世界の全てを敵に回して孤軍奮闘する、演劇の主人公の様な立場に追い込まれた。此処からの一発逆転など不可能に近い、幾ら演劇では主役級の体質でも厳しいだろう。
現実と創作は違う、創作では作者は神だが現実では神など居ない。いや、信仰する神は居るのだろうが、直接介入などしてこないので自分で何とかするしかない。そういう意味では、モア教の施しは立派だな。
居るか居ないか分からない神に代わって信者を導き施しを与えて善行を積む。それが殆ど無償に近いのだから、モア教を信仰する者は多い。故に、エムデン王国も国教に定めた。何故なら都合が良いからだ。
まぁ現実逃避は此処までにしてだな。観客共は全て敵という悪条件、新しい登場人物(味方)が現れる事も無い。先の見えた面白味の無い状況は、三流脚本家の描いた場末の演劇みたいで萎えるな。
唯一の中立である筈の、アウレール王も責める側という救いの無い状況。さて、この状況をどう打破すれば良いのか?流石の俺でも都合の良い考えは、直ぐには浮かんで来ない。困ったぞ。
何か言わないと、ザスキアの話を止められず窮地に追い込まれるのは必定だな。だが何を言えば良い?反論する資料は無し、提案するも肝心な提案内容は無い。無言を貫くのは悪手だが、妄言を撒き散らしてもな。
「レイチェルさんとバレンシアさんに夜の遊戯で責め立てられて、貴方が漏らした情報はなにかしら?調べはついているのだけれども、折角当事者が居るのだから、直接教えて欲しいわね」
ここで話を振るか。前話で不利な条件を垂れ流した後で、当事者としての意見を言わせるとか悪辣過ぎるぞ。俺は夜の遊戯は盛んではあるが、あの二人に固執などしていないし負けてもいない。
俺が負けたとか話を盛るな、若返りの魔女め!ジロりと睨めば、底知れぬ濁った瞳で見返された。その底なし沼みたいな淀んだ瞳に僅かではあるが恐怖を感じた。見た目の年では考えられぬ淀み具合。
これが魔女の本性、引き摺り込まれる恐怖から逃れる為に太腿を思いっきり抓り上げる。その痛みを感じて正気を取り戻す。お前、その病み具合は前よりも酷くなってないか?人としての次元を超えてないか?
何がお前をそこまで病ませた?其処まで娼婦達が憎いのか?アレ等は、お前のお気に入りに手出しはしてないと言うか手出し出来てないぞ。それでも手出しをしたからには摺り潰さないと気が済まないのか?
「な、何も無いぞ。確かに接待は受けたが、不利益になりそうな話など漏らしていない。そもそも接待と言ってもフルフの街に招いた事に対する礼だったからな。情報漏洩の危険性は理解している」
焦らず慌てず、どもらず感情的にならず冷静に言葉を返す。指先の震えは気合で止めたが、目線は周囲の対応を確認する為に泳いでしまったが誤差の内だろう。アウレール王は無表情だが、感触としては悪くない?よな?
此処からは言葉を間違えれば、俺でもどうなるか分からない。故に娼婦達は魔女に売り飛ばす事に決めた。保身じゃない、俺から情報を抜き取ろうとした報復だ。共倒れなどお断り、勝手に魔女に滅ぼされろ!
お前達には他にも上級貴族のお得意様が居るだろうが、ソイツ等が全員束になっても、今の状態の魔女には勝てないだろう。色欲に狂った嫉妬の魔女に対抗する手段など、残念だが俺も持っていないぞ。
「周辺諸国への情報漏洩が、エルフ族絡みで改悪されて広まれば大きく国益を損なう事は理解している。故に会話の内容を考えながらしていた。俺から抜いた情報では辿り着かない。俺以外の連中は分からぬがな」
一旦言葉を止めて数回深呼吸を繰り返してから、コップの水を呷る。仄かな柑橘系の酸味が心を落ち着かせるし、冷たい水はノド越しが良い。
タイミング良くお替りも貰えたので、給仕の女官に黙礼すると驚かれた。俺は其処まで傲慢でもないのだが、女官は苦笑を堪えつつも頭を下げて壁際に移動した。
ここで責任の分散をする。娼館を利用していたのは複数、当然だが参謀共も利用していた。情報の密度としては参謀と言う情報が集中する役職だった連中の方が濃いだろう。その分、情報漏洩対策も徹底されているだろうが……
今は俺以外の連中も情報漏洩の対象だと印象付ける事が必要、他人を巻き込むな?いや当事者達だぞ。俺よりも多く利用していた。俺は自分の屋敷に呼び付けるので頻度は低いが、連中は足しげく通っていた。
持て成されて酒も飲まされれば、口も軽くなるだろう。何人かは特定の娼婦に入れ込んでいた者も居ると報告を受けているしな。連中から情報が漏れた可能性は否定できないだろう。俺以外にも責める奴は居るぞ。
ふふふ、責任の追及先が増えたなって……しまった!俺と参謀共が連名で娼婦を招く事を承認したんだった。元凶って意味では不味い事になる。その事実に気付いた為か、額から冷汗が流れた。
ゴーレムマスターが妙に承認した事を書面で残した事を思い出した。奴め、最初からこうなる事を見越して責任の所在を明確に残したのだな。なんて悪辣なんだ。
「あら?問題の原因に気付いたかしら?娼婦を招き入れる事を承認した時点から、貴方が娼婦ギルド本部と繋がっていた可能性を懸念していたのよ。結果は思った通りだった訳だけれども、知らなかったのかしら?」
『俺が』ではなく『参謀連中も』だぞ。
「む、その様な事実は無いな。確かに娼婦達を招き入れたのは事実だが、それは兵士達への慰撫の為だ。良心をガリガリと削る過酷な任務を強いているのだから、酒と女くらいの娯楽の提供は必要だったし用意するのは上位者の義務だ」
そう、必要悪だ。お前の大切なゴーレムマスターも、ハイゼルン砦奪還の時や今回の時も反対しなかったぞ。まぁリゼルという愛人を同行させていたから娼婦は不要だったし、酒だって自慢の空間創造に大量に収納していただろう。
俺は運搬の許容量の問題で、嗜好品の持ち込み量に制限が有ったんだ。公爵の俺でさえ、我慢したのだからな。一般の兵士など殆ど私物の持ち込みは出来なかった。奴だけが好き勝手出来たのが、異常な事なんだぞ。
ザスキアの女狐を睨み付ける、アレと俺を同じ条件で比べるな。だが奴はフッと鼻で笑いやがった。若い見た目とのギャップに苛立ちが増す。確か巷では、こういう生意気な子供をメスガキって言うんだったか?
淀んだ瞳は大分薄れてきた。何が淀む原因なのだろうか?何かしらのキーワードが有る筈なのだが、それが分かれば逆転の目は有る。兎に角、娼婦達に怒りの矛先を向ける事が出来れば……
「レイチェルさんとバレンシアさんから聞いたわよ。魔牛族の事を漏らしたわね。彼等が住処を追われて逃げ出してきたので、移民という扱いでフルフの街を通過させてモレロフの街に滞在させているって。これも重要な情報よ」
妖狼族に次いで魔牛族までエムデン王国が招き入れた事になれば、人間至上主義者からすれば絶許(ぜっきょ)ものでしょう。って話を続けた。
ん?だが、そんな事を教えたか?いや、確かに話したような覚えは少し有るが……アレは確か既に娼婦共が知っていて話題に出したので肯定しただけだったような気がする。娼婦共の情報収集能力が一定の力が有ると認めたんだった。
まぁカシンチ族連合と共に通過させたので、相応の人数だったし秘匿もしなかったから知られても不思議ではなかった筈だぞ。兵士達も見ていたし、誰かが連中に漏らした情報を認めただけだから何れは知られた程度の情報。
だから責められる程でもないぞ。逆にカシンチ族連合の連中を虐げられていた『バーリンゲン王国の』無辜な領民としてエムデン王国に受け入れたと嘘の情報も流した。その成果を褒めて欲しい位だぞ。
「クーデターのどさくさで魔牛族の里をバーリンゲン王国の連中に襲われたので、エムデン王国を頼って来たから大いなる慈悲の心で受け入れた。妖狼族の前例も有るし、別に変な事ではあるまい?」
人間至上主義者の件は、人外担当のゴーレムマスターが処理すれば良い。俺は同族しか担当していない、確かに魔牛族の女は魅力的だったが手を出せば破滅。
愚か者共がエルフ族にした事と同じ事など出来ようがない。そんな事は分かり切ってる筈だが、俺から失言を引き出したいだけなら稚拙だぞ。
少し余裕が出来たので周囲の様子を伺えば、俺達のやり取りをニヤニヤと眺めやがって。む、コレってアレか?予定調和って奴で、俺が魔女に責められるのを楽しんでいるのか?
「まぁ茶番劇は其処までにするぞ。バニシードよ、お前は王命こそ達成したが、配下共の手綱を締め切れなかった。配下共については貴族院に処理を任せたので従う事、それと娼婦ギルド本部の処理をザスキアの下で手伝え」
「そ、それは……」
処罰としては軽い方だとは思う。貴族院の沙汰に従う事は当初の予定通り、アイツ等は派閥から追放するので没落しようが破産しようが最悪家が取り潰されても構わない。だが、ザスキアの下に付くって事は飲み込めない。
それは娼婦ギルド本部に喧嘩を売る魔女の下僕となり力を貸せって事で、最悪の場合は全ての泥を被れって事だろ?あの魔女は娼婦共を完膚無き迄に叩き潰すだろう。娼婦共が助けを求めて縋る連中の対処をするのか?
ハッとして魔女を見れば、またあの濁み切ったドロドロの瞳を向けられた。キーワードは『娼婦』か?そんな簡単な事じゃないよな?いや、『絶許(ぜっきょ)』とか不思議な略語を言い出す位だ。
間違いなく、魔女の瞳が濁るキーワードは『娼婦』だ。
「規定に則った成果に対する報奨は出すから安心しろ」
成果を認めて貰える事は嬉しいのだが、その様な事を心配している訳では有りませんぞ。魔女の下僕となる事を国王が認めた事を問題にしています。罪の償いとしては最悪の部類ではないでしょうか?
随分と嬉しそうにしていますが、先ほど迄の不機嫌さはどこに?茶番劇って事は全て仕組まれていた事なのですか?これは謀反を企てても許されるレベルの暴挙では有りませんか?
過去に謀反を企てた連中の心境が理解出来た気がしますぞ。扱いの酷さが、臣下の心が離れる原因だと愚考しますが、濁り切った瞳の魔女が気付かない内に目の前に居るので心臓がキュっと締まる。
動悸が激しくなり止まらない。胸のドキドキが止まらない。恋愛感情的な高揚感ではなく、死刑台に向かう死刑囚の絶望感だ。
「いえ、その様な事を心配している訳では……」
「ではザスキアと協力して娼婦ギルド本部に対処しろ。助言は加減を間違えるな!と方法は任せるが先に許可を取れ!だ。行動と結果に対する責任と義務もだぞ。後は任せた」
そう言って立ち去る、アウレール王の後姿を恨めしい気持で見詰める。
「さぁ娼婦ギルド本部に対する方法の打合せをしましょう」
お前は逃がさない。そういう力強い意思が籠った手に肩を掴まれた。魔女とはいえ淑女なのだから、異性の肩を気軽に触るのは止めた方が良いと思うぞ。俺はお前と懇ろな関係にはなりたくない。慣れ合いも嫌だ。
「お手柔らかに頼む」
辛うじて返事をするが既にザスキア以外の参加者は退出済みで、あの女官が出ていく際に気まずそうな視線を向けて軽く頭を下げて扉を閉めた。長く厳しい戦いになりそうだ……