スメタナの街で歓待を受けて、モレロフの街に向かっている。王都に戻ってからの行動も入れられてしまったが、全体的には良かったと思う。どちらにしても帰国したら公爵三家には行くつもりだったし。
下話という伺いが有って、それに応える形での訪問ならば双方角が立たないどころか、僕が配慮されている。多分だがお茶会とかじゃなく、割と規模の大きい舞踏会か晩餐会になるんだろうな。
ジゼル嬢とは成人式後に結婚だから、今は男爵令嬢の婚約者でしかない。側室のアーシャを伴って参加する事になる。ニーレンス公爵も同じだけど、ザスキア公爵はどうだろう?
彼女は逆に、僕の屋敷に訪ねて来そうだな。
「ええ、そうなりますわね。私も参加しますので、宜しくお願いします。なんなら暫くお泊りしても宜しいでしょうか?」
「うーん、問題しかなくない?」
客間は余っているけど、未婚の貴族令嬢が上司の屋敷に連泊は駄目じゃないかな?
「自分の屋敷に帰っても、一人なので寂しいのです。王宮に用意された私室に居ると、何かしらの仕事を押し付けられて休めませんし……」
「リゼルに仕事を押し付けられる相手って、相当限られるよね?」
アウレール王か、ザスキア公爵くらいじゃない?僕の副官だから、僕を通さずに仕事を押し付けられる相手は数人しかいない筈だが?
「その限られた相手ですわ。私は彼女の部下でも信者でも信奉者でもない只の同盟相手なのに、何故に怪しい集団の加入希望者の素行調査をしなくてはならないのでしょうか?」
あーうん、アレか。『新しき世界』とかの加入者の思想調査ね。リズリット王妃の一派とか、他国に買収された者とかの炙り出しに駆り出されるのか……
「それは、アレだね」
「なので、帰国後は腹心の労りを含めてお願いします」
確かに労りが必要な位に助かったけど、問題が大き過ぎると思う。任務で単身赴任中に殆ど一緒だったけど、改めて王都の自分の屋敷に泊まらせるのは……
「イルメラの許可を貰えたら良いよ」
「許可は既に頂いています」
「なら良いかな」
恒例の馬ゴーレム二人乗りでの移動、僕の思考を読んでいるのでタイミングよく返事が来た。ザスキア公爵はリゼルにジゼル、アーシャの他にイルメラ達とも一緒に交流したいと言ってくる筈だ。
ウィンディアは身分差とか色々有って参加は少し嫌そうだが、イルメラは全く動じず参加を承諾するだろう。ニールは護衛という建前で同席はせずに部屋の外で警備に徹するだろう。
彼女の場合は、僕に側室として嫁ぐ事を公にしていない。イルメラやウィンディアはライル団長達と養子縁組を行い貴族令嬢として派閥強化の為に嫁ぐ建前を用意してある。
ニールは実家が没落してしまい、僕に家臣として雇われていると周囲から思われているから、何か方法を考えないと側室でなく愛人として囲われたとかになってしまうんだ。
親兄弟はザルツ地方のオークの異常繁殖の時に討伐隊として参加したが戦死してしまった。一時はローラン公爵家に身を寄せていたが、お家騒動の解決の褒美として与えられた経緯もある。
親族は母親しか生き残っておらず、騎士として任命して雇っているので貴族ではあるけど爵位は無い。
「私が抜けていますわ。順番として、ジゼルさんと結婚後にイルメラさんを側室として迎えたら、次は私です。ウィンディアさんやニールさん、クリスさん達を纏めて貰うのです。ザスキア公爵は要検討です。約束の反故?知りません」
不思議な言葉を聞いた。約束って何だろう?リゼルの頭の中って、僕の女性関係がどうなっているんだ。お花畑じゃあるまいし、君もだがクリスやザスキア公爵と?ははは、そんな事は無いだろ。常識的に考えてさ。
「そんな予定も順番も無いよ。何だい、要検討って?公爵本人と伯爵の婚姻なんて不可能だし、僕とザスキア公爵はそんな関係じゃない。信頼している協力者だよって、危ないから首を絞めるなって!」
危ないから後ろから両手で首を絞めて、前後にガクガクと揺らさないで下さい。馬ゴーレムの制御が疎かになって止まってしまったぞ。生きた馬だったら、振り落とされてしまう危険性が高いんだぞ。
「乙女の純情を弄ぶ最低男には罰が必要なのです。四の五の言わないで、さっさと私を娶りなさい。ザスキア公爵よりも早くです。あの女、見た目は年下まで若返るとか、何を考えているのか分かりますか?」
何って『新しい世界の盟主』で『淑女連合の当主』でしょ?エムデン王国の淑女達の頂点、その心の中は凡人には理解出来ないと思います。
「分からないけど、分かりたくもないかな。確かにザスキア公爵はネクタル効果で外見は十代前半まで若返ったけど、当然意味は有るとは思うけど考えちゃ負けというか危険な気がするからスルーかな」
聞いてしまっては取り返しが付かない事になりそうなんだ。実年齢は年の離れた姉弟なのに、現状は見た目が同世代というか共に十代半ばにしか見えないんだよね。
一時期、周辺諸国の外交筋から本人なのか?の確認の問い合わせが殺到して、一部はアウレール王にまで直接聞いたとか?ネクタルの供給元は大陸の反対側のユグドル神聖樹帝国との交易品としてしか入手出来ない。
しかも年に一本だけで、特別なオークションで多大な労力膨大な資金を掛けて競り落とすしかない。それが複数本を使用したと思われる淑女達が大量に現れた訳だな。
ネクタルを手に入れる為に良くない連中が群がって来るので、跳ね返す為に強大な力が必要になる。美貌と若さ、その二つを維持出来る為なら、どんな事でもする連中は多い。
そして、そういう事を気にする事が出来るのは権力者か有能な者。前者は何とかなるけど後者は……何とかするけど厳しい戦いになるだろうな。欲望に忠実なのって、その欲望が求め続けた不可能だった願望だった場合。
現実的に可能と知ってしまったら、あらゆる手段を講じて来るだろう。裏に表に正攻法から搦め手・騙し討ち・邪道・裏道・非合法とか、どんな手でも使ってくるだろう。実際に使われて、リゼルに手伝わせているけど……
それでもさ。その全てを今まで跳ね返している、ザスキア公爵は凄いんだ。
「このニブチン!」
「さっきから痛いよ」
この暴力腹黒令嬢は首を絞めたり脇腹を抓ったり、やりたい放題だぞ。
「ザスキア公爵が凄いのは分かりますが、そうじゃないんです!」
「だけど、リズリット王妃が率いる女性王族連合をも跳ね返したんだよ。臣下が王族に異を唱えるって相当な大事件だけど、それを押し通したんだよ」
「そうでもありません!」
全否定された。首を絞めたり脇腹を抓ったりじゃ飽き足らず、今度は首筋に噛み付こうとしたので揉み合いの末に何とか両肩に手を置いて距離を取る。馬上で振り向きながら両手で押し返すって、バランス悪くて落馬しそうになる。
揉み合って落馬しそうになったので、リゼルも落ち着いたのか暴力行為はしなくなったがブツブツと小声で文句を言い続けている。彼女はザスキア公爵を物凄く警戒しているが、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。
心強い仲間なのだから、少し見た目は……少しじゃないくらいに変わったけど、頼りになる姉さんから妹くらいに変わったけど……多分、大丈夫。大丈夫かな?大丈夫だよね?
確かに不安になって来たと言うか、勘というか感覚というか、言われてみると少し危機管理的に怪しく思えて来た。万が一というか、そんな事は無いと思うけど……保険は必要だよな。
「えっと、確かに少し不安になってきたので気を付けるよ」
「最初から、そう言って下さい。妄信は信頼とは違うのです。『親しき中にも警戒有り』です。特にザスキア公爵は警戒に警戒を重ねて漸く安心出来るかな?っていう程に擬態していますから、要注意です」
背中に額を押し付けて言ってくれた言葉だけど、そこは『警戒』じゃなくて『礼儀』だと思うんだ、言わないけど。そんな会話を交わしていると、視線の先に広大な農地が見えて来た。
いや当初の予定よりも規模が広いというか、予定の何倍も広くなってない?未だ此処は農地予定の場所じゃない筈だぞ。未だ農作物の芽は出ていないけど、立派に開墾されている。
その理由は暫く整備された農道を進んで行ったら分かった。見慣れた者達が錬金術を駆使して開墾していた。少し前から魔力を感知していたから分かっていたけど……
「当主様、ご無沙汰しております」
出迎えてくれたのは、お爺様の親族で派閥の構成貴族である、ダルシムとナジャフ、ソルベとルドルフ達だった。その後ろには宮廷魔術師団員達が見える。ああ、そうか。灌漑事業だから駆り出されたのか。
僕の家臣団を動かしたのは、ジゼル嬢だろう。ならば宮廷魔術師団員を動かしたのは、サリアリス様だろうか?エリート連中を土弄りに参加を命じても反発されないのは、サリアリス様かアウレール王だよな。
セイン殿とカーム殿が仲良く並んで笑顔を浮かべながら近付いてくる。その後ろには、邪気赤子(カースベビー)君と甲虫王(カブトムシキング)君。更に後ろに、デスキャンサー君が微妙な顔をして近付いて来る。
砂糖を吐きそうな、甘々な恋人同士な二人が同じ職場の上司とか辛いのは理解出来る。あと、カーム殿の露出癖が治まったのは良かった。アレは装備系のマジックアイテムを有効に使おうとしても、只の痴女だったよ。
「リーンハルト卿、ご無沙汰しておりますわ」
「リーンハルト卿、困難な王命の達成。流石です」
セイン殿とカーム殿が代表して出迎えてくれたが、並んで手を繋いだままってさ。一応、上司の出迎えとしてどうなのだろうか?常識的に駄目だと思うのだが、後ろの連中が何も言わないのは何時もの事と注意しないの?
最初に出迎えてくれた、ダルシム殿達は宮廷魔術師団員の更に後ろに回って控えている。僕の親族で家臣団だけど、宮廷魔術師団員達より立場が下なのだからね。グィグィ前に出てきたら、此方も問題だな。身分差って怖い。
だが、彼等もセイン殿とカーム殿の事を苦笑いを浮かべて見ているのは、少なくない時間を一緒に仕事をしていたのだろう。つまり、普段から熱愛状態な訳ですか?そうですか?
「出迎え、ご苦労様。二人も変わらないですね」
本当に変わらないですね。最初は反発しあっていたのに、人の縁とは不思議なものだね。性癖が嚙み合ったというのも、大きな要因だと思うけどね。
「セインは、少しは落ち着いてきたと思いますわ」
「カームもお淑やかになったぞ。社交界での人気も爆上がりで気が休まらない位だ」
惚気を続ける二人に業を煮やした、リゼルが咳払いをすると二人が硬直した。エムデン王国の女傑の咳払いは凄く効果的だね。そう思ったら、脇腹に鈍い痛みを感じたが表情を変えずに堪える。
この暴力腹黒令嬢め。脇腹を抓るのが、癖になってないか?僕はセイン殿みたいな性癖は無いので止めて欲しいです。痣の残らない程度の力加減なのが、相当の慣れを感じるのですが訓練した?
あと抓ったのを誤魔化す為に、後ろから抱き着かないで欲しい。セイン殿とカーム殿が白い目で見ているけど、本来見られるのは君達だからね。
「灌漑事業の件、聞いてはいませんでしたが予定よりも広大な農地になりましたね」
カシンチ族連合、約2万人の自活の為の食糧生産用だったけど全てを運用すれば出荷して資金を稼げるかも知れない。これは良い方向に行っているかも……
「はい、アウレール王の指示です。近隣諸国とモア教対策で難民の生活基盤の保護を行っているというアピールです。エムデン王国は非道なことはしない。ですね」
「その良いアピールの反面、他国に散っていた残党達が此処に受け入れろと騒ぎ出しているそうですわ。本当に困った方々ですわね」
は?受け入れ?しませんよ。クーデターを起こした敵国なのですから、周辺諸国が受け入れろって言いだしたら圧力を掛けてでも阻止してやる。エムデン王国に押し付けずに、自分達で対処しろ。
敵国の残党を擁護して、その敵対しているエムデン王国に受け入れろって言うならば……開戦の意志有りって判断しても良いんだよな?そうだよな?遠慮はしないぞ。
エムデン王国とバーリンゲン王国の今までの関係を考えたら信じられない要求だから、普通に敵対行動だから。本来なら自分達で処分して、エムデン王国に貸しを作った位の行動が正解だぞ。
残党の対応が終わるまでは、もう少し掛かるかもしれないな。