古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第102話

 恒例行事になりそうで嫌な模擬戦を行う事になった。

 毎回ギャラリーは増える一方で今回はボッカ殿達も不機嫌そうに観戦している。

 アーシャ嬢は木陰から僕の後ろ側へと場所を移動した、人見知りだが馴れたのだろう。

 

「さぁ戦うぞ、今回こそ勝負を付ける!」

 

 既に抜き身のロングソードを高々と掲げているデオドラ男爵……バトルジャンキーめ。

 彼の手には先日ドワーフ工房『ブラックスミス』のヴァン殿から貰った魔法剣『ピュアスノゥ』が握られている。

 純粋な雪って厳つい中年貴族には似合わない、アレはルーテシア嬢が持ってこその魔法剣だ。

 

「今回は趣向を替えさせて頂きます、宜しいか?」

 

「構わん、早く始めるぞ」

 

 既に目がギラギラと輝き口元には凶悪な笑みを浮かべている、前回の最後と同じだが欲求不満の不完全燃焼状態だったか?

 

「お父様ったらお腹を空かせたワンちゃんみたいですわ」

 

「全くだ、私も手合わせしたいとお願いしたのに家長命令だと私の方がお預け状態だ」

 

「お父様のストレス発散に最適ですわ、王宮は魔窟ですから適度な運動は精神を安定させます」

 

「リーンハルト君、頑張って!」

 

 味方がウィンディアしか居ないし、デオドラ男爵はワンちゃんなんて可愛いモノじゃなくて餓えた狼ですよ。

 空間創造からカッカラを取出しデオドラ男爵へと向ける、距離は20m……

 

「土属性魔術師の戦い方を教えて差し上げます。では……行きます!」

 

 自分の周辺に直径30㎝程の岩石を十二個浮かべる、勿論牽制用だ。

 

「ゴーレムはどうした?ゴーレム無しでは俺は倒せないぜ」

 

 デオドラ男爵の挑発に笑みをもって応える、僕はゴーレム使いだから当然ゴーレムがメインだ。

 

「この魔法剣の試し切りが岩石など嫌だぞ、その余裕を無くさせてゴーレムを出させてやる!」

 

 そう言って『ピュアスノゥ』を一振りするとダガーサイズの氷の刃が僕へと殺到する、その数は約三十本。

 

「障壁よ!」

 

 氷の刃は鋭利だが僕の強化された魔法障壁を抜く事は出来ない。

 属性魔法とはいえ物理攻撃と大差ない、当たった場所が凍る訳でもない、牽制目的だな。デオドラ男爵が走りだしたのを見て岩石を飛ばす。

 

「甘いわ!」

 

「ゴーレムポーン!」

 

 僕は自身を中心に半径50m内に約三秒でゴーレムを錬成する事が出来る。

 驚いた事に岩石を素手で殴り飛ばしたが、その一瞬の隙に目の前にランス装備のゴーレムポーン六体を錬成、迎撃する。

 

「何と?だが六体位楽勝だ!」

 

 『ピュアスノゥ』の一振りでゴーレムポーン二体は切り裂くが……

 

「真後ろだと?だが甘いわ!」

 

 デオドラ男爵の真後ろにゴーレムポーンを六体錬成し挟み撃ちにする。

 更にデオドラ男爵の死角になる場所へゴーレムポーンを錬成し攻撃の手を休めず押していく。

 

「目に見える陣を組むのが、円陣又は円殺陣。そして次々と死角にゴーレムポーンを錬成し続けるのが影牢、六体五組のゴーレムポーンを捌き切れますか?」

 

「死角に現れるのが分かれば対処は難しくない。そして大技を使わなくても六体ならば問題無い」

 

 凄い剣捌きで次々とゴーレムポーンが壊されていく、信じられない光景だ…… だが嫌らしく岩石を飛ばす事により段々とゴーレムポーンが押し始める。

 いや、距離が20mから10mまで接近された、この距離は……

 

「行くぞ、『五月雨』そして『剣激突破』」

 

 不味い、『五月雨』による複数の衝撃波により僕とデオドラ男爵との間のゴーレムポーンが破壊された。

 その僅か10mの距離を『剣激突破』という突撃技で一気に詰めて来た、迎撃が間に合わない。

 

「くっ、障壁よ!」

 

 咄嗟に常時展開型障壁に魔力を注ぎ込み、デオドラ男爵の突進に対抗するが弾かれた。

 後ろの女性陣には被害が無くて良かった、何とか障壁が保ったが駄目だった場合は周辺に浮かべていた岩石を全てぶつける予定だったよ。

 それでも防がれて負けていたと思うが……

 

「今回は俺の勝ちだな」

 

「悔しいですが完敗ですね……」

 

 首元に『ピュアスノゥ』を突き付けられては負けを認めるしかない。流石に三度目の引き分けは無いか。

 

 デオドラ男爵の勝利に観客も大喜びだ、特にボッカ殿など大きな拍手をしながら何か叫んでいる。

 見たか、我等が力をとか言ってる事をみてもデオドラ男爵一族の結束の高さが見て取れる。

 

「しかし『円殺陣』も『影牢』もえげつないな。俺も内心は危ないと思ってたぜ。今度はポーンでなくナイトを使えよ」

 

「ゴーレムナイトをですか?アレは制御が難しく数を操作出来ないんですよ」

 

 今の僕で十四、いや十六体かな……ゴーレムポーンなら五十体以上は制御出来るだろう。

 ゴーレムポーンはレベルが上がれば制御数はより多くなる、レベル30になれば百体は大丈夫だな。

 

「だが十体位は平気だろ?お前のポーンはレベル20前後の戦士職程度の力が有るが俺には頑丈な雑魚でしかない。お前の制御による連携に苦労させられたがな」

 

 ガハハハッて豪快に笑いバンバン肩を叩かれたが本気で痛いです。

 

「お父様!最後の突進技ですがリーンハルト様の魔法障壁が無ければ後ろの私達は大怪我を負いましたわ」

 

「そうです!射線をずらすとか他に方法がなかったのですか?」

 

 ヤバかった、模擬戦故に全力で受けたが確かに普通なら無意識で避けてた。もし避けてたら……彼女達は大怪我、僕は物理的に首が跳んだな。

 

「デオドラ男爵は手加減してましたよ。障壁が破られても寸止め出来たのですから。そうでなければ僕は跳ね飛ばされてました。

そうで……す、よね?」

 

 何故目を逸らす、その分かり易い動揺は何ですか?

 

「デオドラ男爵、僕達の模擬戦に中庭は狭いと思います。次は場所を考えましょう」

 

「うむ、俺も手加減が難しいと感じていた所だ。そうだな、そうするか、ハハハハハハ……

リーンハルト殿、飯にしよう。ルーテシアとジゼル、アーシャは同席しろ」

 

 何事も無かった様に去っていくデオドラ男爵だが、あの人戦いに熱中して周りを見てなかったな。

 

「リーンハルト様、有り難う御座います。私、お父様が狂った顔で突進してきた時、本当に……怖かったですわ」

 

 僕の右腕に抱き付くアーシャ嬢だが、顔が真っ青だし本当に恐怖で腰が抜けているみたいで今にも座りそうだ。

 あのオーガー級の凶悪な笑みを見てしまえば恐怖を感じるのは仕方ないな、それが実の父親でも……

 

「僕も怖かったですよ、少し座って休みましょう。あの戦鬼(オーガー)に立ち向かうのには勇気が必要です」

 

 チェアーを錬成し彼女を抱き上げて座らせる、貴族令嬢を地面に座り込ませるなどさせられない。

 テーブルも錬成し空間創造からローズ村で購入し用意しておいたローズティーを淹れたカップを持たせる、勿論女性陣全員だ。

 ウィンディアは座らずに僕の横に立っている、立場上彼女はルーテシアの付き人だから仕方ないか。

 

「重(かさ)ね重(がさ)ね有り難う御座います。私、男の人に抱かれたのは初めてですわ」

 

 チェアーに座らせる為のお姫様抱っこの事ですよね?僅か三秒位ですよね?

 

「誤解の無い様にお願いします。いや、本当にアーシャ様の今の台詞をデオドラ男爵に聞かれたら、僕の首は物理的に跳んでます」

 

「そうですわね、私との婚約は解消し誕生パーティーでアーシャ姉様との婚約発表でしょうか?」

 

 ジゼル様、本当に嬉しそうだ。嘘とは言え僕との婚約は彼女の負担となっているのだろう。

 

「ジゼル様、申し訳無いです。もし僕に出来る事が有れば何でも言って下さい」

 

 この子には苦労しか掛けていないし何の恩返しもしていない。何かしなくては……

 

「リーンハルト殿、その台詞はジゼル様を捨ててアーシャ様を取るって事と思われますよ。もう少し考えて発言した方が良いですね」

 

 アルクレイドさんが近付きながら辛辣な意見を言ってくれた、顔も顰めているので良くない状況か?

 

「お嬢様方も少しは周りを気にして下さい。

デオドラ男爵のお気に入りの少年の周りには常に彼の娘達が居る、それを見た連中がどう思うかを考えて下さい」

 

「そうね、アルクレイドの言う事の一部は正しいわ。でも有象無象の凡百が何を考えようが彼を自軍に引き留める方が大切なの。

この人を他の勢力に、例えばメディアに取られたら厄介なんてモノじゃないわ。

少なくとも『ブラックスミス』からは優遇される事になり、お父様は『ピュアスノゥ』を手に入れた。

これからも彼を自軍に留める利点は多く出てくるわ。だから華やかな位が丁度良いのです。

ああ、ルーテシア姉様は駄目ですわ。適度な距離を置いて下さいね」

 

 だから貴男は逃がしませんわ、私の婚約者様って微笑まれたが、彼女は王宮の魔物達と渡り合えるかもしれないな。

 女性故に表舞台には出れないが誰かを操って力を発揮するだろう。

 政治戦には疎い僕には必要かもしれないが、利用しようにも逆に良い様に操られてお終いだな。

 怖いお嬢様だが不思議と嫌ではない、多分だが味方だからか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 漸く自宅へ帰る事が出来る、長い一日だった。

 朝食後、まさか馬車まで用意されてるとは思わなかったが辞退するのも失礼と思い有難く乗せて貰った。

 六人用の広い馬車の向かい側にウィンディアは座っているが嬉しそうだな、歩かなくて済んだからか?

 

「漸くリーンハルト君とお話出来るね。聞いたわよ、メイド達から沢山楽しい話をね」

 

 猫の様に目を細めて僕を見るウィンディアだが、確かに滞在中は僕は客で彼女はルーテシア嬢の付き人だから会話も少ないし食事も別だった。

 

「確かに会話は少なかったけど、メイド達から聞いた話って何だい?そんなに楽しい話なんて無いだろ?」

 

 別に彼女が喜ぶ様な事は無かったと思うぞ、何故ニヤニヤと僕を見る?

 

「リーンハルト君、メイド達から大人気だよ!武を尊ぶデオドラ男爵一族や関係者にとって最強の当主と真っ向から戦って互角でしょ」

 

「今朝は負けたけどね」

 

 完敗に近い、油断も遠慮も無かったのに簡単に接近を許してしまった。

 

「それでもよ、無敗のデオドラ男爵様と二回も引き分けた人は居ないの。それに大層気に入られてるでしょ?いずれ一族の仲間入りは確実ってね」

 

 元々勧誘を頼まれていたウィンディアにとって嬉しい状況だからか……

 

「一族の仲間入りって、ジゼル様とは結婚しないぞ。アーシャ様ともだ」

 

「うん、そうだね。それはお二方の頑張り次第、私は応援しないから安心して」

 

 偉くあっさり引き下がったな、デオドラ男爵の一族に引き込む為の既成事実を作るチャンスだろう。

 

「それよりも……最初は恥ずかしがり屋さんだったのに後半は大胆だって?」

 

「何故、隣に座る?」

 

 僕の隣に座り直して腕を掴んでくる、何故密着する?ウィンディアの悪い抱き癖が出たか?

 

「浴室付きのメイドさん達が騒いでた、初々しいと思った魔術師の少年は実は大胆に身体を見せ付けて……」

 

「黙れ、ウィンディア!それ以上言ったらお仕置きだ。絶対にイルメラには言うんじゃないぞ!」

 

 アレは、アレは昔の感覚に身を任せてしまったので今の本心じゃない!アレをイルメラが知れば、絶対に自宅での入浴で同じ事をする、絶対する。

 

「リーンハルト君は私にイルメラさんに嘘をつけと言うの?」

 

 真剣な表情をして顔を近付けるな、見詰めるな!

 

「嘘をつけとは言ってない。内緒に……そう、内緒にして欲しいんだ!」

 

「私とリーンハルト君、二人だけの秘密ね?」

 

「ふ、二人だけの秘密だ……」

 

 輝く様な笑顔を浮かべて僕の腕に抱き付く力を強めると、そのままポスンと膝の上に頭を乗せる。

 

「じゃ秘密にする報酬を貰わなきゃね。リーンハルト君はさ、秘密が多いけど共有出来る秘密って無かったじゃない。

でもコレで共有の秘密が出来たわ、うふふっ……」

 

 嬉しそうに膝の上で笑うウィンディアのサラサラな髪を撫でる、彼女はハブられて寂しかったんだな。

 


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