モレロフの街に到着、予想以上に整備が進んでいて驚いている。カシンチ族連合と魔牛族に妖狼族の為の生活基盤の整備だが、表向きは旧バーリンゲン王国の避難民の受け入れ場所となっている。
他国やモア教が入り込める場所として、エムデン王国が如何に彼等を手厚く保護しているかを確認させる為の街。実際はバーリンゲン王国民は誰も居ないのだが、それはどうでも良い事だ。
彼等は数年を此処で暮して貰って時期を見計らって、エムデン王国民として帰化する事となる。それまでは移動に制限が掛かるし国益に利する行動も課せられる。
まぁ国益に利するというのは、モレロフの街の発展に貢献する事と納税や賦役(ぶえき)……労働力の提供とかだな。
これも旧バーリンゲン王国領からの脱走の防止と周辺の治安維持の為の巡回で問題は無い。一部、受け入れた子供達については染み付いた異常な思考の改善が含まれるから隔離された場所で人知れず行う。
酷いようだが、エムデン王国に何をしても許されるとか、自分達が常に正しいとか、謎の上から目線の被害者妄想とか、早急に改善する必要が有る。改善されなければ、子供でも処分対象だ。
これにはリゼルのギフトを使ってでも徹底的に調べ上げる。見逃しとかは有り得ない、不安要素は徹底的に刈り取る。その後はエムデン王国の裏側の仕事に従事する事になるだろう。
国家に貢献する事が、自分の存在価値と思える様に洗脳する事になる。問答無用で皆殺しよりは温情だよ。
しかし十歳以下の子供達は変な思想に凝り固まっていないけれど、ギリギリ未成年の連中は……既に手遅れなのが数人いて、旧バーリンゲン王国領に追放した。
保護されたのを当然と思い更に待遇改善を要求する。親の行動を見て当然だと思ってしまったのだろうが、自分達の置かれた状況を懇切丁寧に説明しても表向きにも改善しないとなればね。
心の底では考えていても表には出さずに従っている強かな連中も複数いた。此処を抜け出してから、自分達が如何に被害者でエムデン王国が極悪非道な連中だと広めようと考えていた。
それが通用していたのはバーリンゲン王国だけなのだが、理解出来ないのならば相応の対応をするしかない。故に祖国に強制送還という追放、それを残された連中にも見せ付ける。
悪い事をすればこうなる。という事を身をもって心に刻み込む為に、敢えて追放する現場に立ち会わせる。追放される連中が、漸く自分達の我儘が通用しない事を理解出来て謝ろうが泣き喚こうが止めない。
偽善や温情は何度も掛けたのに全く感謝しない連中なのだから、有無を言わさず追放が最善手。自分の命が掛かっているのに我儘を言えるのも、そうだと信じ込まされているのも恐ろしい。
どちらが洗脳教育なのか分からないな……
◇◇◇◇◇◇
昨夜は歓迎会を催して貰い、用意された客間で一泊し移動の疲れを癒した。早朝から一人で馬ゴーレムに乗りモレロフの街を回る予定だったが、先読みしていたリゼルも押しかけて来て一緒に巡回する事になった。
腕を組んで無言の圧がね、強かったので、逆らわずに馬ゴーレムに乗せてしまったよ。副官を伴って巡回する程の内容でもないし、僕の家臣団も居るので一人でササっと回る予定だったんだ。
街中を二人乗りの馬ゴーレムが歩く姿は結構な注目を集めている。というか、この街に居る全員が僕の事を知ってるので見掛ければ手を止めて頭を下げてくれる。選民思想はないのだが、これも貴族だから仕方ないね。
「押しかけて来たとは何ですか?副官なのですから同行するのは常識では?」
「いや、疲れていたみたいだったからゆっくりして欲しかったのとさ、宮廷魔術師関連を主に回る予定だったんだ」
プリプリ怒るリゼルさんを宥める。本来の宮廷魔術師としての業務だから特に同行する必要は無いと思ったけど、リゼルさん的には違うらしい。今も馬ゴーレムの後ろに乗って、僕の脇腹を軽く突いて不満を表している。
そんな様子に、ほのぼのとした視線を向けられる気恥ずかしさ。見回せば分かってます的な顔をして愛想笑いを浮かべられる。カシンチ族連合は、リゼルとは直接面識はない連中が多いと思っていたけど、想像以上に情報は回っている?
居住区画は人が生活を始めたからか、閑散とした廃墟みたいな雰囲気から活力の有る生活感が滲み出ている。子供達も路地で遊んでいるし、少ないながらも露店や食堂が開いている。モア教の教会も有ったよ。
モア教や他国の支援も受け付けているので、その中には諜報員も交じっているだろうが……今の所は、問題行動は表立っては起こしてないみたいだな。
「ザスキア公爵の手の者も少なからず入り込んでいます」
「まぁそうだろうね。此処は普通に諜報戦の舞台だよね」
僕の感知魔法にも、此方を窺う反応が幾つか有る。当然だが、エムデン王国が広めた情報の裏付け位は取りに来るのが普通の国家だよ。他国の公開した情報を鵜呑みにするのは、国家としては下の下だね。
そういう意味でも、僕が此処に来た意味は有る。僕と言う餌に喰らい付こうと、潜んでいた連中が炙り出されて見付かるんだ。僕を見張っても有意義な情報など一切見付からないけどね。王都に帰るだけだし。
感知した者の周囲に複数の反応(多分ザスキア公爵の手の者)が有り、取り囲んで捕縛し何処かに運ばれている。囮役も済ませたし、本当に郊外の農業用地の視察に行こう。
上司として部下の仕事の状況を確認しない訳にはいかないので、農地の開墾状況を視察するのは必須。セイン殿達からは手出しは無用ですと釘を刺されているけど、仕事の邪魔をする上司は居ない。でも確認は必要だよ。
先ずダルシム達が農地の区画を整備、杭と紐で凡その区画割を行う。その後でセイン殿達、宮廷魔術師団員達がゴーレムを使い荒野を農具を使い耕していく。ある程度、耕されて土が解れたら農作に適した土壌に錬金。
カシンチ族連合の者達が種を撒いて、その後でカーム殿が得意の水属性魔法で散水する。魔法は使用し続ける事により練度が上がり精度と威力が増すので、良い鍛錬になるだろう。
「随分と手慣れていますわね。経験が生きているというのでしょうか?」
「ダルシム達は灌漑事業を短期間で数回経験しているし、ニーレンス公爵が派遣した連中は専門家達だからね。指導してくれているみたいだし、効率も効果も高いと思うよ」
役割分担も機能しているし、任せても問題無いな。驚いた事に、宮廷魔術師団員の半数が水路の整備を行っている。深さ30cm幅50cm程度の小規模な水路だが、大地を掘り固めているのは相当の技量と負担が掛かる。
これを交代で毎日行っているのだから、やり遂げた時には相当レベルアップしているだろう。聖戦での火属性の宮廷魔術師団員達の活躍に触発されたそうだが、ラミュール殿も来たがったが止められたらしい。
治療を担う水属性魔術師達は忙しく、おいそれと王都を離れられないから仕方ないのかな?火・土・水属性の宮廷魔術師団員達は順当にレベルを上げている。残りは風属性の宮廷魔術師だが、リッパー殿は何してるんだろう?
ヤバいぞ。宮廷魔術師関連の事は、サリアリス様に丸投げだった。
「復興支援には微妙に属性が合わない人達ですし、トップのリッパー様は戦闘に特化していますから王宮の警備を率先して行っていると思いますわ」
「まぁそうだね。四属性に分かれているけど、現状で一番活躍し辛いのが風属性魔術師達だろうね。でもさ、どの属性でも錬金は出来るのだから土壌改良とかは無理でも……いや無理か」
風が吹いても作物は育たないし良い影響も無いし、木々を伐根して開墾出来るかと切り割くは可能でも伐根は無理。刈り取って収穫に貢献出来るかと言われても活躍は無理じゃないかな?
厳密には作物の成長に風が全く不要とは思わない。確か『蒸散(じょうさん)』といって、植物から水蒸気が発生するので、その手助けに風は効果があるとか?目に見えないので半信半疑だけどね。
常に広範囲に風を送れとも言えないし、そもそも無風の場所じゃないから必須でもない。
それに彼等はプライドが高そうだし、仕事も強制しないと復興支援とか手は出さない感じがするし効果の不明な事をやらせると反発しそうだし。やって護衛任務とかかな?
リッパー殿と取り巻き連中の動向と仕事内容は確認しておこう。同じ宮廷魔術師だし、配下の団員の活動内容の把握は必須。国家への貢献度が低ければ、懲罰だって有り得る。
まぁサリアリス様が監視してるから、問題は無いと思うけど……長い物には巻かれる様な性格だし、相手との実力差にも敏感だし。そうそう変な事は仕出かさないだろう。
やれば直ぐに懲罰、今回の件で上級貴族でも国益を損なえば処罰された事は国内の貴族連中の引き締めに効果は有った筈だ。
「割と放置していますわ。自主性が大切だとか……土属性と火属性、それと一段下がって水属性には気を配ってますが、風属性は余り干渉してませんわ」
「それでも前よりは随分とマシというか目を掛けてくれていると思うよ。前は興味が無いどころか無関心だったから……」
存在自体に価値を見出してないってさ。相手への評価としては最低値ところか、評価対象ですらない事だからね。サリアリス様も随分と丸くなったというか、他者に興味を持って貰える様になった。
引退も視野に入れる年齢になっているし、もう安寧な余生を過ごして欲しい気持も有る。秘密にしているけど体調が宜しくないのも知っている。水属性を極めた魔術師ならば、自分の身体の状況は分かるから……
余命は残り少ないと理解しているだろう。でも言われない限りは、秘密にしているのだから此方からは言わない。その思いやりが正解なのか不正解なのかは分からない。
「リーンハルト様?」
リゼルの心配そうな声に我に返る。心の防壁がおざなりだったし、考えている内容も問題を多く含んでいた。最近、リゼルに心を読まれる事に抵抗が全く無くなった様な気がするぞ。
「ん?ああ、悪かったね。でもこの気持ちは秘めていたいので内緒にしておいてね」
「ええ、貴方の御心のままに……」
そう言ってくれた後は、ずっと無言だった。予定通りの視察を終えて割り当てられた屋敷に帰る。今夜は久し振りに秘蔵のワインでも飲もう。独りで飲むので、心を読んでいる貴女は参加出来ませんからね。
そう心情を伝えたのだが、回答は脇腹を抓られた。いや結構痛かったので、思わず呻いてしまったよ。リゼルさん、そこは空気を読んで黙って了承するのが慎み深く思いやりの有る淑女だと思いますが?
こういう漫才みたいな、あっ夫婦漫才ですか?それは違うと思います。こういう漫才みたいなやり取りでも心が軽くなるよ。良い部下を持った……部下や腹心は違う?いえいえ、違いませんよ。