魔牛族に与えられたエリアを訪ねた。モレロフの街の東側の一角というか、全体の四分の一位の広さが有る。人数の割には広過ぎると思うが、中心部分を居住区として侵入防止の柵などが何重にも巡らされている。
つまり彼等との接触を容易に出来ないような措置だろう。流石に元の集落に設置していた侵入防止対策のマジックアイテムは持ち込んでない。だから余計に防衛設備に力を入れているのだろうか?
自分達で出来る自衛は、するに越した事は無い。エムデン王国の民度は高いが全てが善人な訳じゃないし、仮に善意であっても魔牛族にとって良い事だとも限らない。
暫くは交渉担当以外との接触は控える事になるのだが、その交渉担当が……ミルフィナ殿だと心許ないというか、最近少しは見直したのに再度信用度が大暴落したよ。
まぁ気安さが増えたと言えば良いのか、気心が知れたと言えば良いのか?少し前は敵視して距離を置かれていたのに、今では気楽に揶揄う事までしてくるんだよな。しかも色事系で、幼女絡みでさ。
この気安さは人間種全体にではなく、僕とその関係者限定な所が有る。バーリンゲン王国の連中が人間の標準という誤解は解けたが、魔牛族全体が人間に対して好意的なわけでもない。
まぁ良くて中立かな?
三人の幼女に案内されて居住区の中心部にある大き目の屋敷、豪邸と言う程の規模や装飾はない大きな家という感じ……に招かれた。魔牛族は一族が本家に増築する感じで拡張していくが、その家は既に森に飲まれているだろう。
ここを本拠地として家を改修していくか、仮住まいの家として手を入れないのか?実はエムデン王国も彼等をモレロフの街に住まわせるのは暫定、他に移住させる可能性も無い訳じゃないけど……
個人的には立地的にはエルフ族との関係も有るし、防諜対策も取り易いモレロフの街が良いと思う。相当な国家予算も注ぎ込んでいるので、また別の場所の移住してくれは問題が有る。
「ようこそ、バーレイ伯爵。それと我が妹が意気消沈しているのは何故だ?少し前まではニタニタして気持ち悪かったのだが?」
ミルフィナ殿の兄弟達が出迎えてくれたが、後ろに控える憔悴した妹を気にしている。いや心配はしていると思うけど、意気消沈していると評価した相手に掛ける言葉では無くない?気持ち悪かったってさ。
「いつものです。リーンハルトさまを困らせる、ミルフィナ姉さまは嫌いです」
「ふしんしゃって言われて落ちこんでいるのです」
「さいきんの、ミルフィナ姉さまはヘンです。へんたいさんです」
幼女の攻撃、変質者は大ダメージを受けた。
「おっふ」
膝から崩れ落ちる、ミルフィナ殿を危険と感じたのか彼女の兄弟によって肩に担がれて屋敷の奥へと運ばれていった。
「その、何と言うか……」
世の男性陣からみれば理想の女性像を体現した様な妙齢の美女が、まるで小麦を入れた袋と同じ様に肩に担がれて運ばれる姿は哀れというか不憫を通り越して喜劇みたいになっている。
両手両足を力無くダランっと垂れていて、その泣き顔は百年の恋も冷めるだろう面白い事になっている。泣き笑いという表現が一番近いだろうか?
淑女の面子を潰さない為にも直ぐに視線を逸らして見なかった事にする。僕は何も知らないし、何も見なかった。一度目を閉じて深呼吸をして気持ちを切り替える。
「気にしないでくれ。アレが少し浮かれていたのを知ってはいたが、エアレー達が呆れている事までは気付かなかった。もう少し早く何とかするべきだった」
物凄い後悔を滲ませた感を溢れさせている、大柄な魔牛族の男性陣に何と声を掛けたら良いのだろうか?一族の代表の姿が余りにも酷過ぎるのだから、現状を考えれば恥でしかない。
「一族の宝である幼子の扱いが軽過ぎたとは思いますが、情状酌量の余地は……まぁ有ると思いますので、余り無理な事はしないであげて下さい」
◇◇◇◇◇◇
急いで設えた感を思わせる来客用の応接室に通された。生活の快適化を優先したので来客など殆ど無かっただろうから、慌てて整えたのかも知れない。日常の交流程度なら他種族を屋敷の中まで通さない。
うーん、今後の交流方法を決めておかないと揉めそうだ。境界の近くに交渉用の小屋を用意するとか?交渉用のテーブルと背後には護衛達の居るスペースを設けて、持て成し用のキッチンも必要だな。
他の場所で用意して外から運び込むのも問題だ。毒や何かを入れられて易く細工もし易い。虫やゴミでも入れられたら、それをネタに交渉を有利にされかねない。失礼を働いたって事だから……
「何分、急ごしらえで申し訳ない」
「いえいえ、こういう状況ですし問題にする程でもないでしょう」
ミルフィナ殿は話し合いに不参加、精神が乱れている時に話し合いに参加するのはね。魔牛族は女性の方が運営や交渉役になる事が多く、男性陣は裏方に回る事が殆どらしいが今回は特別か?
彼女以外にも指導者的立ち位置の女性は居たと思うけど、今回の参加者は二人とも男性、聞けば二人ともミルフィナ殿の兄弟で長兄のゴズー殿と次兄のファーリス殿。
彼等は前に魔牛族の里を訪ねた時に持て成してくれたので、それなりに面識も有るし性格も凡そ把握している。ていうか、魔牛族の男性陣は心優しく寡黙で力持ちな連中が多い。
そして身持ちが固い、貞操観念が強いだ。
女性陣は容姿とスタイルが良く酒も強い。うーん、どうなんだろ?種族としての男女の関係は良好な感じがするけど、こう微妙に心の中がモヤモヤするというか……いかん、男尊女卑みたいじゃん。
案内されたソファーに座り、厳つい肉体のファーリス殿が大きな手で器用に盆に乗っていたカップを置いて紅茶を注いでくれる。こういう接客の状況では、エプロンは似合わないと思う。
いや実際は不思議な位に似合っているし、淹れてくれた紅茶も美味しい。淹れ方は基本に忠実、用意されたカップも暖かいのは食器類を事前に温めているのだろう。
ポットに入れる茶葉は二人分の6グラム、熱湯は360ミリリットル。お湯を勢いよく注ぐ事でポットの中で対流が起こり、所謂『ジャンピング』が発生。そして蓋を閉めて数分蒸らす。
教本の様な淹れ方を披露してくれたよ、厳つい魔牛族男性がさ。料理も上手くて綺麗好き、だけど有事の際には鎧兜を着込んで鈍器を装備して勇猛果敢に戦うという。
男性陣の方が理想の嫁で母親じゃね?ミルフィナ殿の痴態をみれば余計にそう思えてしまう。もしかして、女性陣が居ないのって、色香で有利に交渉を進めるのに全く効果無しと思われてる?
それはそれで、男としてどう見られているのか気になるのだが……別に色仕掛け接待をして欲しいとも思わない。ゴズー殿やファーリス殿の対応をみれば、最上に近い持て成しなのだろう。
「何か不都合や不満は有りますか?」
肩ひじ張った公式の会見でもないので、ざっくばらんに希望を聞く。種族の違いによる認識の差が、割と大きな問題の原因の事って有るから慎重になる。
僕等からすれば、理想の母親像みたいな女性陣と厳つく寡黙な肉体派の男性陣という先入観で見てしまうが、本質は大酒飲みと鍛冶じゃなくて家事が得意な主夫なんだよ。
だから好色な目で女性陣を見るのは厳禁だし、男性陣に見た目と違う事を責めても駄目だ。まぁ普通の対応なのだが、それが出来ない連中も多い。
実際に、バニシード公爵の派閥構成貴族の中には、幼女愛好家が紛れていてエアレー達に良からぬ感情をぶつけた奴も居た。息子の嫁に?愛でるだけ触りません?ははは、殺すぞ!
「うむ、移住という事で色々と不便というか不都合は感じているのだが……早急な改善が必要と思える事は一つ有る」
ん?早急な改善と言いつつも、その表情は焦りよりも気恥ずかしさ?
視線を左右に揺らしたり、下を向いたりと感じとしては照れも交じった気恥ずかしさ?え、そんな方向の改善って何だろう?僕では力になれない方面だろうか?視線で続きを促す。
「その恥ずかしながら改善したいのは、風呂だ。我等、魔牛族は風呂を好む。こよなく愛していると言っても良い。この街は風呂の設備が悪い、元バーリンゲン王国の支配していた街なので程度が低いのは理解はするが……」
「給排水設備もそうだが、そもそも浴槽も洗い場も狭いし質も良くない。此処も一応は下級貴族の邸宅だったので、浴室は有ったのだが最低限のクオリティだから満足出来ない」
うーん、牛は、水浴びを好むと聞いた事は有ったが、魔牛族も同じように風呂に拘りが有ったのか?確かにミルフィナ殿とケルトウッドの森のクロレス殿を訪ねる際に同行したが、移動中に風呂に入れた事を喜んでいた。
風呂かぁ……確かに僕の割り当てられた屋敷の風呂も狭くて質は良くなかったけど、バーリンゲン王国だから、こんなものかぁ?気にしていなかったが、魔牛族的には大問題だったんだな。
これが異種族のギャップ、しかし風呂の整備といっても大人数だし改善案と言っても……
「拘りの条件は有りますか?各家庭に欲しいとか共同浴場でも大丈夫とか、現状の数でグレードを上げたいとか?」
世帯毎にグレードの高い風呂が欲しいと言われると難しい。それこそ此処に新貴族街を新しく作る位の費用を投じないと無理だ。モレロフの街はエムデン王国側に近い、バーリンゲン王国の連中の感覚で言えば田舎か僻地。
まぁ連中の王都が近代的で機能的かと言えば、全くそんな事は無いけどね。自尊心が自国の王都は素晴らしいんだ!的な思い込みだけで、実際はエムデン王国の中級層の暮らしと同程度だった。
ゴズー殿が腕を組んで考えているのは、魔牛族内でも意見が定まってないので、どう言って良いか分からない感じだろうか?または何処まで要求して良いか、判断に悩む的な?
なんでもかんでも我儘に要求してくる連中よりは万倍もマシだが、ここで遠慮して後から不満が爆発も困る。
「風呂は各氏族で共有するので、拡張工事は自前で行えるのだが資機材の不足が問題なのだ。使わない風呂を壊したりして再利用しているが、満足な仕上がりには程遠い」
真面目な顔で言われたが、再利用って器用だな。軍でも砦を壊して別の場所に造ったりする事も有るけど、風呂の拡張かぁ……僕も錬金で色々な物を作ってはいるけど、仮設の風呂は作ったが本格的なものは無い。
温泉が湧いていれば簡単なのだが、この場所では地下水を利用して沸かすしかない。その辺の給排水設備や薪とかってどうしてるのかな?一般的に風呂を沸かすのは重労働だ。平民階級では毎日風呂には入れない。
簡易的にする場合は火属性の魔石を使ったり魔法で湯を沸かしたりするのだが、それでも費用は馬鹿にならない。プライドの高い火属性魔術師に風呂を沸かせとか……
あれ?復興支援の時に、フレイナル殿は公衆浴場の風呂沸かしの手伝いを積極的に行っていたと報告を受けてたな。
「僕の御用商人である、ライラック商会に手配を頼みますので必要な物資のリストの作成をお願いします。予算は此方でみますから気にしないで下さい。因みに薪等の燃料や火属性の魔石とかも?」
「いや風呂の水や沸かす手間は魔法で対応出来るのだが、浴槽のだな。仕様に拘りたい。岩風呂や総木製の風呂、陶器製の焼き物も趣があるだろ?魔牛族にとって入浴は大事な時間なので、湯に浸かる浴槽には拘りたいんだ」
ああ、そういう拘りか。内装の仕上げ部分で手に入りにくい物が多いって事か。ここじゃ満足な建築資材が手に入る訳じゃないし。火と水の属性魔法は使えるけど、錬金は苦手か使えない?
確かに浴槽は身体を直接預ける場所だから、肌触りとかの関係も有るのだろう。理解し易い理由だし、問題改善も難しくないのでホッとした。これが源泉を掘り当てて欲しいとかだったら、無理だったろう。
そもそも温泉が湧く地域は限られているし、エムデン王国内だって数か所しかない。殆どが王家の直轄領か大貴族が抑えている。それだけ貴重な自然の恵みなんだよな。
「錬金で対応出来る石や陶器類でしたら、細かい仕様を決めて貰えれば錬金出来ます。自然由来が良いというなら取寄せますが、時間は掛ります」
「おお、それは助かる。別に天然物に拘らないので錬金製でも全然大丈夫だ」
ゴズー殿とファーリス殿が肩を叩き合って喜んでいる。風呂への拘り、それが魔牛族が大切にしている事なのか。直接聞かなければ分からなかったよ。
この後、ミルフィナ殿が復活し猛然と要求を突き付けて来たが、エアレー達に再度取り押さえられて引き下がっていった。去り際に、ナンディーが『一緒にお風呂に入ろう!』と言ってきたが丁寧に断った。
流石に幼女とは言え、淑女と混浴は駄目だ。ゴズー殿にも確認したが、魔牛族に混浴の文化は無い。貞淑を好む種族だから当たり前だが、魔牛族と風呂関連の話をする時は注意が必要だろう。
なんかまた、ミルフィナ殿が風呂関連で暴走する気がするんだよな……