵の表情をしたし、名前を間違えられたら安心した表情など浮かべない。奥から小走りで走り寄って来たのが見覚えが有るので、ハーミィだろう。
全員が着の身着のままで何とか辿り着いたような感じだが、仮にもアブドルの街の領主代行と警備隊の隊長と副長だろう。それ相応の物資や戦力を抱えていた筈なのに、どうして極度に疲弊している?
僕達の会話が聞こえたのだろう。見知った者達が集まってきたが、ブングル殿は頭と利き腕に包帯を巻いていて、ミグニズ殿は片足を引き摺っているが何とか一人で歩いている。
残りの連中も見覚えは有るが、名前は分からない。だが全員が無傷ではなく何かしらの怪我を負っている。ああ、そうか。フルフの街に入れたとはいえ、国から支給しているポーション類は渡せないか。
人道的治療行為という事も可能だが、招き入れた事自体が命令違反に近い。更に軍需物資を使わせる事には躊躇する、それは当たり前の判断で悪いと言えない。バーリンゲン王国の連中の対応は基本的に王命で決めているので逸脱はね。
最低限、食料やポーション以外の医療品を渡したのかな?物資の殆どを僕の空間創造に収納しているので、余剰品は少なかっただろう。これは僕が悪かった。少しは融通が利く物資を別に確保しておくべきだった。
物資倉庫は正規兵達に管理を任せているし、農場で栽培した野菜類も同じく管理は正規兵だ。彼等に渡せる物は少なかっただろう。
「ご無沙汰しております。この様な情けない姿でお目汚しをしてしまい、申し訳御座いません」
動きが緩慢なのは体調不良もそうだが、どこかしら怪我を負っているのかもしれない。治療と休養が必要だな。幸いだが現最高責任者だから、このエリアの警備状況を決められるので、匿ってもバレる危険は低い。
故に時間的な余裕も有る。見捨てるという判断は、リゼルとクリスが受け入れた段階で無い。彼女達には最終判断を委ねてきたが、普通なら決められた手順で処理をして報告だけする筈だ。つまり彼等を助けたい。
ならば、彼女達の上司として主としての行動など決まっている。最終的に違法でない事にすれば良いだけで、裏道も抜け道も幾らでも方法は有る。タマル殿達が納得するかは別問題だけど……
「いえ、苦労されたのが分かります。怪我人にハイポーションを飲ませて下さい。その他の物資も置いておきます。暫くは治療と休養を優先し、今後の話は先延ばししましょう。勿論ですが、悪いようにはしません」
そう言って空間創造から、ハイポーションやストックしていた食料や衣料品を取り出す。匿った人数は少ないので量に問題は無い。先に匿う場所が見つからない様に根回しを行おう。
現状で入れ替えた正規兵達に見付かるのは不味い。未だ掌握していないので、融通を利かせてくれるかも未知数だ。任務の引き継ぎは問題無かったが苦楽を共にした一体感までは引き継げない。
最悪、見付かった場合は良くて捕縛で最悪はその場で切り捨てだ。彼等が勝手に侵入して潜んでいましたので討伐しました!と言われれば、何も言えない。タマル殿達の現状はとても厳しいんだ。
「いえ、先に私達の現状の説明をさせて下さい。出来ればその後の対応も教えて頂けると、覚悟を決める時間が持てます。私達も御厚意に甘えるだけという訳にはいかない事も理解しています」
うーん。真面目というか、彼女達はバーリンゲン王国に所属はしていたけど、悪意有る思想には染まっていない。それを再度確認出来ただけで助ける理由としては十分だ。
「先ずは治療と何か消化に良いものを食べましょう。万全とは言えないかもしれませんが、体調不良で相談しても良い結果にはならないでしょう」
確か大量にストックしたスープ類が有った筈だ。先にハイポーションを飲んでもらい、お腹がタプタプになるかもしれないけどスープで腹を満たして貰おう。
僕も今日は時間的余裕が有るというか、殆ど仕事が無いので暇を持て余しているんだ。何時までも最高責任者が多忙な現場は上手くいってない証拠だからね。
フルフの街関連の王命は上手く軌道に乗っているって事だよ。だから多少の問題事の対応は大丈夫、エムデン王国を裏切らない方向で彼等を守ってみせるさ。
自分勝手で傲慢?そうだよ。僕の第二の人生は、自分と大切な人達と幸せに暮らす事だからね。リゼルやクリスに悲しい思いをさせる訳がないじゃないか。
◇◇◇◇◇◇
話し合いは、タマル殿とミグニズ殿にブングル殿。此方は、僕とリゼルの五人で他の連中は遠巻きに見ているが話し合いには参加しない。タマル殿達が実質のリーダーだからなのと、大勢参加しても話は纏まらない。
大勢参加して各々が自分の希望を言い出す事を警戒したのだろう。タマル殿が話し合いの前に、彼等に話は聞いても良いが口出しは無用。何か言い出した時点で叩き出すと言ったら、特に反発も無く頷いていた。
ここで反論したり不満顔をしたりしたら、そいつはバーリンゲン王国の異常な思想に染まっていると判断して処分対象だ。だが特に不満も無く従っているのは、タマル殿の統率力の高さか?
「取り合えず、バーリンゲン王国の陥った現状は知ってますか?」
最初に聞くのは自分達が所属していた国の愚かな行動を知って貰う為。どうせ都合の良い嘘を並べて、自分達がエルフ族を激怒させた責任を取らない様に勝手な事を言い触らしているかの確認。
「いえ、王都でクーデターを起こした連中が政権を維持出来なかった事。引き継ぎのゴタゴタでエルフ族との交渉が途絶えた事を不敬だと植物ゴーレムを嗾けられて対応に苦慮している。各都市や街は独自に対応しろ、ですね」
思わず両手で頭を揉んで頭痛を和らげようとしたが全く効果は無かった。自分達がエルフ族を激怒させたのに、エルフ族が悪い様な言い回しをしているが理由が適当過ぎて酷い。
彼等は人間というか、バーリンゲン王国と国交を結んでいないし、何なら話し合い自体が不要で自分達に関わるな。迷惑を掛けない範囲で勝手にしろ!くらいなスタンスだったぞ。
何を定期的に交渉をしていたみたいな嘘を吐くんだよ。クロレス殿達は、バーリンゲン王国の連中とは会いたくも無いって言っていたぞ。毎回、自分達の都合の良い話ばかり持ってくるので顔も見たくないと……
「あーうん、ソレって真っ赤な嘘だよ。クーデターで政権を奪った連中は、エルフ族に人口減少の対策として種を提供するって最低の提案をした。クロレス殿は無礼な使者を処分し、バーリンゲン王国の消滅を決めた」
僕の言葉に、タマル殿は天を仰ぎ、ミグニズ殿達は拳で膝を強く叩いた。まぁそうだよな。普通に考えて上位種族に対して、子種を提供する!とかふざけた話をするとは信じられないだろう。
いや、連中なら遣り兼ねないという考えに至ったからの絶望と諦観だろうか?簡単に言えばエルフ族に喧嘩を売って返り討ちの最中だと知ったんだ。絶対に勝てない連中を侮辱して報復に巻き込まれた。
怒りをぶつける連中は既に居ないか、居る場所も分からない。怒りをぶつける相手が居ない。どうしようもなく、やるせないだろう。話を聞いてるだけの連中も絶望感を表している。
「それでケルトウッドの森のエルフ達に、バーリンゲン王国とエムデン王国は同じ人族でも全く別ですと説明して納得して貰いました。そうしなければ彼等は人族を全て同一視して滅ぼすつもりでしたよ」
冗談ではなく『人類は滅びました』の一歩手前で止められたんだ。クロレス殿は話の分かる人物だったが、レティシア達との交流を深めてなければ交渉自体が出来ずに滅びを待つだけだった。
そう考えれば、バーリンゲン王国は人族を滅ぼそうとした最悪の罪人だぞ。まぁ真実は彼等が全滅した後に懇切丁寧に資料を纏めて各国に教える予定です。エルフ族による森林化の正当性の理由付けとしてね。
全ての泥は被って貰う。お前達は未来永劫、人類の敵として全ての増悪を向けられて貰う。自業自得と諦めて下さい。尻拭いを押し付けられただけでも迷惑なのです。
これで過去に間違った対応をして苦労して来た事が精算される。全く最低な隣国もあったものだよ。
「エルフ族はバーリンゲン王国の存在自体が許しがたく領土を全て森にして浄化する考えでした。なので僕がフルフの街の手前までを森林化してフルフの街を国境に定め、此処に大使館を設けて国交を結ぶ事にしました」
カーマインとハーミィが声を押し殺して泣き出した。想像を絶する愚かさと、追い込まれている状況を知らされたんだ。簡単に絶望って言葉だけでは表しきれない感情が渦巻いているのだろうな。
「森林化とは、あの植物ゴーレム達の事ですよね?胸の宝石?を狙って襲い掛かっては返り討ちに遭う連中を何度か見ましたわ。襲い掛かれば全滅するまで攻撃に手を緩めない。逃げても追いかけて殺す。その理由を理解しました」
逃げ出す連中までも絶対に殺す。そういう非情過ぎる理由が思い浮かばなかったのだろう。基本的に人間に対して無関心だったのに殺意の執着が強い事が疑問だったのかな?
人だって羽虫を手で追い払う事は有るけど、逃げる羽虫を追い掛けてまで殺そうとする事は少ない。今までに無い対応の差が不思議というか違和感を感じていたのか?
こういう差異について疑問に思える事って凄いよね。まぁそんな事も有るよね?程度しか受け取れないと、後で問題になる事って経験上は結構有る。あの時、何時もと違う事を何故疑問に思わなかった?とかさ。
「あのゴーレム達は目的地に着いたら、自分を起点に植物を生やして森を生み出すのです。辺境から順次森林化する予定らしいのですが、予定はあくまでも予定なので辺境以外でも森が生まれている可能性も有ります」
実際に辺境は捨て地として長老達の好きな植生に作り替える事にして本命は、クロレス殿が主体で住み易い植生の森を広める計画なのでケルトウッドの森を中心に新しい森が広まっている可能性も有る。
一年程度で全ての領土を森に生まれ変わらせるといっていたのだが、未だ三ヶ月位だよね。少し予定よりも早過ぎないかな?まぁ文句も言えないし言わない。僕はフルフの街を整備して引き渡すのが仕事です。
エムデン王国側の計画と予定は順調、後は逃げ込もうとしている連中を追い返すだけで良い。多分だが殆どの武力を持つ連中は対処したから、残存兵力の脅威度は低い。残りは領民達が多いだろう。
罪悪感が生まれるだろうけど、耐え忍ぶしかない。
「はい、幾つかの街や村が森に覆われているのを見て来ました。そうですか、バーリンゲン王国を文字通り地上から痕跡も残さず消し去りたいのですね。愚か者の末路としては……」
タマル殿が言葉に詰まったのは、馬鹿共の最後としては殲滅されて順当とは言えないからだろうね。さて、彼等の処遇だけどモレロフの街に行ってもらうか。カシンチ族連合に明け渡す予定だけど、少し人数が増えても問題無いだろう。
彼等は、ジェスト司祭対応で辺境の蛮族でなくバーリンゲン王国の国民としてモア教の復興支援を受けている。そこに捩じ込む事は可能だろうが、事前に話を通しておかないと元の関係を引き摺られたら何時か偽の身分が発覚する。
最初だけモレロフの街で受け入れて、暫くしたら他の領地の何処かに移住させても良い。要は最初の受け入れだけ問題無くすれば、あとは少数だからどうにでもなる。これが何十人、何百人だと少し厳しい。
対応を決めてから交渉に臨む訳だから、話の落とし所を調整するのも難しくないだろう。大した苦労じゃないのに、リゼルとクリスの心労が無くなるなら悪くはないな。