最近、時間に余裕が出来たと思っていたが、仕事の終わりには報告関連書類の作成業務が大量に発生する。責任者が纏めて提出するのが仕事なので、相応に時間が掛かる。
でも一日中、机に座って事務仕事をするレベルでもない。嬉しくはないのだが、書類の処理に慣れて来たので効率的に作業が出来る事と……優れた副官がサポートしてくれるからだろうな。
チラリと向かい側の机に座り仕事をしている副官を見れば、ニコリと笑った。今も僕の心を読んでいるので見られた事が分かったのだろう。
考えたら負けだ。そう思って今日の仕事を終わりにして、現状を整理する。腕を組んで目を瞑り椅子に仰け反った姿勢とか、行儀が悪いけど構わない。集中の方法は人それぞれだし。
謎の地下大空間、ルトライン帝国時代の軍事拠点である、アスカロン砦の調査が波乱を含みながらも問題無く終わった。多数の回収した戦利品(調査資料)と共に調査団はエムデン王国の王都に戻っていった。
王都三大ギルド本部と公爵四家の内、ニーレンス公爵とローラン公爵の混成調査団は大満足の結果だったろう。これから長い歳月を掛けて回収した品々の調査を行う事になるが、利益は時間が掛るけど出せる筈だ。
調査した古代の技術を現代の技術に落とし込むのは難しいと思うが、それは彼等の頑張り次第。僕も協力するので問題無い、何故なら回収した品々の魔法的な部分の知識は全て持っているから。
調査に参加して道筋を誘導するとか、それとなくヒントを教えるとかさ。甘やかす訳じゃないので、全てを簡単に教える事はしない。知識とは自分で悩んで考えてモノにする方が良いから……
フルフの街の任務も殆ど終わりに近付いているのだが、未だに難民が少数で単発的にだが押しかけて来る。武力を持って攻め込んで来る訳でもないので穏当に追い返しているのだが、追い返しても追い返してもやって来る。
近くで難民キャンプみたいに武装して集まっていると排除される事を学んだのか、近くの山とかに潜伏して構成メンバーを変えて初めて逃げてきました!とか身分を変えて農民や商人に変装したりと手が込んで来た。
モア教に配慮する条件が有るので、力ずくで国境突破とか武装して集団化しないと穏便に済ますしかなく奴等の増長が酷過ぎて萎える。最前線で対応する現場の連中のストレスも酷い。
完全に此方を舐め腐って来るからだ。だが非武装の連中を攻撃したり捕縛したりは……最終的には行う予定だけど、今は未だ堪えている。でもそろそろ決断しないと駄目なんだよな。
何故なら、そんなに悠長な事をしている余裕は実は無い。国土の森林化の速度が予想を上回るスピードで進んでいるから。予定なんて関係無いぜ!って勢いで広がっているから!自重して、エルフ自重して!
騎馬で編成した強行偵察部隊の調査によると、当初予定の三倍以上の速度で森が広がっているらしい。大陸の端部から長老達の植物ゴーレムが、ケルトウッドの森はクロレス殿が広げる予定だった。
理由は辺境の端から森林化を進める過程で、移動している植物ゴーレムの宝石の様な核目当てで襲い掛かる馬鹿が大量発生したから。襲撃者は返り討ちで殲滅、そのまま周辺を森林化してしまった。
自業自得、最後の最後まで自分の愚かな行いで周辺に迷惑を巻き散らす害虫みたいな連中だな。
調査報告書を執務机の上に投げ出し、椅子を逸らせて背伸びをする。悩み過ぎて頭が痛い。まさか集団になって武力蜂起する様に仕向けていたのに、此方の工作に気付いたのか?
集まれば味方同士でもマウントを取り合う連中だから、こちらの思惑がバレずに謎の自信と根拠で攻め込んで来れば何も悩まずに殲滅出来ていたのに残念だ。困った連中でも何度も仲間が倒されれば学習するか……
しかし隠れて生活しているならば生産活動はしていない筈なのに、何故物資が尽きないのだろうか?エムデン王国側からの人や物の行き来は厳重に管理しているから入手は不可能だ。バーリンゲン王国内で賄うしかないのに?
気を取り直して報告書の続きを読めば、理由が分かった。強行偵察に出した連中は有能で、現地で襲ってきた連中を捕まえて拷問……いや尋問?そして今なお元気に行動する連中の秘密を暴いた。
「バーリンゲン王国の貴族や豪商の連中は横領した物資や賄賂を貯め込む悪癖が有り、それを自分の屋敷だけでなく複数個所に分散して隠していた。自分だけが助かる為に、セーフハウスを用意していたのか……」
リスかな?確かリスはエサを隠して貯めておく『貯食行動』というものが有って食べ物を色々な所に隠すらしいが、結局再度食べに行く事は無いとか。リスの様に可愛くは無いが、行動は似ているのか?
「自分が大好きで自分が一番だからでしょうね。身分差で押さえられていても、切羽詰まれば関係無いと自分ファーストに行動する。そういう人達ですわ」
思わず口に出してしまったが、直ぐに答えを教えてくれたよ。『自分ファースト』か、僕も自分達の幸せを最優先にしているけどさ。周囲の事も考えないと駄目な例だと思うよ。
「世も末を実践している訳か……」
物凄く分かり易い理由だった。崩壊前は貴族と平民との身分差が厳し過ぎて手出し出来なかったが、こんな世紀末状態なら貴族とかの身分差なんて関係ねぇって襲って情報を洗い浚い聞き出して全て奪う。
何年も掛けて何代も隠し財産をせっせと貯め込んだので、数が減った今なら全員を短期間なら養っても有り余る物資が有るのか。強行偵察部隊の連中は食糧庫を重点的に襲って焼き討ちしたが、全ては無理だった。
その判断は見事だな。欲に眩んで財貨を強奪するとかじゃなく、連中の継戦能力を削ぐ事に重点を置いた行動だ。これは報奨を与えないと駄目な案件だぞ。行動と成果には正当な評価が必要だからね。
そもそも連中には軍事的な継戦能力という考えは皆無だろう。本来の継戦能力とは『軍事的な有事の際に、組織的な戦闘を継続的に可能とする事』だから指揮系統が崩壊した連中には当て嵌まらない。
ただ単純に、武器や食料が有る。食べる物に困らず戦う事も可能。ならば過去の因縁に基づき、エムデン王国に対して理不尽な要求を突きつける事にしよう!それが自分達の権利なんだ。程度の馬鹿な考えだな。
厄介な連中に餌を与えてしまったという事だ。貴族連中が十年単位で不正に蓄えた物資を平民階級の者達が危機的状況で奪い取った。言葉にすれば搾取されていた連中の下剋上だけどね。
『虐げられていたんだ。だから逆に奪い取ってやったんだ!』とか?ははは、笑える。
国家予算を日常的に横領していたんだし、領民からの搾取も行っていた。その蓄えた資産は膨大だろう。だが亡命希望でやって来て捉えた連中は、そこまでの資産を持ち込んでいなかったのは何故だ?
あの時点では国土の全てが森に埋まるという情報は掴んで無かったから、取り合えず亡命して安全を確保してから後日回収に来る予定とか?全てを持ち込むには時間も労力も無く、最悪は没収されると考えたか?
隠し財産的な意味で財貨は分かる。腐らないので定期的な点検や管理も不要だろう。隠し財産とはそういうもので、有事の際に持ち出すものだから。なにも無ければ、そのまま隠しておくものだし。
強欲な連中だから奪われない為に極力秘密にしているとかね。同僚や仲間だって信用出来ないのが普通みたいだし、全ての富は自分の物とか本気で考えていそうで怖くなる。
だが今回は保存の難しい食料品も多く隠されていたので、定期的に入れ替えをしていたのだろう。保存食だって保管期限が有るので何年も放置すれば劣化するし最悪は腐る。その辺の管理は有能だったのか。物の移動は記録を残すから隠蔽は難しい。
大量の食料品を保管していたって事は、もしかしたらクーデターとか企んでいて軍需物資として保管していた?国境からは微妙に離れているので、対エムデン王国用ではないだろう。
そもそもコイツ等はエムデン王国を舐め腐っているから、僕達に戦いを挑む為に準備していたとか考えられない。謎の自信と根拠で自発的な降伏を促す位はやりそうだし、実際亡命も絶対受け入れないけど上から目線だったし。
何故、迷惑ばかり掛ける困った隣人を手厚く保護しなければならないのか?何故、お前達は自分達が偉いと勘違いしているのか?思い出すだけで腸(はらわた)が煮えくり返る気分だよ。間違いや勘違い教育も、繰り返せば真実とか?
そんなに隠し財産が有るなら探して没収すれば良いとも思うが、それを行ったら野盗と変わらない。興味は有るが任務を放り出して宝探しは駄目だろう。不用意にフルフの街を空ける訳にもいかないし、
どうせ森に埋まる。野に還るって奴だろう。それに彼等の財宝って美的感覚が微妙過ぎて宝石とか金塊なら良いけど美術品とかは微妙なのしかないから要らない。
絵画は裸婦ばかりだし彫刻や銅像のテーマも同じく裸婦像ばかり。芸術に昇華する前に欲望が詰まり過ぎて嫌なんだよな。金ピカの裸婦像って何だよ!下品を通り越して品性が下劣だよ。
『低俗』で『俗悪』で『卑俗』で『野卑』な品性も下劣な連中、女性が性的に大好き過ぎてエルフ族にまでちょっかいを掛けて国ごと滅亡するんだぞ。自業自得にしても理由が酷い、酷過ぎる。
まぁ良いか。隠し財宝は無視で良いし、余計な欲は出さない。回収部隊なんか出したら本来の任務に支障をきたすし、事後処理も面倒臭い。バーリンゲン王国の財貨をエムデン王国が強奪したとか言われるのは嫌過ぎる。
「偵察部隊の連中に恩賞の請求をしておくか。あとは特別配給でワインと数日の休暇、シフトの組み換えと空間創造に保管しているワインを出して渡しておくか……」
「それが良いと思いますわ。申請用の書類と資料は用意しておきますが、兵士の皆さんと食堂で一緒に食事をする事もお勧めしますわ」
リゼルの適切なフォローには頭が下がる思いだ。助言もして貰えるので、頼りきりになるのが物凄く怖い。リゼルが居ないと円滑な書類仕事って出来ないかも?いやいやいや、大丈夫だよね?
これも上に立つ者の責任と義務、怠れば信頼は薄れて円滑な仕事が出来ない。人気稼ぎじゃなくて当たり前の事なんだよな。当然だが、モチベーションの維持も有るけど成果に対して正当な報酬は必須だよ。
今日も定時で帰宅出来るだろう。明日から昼食は一般用の食堂で皆と食べようかな?最近は執務室でリゼルやクリスと三人で食べる事が多いし、たまには場所を変えるのも良い気分転換になるだろうし……
「配下の待遇とモチベーションの維持、当然ですが私も対象ですわよね?」
「そうだね。希望が有れば極力叶えるけど、公序良俗に反する事は駄目だよ。あくまでも一般的な常識に照らし合わせた範囲でお願いします」
何時の間にか近寄って来て隣で両手を組んで見下ろす彼女の迫力に負けそうになるが、『何でも希望を叶える』は色々と危険で危ないし怪しいので却下の方向でお願いします。