転生前に敵対したエルフ族の、ルーツィア殿と鉢合わせした。殺し合った……いや一方的に雷撃魔法で攻撃されて逃げ回って、何度もヤバいと思ったけど何とか逃げ切った相手なんだ。
エルフ族と友好的な関係を築こうって担当者が、過去に命懸けの戦いを一方的に仕掛けられてたよ。関係改善不可避じゃない?
いやいやいや、前世の事だから思考を読まれなければ大丈夫だよな。僕を三百年前の亡国の王子と結び付ける事など普通に有り得ないよ。人間の寿命は平均60年、五世代は変わってる。
ぎこちない対応は悪名高い『殺戮電撃魔法使いエルフ』の事をレティシアから聞いていた事にすれば良い。
過去に人間と敵対していた五百歳級の古参エルフに平常心で接する事が難しい理由としては十分だけど、外交担当としては失格。反省が必要だね。さて気持ちを切り替えて行こう。
「その、ルーツィア殿が何故このような最前線に居るのでしょうか?長老方の世話係と聞いていますので、てっきり森林化と植生を任された辺境の方に行かれていると思っていました」
長老達の供として辺境に向かっていると思っていた。またはケルトウッドの森に滞在しているとか?まさか長老達を放っておいて、此方に来るってどういう理由が有ったの?
もしかして、僕が怪しまれていたとか?監視の為に送り込まれたとか?長老達の世話役である、ルーツィア殿を動かせるとなれば命令系統を考えるとクロレス殿でも厳しくないかな?
バツが悪そうな顔をした後で、此方を不思議そうな顔で見られても困ります。まぁ僕がフルフの街を出て此処に出張っている事を疑問に思われているとか?
「任された?ははは、老害の世話が面倒になってな。自分の好きな植生を育てたいとか迷惑以外のなにものでもなかろう?老害共が勝手に盛り上がっているから、俺が居なくなっても問題無い筈なんだ」
わざとらしく目を逸らして、ボソボソって言ったのは負い目が有る?それって任務放棄とか責任放棄とかじゃないのかな?お世話係とか付き人って聞いてたけど、それほど拘束力が無いのだろうか?
エルフ族の事の事情を人間の常識に合せるのは駄目な場合も多いし、森や植生に関わる事とか上下関係とかも何がタブーか分からないのが怖い。一応、王政を敷いているとはいっても微妙なんだよな……
王が絶対って訳でもなさそうだし、そもそも国王って国で一番偉いって訳じゃなくてエルフ族の王だから一族の代表者みたいな感じでさ。無理やり人間に合せると族長って感じが近いみたいだし。
そもそもエルフ族って全体で何人くらい居るのだろうか?
「そうだったんですか。我々の偵察部隊がエルフの方を見掛けたと報告が有りまして、何か予定の変更でも有ったのかと思い探していました」
イレギュラーは単独行動のルーツィア殿だけなら問題は少ないかもしれない。彼ならば、いやエルフ族の方々ならば全員がバーリンゲン王国の連中がどうこう出来る事なんてないからね。
我々と連中の区別だけ付けておいてくれれば良い。アレと一緒くたにされたくないだけで、連中がルーツィア殿に挑んで滅ぼされても全く関係ないし関与もしない。むしろ手間が省けて嬉しい位だ。
ああ、しまった。此処に居る理由を聞いてなかった。まさか『バーリンゲン王国の連中を根絶やしにする為に追いかけて来た!』とか?有り得そうで怖いんですけど……
「では特に森林化計画の変更とかではないのですね?」
確認を怠る訳にもいかないので、言質を取るというか何故此処に居るのかって聞かないと駄目なんだ。でも予想外の回答だけは正直して欲しくない。
不自然にならない程度に気を付けて聞いてみる。嗚呼、ニヤリと笑ったのを見れば余り良くない答えが返ってきそうで怖い。やはりバーリンゲン王国の連中を抹殺する為?
感情が希薄な者が多いエルフ族だが、ルーツィア殿は結構感情表現が分かり易い。珍しいタイプのエルフだが、人間の国で暮らしていた事も有るのが原因だろうか?
「ああ、老害共と反対側の方向に適当に向かっただけだ。襲われなければ殲滅しないし、俺から挑んだ事もない。だが何故か俺を見ると猛烈に文句を言って来る。補償と謝罪と賠償ってなんだ?」
一瞬、能面の様に表情が消えて言い捨てたけど、連中の怖い物知らずって凄いな。エルフ族に有り得ない要求を突き付けて断られて破滅に向かっているのに、その相手に対して補償と謝罪と賠償?
そんな事が平然と言えるの?僕だったら死を覚悟しても言えない。自分以外の近しい人達にも絶対に被害が向かうから、自殺願望や破滅願望の性格破綻者でも言えないぞ。
こんな事を当然の様に言われれば、国ごと滅ぼすって言うだろう。肥大した自尊心と欲望を抑えられない自制心の無さが原因と言えるのか?
やはり一生かかっても、僕に彼等は理解出来ない。不条理な連中だった。この件に関しては完敗だが、勝ちたいとも思わないし勝っちゃ駄目な件だ。
「何と言うか、我々にも同じ事を言って来ますが同じく理解が出来ません。空想と現実が混ざっちゃってるみたいなので、妄言として聞き流した方が良いです」
僕とルーツィア殿の心が、しょうもない理由で一つになったが全く嬉しくない。お互いに頷き合ってから盛大な溜息を吐く。エルフ族五百年の人生でも初めてな出来事らしい。
ケルトウッドの森のエルフ族以外とは接点が無かったのだろうが、有れば有ったで既に滅んでいたかもしれない。国家の未来を担う為政者達がアレじゃ早々に滅んでいるだろう。
連中にとっては立地が良かったが、エムデン王国にとっては最悪の立地だった。外交官は『隣国は永遠の友にはなれない。何時かは上下関係を決める時が来る』と言うが、まさにそうだった。
甘やかした先代の王の尻拭いをさせられている、アウレール王に深く同情する。身内のヤラカシは胃にダイレクトにダメージが来る。インゴの件で慣れたつもりだったが、まだまだだったよ。
「血走った眼をして唾を吐き散らして騒いで来るんだ。息も臭いし薄汚れているし、耐えられないし我慢出来無いから全て『収束轟雷撃』と『拡散百筋落雷』で焼却処分している。百やニ百じゃきかない人数だぞ」
「僕も此処に来るまでに結構な数の野盗となった連中を始末しましたが、同じ様な事を言われました。属国から武力で独立したのに何故無償で保護しなければならないのか?謎の思考回路に困惑します」
愚痴を言い合うと心の壁が崩れやすいのかな?最初は恐れていたし警戒もしていたけど、今はそれ程でもない。現在進行形で力量差を感じて己の未熟さを理解させられているが、変な見下しや煽りが無い。
クロレス殿もそうだったけど、第一印象はとっつき難いが本当は恐れる必要は無いのかもしれない。変わり者のエルフには間違いないけど、エルフは殆どが変わり者の集団だし普通だね。
何となく二人で倒木に並んで座る。視界の遥か先には蠢く森が何とか見える。遠いとはいえ視界に入る所にまで浸食してきているのならば、フルフの街の近くまで森に埋まるのも……
「ルーツィア殿の見立てでは、フルフの街の手前まで森が埋まるのは何時ぐらいになりますか?」
直接聞いた方が良い。何となくだが、彼は聞けば嫌がらずに教えてくれそうだ。そして正確だろうから、予定変更の目安にもなる。
「ん?そうだな。ファティが張り切って手伝っているから、予定より早いぞ。クロレスは有る程度の日程を組んでいたが、レティシア達も巻き込んで競う様にしていたぞ」
おぃおぃ、事前に範囲と期間を決めたのに早めるとはどういう了見だよ!予定を変えられると大変なんだよ。本来の長寿種は時間がゆっくり流れているんじゃないの?何故、急ぐの?
「ははは、レティシアめ。此方の準備が整わないから、クロレス殿から相応の時間を貰って安心していたのに……裏切り者は仲間の中に居た」
意外そうな顔をした後に、腹を抱えて爆笑しているけど……ルーツィア殿は本当に感情の希薄なエルフ族なのかな?転げまわっているけど、服に落ち葉や土埃が付きまくっていますが平気ですか?
三十秒くらい笑い転げてから、漸く起き上がったけど未だ断続的に笑っている。そんなに笑いのツボに入ったの?呼吸が怪しくなって急き込んでも未だ笑ってるので少し不安になって来た。
情緒が不安定なエルフとか恐ろしい存在だぞ。強大な力を持つ者が気分次第で自制が利かないとか、人災だけど自然災害より質が悪いと思います。
「あの、その、色々と大丈夫ですか?」
「くははっ、あの跳ねっ返りを仲間と呼ぶか。リーンハルトも変わっているな。俺達と付き合いの有る他種族は相応に居るが、殆どが庇護されたがるのだがな。仲間か、そうか仲間なのだな」
今度は慈愛に満ちた目をしてるとか、やはり感情の起伏が激し過ぎるので心配になる。
「ええ、レティシア殿とはニーレンス公爵を通じて縁を結びました。その後、ファティ殿やディーズ殿。クロレス殿と良き縁を結ばせて頂いていますが、たまに暴走しますよね」
ははははっと乾いた笑いで誤魔化す。まぁ何とでもするのが仲間なので、バーリンゲン王国の連中には大急ぎで退場して貰う事にしよう。
「そういえば、連中ですが成人男性ばかりでしたが……ルーツィア殿は女性や子供を見ましたか?」
この言葉に今度は一気に嫌悪感が増したが、まさか女性や子供にまで襲われたのだろうか?いくら何でも子供がエルフ族に襲い掛かるとか、非常識極まる連中だけど流石に無いのでは?
先程までの笑い転げていて、その後は和やかな雰囲気だったのが真逆になってしまった。やはり連中は女性でも子供でも同じなのか?そういう思想教育を受け続けたら、殆どがそうなるのか?
ルーツィア殿が物凄く真面目な顔を向けて来たので、思わず身構えてしまう。喜怒哀楽が激し過ぎません?五百年生きている古参のエルフに、こんな顔をさせるなんて……それ程の内容なのか?
「腐った屑共は森の浸食から逃れるのに足手まといになると、女子供や老人を置き去りにして逃げ出した。足手纏いには不要と物資も残さず、追って来ない様にと身体を不自由にするという念の入れようだったぞ」
其処までいってから、唾を吐き出した。本気で侮蔑しているのだろう。本来ならば大人が守らねばならない子供達も切り捨てて置いて行っただと?自分達だけ生き残れば、後は死んでも構わないって事か?
もう国を興すとか関係無いんだな。そして責任は取らずにエムデン王国に寄生するつもりで押し寄せて来るだと!保護を目的とするならば、か弱い者達を守りながら来るのが常識だろう。
何故、自分可愛さで他を見捨てた者をエムデン王国が保護しなければならない?意味不明だ。仮に逆の立場だったら、自分勝手な連中を保護するか?しないだろ?
あれ?だったって?それに身体を不自由にするって、追って来ない様に痛め付けたとか?
「か弱き者達は身を寄せる様に一塊になって大地に還っていたよ。そんな集団を幾つも見て来た。最初は集団自決だと思ったが、僅かな生き残りを嬲る屑共を見掛けたので、痛め付けて事情を聞き出した」
胸糞悪い話だ。弱者にはトコトン無理強いをする。エムデン王国にも、いや自分にも責任の一端は有る。だがやらなければならない。可哀そうだからとって妥協して受け入れては駄目なんだ。
僕の死後は地獄に直行だろう。自分の幸せを優先している事には変わりない。その手段が合法か非合法かの違いだけ、その線引きが理性となって外道に落ちる事を防いでいる。自己満足と言っても構わない。
だが、どこかで一線を引かなければ落ちる所まで落ちる。自分の手が他人の血で汚れても、その手で大切な人を抱きしめても、後悔しないだけの心の拠り所が偽善と言われても構わない事なんだ。
「だから途中から見掛けた奴等は問答無用で皆殺しにした。殺し回った。流石に一族の決定だから虐げられていた連中の保護もしないが、安らかに大地に還す程度の慈悲は有る」
つまり見掛けたら殲滅してきてくれたのか。連中の焦りの理由は、何とか逃げ出した連中がエルフ族に追われている事を教えたからだ。それでも慈悲に縋らず、上から目線で高圧的に受け入れを求めるって……
何をしても、どんな状況でも変わらないって事だな。経験から学べないとか、滅ぶ理由の一つだな。臨機応変で状況への適合力が高いのが人間の強みなのに、それが無ければ未来は無いよ。
過去に滅んだ動植物も環境に適合出来無かった、しなかったから滅んだと学者達が言っていたが真実に近いのだろう。
「そうですか。本来ならばエムデン王国がしなければならない事を代わって頂き申し訳有りませんでした。武力で属国から独立した時に問答無用で自分達の立場を分からせるべきでした」
そう言って頭を下げる。属国という立場から武力で現政府を打倒して独立したのならば、宗主国としては敵対行為として問答無用で攻め滅ぼすべきだった。
そういう行動を早急にするべきだった。様子見と調整を準備を優先した結果が、馬鹿な連中が政権を奪い取って余計な申し入れをエルフ族にした所為で、ルーツィア殿に余計な負担を強いた。
嫌なものを見せてしまった。バーリンゲン王国の連中の対応は、同じ人族が行うべきだった。
「そんな顔をするな。リーンハルトは本当に屑共と同じ人間なのに、王の言われる通りの突然変異種だな。ふふふ、気に入ったぞ。俺もお前の仲間に加えろ」
え、いや何ですか?その失礼極まりない評価は?突然変異種って、せめて変わり者くらいの評価にして欲しいのですが?それは新人類みたいで嫌なのですが……